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ヘルプマン

2018.02.01 UP

プロ意識の高い正社員による訪問介護で  年145%の成長を続け、業界トップを目指す

介護業界では、「熱い思い」や「寄り添う気持ち」を語る声をよく耳にする。しかし、介護で大切なのは「思い」よりも、スタッフのプロ意識と彼らに対する業務内容に見合った待遇なのではないか。そう考えて2008年、訪問介護事業を中心とする株式会社ケアリッツ・アンド・パートナーズを28歳で起業したのが、代表取締役社長を務める宮本剛宏さんだ。起業から9年間の年平均成長率は145%。2017年度の売上高は50億円を見込む。一般的な訪問介護員の平均年齢は53.3歳、正規職員比率は32.9%*、平均年収は260万円だが、同社では、平均年齢37歳、正社員比率6割以上、平均年収381万円という、介護業界では異例の存在だ。独自の戦略で急成長を継続させている宮本さんにお話を伺った。
*年齢、正規職員比率データ:公益財団法人 介護労働安定センター「平成28年度 介護労働実態調査」より

100人の介護職へのヒアリングで
分かった介護業界の3つの課題

繊維業界、IT業界で営業担当として活躍していた宮本さんが、介護業界に興味を持ったのは2007年のこと。独立、起業を考えていたそのころ、世間をにぎわしていたのが「コムスン事件」だった。当時、介護業界最大手だったコムスンは、介護報酬の不正請求をきっかけに厚生労働省の厳しい処分を受け、介護事業から完全に撤退していった。

「介護事業といえば、困っている人たちを助ける“いい仕事”。そんなイメージを持っていたんです。でもこのとき、コムスンも当時の社長もひどく叩かれていましたよね。それで、いったいこの事件は何なのだろう、と興味を持つようになり、介護職の人たちに介護業界の課題についてヒアリングしてみました」

友達の友達、友達の母親、その友達など、つてをたどって話を聞いた介護職は100人に上る。その多くが口をそろえて言っていたのは、「給料が安い」「何年たっても同じ仕事をしている」「IT化が遅れている」ということだった。

「調べてみたら、この業界には大きい会社がない。最大手でも、当時、介護事業の売り上げは1,000億~2,000億円弱、業界シェアも1%程度だったんです。起業するなら業界トップを目指したいと思っていましたから、課題が明確なこの業界なら、できることがいろいろあるんじゃないかと思いました」

▲起業からしばらくの間、自身も訪問介護のヘルパーとして現場に積極的に出ていた宮本さんは、いまでも社長であることを伏せて現場に出ることがあるという

自社開発のシステムで
大幅な省力化、効率化を図る

というのも、宮本さんは、介護業界で戦う上での強みが3つあると考えていたからだ。そのひとつは、自社でシステム開発し、業務の効率化を図れることだ。

「前職の会社から、システムエンジニアが10人ぐらい付いてきてくれたんです。これで、省力化につながるシステムの自社開発ができるだろうと考えました」

次に営業力だ。営業畑を歩いてきた宮本さんは、100人の介護職と話をした際、営業に対する“熱”のなさを不思議に思っていた。

「介護業界の人たちには、どうも『上を目指すぞ』『売り上げを上げるぞ』みたいな“ギラギラ感”がないんですよね。サービスを売り込む“営業トーク”ができる人もあまりいなかった。これは、営業に力を入れるだけでも、結構強みになるのではないかと思いました」

そしてもう一つ、都内有数の進学校出身である宮本さんは、東京大学などを出た中高時代の後輩たちが経営陣に加わったことも強みになると考えていた。

自社でのシステム開発による業務の効率化。営業力。人脈。この3つを強みとして、宮本さんは、2008年、畑違いのIT業界から介護業界に参入したのである。

▲宮本さんの後輩で東京大学薬学部出身の太原有理さんは、事業戦略の立案、人材採用、新規事業開発など、取締役として宮本さんを幅広くサポートしている

若い社員の採用と正社員雇用で
業界ナンバーワンを目指す

起業にあたり、宮本さんはまず自分自身で訪問介護のヘルパー業務に取り組んでみた。通常、ヘルパーの訪問件数は多くて1日5~7件程度。しかし宮本さんは一時期、朝7時から夜11時まで、1日約15件の訪問を続けた。それでも「介護の仕事は皆が言うほど全然きつくないじゃないか!」という感想を持ったという。

