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おいしくて体に良い料理の提供とともに、栄養管理スタッフの就労環境を改善できる「新調理システム」や、スタッフにもスポットライトを当てる「オープンキッチン」を取り入れた介護施設がある。これらにより、利用者やスタッフが満足できる施設づくりを実現させている。

「新調理システム」を導入し
健康的でおいしい料理を実現

東京都立川市で特別養護老人ホームやデイサービス、ショートステイ、グループホームなどを運営している社会福祉法人恵比寿会。その施設名は「フェローホームズ」。“One for All, All for One”を理念に掲げ、利用者に対しては“苦痛がなく、生きがいを感じて生活できる”ためのケアを、スタッフに対しては“働きやすい職場づくり”という方針でさまざまな施策を打ち出している。そのひとつが、「新調理システム」の導入である。その中でも特徴的なのが「真空調理法」だ。

「真空調理法」とは、素材や調味料を真空パックし、低温で加熱する調理技術。真空による浸透圧の力で、少ない調味料で均一に味を染み込ませることが可能となり、素材の風味を生かした、よりおいしい料理に仕上げることができる。多人数向けの料理を大鍋で一度につくると、材料をかき混ぜる際にどうしても煮崩れが起きたり、焦げ付くことも多い。真空調理法では、このような心配がない。

また、野菜の場合は90~95℃と食材に最適な温度帯で加熱調理できるため、水分含有量が多い、高齢者にも食べやすく柔らかい料理に仕上がる。低温加熱により栄養分の損失を防ぎ、保存する場合は酸化による品質劣化を防ぐことも可能だ。塩分を減らすことにもなるので、高血圧のケアにもなる。
▲施設事業担当課長 小口京枝さん。「醤油などの調味料が少なくて済むので、素材の形や色をきれいに保って仕上げることができます」とのこと
▲真空調理されたパック
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計画調理で“朝5時出勤”を不要に
栄養管理スタッフの負担も軽減

真空調理には、栄養管理スタッフの就労環境を改善・向上できるメリットも大きい。小口さんは、次のように言う。

「以前は、朝食の準備のために早番のスタッフは朝5時に出勤する必要がありました。計画調理ができる真空調理法の導入により、早番は朝7時半からの通常の時間に遅らせることが可能となりました」

真空調理したパックを急速冷却し、そのままの衛生的な状態でチルドや冷凍保存することができるので、計画的な調理が可能となるのだ。同施設では、2日前の日中につくって保存している。当日の朝は、温めて仕上げるだけで出来立ての料理を提供できるわけだ。また、調理室には真空調理法に適合したIHを全面的に導入し、ガスコンロは使用していない。このため、室温が上がることなく快適な環境を維持できる。
▲真空パックをつくる専用機
とはいえ、真空調理法も万能ではない。新調理システムには、クックサーブ・クックチルと、食材に応じてふさわしい調理方法がある。焼き魚や揚げ物などは真空調理法には向いていない料理も。堅い野菜や肉などはあらかじめ火を通すなどの下処理が必要となり、調理酒やみりんはあらかじめアルコール分を飛ばす必要があるなど、一定の手間が加わる。料理を彩る色鮮やかなサヤエンドウなどを最後に飾る手作業も残る。また、真空調理法の場合は途中で“味見”ができないため、従来の調理人による経験や勘が通用しにくく、一律的な味になることは否めない。さらに真空パックするフィルム代や、それを廃棄する費用がかかる。

その点について、理事長の森山善弘さんは説明する。

「とはいえ、トータルのコストは通常の場合の10~20%アップ程度です。真空調理法の導入により、調理スタッフの配置を合理化することができ、経験値ではなく、科学的に調味ができるため、味のばらつきがなくなります。介護スタッフからは、“利用者の食べたい時間に合わせて食事を用意することができる”“ストックがあるため急な食事内容の変更にも対応できる”といった利点があげられています。コストアップ分を大幅に上回るメリットが得られていると思っています」
▲理事長 森山善弘さん

