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経済的な理由で進学が困難な学生を塾生として福祉施設で受け入れ、就学を支援する奨学金制度、インターンシップ型自立支援プログラム「ミライ塾」を手がける奥平幹也さん。新聞奨学生として大学を卒業した自身の経験から、「卒業後に返済を残さない奨学金制度」を介護施設と連携する形で実現。学ぶ意欲はあっても進学を諦めざるを得ない若者と、人材不足の介護業界を結びつけ、現在、11人の学生を受け入れている。「介護の専門家100人ではなく、介護の経験者を1000人つくる」を目標に掲げる奥平さんの、これまでの軌跡とこの取り組みに賭ける思いを伺った。
プロフィール紹介
1974年生まれ。沖縄県出身。新聞奨学生として早稲田大学へ進学。卒業後、不動産鑑定事務所に入社し、11年間勤務。うち後半の6年間は、介護施設に特化した外資系投資ファンドとの仕事の責任者として多くの施設の視察・調査を担当。2012年、株式会社介護コネクションを設立し、起業。地域密着型の高齢者・介護事業所応援サイト「介護本舗」を運営(現在は停止中)し、施設と外部サービスのマッチング事業を開始。2015年、介護施設でアルバイトしながら進学するインターンシップ型自立支援プログラム「ミライ塾」をスタート。

毎日、300軒超に新聞を配達 
「やり抜いた経験」がミライ塾の原点に

「ミライ塾」は、経済的に進学が困難な学生と、人材を確保したい介護施設を結びつけ、学生が授業のカリキュラムなどに合わせて働きながら通学し、奨学金も返済していくという試みだ。この取り組みの原点は、奥平さん自身が新聞奨学生として過ごした日々にあるという。

「親からは『大学には自分の力で行け』と言われていましたし、1歳年上の兄が新聞奨学生の制度をすでに利用していたので、僕もそれに倣って東京の大学に進学しました。専売所の寮に入り、台風の日も猛暑の日も休みなく、ただひたすら新聞を配り続けましたね。大雪の日には新聞を載せた自転車が途中で動かなくなり、自転車ごと担いで配って回ったことも(笑)」

新聞奨学生の労働時間については、一般的には「朝刊3時間、夕刊2時間程度」とされているが、悪天候の中ではそうはいかない。朝刊を配り終わらなければ学校に行けず、また、15時には夕刊が届くため、午後の遅い時間帯の授業は受けることができなかったという。

「チラシの折り込みなどの作業や集金も担当したため、4週6休で1日8時間以上は働きました。最初のころは、学業との両立はそう簡単ではなく、自分なりに配達方法や集金の効率化を工夫しましたね。新聞奨学生と聞くと苦学生という目で見る人も多く、僕はそれが本当に嫌でした。当時は、こっそりラーメン店のアルバイトも掛け持ちしていたから、小遣いだけで20万円近くになる月もありましたし、同じ専売所の寮には地元から一緒に来た仲間もたくさんいて楽しく過ごすことができました。自分で稼いで卒業できたことで、『やり抜いた』という大きな達成感を得ることができました」
▲新聞奨学生時代には、“貧困学生”というイメージで見られることも多かった。「ミライ塾では、奨学生に対するマイナスイメージも払拭していきたいです」と奥平さん
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介護系投資ファンドの仕事に携わる中
「高齢社会は他人事ではない」と実感

奥平さんは、大学在学中から「いずれは起業したい」と考えており、不動産鑑定士の資格に興味を持ったという。卒業後しばらくして不動産鑑定事務所に入社。11年間働く中、不動産の証券化に関わる仕事やビルの再開発関連などのコンサルティングの仕事を経て、介護施設に特化した外資系投資ファンドの仕事を担当。これが、介護業界との最初の接点だ。

