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特集記事

2019.04.08 UP

サイボーグ型ロボット「HAL®」を活用したトレーニングで、地域と社会に貢献していく

自分の力で歩きたい。その思いを実現するために、国内外で活用されている最先端の新技術がある。それが、世界初のサイボーグ型ロボット「HAL®」(Hybrid Assistive Limb®)だ。筑波大学教授の山海嘉之教授の研究によって生まれた新たな学術分野「サイバニクス」の成果であり、社会に貢献するために同氏が設立したCYBERDINE社が手掛けている。体に直接装着し、装着者の意思に従った動作を実現する「HAL®」は、病院での治療にとどまらず、体幹などの身体機能のトレーニングでも活用されるようになっているという。今回は、障がい者や高齢者に向けたトレーニング・プログラム「HAL FIT®」を提供している大分ロボケアセンターにお話を伺った。大分県や別府市と連携しながら、健康増進や、人の幸せ、さらには地域活性にまで貢献していくその取り組みと、目指す未来を紹介する。

自立支援ロボットを活用し、障がい者や高齢者に向けたトレーニング「HAL FIT®」を開発

人が動こうとするとき、運動意思に従って、脳から神経を通じて筋肉に伝わる「生体電位信号」が体表に漏れ出す。その微弱な信号を皮膚に貼ったセンサーで検出することで、HALは意思に従った動作を実現し、身体機能を改善・補助・拡張・再生することができる。このうち、HAL®医療用下肢タイプは、2015年には日本国内で8種類の緩徐進行性の神経・筋疾患に対する医療機器として厚生労働省より認可を受け、公的医療保険の適用も始まっている。また、ヨーロッパやアメリカでは脊髄損傷のような疾患に対する活用も進み、中東やアジア諸国への展開も広まっている。

現在、トレーニング用に開発された「HAL®」を活用して、障がい者や高齢者の健康増進に向けたトレーニング・プログラム「HAL FIT®」を行っているのが、大分ロボケアセンターだ。同センターの代表を務める安永好宏さんに、HAL FIT®が誕生した背景について伺った。

「私がCYBERDYNE社で働き始めた頃は、まだ治療のためのHAL®しか展開していませんでした。その中で、ニュースや報道でHAL®を見たという、全国各地の高齢者のご家族や治療の対象となっていない障がいを患った方々から『何とかして使うことができないか』という多くの問い合わせがありました。そうした声に応えていくため、私は第1号のトレーナーになり、HAL FIT®の誕生に携わりました。HAL®を取り入れたこの運動訓練プログラムを多くの人々に役立て、地域に広めていくために、つくばを皮切りに、鈴鹿、湘南、そして、大分にロボケアセンターが設立されました。これらは、すべてCYBERDYNE社の100%子会社ですが、2019年には、各所と連携して全国的に事業を展開していく流れとなり、大阪、浦安にも新たにセンターを開設しています」(安永さん)

大分ロボケアセンターが中心となって、プログラムの開発や運用技術を広めていくための開拓を行っている。各センターでは、高齢者や、運動の苦手な人、障がい者などに向けて、トレーナーが安全、かつ効果的な指導を行う運動訓練プログラムを提供しているが、運動習慣へのハードルを下げることや、体力を維持する面だけでなく、歩行速度がアップするなどの結果も出ているという。

これまで3年以上、大分ロボケアセンターで定期的にトレーニングを受けてきたという久家夏樹さんは、その効果についてこう話す。

「事故で頸椎損傷し、手足が自由に動かない状態のため、下半身全体に装着する下肢タイプのHAL®による歩行トレーニングを受けています。初めて体験した時、脳からの伝達で筋肉が収縮することを実感し、普通に歩いていた頃の感覚を思い出すことができました。長く続けていく中で、体力も心肺機能も上がったので、自由に体を動かせない人にとって非常にいいと感じます。それに、今後、さらに技術力がアップしてくれたら、再生医療の先端治療として、僕のように、リハビリの維持期に入った人たちの機能回復にも役立つようになるかもしれない。そんな未来に期待しながら、トレーニングを続けていきます」(久家さん)

