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人材が不足している介護業界において、業務の効率化は必須の命題といえるが、IT化によって従業員の負担軽減による業務効率化に成功している施設がある。有料老人ホームやデイサービスを展開する株式会社アズパートナーズは、異業種のパートナー会社と1年3カ月にわたってICT・IoTシステムを共同開発し、同社の施設で導入を実現。スマートフォン1台で入居者の24時間の状況を把握し、介護記録のシステムとも連動させた『EGAO link』は、介護の仕事を変える画期的な試みだ。その背景にあるのは、『スタッフの笑顔を増やし、お客様へのサービス向上を実現する』という同社の方針。企画・開発から導入まで手掛けたシニア事業部事業統括部マネジャー・中元亮介さんにお話を伺った。

目標は「スタッフの笑顔を増やすこと」
まずは介護記録の効率化を目指した

首都圏に有料老人ホーム14拠点(同年6月に1拠点オープン予定)と、デイサービス施設8拠点(同年9月に1拠点オープン予定)を展開している株式会社アズパートナーズ。ICT・IoTシステムの開発に向かうきっかけは、同社代表取締役の植村健志氏による「IT機器を活用することで、ケアスタッフの笑顔を増やせないだろうか」との一言だったという。このミッションを一任されたのが、シニア事業部の事業統括部マネジャーである中元さんだ。ホーム長やエリア長を務めた経験も生かし、現場のために何をすべきか考えたという。

「介護の世界では、やるべき作業が多いために仕事の意義や目的が見えなくなりがちです。そこで、ご入居者と向き合う時間を多くつくることが必要だと考えました。時を同じくして現場からは、『介護記録や日報などに同じ内容を何度も転記することが無駄なのではないか』という声も上がっていたことから、記録の負担を減らすシステムの導入を検討することにしたのです」

まずは福祉機器の展示会に出掛け、そこで、今回の開発におけるパートナー会社となる富士データシステムに出合った。PCやタブレット上での記録画面を、普段利用している紙の記録用紙と同じ体裁にカスタマイズできることがポイントとなり、経営層の出席する会議で早速報告したという。

「ところが、当社代表の植村からは『記録業務を効率化するだけでスタッフを笑顔にできるのだろうか。業界で商品化が進む見守りセンサーやロボットも検討すべきでは?』と言われました。代表は、同社の方針である『業務を効率化してスタッフの笑顔を増やし、その効率と笑顔からお客様へのサービス向上を実現する』という点からみれば、まだやれることがあると考えたのだと思います。そこで、ある会社の介護記録とセンサーを連携させたシステムを検討しましたが、採用には至りませんでした。そこで、富士データシステムのソフトウェアとセンサー機器を連携させようと考えましたが、システム上の壁があり、それも難しい。さらに調査を進め、多くの会社から情報収集するうちに、自分たちでいくつかの企業の製品・サービスを組み合わせ、システム全体をカスタマイズできないかと考えるようになりました」
▲開発の道のりは容易ではなかったが、「ご入居者さまと触れ合える時間を増やすことが、スタッフの笑顔につながる」と考え、あらゆる手段を調べたという中元さん
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ナースコールと記録を連携させる
企業の壁を越えるシステムの実現へ

中元さんは、情報収集を続けるうち、パラマウントベッドとアイホンが協業して新たなシステムをリリースしたことを知る。マットレスの下に敷くだけで精度の高い睡眠状態の評価ができる「眠りSCAN」と、ナースコール「ビーナース(Vi-nurse)」を連携させるこの仕組みに、ピンときたという。

「偶然にも、2017年6月にオープン予定の練馬のホームには、アイホンのビーナースを導入予定だったので、これを軸にシステム連携を図ろうと。その後、3社それぞれに連携可能か確認しましたが、この時点では明確な回答は得られませんでした」

そこで、植村社長とシニア事業部の部長と共に、パラマウントベッドを訪問。システムについての講義を受け、連携できると確信したという。

「次の課題は、『連携システムを構築できたとして、スタッフが複数の機器を持ち歩かねばならないのか』でした。ナースコールはスマートフォン、記録作成やデータチェックにはタブレットとPCというように、使用機器が複数になることは避けたい。何より、現場のスタッフにとって重要なのは、両手がふさがらないことです。スマートフォン1台に全機能をまとめることはマストでした」

この時期、練馬の老人ホームの施設工事が進んでおり、ネットワーク構築について結論を迫られていたという。折よく、福祉機器の展示会が開かれるシーズンで、そこに3社も出展。この機会を逃すまいと中元さんは展示会に出掛け、会場内の丸テーブルに各社の技術者を集め、それぞれのシステムが連携可能か、またスマートフォン1台に機能を集約できるかを直接話し合ってもらうことに。これが2016年の10月のことだ。

「各社の技術者が話し合い、おそらく連携可能との結論が出ました。そのときは、企業の壁を越え、理想的なシステムを構築できることに手応えを感じましたね。また、スマートフォンに機能をまとめるためにはネットワーク構築の技術が必要だったので、そこでもう一社、住友電設にも協力を仰ぐことになったのです」
▲スタッフが入力した記録データは、施設内のPCやタブレット、そしてスタッフ各自が持つスマートフォンの全てに共有される。また、記録を簡便にする選択キーワードは、施設内でよく使われている言葉を事業統括部のスタッフが、全ホームを回り、抽出した

町田の施設でひと足早く導入に挑戦
IT専任担当の徹底フォローで定着を図る

この結果を受け、PHSで内線・外線・インターフォンの対応をする予定だった練馬の施設は、急きょスマートフォンの導入に変更。また、「既存の施設で先にチャレンジし、練馬でより確かな結果を出せば、そこから全施設に導入するための道筋をつけられる」と考え、町田の有料老人ホームにひと足先にシステムを導入することにしたという。

