ヘルプマン
2013.09.29 UP
麻雀・パソコンを完備し、月に一度は「ワインの日」があるというユニークなデイサービスを立ち上げたのは、定年退職したばかりの男性5人でした。全員が未経験からスタートし、いまや人気施設となった「松渓ふれあいの家」。男が考える理想のデイサービスとは? 男性が気軽に集まれる地域のたまり場とは? 代表の髙岡隆一さんに聞きました。 (※この記事は2012年以前のもので、個人の所属・仕事内容などは現在と異なる場合があります)
自分たちが利用したいサービスをつくる
今から10年前、男の料理教室で知り合った、もともと縁もゆかりもない、定年退職したばかりの5人で、この「松渓ふれあいの家」を立ち上げました。みんな現役を退いて時間をもて余し、第二の人生を模索していました。
よく話に出たのが地域には男たちのたまり場や知り合う機会がないということ。
ちょうどその頃にデイサービス施設の運営者をコンペ形式で募集するという話を耳にし、「これだ!」と思ったのが事業を始めたきっかけです。介護保険制度がスタートし、杉並区でも施設の整備を開始、新たに高齢者向けのデイサービスを始めるための募集でした。いずれは自分たちもそういう施設のお世話になる、だったら自分たちが利用したい、理想のデイサービスを自分たちの手でつくったらどうだろうと、介護に関してはまるっきり素人の5人が手を挙げたわけです。
男のための理想のプログラム
自分は元機械メーカーの営業、他の4人は元商社、証券会社、銀行関係が2人という編成です。
介護については門外漢の私たちがコンペに参加するわけですから、はっきり言って無謀な話ですし、普通の提案では勝ち目がない。
そこで我々は男性にターゲットを絞った提案で差別化を図ることにしました。
当時、デイサービスを回ってみたら、朝から歌を歌ったり、習字をしたり、風船バレーをやったり。正直自分としては積極的に足を運びたいと思えるようなサービスがありませんでした。多くの男性は仕事一筋に来た世代。リタイヤ後は自分の家でゆっくりするのが一番いい。
プレゼンでは「そんな男性でも気軽に参加しやすく、少しゲーム性のあるプログラムもあった方がいい」と訴えました。区側では賛否両論あり、1回目のコンペは遠隔地だったこともあって辞退。万全を期した2回目の、杉並区立松溪中学校の空き教室を利用した施設の運営者募集で、受託事業運営の権利を勝ち取ることができました。
麻雀もワインもOK!
プログラムの目玉となったのは麻雀やパソコン。頭や手先を使い、リハビリにもなります。片手が不自由な人が、自分でパイを揃えられるような仕掛けも考案しました。ただ、区のデイサービスでは6〜8人掛けのテーブルが標準で、そもそも麻雀卓を置いているところは1ヵ所もありません。
当初は麻雀卓もパソコンも備品として認めてもらえず苦労しました。
でも、麻雀なら4人掛けに決まっていますし、囲碁、将棋、カードゲームなど小グループのプログラムにも向いています。
「麻雀卓を2つ合わせれば6人掛けになる」と必死に区側を説得し、何とかOKをいただきました。
もうひとつの目玉がワイン。
毎月5のつく日が「ワインの日」で昼食時にワインが出ます(飲めない人にはジュースを用意)。これは男性たちにもゆっくり時間をかけてランチを食べてもらうことと、食卓に変化をもたせようというのが狙い。
みなさんワインの日を楽しみにされていて、お休みに5の日が重なってしまうと残念という声があちこちで上がります。
プロやボランティアの力を結集
もともと素人が始めたデイサービスでしたから、専門家の協力は不可欠でした。送迎を担当する送迎職員、室内でご利用者のサポートをする介護職員、昼食を提供する調理職員、他にも生活相談員や看護職員など各分野のプロを結集し、サービスとしてご利用者に納得いただける体制を整えました。
また、地域のボランティアの方の助けを積極的に受け入れて、マンドリン合奏、コーラス、フラダンス、落語、クラシック合唱など数多くのイベントを実施することができました。こういった取り組みがご利用者やご家族からも支持をいただき、利用者の定員を当初の20名から30名に増員、サービス時間もご利用者からの要望が相次いだため、4〜6時間から6〜8時間に移行しました。
こうして経営は順調に推移し、創業時は区立の施設としてスタートしたのですが、2006年には「杉並区立」が取れて自立化することができました。
中学生と一緒に米づくり
デイサービスは杉並区立松溪中学校の敷地の一画にあり、私も学校の評議員として運営にかかわっています。