「全国各地で有料老人ホームや高齢者専用賃貸住宅(現在のサービス付き高齢者向け住宅)などを経営する企業が保有する建物を投資対象とし、遵法性の調査や、購入後にトラブルが発生しないかを事前調査する案件も多くありました。介護保険制度を学びながら、各地の施設を視察するうち、『高齢社会は、他人事ではない』と実感しました。僕の祖母は当時95歳を超えていたし、両親も70代。当事者の目線で見るようになると、当時、介護における行政の取り組みや法律はまだまだ整備途上に感じられました。そこで、『人任せにするのではなく、自分たちでできることをやっていかなくては』という思いが芽生えたんです」

介護の専門家ではない自分に何ができるのかを考えるうち、介護に関わる人を応援したいという思いが芽生える。そして、「新聞奨学生で培った経験と、介護業界の人材不足問題や奨学金を返済できずに破綻する学生が増えているという社会問題を全て結びつければ、さまざまな問題の解決につながる」という結論が出たという。

「介護の仕事をしながら行きたい学校に通える仕組みを作れば、学生は進学を諦めずに済みますし、介護施設も人手が増えて、双方にとってメリットがあります。加えて、奨学金の返済に追われ、社会人になっても貧困にあえぐ人が多いという問題を解決するため、在学中に可能な限り完済できる仕組みも実現しようと考えました」

また、卒業後も雇用し続けるような縛りはもうけず、あくまで「成長の場」として介護の仕事を経験してもらうことに。

「学生には夢もあるし、自分の可能性を一番感じている時期ですから、出口を縛れば可能性を奪うことになります。介護の現場では、チームワークやコミュニケーション能力、創造する力など社会人として必要となる基礎力を身につけることができるし、自力で進学して最後までやり抜くことができれば自信になります。ミライ塾は、介護の仕事を通した『成長の場』とし、自己実現に役立つ仕組みにしようと決めたのです」
▲学生との面談を行う奥平さん。「介護の経験がどう将来に役立つのか」「どんな生活を送ることになるのか」など、具体的な話をしながら、本人の希望や考え方などを引き出していく。就労後にも面談や電話できめ細やかなフォローを行うという

マッチング事業で介護業界に踏み出し、
1年半後、「ミライ塾」の実現へ

とはいえ、起業当初は、介護の経験も業界へのコネクションもなかった。まずは介護業界に関わる人々を応援する会社を作ろうと考え、2012年に株式会社介護コネクションを設立した。

「当時、介護業界は外部サービスの参入が難しい環境でした。個人でマッサージなどの有料ケアを提供している人、ボランティアでマジックをやる人、介護旅行を手がける人など、介護に役立つサービスを行う多様な人材がいても、参入するルートがなかった。こうした地域人材をもっとクローズアップしたいと考え、その取り組みを紹介するサイトを作り、施設とのマッチングを図ることにしました」

奥平さんは1年半の間、マッチング事業で地道に介護業界でのネットワークを作った後、いよいよ「ミライ塾」の実現に向かった。

「モデルケースを作ろうと考え、周辺の学校に飛び込みで提案を開始しましたが、いい反応は得られませんでした。『いまどきの子には、介護業界の仕事は続かないだろう』と言う先生もいましたね。でも、僕ら大人が子どもの可能性を信じ、支えてあげることが大事なんだと、学校訪問を続けました」

諦めることなく活動し続けるうち、ある教師から『どうしても進学させたいがんばり屋の生徒がいる』と連絡が入る。その生徒こそが、塾生第一号となった佐々木零史さんだ。

「細身の佐々木くんは体力があるタイプには見えませんでしたが、『将来、SEを目指したい。介護の現場での経験はきっとその仕事に役立つと思っている』と語る姿に、強い覚悟を感じました。彼ならきっとやれると思い、介護業界の知人を通じて、首都圏を中心に有料老人ホームやデイサービス施設を運営する企業に受け入れをお願いしました。ミライ塾の理念にも共感いただいて一緒に取り組んでもらえることになり、2015年に1人目の受け入れがスタートしました。佐々木くんは東京電機大学の工学部に入学し、有料老人ホームで週6日、早朝3時間の勤務を続けています」
▲塾生第一号の佐々木さんは、毎月15万円程度の賃金を稼いでいる。「介護の世界や高齢者に対する見方が変わり、必要な経験ができていると感じています。卒業まで続けたいです」(佐々木さん)