“外から見える調理室”は
栄養管理スタッフの張り合いに

そんな同施設の調理室は、建物に平行する道路側に面している。道路に向かって大きな窓が設けられており、外から調理室の中を見ることができる“オープンキッチン”になっているのだ。こうした設計の背景には、スタッフが常に人に見られることで、働きがいを感じてもらいたいとの思いがあるという。また、そのために栄養管理スタッフ用のおしゃれなコック服や制帽もつくった。
▲道路から中を見ることができる調理室
こうした取り組みへの感想を、栄養管理スタッフ主任の小平葉月さんに聞いた。

「私が、新卒で入社したときから6年の間に、環境も調理システムもどんどん進化して、毎日が刺激的で、楽しいです」
▲小平葉月さん
同じく、栄養管理スタッフの鈴木啓祐さんに聞いた。

「他の施設ではどこも調理場は地下にありましたので、こうして人に見られると緊張しますね。けれども、ちゃんとやろうという気持ちにもなります。張り合いが違いますね」
▲鈴木啓祐さん
同じく栄養管理スタッフの栗本沙織さんに聞いた。

「このコック服はカッコよくて気に入っています。帽子も、最初受け取ったとき、おしゃれでビックリしました(笑)。このまま外に出ても胸張って歩けますね」
▲栗本沙織さん
なお、このコック服は、万一火が燃え移っても、ボタンを一気に引き外してすぐに脱げる安全構造になっている。ガスを使用しないのでその心配はないが、こんなところにも経営者の配慮が行き届いているのだ。

同法人の特養「森の家」では、利用者10人単位による「ユニット制」を導入し、食事もユニットごとに行っている。10人単位とすることで、集団給食(30人以上に)適用されるさまざまな規制に縛られることなく、自由度の高い料理を提供しているのだ。各ユニットにはキッチンがあり、新調理システムで調理された惣菜も活用し、利用者の目の前で調理して出来立ての食事を楽しんでもらっている。また、時には1階のおしゃれなラウンジをレストランに見立てて、「ランチ会」も行っているという。
▲ランチ会の様子
▲ランチ会のメニュー例(ピラフ・マグロのカツレツ・彩り野菜のフリット・フルーツカクテル・本日のスープ)
「栄養管理スタッフには、以前イタリアンレストランにいた人や、日本料理屋さんにいたという人がいます。交代で得意のパスタ料理や和食などをつくってもらっています。利用者さまは外出できない方が多いので、とても喜ばれていますね」(小口さん)

多人数向けの料理を一度につくるといったオペレーションでは、料理人としての腕の見せ所は少ないという。その点、同施設では経験を生かした得意メニューを楽しんでもらえる機会も少なくないのだ。

栄養管理スタッフの
“働きやすい職場づくり”の実践

新調理システムの導入や、栄養管理スタッフにもスポットが当たるような施設にした理由について、理事長の森山さんは次のように説明する。

「介護施設では、食事が非常に大切だといわれてきました。しかし、実際の施設づくりにおいては、大抵の場合、食は後回しなのです。最初に居室やラウンジなど利用者さまのためのスペースを日当たりの良い場所に決め、次に受付も必要な事務室を入り口近くに設置します。調理場は最後になりがちで、北向きの寒い場所や、地下に設置するというケースが多いのです。現に、1992年に初めてオープンした当法人の施設もそうでした。調理場は、空調が効きづらいこともあり、夏などは室温が50℃近くまで上がる劣悪な環境だったのです。今後、介護や栄養管理スタッフの採用が厳しくなるという見通しもありました。そこで、2010年に新しい施設をつくるとき、抜本的に改めることにしたのです」

そこで、森山さんは関西を中心に評判の介護施設を見て回る。その中に、調理スタッフが土日休みを守っているという施設があった。詳しく話を聞いてみると、新調理システムを導入していることが分かったのだ。