▲安永さんは、海外におけるHAL®の展開にも注力している。サウジアラビアやアメリカ、マレーシアなどの病院やリハビリ施設にも導入されているという

大分県と連携する長期滞在型ツーリズム事業で、介護する人、される人の双方を笑顔にしていく

大分ロボケアセンターの大きな特徴は、通所型だけでなく、長期滞在型のトレーニング・プログラムも手がけているところにある。それこそが、多くの地域から誘致の声を掛けられる中、大分県をセンター開設先に選んだ理由のひとつだ。「HAL®を活用したツーリズムを実現できることにも魅力を感じた」と代表の安永さんは語る。

「まず、大分県は、ものづくり産業に力を入れている自治体という点が大きかったです。また、障がい者スポーツの普及に尽力された中村裕博士によって設立された、障がい者の自立支援施設『太陽の家』の敷地内に開設できる点にも大きな意義を感じました。ものづくりの技術で社会福祉に貢献を目指していた私たちと共通するものが多く、志を一つにできると。さらに、開設先の別府市には温泉施設や観光名所がたくさんあり、海産物や地域の名産品など、食事を楽しめるという大きな魅力もあります。これらの長所を生かすことで、温泉や観光、食事を楽しみながらトレーニングを行う長期滞在型のプログラムを提供できると考えました。現在、大分県と連携する形で、『HAL FIT®ツーリズム』を展開しています」(安永さん)

このプログラムは、地域活性に一役買う観光事業としても期待され、大分県がパートナーとしてPR活動を支援している。現在の利用者は、日本人が中心だが、中国、韓国、アメリカ、フランスなど、海外からはるばる訪れる外国人もいるという。

「利用者の半分程度は若い世代で、事故や病気などによって、長い年月、障がいを抱えている方々です。利用者の方にとっては、旅の楽しさの中にトレーニングを組み込める魅力がありますし、介助を続けているご家族の癒しにもなる。リハビリ期間の急性期や回復期を経て、維持期に入っている方々にとっては、生活の質を高め、心と体の健康を増進することが重要になります。歩行速度がアップするなどの検証データはありますが、それは結果論でしかありませんし、介護される方も、介護をする方も、人生における喜びや楽しみを見出すことができなければ疲弊してしまうもの。このトレーニングやツーリズムを通じて、多くの人々が笑顔を取り戻し、いきいきと日々を送れるように支援していくことが大事だと考えています」(安永さん)

大分ロボケアセンターの誘致に力を尽くした大分県医療ロボット・機器産業協議会の会長、丸井彰さんは、今後に大きく期待していると話す。

「ものづくり企業が多く集まる大分県は、日本で4番目に医療機器メーカーが多い県でもあります。そこには、宮崎県と連携し、『東九州メディカルバレー』として、東九州地域を医療産業の拠点とする構想を進めてきた背景があります。大分県内には、医療用のHAL®を取り入れている病院が多く、医師たちから強く支持されていたことが誘致活動のきっかけになりました。多くの人たちに役立つこの技術を一緒に広めていけば、地域活性にもつなげていくことができると考えています。HAL®のレンタル料金を補助するなど、ものづくり企業としての支援も行いながら、県を挙げてツーリズム事業もバックアップし、より良いサービスと開発につなげていきたいですね」(丸井さん)

▲HAL FIT®の歩行トレーニング風景。補助具を装着し、安全性を確保した上で、トレーナーがマンツーマンの指導を行う

▲丸井さんは、「HAL®を活用したツーリズムや、太陽の家、そしてものづくり企業の連携などに注力していく。大分県が先陣を切って、多様な取り組みで地域全体を元気にしていくモデルとなり、世界から注目される存在を目指す」と語る