在学中に完済可能なシステムと
きめ細やかな就労フォローで支援

ミライ塾の奨学金制度の大きな特徴は、「在学中の完済も可能であること」と「個々の学生に合わせたきめ細やかな対応」にある。初年度の学費は、就労の場を提供する受け入れ先法人が入学前に貸し付けし、塾生と相談の上、14カ月程度で返済できる就労シフトを組む。そこから先は、併用する日本学生支援機構などの奨学金の返済を行うが、卒業時に可能な限り完済できるよう、奥平さん自らが返済計画と無理のない勤務形態を考えているという。

「入学金や前期の学費は入学前に納入する必要がありますが、日本学生支援機構などでは貸し付けが入学後になるため、入学時に必要なお金が用意できずに就学を諦めるケースがあります。ここをクリアできる仕組みを実現できたのは、初年度の貸し付けを行う受け入れ先法人の理解と協力があってこそ。とはいえ、施設ごとに勤務形態も賃金も違うし、塾生によって必要な生活費や学費の返済額も異なります。また、受入先となる法人は、学生の成長が期待できる環境があるかどうかを検討・選別します。決める前はじっくり相談に乗り、本人にも学費返済のシミュレーションを見せ、就労体験を行っています」

最終決定までに、少なくとも5回以上の面談を実施。本人にやる気があるのか、将来、何になりたいのか、親はどのように捉えているのかをまず確認するという。

「ホテルのサービスに携わるために専門学校を選択した学生は、『入浴介助でマンツーマンのコミュニケーションを経験したい』という本人の希望をもとに、就労先や働き方を決定しました。しかし、面談の過程では、介護の仕事に対する理解不足のため、学校や親から『やはり無理だ』とストップがかかり、諦めるケースも少なくはありません。最後に決定するのは本人ですが、不安要素があれば一つひとつ潰しています」
▲学生本人が奨学金の返済内容や期間、働き方などをイメージできるよう、資料を見せながら詳しく説明している
▲奥平さん自身も週末の2日間は施設に勤務し、早朝ケアを担当。介護の仕事の面白さや現場で得た視点について塾生たちに伝えているという

多様な業界に介護経験者を送り出し
超高齢社会を支える地域づくりに貢献を

現在、ミライ塾の塾生は11人(昼間部8名、夜間部3名。うち5人は2017年よりスタート)、受け入れ先となる介護事業者は2017年4月1日時点で、社会福祉法人4法人、民間介護事業者6法人の計10法人だ。

ホテル業界を目指し、夜間の専門学校に進学した舩木瑛さんは、有料老人ホームで週5〜6日、9〜16時まで就労中だ。「介護も接客業なので、言葉遣い、接遇、連携など、ホテル業界での仕事に生かせますね。『人のために働く大切さ』を学び、意識も変化しました」(舩木さん)

東京大学の大学院に進んだ根本紘志さんは、特別養護老人ホームに就労。週末に夜勤形態で集中して働く。「世の中で大変とされる業界に飛び込み、自分の肌でその現場を知ることのできる機会はとても貴重。お金まで頂きながらよい経験ができています」(根本さん)

また、2017年3月、通信制の代々木高等学校と正式に提携し、ミライ塾の高校進学版ともいえる仕組みの実現に向かう。高校卒業後も塾生として進学できるようにする予定だ。

「この制度を活用し、高校、大学を経てから介護業界へ就職した場合、介護経験が最大7年の新卒採用も実現できます。また、在学中に自分のやりたいことを発見し、豊富な介護経験と進学先での学びという2つの専門性を持ち合わせた人材も輩出できます。今後は、学生の進学支援と人材育成というミライ塾の理念に共感し、受入先となってくださった法人や、応援してくださる多くの方々と連携しながら、業界全体で取り組める仕組みにしていきたいです」

目標は、「介護の専門家100人ではなく、介護の経験者を1000人つくること」。これからの超高齢社会に向けて、地域包括ケアシステムを支えられるような社会環境づくりに貢献したいのだと奥平さんは力強く語ってくれた。
[
文: 上野真理子
写真: 刑部友康
]
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