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厚生労働省が2015年1月に発表した認知症施策推進総合戦略によると、2012年時点で認知症患者数は約462万人。認知症の前段階といわれる軽度認知障害(MCI)である約400万人を合わせれば高齢者の4人に1人が認知症、あるいはその予備軍という計算で、2025年には患者数だけで700万人に達すると推計されている。そんな認知症に対する新しい取り組みとして注目を集めているのが、株式会社キャピタルメディカが2017年2月にリリースしたMCIの早期発見と認知症リスク低減のためのプログラム「アタマカラダ!ジム」だ。

軽度認知障害から健常に戻る可能性も
社会的影響が大きい画期的なプログラム

「アタマカラダ!ジム」は、軽度認知障害(MCI)の早期発見と認知症リスクを低減する運動プログラムがセットになったデジタルコンテンツプログラムだ。認知症発症前の状態を発見するための早期発見テストと、そのケアを行う運動メニューをパッケージ化した、これまでにない画期的なサービスといえる。キャピタルメディカとジェイアール東日本スポーツが、アルツハイマー型認知症基礎研究の第一人者である東京大学大学院薬学系研究科・富田泰輔教授の全体監修のもとで共同開発したという。

「アルツハイマー型認知症の原因と考えられているのが、アミロイドβとタウたんぱく質です。それらは、認知症が発症する20年以上も前から、すでに脳にたまり始めているといわれています。MCIとは発症する前段階のことですが、海外の研究によって『MCIの段階であれば、14%から44%の方が、健常状態に戻る可能性がある』とされているのです」(※1)

そう語るのは、キャピタルメディカ・執行役員経営企画部長の中村健太郎さんだ。

「MCI段階の人は、接していても普通の人と変わりません。現在発表されているMCI認定者数も、診断を受けて分かった人数ですから実際はもっと多いでしょう。『アタマカラダ!ジム』はMCIを早期発見でき、そのうち約3割の人は健常状態に戻り、約3割は現状を維持できるという可能性を持つプログラムです」

2015年に慶應義塾大学医学部と厚生労働科学研究の共同研究グループが発表した推計では、認知症にかかる医療・介護費と家族介護の負担も含めた社会的費用は年間14.5兆円にも上っており、これは国民全体の医療費の約3分の1を占めている。一度発症すればほぼ治らないとされている認知症だけに、早期発見のみならず、健常状態に戻せる可能性があるこの取り組みは、社会的にも大きなインパクトを与えるに違いない。
▲介護業界について「知識や技術をいくらでも深めていける、実に奥深くやりがいがある業界」と語る中村さん
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「介護業界に革命を」という気概で
新たなサービスを生み出す

キャピタルメディカは、「クラーチ」ブランドで介護付き有料老人ホーム・住宅型有料老人ホーム・訪問介護ステーションなどの高齢者事業を展開し、さらに22の病院の経営支援を手掛けている。

クラーチでは、「介護に、革命を」をモットーに、「介護業界はあらゆる可能性を含むサービス業である」という考え方のもと、介護の在るべき姿の実現を目指している。今回の認知症への取り組みも、こうした活動のひとつだ。

「われわれは、認知症を早く発見できて治せたらいいよねと純粋に思ったのです。でもそれを実現できるものがなかった。そこで、独自調査や研究者との交流を経て、自分たちで作ろうと取り組んだのが『アタマカラダ!ジム』でした」
▲開発にあたっては、施設運営で得た知見や現場からの声が多く取り入れられている

10分程度のテストで判定
改善プログラムは30分の運動で

「アタマカラダ!ジム」のMCI早期発見テストは、実際に医療現場で使われているMCIスクリーニングテストの日本語版「MoCA-J」を専門家の指導のもとでICT化したものだ。タブレット端末を使って10分程度で受けられる。例えば「法則に従って制限時間内に数字をたどる」「同じ図形をまねして描く」「記憶して答える」「『あ』で始まる言葉を思いつく限り言う」といった全11問のテストから構成されている。

この11問が、概念的思考、計算や視空間認知、記憶と言語といった脳の働きのうちのどれかを調べる設問となっていて、脳の働きのどの部分に問題があるかを探ることができる仕組みなのだという。

「テストの結果、健常だった人はまた翌年にテストを受ければよく、完全に認知症だと判定された場合は別のプログラムでケアしていくことになります。実際にMCIと判断された場合は、週に2、3回実施する改善プログラムに参加してもらい、その後、3カ月から6カ月ごとに機能チェックを行って改善の効果を見ていきます」
▲シンプルなつくりになっているため操作性が良く、誰でも簡単に使える
▲将来の利便性や拡張性を考慮し、タブレットを使って簡単にできるようにと開発された

