業界最新トレンド
障がい者が、後継者不足に悩む農業の担い手となる「農福連携」が全国で広がっている。就労先の確保が困難な障がい者にとって、農業が新たな働く機会となり、さらに自立にもつながる取り組みだ。こうした動きに国も注目し、安倍内閣が発表した2015年度の骨太方針には、「障がい者等の活躍に向けた農業分野も含めた就労・定着支援」があげられている。そこで2006年から「農福連携」の研究をはじめ、全国の現場を回り講演活動も行うなど、その普及に向けて活躍されている濱田健司さんにお話を伺った。
プロフィール紹介
東京農業大学大学院修了。博士(農業経済学)。農林水産省農林水産政策研究所客員研究員を務める。研究のかたわら、農林水産省と厚生労働省の橋渡し的な活動、日本各地での講演、現場の支援を行うなど、農福連携の最前線で活躍。現在は、地域づくりにもつながる「農福商工連携」の可能性を求めて活動中だ。著書に『農福連携の「里マチ」づくり』(2015年12月発行)がある。

農業と福祉の課題解決につながり
他業界も注目する「農福連携」とは

障がい者が農業を行うことで、農業と福祉の課題を解決するという「農福連携」。いま、こうした取り組みが注目され、日本各地に広がっている背景について濱田さんに伺った。

「直近のデータによると、日本の農業就業人口(販売農家)は約210万人。10年前から約4割減っています。また、平均年齢は66.4歳で、65歳以上が6割以上を占めています。一方、障がい者の平均賃金(就労継続支援事業平均)は、月額平均約2.1万円という現実があります。農福連携とは、高齢化により担い手がいない農業と、収入を得るための仕事先の確保が困難な障がい者とをマッチングし、両者の課題を解決する取り組みです。ただ、こうした動きはここ数年で始まったのではなく、地方の社会福祉法人が40年以上前から取り組んでいる事例もあり、以前から地域に点在していました。最近では、連携を支援する中間支援団体やコーディネーターが増え、行政側の支援体制も充実しつつあるため注目度が高まっています」

濱田さんによると、他業界からの関心も高いという。

「最近、介護や医療関係者からの取材や相談が増えています。高齢者や治療を受けている方を対象に、リハビリテーションやレクリエーションを実施したり、働く機会を提供するという目的で農業を検討されているようです。私は“農の福祉力”と呼んでいますが、農には人を受け入れて癒やす力があり、野菜・果物を育てて食べることを通して、心と体にいい影響を与えてくれます。そうした環境に身を置くだけでも、ケアや就労訓練になるわけです。今後は、教育や観光といった業界にも広がる可能性があると思っています」
▲「障がい者や高齢者が農業に携わることで、心や体が元気になり、賃金も得られる。自立が進めば、行政の社会保障負担を抑えることも可能です」と濱田さん
もっと読む

農福連携が過疎地域の生活支援や
特産物開発につながることも

全国の農福連携事例を見てみると、ただ障がい者が農作物を作るというだけでなく、過疎地域でのコミュニティ創造につながっているケースや、農作物の加工・販売まで行う「6次産業化(※)」まで発展しているケースもある。農福連携には、誰でも成功する“モデル”があるわけではなく、それぞれの地域課題に合わせた方法や形式があるという。濱田さんに具体的な事例を伺った。