「そう感じたのは、一つには僕が他の業界で働いた経験があるからです。前職も前々職も、当時は夜11時、12時までの長時間労働が当たり前。確かに今思えば厳しい労働環境ではあったのですが、それに比べれば、ヘルパーの方が体力的に楽だったのです」

もう一つには、宮本さんが体力のある、若い男性だからだ。100人の介護職にヒアリングしたとき、宮本さんは、「体力的にきつい」という声をたくさん聞いていた。そう語った介護職の多くは、50代、60代の女性だった。

「介護は、腕力や体力差がかなり出る仕事だと感じました。だとすると、若い人を採用できればそれも結構アドバンテージになるのではないかと気付きました」

もう一つ、宮本さんが起業してみて強く感じたのは、一部の介護職の“プロ意識”の低さだ。

「パートの登録ヘルパーさんの中には、『明日はスーパーの特売に行きたいから、休ませて』と平気で言ってくるような人がいたんです。しかも、そういう人が『介護は“思い”が大切だから』と言っていたりもする。一般企業に勤めていれば、仕事上必要なら休日出勤だってします。そういうビジネスの常識が、いまのこの業界では通用しないんだなと痛感しました」

それなら、パートではなく、プロ意識の高い正社員でサービスを提供した方が、サービスの質が上がるのではないかと、宮本さんは考えた。若い社員を採用する。正社員比率を上げる。売り上げ規模とサービスの質で介護業界ナンバーワンを目指す、宮本さんの取り組みがここから始まった。

▲2017年6月には、介護業界に優秀な人材に集まってほしいという期待を込めて、業界の分析とケアリッツの取り組みを紹介した本を上梓した

時には顧客の要望を断って
社員を守れる管理職人材が必要

力を入れたのが、人材の獲得だ。ケアリッツでは、毎月15人以上を採る中途採用と並行し、設立3年目から毎年新卒採用を行っている。今年の4月には、介護部門で26人、IT部門で5人の新卒が入社予定だ。介護部門では、介護に対する熱意の高い専門職志向の人材、人を動かすことができる管理職志向の人材を、「プロフェッショナル」「マネジメント」のコース別に採用している。

「もともとはマネジメント志向の人材を採用したくて、大卒の新卒採用を始めたんです。でも採用活動をしてみたら、上昇志向や管理職志向は強くないけれどヘルパーとしては非常に優秀な人材も多かった。それで、そういう人材も採用していきたいと考えて、新たにプロフェッショナルコースを設けました」

プロフェッショナルコースの応募者には、福祉学科の学生だけでなく、ボランティアサークルなどで介護や福祉に触れ、福祉業界を志望している学生も多い。一方、マネジメントコースに応募するのは、必ずしも福祉業界を志望しているわけではなく、純粋に自分自身の可能性を試せる場を求めている学生が中心だ。この2つのコースの応募者には、目指しているもの、求めているものにかなりの違いがある。そのため、ケアリッツでは、異なる研修制度、キャリアパスを用意し、どちらの人材もその志向に合わせて実力を発揮できる場を用意しているのだ。

介護業界では、管理者教育に力を入れている事業者はまだ多くない。マネジメントができる人材の育成を重視する宮本さんは、管理者に求められているものと役割をこう語る。

「管理者はサービス提供の質とは別の軸で評価し、売り上げの数字をしっかり見て、ビジネス感覚で対応できる人材を配置すべきだと考えています。顧客からの要望にどこまでも応えるのではなく、冷静に、時には断ってでもスタッフを守る視点が必要だからです。マネジメントコースではそれができる人材を育成しています」

▲「サービスとマネジメント、それぞれのプロを育成し、役割を明確に分けるべきだ」というのが、宮本さんの考えだ

年収1,000万円を目指す人も
惹きつける給与とキャリアパス

マネジメントコースには、現場介護スタッフ→事業所管理者→エリアマネジャー→ブロックマネジャー→事業部長→経営層というキャリアパスを用意した。プロフェッショナルコースにはまた異なるキャリアパスを用意し、社員の給与ランクは30段階ほどに分けた。ステップアップには社内基準をパスすることが必要だが、段階が上がれば給与も上がる。業界内での常勤ヘルパーの平均年収は約260万円とされるが、ケアリッツの正社員の平均年収は381万円。勤続3年以上なら441万円と、業界トップクラスだ。

「僕はこの業界の課題のひとつは、社員が10人にも満たない企業が多くてキャリアアップの道筋が見えず、給料も上がりにくいことにあると考えています。年収1,000万円を目指す優秀な人材は、その道がないなら他の業界に行ってしまうでしょう? それはとてももったいないと思うんです」

