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2016.11.08 UP
海外旅行から近所への買い物まで、介護の知識とスキルを持つヘルパーが付き添う外出支援専門の人材サービス。それが「トラベルヘルパー」だ。最近、注目されるようになった仕事であり、介護業界で働く人々が休日を利用して働いているケースも少なくない。そこで、トラベルヘルパー派遣のパイオニア的存在である株式会社エス・ピー・アイ(あ・える倶楽部)の代表取締役で、日本トラベルヘルパー協会の理事長として、社外人材の教育・育成も行う篠塚恭一さんにお話を伺った。
要介護者になっても諦めず、
生涯、大好きな旅行を楽しんでほしい
「大好きだった旅行も、介護が必要になれば諦めなければならない」「介護の手がなければ、ちょっとした外出も難しい」。トラベルヘルパーは、そんな高齢者や家族を支え、望みをかなえる仕事だ。
もともと旅行業界で働いていた篠塚さんは、添乗員やツアーガイドなどの人材教育を手がけてきた。その後、旅行業にて起業し、自らも添乗を続ける中、年に一度の旅行を楽しみにしていたシニア世代の女性が姿を見せなくなったことに気づいたという。
「連絡を取ってみると、高齢のため足が悪くなってしまったそうで、『杖をついて歩くので、他のツアー参加者に迷惑をかけてしまう』とのことでした。どうすれば旅行を楽しんでもらえるのか考え続けましたね」
ヒントになったのは、旅先で見かけた障がい者の旅行風景だった。いろんな福祉器具を使いこなしながら楽しげに過ごす姿を見たことで、「できないことなどない」と思ったという。
「ボランティアで付き添いを続ける中、『これは絶対に必要なサービスだ』と確信しました。スポーツができなくなっても試合観戦はできるし、楽器が弾けなくなってもコンサートには行ける。同じように、旅行も生涯楽しんでほしいと思い、トラベルヘルパーの育成をスタートしました」▲「要介護度が進むことによって、仲のいいご夫婦が別々の施設で暮らさなければならなくなることもある。年に1〜2回、一緒に過ごすために旅行するケースもある」と篠塚さん
介護旅行が理解されない状況の中、
トラベルヘルパー育成の教育組織を設立
トラベルヘルパーを育成し、大手の旅行会社への派遣を始めたのは1990年代の半ばごろ。同時に、要介護者向けのツアー企画を提案したが、当時は健康なシニアの旅行需要が急速に拡大していた時期のため、取り合ってもらえなかった。そこで、自社内でトラベルヘルパーの育成を行い、要望に合わせた旅行の手配も行うことに。98年には、高齢者とその旅を支える人々が集うことができる場として「あ・える倶楽部」を設立し、本格的な介護旅行サービス事業を始動する。
「最初は介護旅行を求める高齢者層にどう届ければいいのか分からず、苦戦しました。2000年に介護保険法がスタートしても、制度の見直しや改正で現場が混乱し、施設との提携も難しい状態。それならと、社外の人でも学べるトラベルヘルパーの育成組織を作り、多くの人材を世に出すことで介護旅行の認識を広めようと考えました」
2006年、特定非営利活動法人 日本トラベルヘルパー協会を設立し、講義や実技研修などを通して資格を取得できる仕組みを構築。2016年現在までに、900人の卒業生を輩出しているが、卒業生の比率で多いのは、保険、不動産、メーカーの社員や自治体などの職員だ。介護や旅行などの業種とまったく関係ない業界の人々が全体の49%を占めており、未経験から資格を取得して現場で活躍する人も多い。ちなみに、介護業界は30%、医療業界5%、福祉業界1%。旅行・運輸関係では12%、主婦・学生が1%となっている。
「参加者のうち、『あ・える倶楽部』に所属する人材は全体の4割のみです。リタイア後の人生のためや、社会貢献などを目的とする人が多いですね。設立から10年が経ち、福祉の専門学校にトラベルヘルパー学科などが誕生するようになりました。現在では、教育・指導などで学校と連携しています」▲トラベルヘルパー協会による資格講習風景。介護職員初任者研修の修了者(旧ホームヘルパー2級資格取得者)のみ参加できる。ここで資格取得した人は、「あ・える倶楽部」で働く道も選べる
身近な外出から国内、海外旅行まで、
要介護者や家族の希望をかなえる
では、トラベルヘルパーとは一体どんな仕事なのだろう? ヘルパー技術を持ち、旅先で安全・安心な環境を作りながらサービスを提供することが基本だが、その行く先は実にさまざま。「あ・える倶楽部」の場合、ツアーを組む際、目的地までの安全な移動手段の確保、バリアフリー環境の調整や福祉用具の手配なども行っており、トラベルヘルパーと情報を共有している。
手配するツアーの9割は国内旅行だ。孫の結婚式や墓参り、温泉旅行などが多く、家族がプレゼントするケースも。また、スーパーでの買い物や映画鑑賞、喫茶店、居酒屋、ショーパブ、競馬場まで、近場の外出にも利用されている。