別府市と連携し、地域の健康年齢を伸ばす取り組みも。運動習慣を身につける健康増進事業を開始

一方、大分ロボケアセンターは、『健康増進都市』を掲げる別府市から委託を受け、全国初の取り組みとなる健康増進教室事業も手がけている。

「地域の人々の健康年齢を伸ばすことを目的とした事業です。高齢者の方々には、要介護度が高くなって、在宅で生活することが難しくなるケースも増えています。そこで、運動習慣を身につけるきっかけづくりを行うこととなりました。一般市民からモニターを募り、60歳以上の男女各5名に向けて、自立支援用に開発されたHAL®を活用する3カ月間のトレーニングを実施したところ、歩行速度が速くなる、バランス機能や立ち上がり機能が改善されるなどの効果を検証できました。何より、参加者の皆さんから『運動へのモチベーションがアップした』『もっと続けたい』という反響を得られたことに大きな手応えを感じましたね」(安永さん)

モニターとして参加した高野悦子さんは、現在66歳で、運動に対して強い苦手意識があったという。

「運動不足を解消する良いきっかけになると思って参加しました。初めて装着し、立ち上がった時、『こんなに簡単に腰を上げることができるの?』とびっくりしましたね。また、トレーニングを続けていく中で、体の正しい動きが理解できるようになり、スクワットひとつでも、足の向きや腰の落とし方など、効果的な運動のやり方が自然に身についたと感じます。実は、大人数でレッスンを受けるストレッチ教室には通っていたんですが、やり方がよくわからないし、どこに効いているのかもわからなくて。少人数制のHAL®のトレーニングを受けたことで、そもそものやり方が間違っていたのかもしれないなと思いましたね」(高野さん)

週に2回、3カ月のプログラムを終えた結果、段差につまずくことがなくなり、また、運動への苦手意識もなくなったという。

「機械を外しても体が覚えているおかげで、運動が身近になり、料理をしている時などの隙間時間にスクワットをするようになりました(笑)。私の母は、91歳になるんですが、半年ごとに体の状態が変化することを目の当たりにしています。今のうちから、少しでも鍛えておいたほうがいいと実感しますし、このトレーニングがもっと広まっていけばいいなと思っています」(高野さん)

大分ロボケアセンターは、この結果を受け、2019年4月以降、高齢者の予防ケアや、軽度の機能障害がある人の運動促進のために、長期滞在型のプログラムとして事業化していくという。

▲健康増進プログラムのトレーニング風景。運動能力や体力に自信がない人でも、HAL®による補助と、少人数制の指導で、正しい運動方法を学ぶことができる

▲「トレーニングを終えて、体を動かしやすくなったことで、『これまで、足がいつの間にか上がらなくなっていたんだ』と気付き、ハッとしましたね。運動をすることがいかに大事かを実感できました」と話す高野さん

障がい者スポーツに役立つプログラムで、子どもたちに人生の喜びを感じてほしい

HAL®を活用するトレーニングは、障がい者スポーツにおける機能向上にも役立っている。現在、浦安ロボケアセンターでは、水泳や陸上、テニスなどのスポーツに取り組む、小学生から大学生までの障がい者4人に向けたトレーニングを行っている。センター長の坂口剛さんは、一般社団法人日本車いすスポーツ協会の理事も務めているが、実は坂口さんとCYBERDYNEの出会いが、こうした障がい者トレーニング支援のプログラムが誕生するきっかけになったという。

「私の息子は、2歳で交通事故に遭い、重度の脊椎損傷で座ることができない体になりました。HAL®の存在はアメリカ駐在をしていた時に知りましたが、日本に帰国したのち、息子が通っていたリハビリセンターで、偶然にもトレーナーをしていた安永さんと知り合ったのです。折しも、楽しく遊びながらできるリハビリ、夢を持てるリハビリを探していると話したら、安永さんがHAL®を使ってトレーニングをする方法を提案してくれたんです」(坂口さん)

下肢タイプを装着してトレーニングを始めても、最初はなかなか足が動かなかったが、坂口さんがサッカーをやりたいという息子にボールを転がしたら、自分の意思で動かすことができたのだ。