身体の機能改善要素も取り入れた
運動としても質の高い改善プログラム

「このプロジェクトのキモは、アカデミアがちゃんとした条件のもとで研究を行うこと」と中村さん。

「どんなに一企業が頑張ってデータをとって進めても、なかなか説得力のあるものに仕上げるのは難しい。その点では、認知症の研究者として第一線におられる富田教授の協力が得られたことの意義は大きいです。教授の監修のもと、認知症のリスク低減に関する世界各国の学術論文をレビューした結果、MCI改善には、有酸素運動を行いながら、記憶や計算、視空間認知、概念的思考などの機能をつかさどる脳の各部位を刺激するプログラムが効果的であるという示唆が得られました」

この結果を受け、改善プログラム構築には、運動のプロフェッショナルの協力が必要だという考えにたどり着く。

「運動メニューを担当したのは、運動指導実績が豊富で、人々の健康に高い関心を持つジェイアール東日本スポーツさんです。彼らはわれわれの施設に十数回も足を運び、高齢者の運動について細かく調査していました。そうして完成したのが、椅子に座った状態で行える、筋トレ要素や身体の機能改善要素も取り入れた、80歳の方でも行いやすいプログラムです」

改善プログラムの内容は、有酸素運動×脳に刺激を与えるコンテンツで、全部で30分程度のプログラムとなっている。
▲実際の施設では、画像をスクリーンやテレビに映して皆で利用しているという

自社施設でのトライアル導入を経て
他社や個人への普及も視野に

2016年10月より、クラーチの7施設で「アタマカラダ!ジム」のトライアル導入がスタートしている。

「現在は、MCI認定者だけを対象にせず、施設で行う運動レクリエーションに置き換えて改善プログラムを実施しています。楽しみながら飽きずに続けられるようコンテンツにはこだわりましたが、当初はご入居者さんたちが興味を持ってくれるか不安でした。導入後は、ご利用者さんから『これまでの運動レクよりも面白いね!』という声をいただいています」

導入から数カ月が経ち、その反応も見え始めている。

「7施設の合計サンプルは、2017年3月末時点で720くらいですが、想定以上のMCI認定者が確認できたため、介護職員もわれわれも驚いています。半年後に再度、MCI認定者にテストを受けてもらえれば、改善傾向にあるといった目に見える効果が出始めると予想しています。そうなれば、導入当初は運用で精いっぱいだった職員たちも、いっそう士気が高まるでしょう。いまはデータを蓄積しているところなので、定期的にチェックしながらバージョンアップし、研究としても続けていくつもりです」

キャピタルメディカでは年に2〜3の施設を増やしていく計画で、今後も毎年200人を超える入居者を迎え入れていく予定だ。新たな施設での導入に加え、ジェイアール東日本スポーツが行う介護予防事業にも順次導入する予定となっている。

「年内をめどに、他の介護事業者にも販売したいと考えています。その後は自宅で簡単に診断テストや運動プログラムが行えるよう、ネットを通じた販売なども行っていきたいですね」

さらなる分析や研究を重ね
日本発のサービスとして世界へ

富田教授を中心に今回のプログラムをさらに発展させるべく、さまざまなデータマイニングも進んでいる。

診断テストや改善プログラムを通じて得たMCIや認知症に関わるデータや、利用者の生活習慣などの基本データをもとにしたあらゆる分析が始まっており、今後、日本発となるアジアのスタディとして世界に発表することも視野にあるという。

「特に富田教授が興味を持っているのが、睡眠と認知症の相関関係です。特に入眠時間との関係なども、今後調査を続けて明らかにしていくそうです」

同社には、すでに海外からの問い合わせや「サービスを導入したい」という依頼が舞い込んでいるという。認知症患者の増加に一石を投じるこのプログラムが広く浸透し、同時に認知症研究が進むことで、「認知症は治らない」というこれまでの認識が変わっていくことを期待したい。

※1:Manly JJ. Bell-McGinty S. Tang MX. Et al. Implementing diagnostic criteria and estimating frequency of mild cognitive impairment in an urban community. Arch Neurol.2005:62(11):1739-1746
▲認知症につながる脳の働きと、生活習慣や運動、栄養との関連について研究が進んでいる
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文: 志村 江
写真: 桑原克典(東京フォト工芸)
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