「思い出の場所や憧れていた地を訪問することも多いですね。海外の場合、犬ぞりに乗りたい、メジャーリーグの試合を見たいという要望もありましたし、国内の場合は、家族と沖縄の海で泳ぎたいという要望も。要介護度が5のご利用者でも、本人の意思と家族の賛成があり、また、持病がある場合は主治医の了解を得ていれば、世界中どこでもお連れします」▲伊豆へのグルメツアー風景。介護施設では生ものが出ないため、刺身を食べたくて海辺の温泉宿のツアーを希望する利用者も多い
表情の少ない寝たきりの人が笑顔に。
やりがいは、心からの「ありがとう」
「あ・える倶楽部」の場合、トラベルヘルパーや介護旅行の問い合わせは年間1000件程度あり、うち500件程度のツアーを組んでいる。利用者の平均年齢は82歳で、要介護度の平均は3.5だ。最も頻度の高いリピーターは2週間に一回の利用で、8年間で150回にもなったという。
例えば、「故郷の海で泳ぎたい」という96歳の女性は、寝たきり状態ながら、新しい水着を買って海に入ることに。砂浜でも使える車いすを手配し、トラベルヘルパー2人が同行。地元のライフセイバーにも協力を仰いだ。
「同行した2人は、ご利用者が満面の笑みを見せてくれたことに大きな喜びを感じていました。この仕事のやりがいは『ありがとう』と心から言ってもらえることにありますね。旅行をしたことで、元気になる人も多いですし、それまで表情がなかった人が笑顔になり、食事も摂れなかった人が食欲旺盛になる。こちらまでうれしくなるし、旅行中の写真を施設のスタッフに見せると、みんなびっくりしますね」
また、戦時中に特攻隊にいた80歳過ぎの男性の夢は、「死ぬ前に鹿児島の開聞岳に行きたい。頂上からの眺めを見ながら、知覧の飛行場から飛び立ったかつての仲間たちをしのびたい」だった。5年間、寝たきりの生活をしていたが、娘夫婦を通じてツアーを組むことに。基本の移動は車いすとし、セスナを飛ばす方法を思いついたが、県内では観光遊覧を頼める航空会社がなく、近隣の県から探し出して実現に至ったという。
「涙を流して喜んでいらっしゃる姿に、娘さんも泣いていました。表情の出にくい要介護者の方でも、その感動や喜びが表に出てくるんです。トラベルヘルパーは、その瞬間に立ち会うことができ、自分自身も感動を味わえる仕事だと思います」ツアー終了後には、記念の写真を冊子にまとめて送るサービスも。冊子の表紙に書かれているツアー名は、旅行の計画を組むコーディネーターとトラベルヘルパーが一緒になって考えています」(篠塚さん)▲リピーターには過去に参加したツアーの本人写真を入れたカレンダーを作成して送る。「また旅行に行くためにもリハビリをがんばって続けよう」というように、活力につなげてほしいという思いからだ
介護人材が休日を利用して働き、
スキルアップやリフレッシュに
トラベルヘルパーが働く日数は、人によって異なっており、多くて年間100回、少なければ年間1〜2回程度だ。ヘルパーやケアマネジャーなど、介護の仕事と並行する人も多く、その目的は、スキルアップやリフレッシュのためだという。
「保険外のサービスなので、制度の縛りがありません。ですから、介護保険法に関連する業務とはまた違い、どこまでも自由に柔軟なサービスを提供できる環境があります。一方で、福祉用具のない温泉施設で入浴介助を行ったり、墓参りでは山中の砂利道を車いすで通らなければならないケースも。どんなに事前リサーチをしても、現場は行ってみないと分からないものです。臨機応変な対応は介護スキルを磨くことに役立つうえに、リフレッシュの場ともなっており、『初心に帰るため、定期的にトラベルヘルパーの仕事をしたい』という人もいます」
トラベルヘルパー歴1年半の小林淳平さんは、もともとデイサービスのヘルパーとして3年間働いていたが、「どこかに行きたくても、もうこの体では行けない」という多くの高齢者の話を聞くうち、トラベルヘルパーの仕事に興味を持ったという。
「現在、トラベルヘルパー業務を中心に仕事をしており、それ以外の日はデイサービスで働いています。普段の生活とは違う“非日常”の中、お客さまの中から溢れるたくさんの喜びや感謝の気持ちを一緒に感じられます。毎回、一期一会の仕事のため、貴重な経験ができますね。ご先祖さまの墓参りのツアーでは、車いすの方が現地に着くと自分の足で歩き出され、旅行を終えた時には『今度はもう一人の娘も連れて行きたい』と、外出に意欲的になっていたんです。介護旅行の真髄、『旅はリハビリ』だとリアルに実感しました」(小林さん)
篠塚さんは、「この仕事を、介護人材が職能を高め、職域を広げていく機会にしてほしい。子どもが笑顔でいるためには大人が笑うことが大事で、大人が笑い続けていくためには高齢者が明るくいること。それが希望ある未来につながる」と考えている。
若い力を介護に役立てながら、高齢者の知恵や生き方に学び、人間としての幅を広げていく。非日常の世界を共にするトラベルヘルパーの仕事は、介護の日常にまた違う光を投げかけてくれるのかもしれない。
【文: 上野真理子 写真: 阪巻正志】