最新トレンド
2018.01.24 UP
「こども食堂」とは、地域や自治体が主体となり無料または低料金で栄養のある食事を子どもたちに提供するコミュニティのこと。子どもの貧困や孤食の解決を目的に、ここ数年で全国に広がりつつある。「こども食堂ネットワーク*」のホームページに掲載されているだけでも、全国で230カ所を超える。その中のひとつ、東京都町田市の「にこにこ清風食堂」は、特別養護老人ホーム・デイサービス・グループホームの複合施設である「清風園」(社会福祉法人賛育会)が開催している。そこで今回、「こども食堂」を始めたきっかけや、高齢者施設が運営することの意義・メリットについて、清風園の施設長で、にこにこ清風食堂のサブキャプテンを務める吉田美香さんに話を伺った。
*こども食堂の運営者が交流し、ネットワークを広げるための連絡会。
「地域には困っている子どもがいる」
その一言に心を揺さぶられ開設
「にこにこ清風食堂」を開催する清風園は、1964年に東京都で2番目に、特別養護老人ホームとして開設された福祉施設。社会福祉法人賛育会としては2018年3月に創立100周年を迎えるという。
そんな同施設が2016年6月にこども食堂を始めることになったのは、「地域で困っているのはお年寄りばかりではない。問題を抱えている家庭の子どもたちにも目を向けてもらえないか」という、地域の民生委員からの一言だったという。
「ちょうど子どもの貧困が社会問題として取り上げられるようになったころでした。私自身も地域の中学校の学校支援理事を務めているため、そうした現実があることは理解していましたが、何よりその一言に心が揺さぶられ、とにかく始めてみようと仲間を募ったのです」
高齢者介護のプロではあっても、子どもとは接点がない。有志で最初に集まった6人だけでは何もできないと考えた吉田さんは、ボランティアを募集し、説明会を実施した。さらに、都内の他のこども食堂を視察しながら、実施方法やコンセプトを固めていったという。
「説明会では、子どもの貧困に問題意識を持っておられる方が多く、20人のボランティアスタッフが集まりました。それぞれの方ができることに合わせて、『食事を作る組』『食事は作らないが子どもと遊ぶ組』『食事の片付けをする組』『受付や窓口をする組』など役割ごとにグループ分けし、さらにボランティアのキャプテンを1人選出するかたちでチーム作ることから始めました」
▲食事の前後の時間には、特別養護老人ホームの利用者と交流したり、園庭で遊んだり、大学生のボランティアスタッフに宿題を教えてもらったりして過ごすことができる
市の助成金は受けず、
企業や農協などの協力を得て運営
食事代については、「社会福祉法人でやるのだから」と子ども1人100円に設定。しかし、そう簡単にはいかなかったという。
「介護保険事業とは異なるので、使えるのは場所だけ。先に100円と決めてしまっていたので、そこから食材を調達するための企業や団体巡りが始まりました。野菜は農協さん、米や味噌は職員が持ち寄ったり、近所の方々にも声をかけてご協力いただきました。ホームページを見て賛同いただいた方々からの寄付金を使って購入することもあります。お菓子専門店『二木の菓子』のとある店舗からは、賞味期限ギリギリのものでよければとお菓子を提供していただいています」
その他、クリスマス用のチキンなど、年に数回行うイベントの際の特別メニューについては、清風園の給食委託業者である㈱日本ゼネラルフードが、「社会貢献事業として」と提供してくれるそうだ。
「開設にあたって保健所や町田市とも相談しました。町田市は東京都の助成金を受けていないため、こども食堂を作るための補助金が受けられませんでした。一方で、規模によっては飲食店の営業手続きなどが必要になるほか、基準に合わせて調理場を改装する必要も出てきます。現在の設備のままで迅速にこども食堂を開設するために、すべてを寄付や100円の食事代で賄うという条件で、子どものみ30食程度の食事提供にとどめて運用をしています」
▲取材に伺ったのはクリスマス会の日で、サンタが子どもたちにプレゼントを届けに来る演出も
食事や季節のイベント開催で
高齢者と子どもが触れ合う機会を作る
「にこにこ清風食堂」は月2回(第1・3木曜日)の定期開催で予約は不要。開催の日は、17時ごろから子どもたちが施設に集まり、学生ボランティアが宿題を教えたり、遊んだりするという。18時から食事が始まり、19時ごろに終了するという流れだ。中学生以下が対象で、来た子どもはすべて歓迎。施設内のグループホームでは、利用者と一緒に食事をとる子どもたちも。2018年1月時点で開催は38回を数える。
親の付き添いがあっても、食事の提供は子どもだけ。現在は平均で30人程度が参加する。子どもが友達を呼んできたり、ホームページや口コミを通じての問い合わせも増えているという。
「清風園は地元で50年以上やっている福祉施設ということで、地域の方々からは信頼していただけているようです。中庭を使ってのスイカ割りやキャンプ、お月見など、子どもが楽しめる季節イベントも実施していますが、やはり高齢者施設なので子どもとお年寄りとの触れ合いの要素も大切にしたいと考えています」