校内の「松溪田んぼ」での田植えから稲刈り、施設に生徒を迎えての職場体験学習のほか、運動会や文化発表会、総合震災訓練などでは、利用者さんたちも子どもたちの応援に加わります。文化発表会では我々も書道や絵画を発表するのですが、その出来栄えに生徒が驚いてくれたりして、お互いにいい刺激になっています。「松溪田んぼ」での稲作は、理科の正式な選択科目のひとつとして認められており、苗から収穫までの米づくりを校内で実際にやってみようという試みです。
施設のご利用者で以前、田舎で農業をやっていた方も参加して、子どもたちに田植えのコツをアドバイスするなど、昔取った杵柄を発揮してもらっています。
「杉並区花咲かせ隊」に参加
中学校の周辺は善福寺公園から続く善福寺川が流れ、春には桜が美しい恵まれた環境にあります。こうした環境を維持するため、杉並区と協力して「クリーン大作戦」を展開、近所や公園などのゴミ拾いや清掃にも取り組んでいます。また、区が推進する「杉並区花咲かせ隊」にも参加して、松渓公園の一区画の花壇などに花を植えて、道行く人の目を和ませるなど何がしか社会貢献することが、ご利用者さんの生きがいにもつながっています。団塊の世代やその上の男性の多くはリタイヤするまで仕事仕事で、人間関係も会社が中心ですが、会社を出れば疎遠になってしまうことが多い。
退職後の20年以上を「どう生きるか」というのは、日本の社会全体で考えるべき大きなテーマです。
そういった意味で地元でのボランティア活動の推進や高齢者の方たちの社会参加の場となる「ゆうゆう館」(後述)の展開など地域のネットワークづくりも進めているところです。
ご利用者とともに10周年を祝福
松渓ふれあいの家は2010年に創立10周年を迎えました。
発足当初の利用者は10名くらいでしたが、今は1日の定員30名はいつも予約で埋まり、利用資格のある登録者は100名を超えています。
ご利用者のうち7割が男性で、中には100歳を超える方も元気に通われています。
10月には「10周年を祝う会」を開催、また記念イベントとしてご利用者の要望を取り入れ、「東京ディズニーランド」「国立科学博物館」「東京タワー&スカイツリー見学」「椿山荘フルコースランチ」の4つのお出かけコースを企画。車椅子のみなさんも含め、ミニツアーを満喫してきました。わずか5人で始めた事業でしたが、この10年の取り組みの結果、世の中からも成果を認められるようになりました。
地域の「たまり場」=「ゆうゆう館」を運営
デイサービスの体制も整ってきたことから、2007年からは活動の拠点を点から面へと展開。
杉並区に約30ヵ所ある「ゆうゆう館」という60歳以上の方の健康増進、介護予防、社会参加支援の場となる施設をより活性化させるプロジェクトをスタートしました。区から運営業務の民営化の話が持ち上がった際に応募し、現在2つの施設を運営しています。ここでは趣味を中心とした仲間づくりやひとり暮らしの高齢者のおしゃべり仲間づくり、地域を盛り上げるバザーやもちつき大会などで地域活性の拠点となることを目指しています。
3年前にスタートした「ゆうゆう西田館」は、今では当初の2倍に利用者が増え、笑いの絶えない地域のコミュニケーションの場になっています。検討されているアイデアは多種多様で、地域の「たまり場」として今後、発展させていくつもりです。
サービスのさらなる進化を目指す
ゆうゆう館には保育園も併設しているので、将来はここに来ているお年寄りが子育てに協力するということも充分考えられます。
そんな形で元気な高齢者の方にはますます地域で力を発揮していただくと同時に、デイサービスとしては、100名を超えるご利用者のさらなる利便性の向上に取り組んでいきたい。例えば病院へ行くことひとつを取っても移送のサービスがあった方が便利です。ケアマネジャーやヘルパーの資格を持ったスタッフの力を生かして在宅介護のサービスを展開することも可能です。デイサービスのプログラムについては、理学療法士を迎えて本格的なリハビリテーションを提供することも検討しています。
理想のデイサービスはまだ道半ば、サービスの充実と地域の「たまり場」づくりの取り組みをさらに進めていきます。
髙岡さんからのメッセージ
これから日本が超高齢社会に向かっていく中で、いわゆる大企業ばかりではなくて我々のような形で地域に根を張って、事業を展開していくようなサービスもいろいろ出てくると思います。介護ビジネスに興味を持っている方、実際に学んでいる方は、そういう働き方も視野に入れて自分が活躍できそうな仕事を見つけられればいいのはないかと思います。60過ぎで介護事業を始めた私がまだ挑戦しているのですから、みなさんはもっと何にでも挑戦できるはずです。
【文: 高山 淳 写真: 山田 彰一】