「滋賀県の障がい者施設である社会福祉法人虹の会では、移動販売で高齢者の買い物支援をする『ぎょうれつ本舗』という取り組みを行っています。障がい者が職員とともに、高齢化が進む地域に移動販売車で巡回するのです。他の社会福祉法人やNPO法人とも連携して2~5台の車で移動し、車ごとに異なる商品を販売。いわば、“移動商店街”です。商品は、お弁当やパン、野菜・果物、花、生活雑貨。自分の施設内で作ったものや、高齢者の要望を受けて施設が仕入れることもあります。また、この取り組みが周辺に広がり、生協や地元の個人商店も加わるなど、地域あげての活動になりました。高齢者からは、『買い物が楽になった』『おしゃべりが楽しい』『がんばっている姿は励みになる』といった声があがっています。障がい者にとっても、収入が増えるだけでなく、仕事へのやりがいや自信につながっているようです。このように、地域の困りごとを住民同士で解決するコミュニティづくりは農福連携の本質といえます」
▲「ぎょうれつ本舗」では、複数の車で移動するため商品の種類も幅広い。高齢者にとって便利なだけでなく、コミュニケーションの場にもなっている
次の事例は、農福連携の枠を超えて、地元の中小企業と連携した農福「商工」連携のケースだ。

「神奈川県の『湘南スタイル』というNPO法人では、農家やJA、障がい者施設と連携し、地元農産物の加工、販売、ブランド化までを手掛け、地域の特産品を開発しています。地元農家が作った規格外の野菜や果物の加工は、社会福祉法人進和学園の施設が担当します。このNPO法人は、地域の中小企業の社長が集まってできたのですが、パッケージやブランド化、販路開拓はNPO法人や中小企業が主に担当しています。質にこだわった商品のため高値で売れており、トマトピューレやトマトジュースが人気。県内の高級ホテルや高級スーパーも販路となっているようです」

こうした特産品開発は、地域全体の活性化につながる取り組みだが、障がい者施設側の加工技術の習得や、設備などの資金調達はどう進めたのだろうか。

「県の農業技術センターから専門家を施設に派遣してもらい、技術指導を受けました。設備や加工スペース、専門家派遣などにかかる費用は、社会福祉法人進和学園が事業主体となって農林水産省の6次産業化の認定を受け、交付金により資金面の問題を解決しました。国や自治体の支援制度を活用すれば、資金を確保することも可能なのです」

※6次産業化:農林漁業者が生産だけでなく加工・流通販売を一体的に行ったり、農林漁業者と商工業者が連携して事業を展開する取り組みのこと
▲障がい者施設の工房では、地元の野菜・果物の加工が行われる

農福連携の推進に
立ちはだかる壁とは?

農福連携の今後の展開が期待される一方で、連携がうまく進まないことも少なくないという。いざ計画を実行しようする際、どのような“壁”があるのだろうか。

「最も大きな壁は、やはり時間や人員コストに余裕がないことです。やる気があっても、経営的に苦しい農家や福祉施設が手掛けるにはハードルが高く、特に軌道に乗るまでは労働力や技術面のコスト負担が重くなります。行政には、スタート時のコストを支援するような新制度を期待したいですね」

「もう一つの壁は、連携する事業者が“過去からの常識”や“自分の利益”を優先すると、前に進まないことです。何を目的とするのかが重要です。目的を合わせ、互いが壁を乗り越えないと連携はうまくいきません」

同時に、障がい者福祉施設のマネジメント力や技術向上も重要だという。つまり、一般の企業と同様に、付加価値の高い農作物や商品づくりが事業化へのカギとなるのだ。

「農福連携や農福商工連携が注目されるのは、『福』があるからでしょう。『福』には人の思いや優しさの要素が含まれますから、“福祉施設で作られた商品”は誰もが応援したくなります。しかしそれだけでは事業を継続できません。福祉施設は、障がい者の得意・不得意を把握して可能性を引き出し、仕事とマッチングするマネジメント力が必要です。また、行政などの支援制度を活用しながら技術や品質の向上に取り組み、連携先の法人や企業とともに事業化を目指す。それが実現してこそ、真の意味で社会参加といえるのです」
▲「農福連携」に関する取材依頼は、福祉や農業関連に加え、介護や医療の媒体、ビジネス誌まで幅広い。写真中央の書籍『農福連携の「里マチ」づくり』は濱田さんの著書