グループホームの利用者の平均年齢は80代後半ということで、小学生の子どもたちにとっては、自分のおじいちゃん、おばあちゃんよりももっと年齢が上であることがほとんど。高齢者と生活したことがない子どもも多いため、最初はほぼすべての子どもが戸惑ってしまうという。しかし、そうした経験も含めて、子どもと高齢者の交流が必要だと吉田さんは話す。
「ご利用者さんは、毎回子どもたちがやって来ると、『あらかわいいわね』と言いながら接しておられますね。そうした状況に子どもが少しずつ慣れていくという感じです。認知症の方々ですから子どもとの触れ合いは記憶には残らないことが多いものの、その瞬間が楽しいということが大事です。楽しいことがあれば夜もゆっくり寝られますし、何より心の活性化につながります。子どもたちが部屋に入ってくると、表情が明るくなって皆さんとても喜ばれるんですよ」
▲清風園では、子どもたちと高齢者の食事のスピードが違うことも考慮しながら、交流できる場を作っている
子どもたちの「居場所」となり
一人ひとりの成長を見届ける
開設当初は、子どもの貧困や孤食の解消を大きなテーマとして掲げていたが、運営していく中でいろいろな家庭の問題も見えてきているという。その受け皿になることも含め、「子どもの居場所を提供しよう」という思いが、吉田さん含めボランティアスタッフの方々のモチベーションになっているという。
「毎回来てくれる子が多いのですが、ボランティアスタッフや子ども同士での関わり合いの中で、少しずつ成長していく姿が見られるのはとてもうれしいことです。一人で落ち着いて食事ができなかった子が、背筋を伸ばして座って食べられるようになったり。また、学校のクラスで仲間ができずにいて、一人で食事するのが当たり前だった子が、こども食堂では皆の輪に入るようになり、ついに先日は同じクラスの友達を連れてきたこともありました。子どもたちにとっては、ここに来られなくなることが何より怖くて、ここが居場所になっているんです」
学生ボランティアとして参加しているのは、教員を目指す玉川大学教育学部の学生たち。そのひとりである佐野優吾さんは、「子どもたちが笑顔で帰っていく姿を見るのが何よりの喜び。親でも先生でもない立場として、いろいろなことを教えながらも一緒に楽しむにはどうしたらいいのか、すごく勉強になるんです」と話す。
地元のボランティアスタッフは最初は20人でスタートし、1年半の間に参加してくれたメンバーがほぼ一巡したという。話を聞きつけて「できることでよければ」と参加してくれる人や、ボランティアスタッフが仲間を連れてきてくれるケースも増えている。
ボランティアを取りまとめるキャプテンの森博司さんは、「スタッフそれぞれが思いを持って協力してくれているので、各自のやり方で思う存分に力を発揮できるように、環境を作っていきたいと思っています。やりがいを得るためにやっているわけではありませんが、子どもたちの成長を見られるのは一番の喜びですね」と笑顔で話してくれた。
▲最初に有志を募ったときから参加している、キャプテンの森さん
介護施設によるこども食堂運営を通して
将来の介護・福祉の担い手を育てる
吉田さんは、「もっといろいろな地域にこども食堂が増えてほしい」という思いから、清風園での活動を紹介するための講演を行ったり、取材を受けたり、施設見学を積極的に受け入れるようにしているという。
「私たちの場合は、『社会福祉法人が運営している』という点が珍しいこともあり、注目していただく場面は増えています。社会福祉法人が社会貢献・地域貢献をしていく際に、こども食堂がいいのかどうかは分かりませんが、選択肢としてもっと広がっていけばいいなと思っています」
特に介護施設の場合、すでにある建物や施設を活用できる点は大きいという。
「せっかくある建物などの有効資源をどう活用するか、そこはもっと考えていけるでしょうし、ノウハウさえ学ぶことができれば、社会福祉法人がこども食堂を運営することはそれほど難しくないと思います。ただ、やるからには継続しないといけません。既に多忙な職員がこども食堂に時間を割けるのか、また、長く手伝ってくれるボランティアスタッフの確保などは課題となるでしょう。覚悟も必要ですから、『なぜやらないのか』とは簡単には言えませんが、やることの意義は非常にあると実感しています。たくさんの方々の協力があってこそ、ですが」
吉田さんがもう一つ期待しているのは、将来の介護福祉の担い手を育てるということだ。
「地元の子どもたちなので、おじいちゃん、おばあちゃんとの触れ合いを通して、『将来は私もここで働きたい』『介護の仕事に就きたい』というふうに、将来の地域における福祉の担い手になってくれたらいいな、という期待はありますね。また、世代間の交流によって地域のつながりも深まっていくはずです。そういう意味でも、たくさんの地域にもっと広がってほしいですね」
▲こども食堂の開催日以外でも子どもたちが気軽に立ち寄れる場所にしていきたいと吉田さん。また、保護者の子育ての悩みにも向き合いたいと考えている
【文: 志村 江 写真: 桑原克典(TFK)】