「新調理システムの真空調理法による計画調理で労働条件が改善する上に、栄養面や衛生管理上でもメリットがある。これはいいと採用することにしたのです。まだ東日本大震災が起こる前で節電ニーズは特になく、熱の出るガス調理をやめてIHを導入することも決めました」

“オープンキッチン”や、おしゃれな制服・制帽、料理人としての腕を存分に振るえるといった舞台づくりも、「食事が最も大切」との考えを実践する具体策の一環だ。まさに、スタッフに対する“働きやすい職場づくり”という運営方針の実践に他ならない。
▲窓に面していて、明るく快適な調理室

“科学的な介護”をコンセプトに
「トータルケア」を実践

ここで、同法人の特長的な取り組みをもう一つ紹介する。それは、専門スタッフと連携し“科学的な介護”をコンセプトとする「トータルケア」の実践だ。具体的な事例を2つ伺った。

1つ目は、認知症の方に対するケアだ。利用者のうち、認知症の人は8割ほどに及ぶという。認知症となって興奮や徘徊、暴力行為といった異常行動(BPSD)を起こす場合に、向精神薬が用いられる場合がある。

「入居時点ですでに向精神薬を常用している人も少なくありません」と小口さん。しかし、向精神薬には過鎮静やだるさ、ふらつき、排尿障害などの副作用がある。やむを得ない場合は別として、薬剤はできるだけ使わないに越したことはない。こうした観点から、医療看護スタッフと密接に連携を取りながら、向精神薬の使用を減らしたり、ストップさせるケアに力を入れている。

「トータルケア」事例の2つ目は、排泄における工夫だ。同施設では、刺激性下剤もできるだけ使わない方針で、各居室にトイレを設け、要介護度5の入居者であっても、トイレで自然排便をするように導いているという。

「個人の尊厳を守るためにも、プライバシーに配慮し、健康的であっていただきたいという考えからです」(森山さん)

「紙オムツも使わず、コットン下着に、排泄量に応じたパッドを使用しています」(小口さん)

また、自然排泄には食事が極めて重要な役割を負っているという。

「玄米がゆや12種類の野菜スープなどで食物繊維をたっぷり取っていただいたり、オリーブオイルやオリゴ糖など、体によく自然排便を促すような食材も多用しています」(小口さん)

さらに、体温や血圧、排便状況などのデータから体調を割り出し、特定の症状に陥る前に予防的措置をとるための「ケアシート」も運用。“科学的な介護”をコンセプトとする「トータルケア」の指針としている。

利用者とスタッフのそれぞれに配慮
広義の“トータルケア”の先行事例

向精神薬を使わない代わりに、医療看護スタッフとの密な連携によりケアの充実を図ったり、刺激性下剤を使わない代わりに食事で自然排便を促す。こうした「トータルケア」を取り入れている高齢者施設はまだ少ないのが現状だ。

そして、利用者にとって大きな楽しみであり、また健康の維持に極めて重要な食事を重視し、おいしくて健康的な料理を実現させる「新調理システム」を導入。それとともに、栄養管理スタッフの就労環境を改善。こうしてスタッフの“満足”が高まれば、施設全体の利用者サービスの向上にも直結する。つまり、スタッフへのケアも含めて、広い意味での“トータルケア”をも実践しているといえるだろう。こうした施設は、さらに少ないはずだ。

「20%近くの入居者さまは、終末期にも積極的な治療はせず、ここで看取らせていただく契約を結んでいただいています。それが当ホームへのご評価の表れではないかと受け止めています」(森山さん)

同施設の取り組みは、これからの介護施設のあり方を考える上で、示唆に富んでいるといえるだろう。
▲施設外観。向かい側は広大な昭和記念公園が広がる
[
文: 髙橋光二
写真: 阪巻正志
]
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