福祉事業者主体で
農福連携を進める方法

では、新たに農福連携に取り組む場合、どう進めていけばよいのか。大きくは3つのパターンがあるという。それぞれ主体が異なり、①農家や農業法人、②障害福祉サービスを行う社会福祉法人やNPO法人等、③それ以外の企業、のケースだ。そこで、②の福祉側が取り組む際の進め方について伺った。

「多くの施設では、敷地内の一部を利用して給食のための食材を生産したり、花壇で花を育てています。そうした施設が、販売のために農作業に取り組む際、まずは農福連携についての情報収集から始めることが重要となります。新聞やインターネットで調べたり、県や町の農政・障がい福祉担当部署に問い合わせます。また、県や町の中間支援団体などが開催する農福連携の研修会や講習会があれば参加します。助成金情報も押さえる必要があります」

「情報収集の後、近隣の取り組みを視察し、施設内で検討の上、試行するかしないかを決定します。試行する場合は、施設職員の中で担当者を決め、農業資材を確保し、担当者が敷地内で実際に始めてみる。必要に応じて農家や専門家の指導を受け、経験を積んでいきます。その上で、販路も想定しながら本格的に実施するかを決定します。借りる農地が見つかれば地域の農業委員会に相談し、本格稼働という流れになります」

では、自治体や国の支援体制、交付金・助成金などの制度にはどういったものがあるのだろうか。

「香川県など一部の県では、すでに農家側と障がい者施設とのマッチングや、農業指導者の派遣などの支援を行っています。また、“福祉施設などが、障がい者や高齢者の福祉目的に農業を行う場合”や“農業者が障がい者を雇用する場合”など、助成金を含めた支援制度は複数あります」

「今年度は、厚生労働省で初めて農福連携関連の予算が2種類決定しました。一つは、農福連携(農福連携による障がい者の就農支援プロジェクト)に1.1億円。これは、農業や6次産業の専門家派遣、マルシェ開催費用などを支援するものです。もう一つは、生活困窮者の農業就労訓練に約4億円。このように支援体制は充実しつつあります」
▲5月29、30日、有楽町駅前広場で「農福連携マルシェ2016」が開催された。全国から集まった16事業所が出展し、生鮮野菜や菓子などを販売。30日のセレモニーには塩崎恭久厚生労働大臣、森山裕農林水産大臣、安倍昭恵総理夫人も出席した

さまざまな人の自立につながる
「農福商工連携」の可能性

最後に、将来に向けて「農福連携」が目指すべき方向性やその広がりについて、濱田さんに伺った。

「福祉は、これまで主として障がい者や高齢者を対象としてきましたが、その範囲は生活困窮者や貧困な環境で育った子どもにまで広がっています。これらの人に、引きこもりやニートの人も含め、『自立支援を必要とする人』の数を試算すると約1,800万人、人口の15%弱になります。この人たちに就業機会や働く訓練の場を提供できれば、自立につながると同時に社会保障費の増大を抑えることも可能です」

「農業は、水平方向と垂直方向への広がりが期待できます。水平というのは、農業と同様に担い手不足に悩む林業や水産業、エネルギー産業を指します。つまり“農”を食料生産だけでなく“自然と関わる産業”として捉えるのです。垂直というのは、6次産業化への広がりです」

つまり、幅広い農林水産業の分野で、障がい者、高齢者、生活困窮者など、さまざまな「働く機会を求めている人」をマッチングし、6次産業化を目指していくという方向性だ。

「特に農商工連携は、異業種が結びつき、企画・生産から販売まで網羅することで、より大きな売り上げ・利益を生みます。そこには多種多様な就業機会が生まれ、いろいろな個性を持つ人が、得意なことを生かして働くことができる。経済効果も社会的な意義も高まりますから、今後推進していくべきだと考えています。ただ一方で、実現に向けた支援体制はまだまだ十分とはいえません。私は、こうした現実も社会や行政に発信していくつもりです」
[
文: 池内由里
写真: 刑部友康
]