「最初はもう一度立って歩き、サッカーをやりたいという目的でしたが、やがて息子は車いすテニスに興味を持つようになり、一時、トレーニングは中断することになったんです。その後、息子は車いすテニスの国内ジュニア大会で優勝するまでになり、『もっと強くなりたい』という考えに変化しました。しかし、下半身に障害があるため、体幹を鍛えることが難しかった。その時、腰に装着するHAL®が開発されたと知り、これを使ったトレーニングなら鍛えることが可能ではないかと思ったんです。そこで再び安永さんに相談し、一緒にトレーニングプログラムを考えていきました。予想通り、息子の体幹をしっかりと鍛えることができましたね」(坂口さん)

坂口さんと安永さんはタッグを組み、一緒にこのプログラムをブラッシュアップし、競技者に特化した体幹を鍛えるプログラムを開発した。そして、坂口さんは、仕事を辞めて自ら浦安センターを開設しようと決断し、現在、センター長兼トレーナーとして指導を行っているという。

「障がいのある子どもたちのために、好きなことをもっと楽しめる環境を作りたいと思ったんです。オリンピックもパラリンピックも関係なく、スポーツでも鬼ごっこでも山登りでもいいんです。機能を失ったことでいろんなことを諦めていた子どもたちが、HAL®を通じて人生を楽しみ、笑顔になれることが大事だと考えています」(坂口さん)

▲10年前から一般社団法人日本車いすスポーツ協会の理事を務めている坂口さん。「スポーツはあくまでツールであり、HAL®もまたツールです。本人の気持ちを大切に、夢ややりたいことを叶えていくために、トレーニングを行っていきます」と話す

▲腰に装着するタイプのHAL®。作業支援のために、物流、建設現場などの重作業の現場にも導入されたり、介護施設が職員のために導入するケースも。また、災害支援として、瓦礫の撤去作業のために貸し出されるなどもしている

ロボケアセンターを全国に増やし、各地をめぐる楽しみも提供していく

最後に、安永さんに、大分ロボケアセンターの今後についてお話を伺った。

「HAL®FITのプログラムは、体のみでなく、心にもフォーカスしたものとなっています。やりがいも幸せも喜びも、一人ひとり違うものですから、利用する人々の笑顔を追求していくことを大事に、さらなる活用方法を考えていきます。当面の目標としては、多くの人にプログラムを利用してもらえるよう、全国にロボケアセンターを増やしていきたいですね。ツーリズム的に各地のセンターを回る楽しみも作っていけたらと思います。現在、HAL®はアメリカ、ドイツ、ポーランド、イタリア、サウジアラビア、マレーシアなどに導入されており、海外で利用したことをきっかけに、日本を訪れる方もいます。人生の喜びや楽しみを中心に、そうした取り組みを広げていきたいですね」(安永さん)

また、少子高齢社会がますます進んで行く今後も見据え、HAL®をどう活用していくかも重要だと話す。

「介護のための人手が足りなくなったら、ロボットに任せられる部分は、任せていく世の中になるのではないかと思います。これまでも、利用者の方の声をもとに様々なプログラムを生み出してきたので、そうした知見を活かし、HAL®の使い方について、視点を変えて考えながら、社会に役立てていこうと考えています。日本は、高齢社会の先進国でもあるので、やがて世界にもこうした取り組みを広げていければと思います」(安永さん)

優れたツールは、活用するシーンや方法次第で、人の生活の質を向上させ、人生に喜びをもたらすものとなる。地域活性から高齢社会の健康増進、障がい者スポーツまで、多様な領域で挑戦を続けている大分ロボケアセンターの今後の取り組みに、さらなる期待が高まる。

▲大分ロボケアセンター内で行われた講演会では、HAL®の今後の展開について安永さん自らが語った。会場には、医療やリハビリの関係者が多く集まっていた

【文: 上野 真理子 写真: 刑部 友康】

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