「第一歩となるこの取り組みで失敗はできませんから、導入前、スタッフを対象に機器の使い方を学ぶ研修を行いました。また、ITを使いこなせるスタッフを『IT専任担当』として配置し、あらゆる質問やトラブルに対応してもらうことにしました」

2016年9月1日、まずは記録システムの導入を開始。初日は、スタッフみんながパニック状態になり、IT専任担当が、スタッフのフォローに走り回ったという。

「慣れない業務方法に戸惑い、スマートフォンでの操作を諦めて手書きでメモを取るスタッフもいましたが、これではさらに負担が増えるだけ。みんなに『メモはスマートフォンに打ち込んで!』と声を掛けながら操作のフォローをし続けました。1〜2週間たつころには、スタッフも慣れてきて、ITが苦手なスタッフを、IT専任担当が徹底的にフォローしたことも功を奏しました」

現在もIT専任担当を続けている小野大介さんはこう話す。

「当初から強い反発は特になかったですね。現在もまだまだ質問は絶えませんが、みんな想像以上に操作に慣れるのが早かったです」
▲操作で不明な点があれば、すぐ質問できるため、浸透・定着もしやすかったという
▲IT専任担当の小野さんは、もともとはアズハイム施設のリーダー職だ。IT好きであり、現場のスタッフの個性も把握していたことで抜てきされたという

システム導入により施設全体で
1日7時間分の作業を削減

町田の施設では、2017年2月から記録システムと連携する見守りシステムを導入。スマートフォンの画面で入居者の状況を一目瞭然に把握できることが特徴だ。ベッドマットの下には、振動を感知するセンサーがあり、「寝ている」「ベッドの上で起きている」「ベッドから離れている」といったそれぞれの状態がリアルタイムでカラー表示される。入居者の状態に合わせ、設定したタイミングでアラームが鳴る仕組みとなっており、かつ、1分間の呼吸数も表示されるという。

「以前は、定時の見回りで安否確認していました。施設内の60床全てを2人で回れば、トータルで80分かかります。しかし、このシステムではスマートフォンを通じて個々の状態をモニターできるため、起きている方や呼吸に異常がある方に個別にアプローチできるのです。ベッドから離れていることも分かるので事故予防に役立ちますし、定期的に扉を開け閉めすることもないため、ご入居者の眠りを妨げることもありません。他のスタッフの対応状況も確認もできるため、無駄な動きもなくせます」

また、食事や排泄などの状況は、即座にデータ共有されるため、口頭での申し送りによる手間やミスもなくなった。報告書などの記録に割く時間も減り、スタッフ全体の総合計で1日当たり7時間分の作業削減ができているという。

「人件費で試算した結果、システム導入コストは2年半で回収できそうです。また、想定外のメリットとしては、看護師・機能訓練のスタッフなどの専門職にも、ご入居者の状況を克明なデータとして共有できることですね。事前に体調を把握することで対策が立てやすくなります。ケアマネジャーも、どのスタッフが対応しているのかを把握できるので、誰に何を聞けばいいのかが明確で、ケアプランのモニタリングもしやすいと好評です。ご家族に対しても、介護内容を透明見える化できるので、今後、記録データをネット上でチェックできるようにし、コミュニケーションツールとして活用していく予定です」
▲ベッドマットの下にはセンサー付きのマットが敷かれている
▲スマートフォンで、入居者の現在の状況がリアルタイムで把握できる。今後は、インカムの導入も検討し、スタッフがより作業しやすい環境づくりに向かう

会社の壁を越えてこの仕組みを生かし、
介護業界で働く人を笑顔に

こうしたシステムについて、現場のスタッフはどう感じているのだろうか。町田の施設でケアチーフを務める早川正美さんはこう話す。

「かつて病院で介護福祉士として勤務していたときは、夜間、30分に一度は見回りを行っていました。現在は、スマートフォンで確認しながら個別に確認しています。定時の見回りや記録作業の負担が軽減されることで、今後はケアの見直しもしやすくなります」

同社では、記録システムと見守りシステムが連携したこの『EGAO link』について自社施設への導入を進めるだけでなく、会社を超えて多くの施設で活用してほしいと考えているという。その場合でも、収益を目的としたパッケージ事業化はあえてせずに、導入費用のみで自由にこの仕組みを使ってもらう方針だ。

「ICT・IoTに取り組む施設が増え、業界向けのシステムを手掛ける企業も増えていますが、企業間連携の壁やコストの問題もあり、最終的なシステム化は容易ではないと感じます。『EGAO link』なら、仕組みづくりの手間もなく、各社の連携もとれているので、他社での導入もしやすいはずです。業界でこうした仕組みを標準化できれば、介護の質の向上にもつながり、将来的に処遇改善にもつながると思っています。当社では『業務効率化によってスタッフの笑顔を増やす』という方針を掲げていますが、介護業界全体で働く人を笑顔にしていくことも僕たちの目標と捉えています」

人材不足に悩む介護業界において、現場の労働環境を改善していくことは必須だ。システム導入による徹底した効率化によって、利用者と向き合う時間や環境を生み、サービスの質を高めていく同社の試みは、学ぶべき点が多い。スタッフの笑顔を増やすことで、利用者の笑顔も増やしていく――今後、こうした取り組みが広がっていけば、業界も変わっていくのではないだろうか。
▲入社4年目のケアチーフ、早川さん。「夜勤時の定時見回りや記録にかかる時間などを短縮できている」と話す
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文: 上野真理子
写真: 阪巻正志
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