だから、宮本さんは給与の引き上げを重視している。

それにしても、訪問介護は介護事業の中でも特に収益率が低いとされるサービスだ。にもかかわらず、訪問介護中心で事業を展開するケアリッツは、なぜ業界トップクラスの給与水準を実現できたのか。

「一つには、うちの強みであるITによる業務の効率化ですね。例えば、介護保険の請求業務。500万円くらいの売り上げがある事業所だと、伝票が1,000枚くらい発生するんです。その入力作業を行う事務担当者を置いている事業所が多いと思うんですけど、うちでは56ある訪問介護事業所の請求業務は、本社にいる8人の担当者が一括処理しています。それができるのは、エクセルで作ったヘルパーの勤務シフトを、手を加えずに介護保険の請求ソフトに流し込めるツールを開発したからです。つまり、各事業所に1人の事務職員を置けば56人必要なところを8人で行うため、48人分の人件費を削減できたことになります」

*常勤ヘルパーの平均年収:第1回社会保障審議会福祉部会 福祉人材確保専門委員会 平成26年10月27日 資料2 P7 「介護職員の賃金(常勤労働者)」の「ホームヘルパー」の男女計「決まって支給する現金給与額」を12カ月分とした金額

▲同社では請求業務以外にも、ITの活用でさまざまな業務の効率化を進めている

正社員6割以上だからできる
生産性の高い訪問介護

また、訪問介護員の正社員比率が6割以上という職員構成も高い給与水準を維持できる大きな要因だ。先に、介護業界における営業力について触れたが、実は、登録ヘルパー中心で運営する訪問介護事業所には積極的に営業できない事情がある。空き時間に新規訪問を入れたくても、その時間に確実に訪問できる登録ヘルパーがいるか、その都度確認しなければ分からないからだ。

「うちはいま、サービスの8割以上を正社員が提供しています。だから、毎月、管理者がヘルパーのシフト表持参でケアマネジャーに営業に行って、依頼があればその場で即決できます。男性ヘルパーが5割近くいるので、車いすのまま階段を上がりたいなど、力仕事系の依頼もよく頂いています」

一定の研修を受けた社員ヘルパー中心のサービスだから、サービス内容のばらつきもない。安定した質のサービスを提供し続けることで、利用者から「選ばれるサービス」になっていると、宮本さんは言う。

「それに、勤務時間を固定している社員のヘルパー中心ですので、効率的な勤務シフトを組むことも重要です。ヘルパーの待機時間は少なければ少ないほど、生産性は高くなりますから」

正社員中心で運営していくという決断。プロ意識の高い社員を育てる研修制度やキャリアパスの構築。これらは、宮本さんが後輩たちと共に作り上げてきたものだ。そして思惑通り、起業時に考えていた3つの強みも発揮しながら、業界でのアドバンテージを獲得しているのだ。

▲介護報酬の引き下げが続く訪問介護事業で、年平均145%の成長を続けているのは驚異的だ

新サービス「リロケア」では
在宅介護継続をサポート

今後は、介護周辺サービスにも取り組んでいきたいという宮本さん。2017年12月に、高齢者向けの住み替え介護コーディネート「リロケア」をスタートさせた。

「これまで訪問介護のサービスを提供した1万人以上の顧客のうち、半数はサービス提供を終えています。その多くが施設に入所されていますが、バリアフリーではない自宅での介護が難しくなった、引っ越し先が見つからないなど、不本意ながら施設を選択した方もいます。そうした方が、在宅介護を受けながら暮らせるように住み替えを支援しようと始めました」

現在の介護の状況や要望を聞いて、今後の介護の場はどこがよいかをアドバイス。住み替えが必要であれば、賃貸仲介業者として候補物件を提案する。物件の内見にも同行し、要望があれば代理での内見も行う。さらに、入居にあたり、管理会社との契約もサポート。必要に応じて、転居後の在宅介護体制について、ケアマネジャーを交えての相談にも対応する。

「単なる引っ越しのサポートだけでなく、在宅介護の継続を支援できるところがポイントです。このサービスで、本来、在宅を望む方が在宅で暮らし続けられるよう、支援できればと思っています」

企業全体としては、今後10年以内に売り上げ1,000億円を達成したいという宮本さん。新しいサービスも加えたケアリッツの急成長は、まだまだ続きそうだ。

【文: 宮下公美子 写真: 阪巻正志】

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