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2015.05.07 UP

すべての人が共生できる社会を “ピープルデザイン”の力で実現する

健常者も障害者も夢中にさせたスタイリッシュなバスケットシューズ。渋谷ヒカリエで過去最高の来場者を記録した福祉機器の展示会――健常者、障害者、若者、高齢者と、誰もが生きやすい日本を作るために、須藤さんは「ピープルデザイン」という概念を提唱し、渋谷区との連携や、川崎市とマチづくりの包括協定を締結。近年はその取り組みに対して、国内外の大学からの関心も高まっています。高齢者とも深く関わるピープルデザイン、そして須藤さんが目指す未来について伺いました。

健常者、障害者の隔てなくブレイクした
スタイリッシュなバスケットシューズ

渋谷やニューヨークのセレクトショップで即日完売が続出し、多くのファッションフリークから注目されたスニーカーがある。脳性まひのある次男が履けるカッコいい靴がないという想いから、須藤さんがスポーツメーカーのアシックスにかけ合い、共同開発した「プロコート・ネクスタイド・AR」だ(写真下)。

このスニーカー、スタイリッシュなバスケットシューズにしか見えないが、実は、四肢がまひしていたり片手が欠損している人でも、簡単に脱ぎ履きできる細やかな配慮がなされている。ただし、通常のファッションアイテムと同じように販売方法は店頭のみ。障害者だからといって特別扱いはなし。街に出ないことには手に入れられないアイテムなのだ。

須藤さんがあえてこうした販売戦略を取り入れたのには訳がある。▲世界的なクリエイティブ・ディレクターを迎えて完成させた「プロコート・ネクスタイド・AR」。ファッション性の高さと、障害者でも履きやすい機能が詰まっている。「ピープルデザイン」の思想を体現する一足

クリエーティブの力で、
“心のバリア”を打ち壊す

須藤さんがめざしているのは、健常者と障害者が分けられた社会で生活している現状を打破し、お互いが混ざり合って暮らす社会の実現だ。

例えばカッコいいスニーカーを買うために、社会的マイノリティである障害者がどんどん街へ出ていくようになれば、健常者と触れ合う機会が増えていく。機会が増えれば増えるほど、お互いの心の中に根深く存在する“偏見”や“恐怖”といった“心のバリア”は解消され、「人は違っていて当たり前」「困ったことがあったら手を貸す・誰かに助けを求める」といった気付きや行動が促される。そして、障害や性別、人種、年齢差などにかかわらず、さまざまな人々が共生できる多様な社会が実現する――

須藤さんが提唱する「ピープルデザイン」とは、ファッションやデザインといったクリエーティブを手段にして人の行動を促し、意識に働きかけ、あるべき未来を築く思想であり方法論でもあるのだ。▲街中で困っている人を見かけたら、さりげなく手を貸せる文化を根付かせるために製作された「コミュニケーションチャーム」。ハンディのある人をサポートするという意思表示のためのファッションアクセサリーとして、全国のセレクトショップなどで販売されている

未来の福祉を渋谷から発信した「超福祉展」
ヒカリエで過去最多規模の集客を記録

▲2014年に開催された超福祉展では、デザイン性の高い車いすやスマホで操作できるパーソナルモビリティなどが集められ、ヒカリエのギャラリースペースで過去最多の集客規模を記録。国内外の多数のメディアにも取り上げられるなど、福祉とは縁遠かった人々の注目を集めた須藤さんの活動は、スニーカーのようなモノづくりにとどまらず、コトづくり、マチづくりにも及んでいる。中でも最近話題になったのが、2014年11月、渋谷ヒカリエで開催された「2020年、渋谷。超福祉の日常を体験しよう展」(以下、超福祉展)だろう。

「超福祉展では、車いすや義足といった福祉機器に人々が抱くネガティブな印象(スティグマ)を感じさせることなく、『カッコいい、ヤバい、カワイイ!』と、誰もが思わず買ってしまいたくなるような見せ方で、最先端の福祉機器やサービスを紹介しました」。それにより、福祉機器に対するネガティブな感情や、福祉機器を使っている人、必要としている人への偏見にも似た意識を変えていくこと、それが須藤さんの狙いでもある。「いまの福祉機器のあり方って、僕が子どものころのメガネと似ていると思うんです。昔のメガネは眼科で提供される医療器具で、フレームの選択肢がほとんどないダサいものでした。でも、メガネはいまや、マイナスイメージを感じさせない『アイウェア』に生まれ変わりましたよね。デザインやファッション、テクノロジーは、心のバリアフリーを実現する上で大きな力となるし、従来にない市場を生み出すという経済効果も期待できるんです」

医療器具から、視力が悪くない人でも身に着けるファッションアイテムに変わったことで、低視力者と健常者のどちらにとっても有益な市場が確立されたメガネの世界。福祉機器においても、デザインやテクノロジーを利用して新たな製品の魅力を引き出し、市場を生み出せれば、障害者や高齢者は市場を形成する「顧客」となる。そうなれば、結果的に彼らの社会参画の機会の増加や、社会全体の意識の改革にもつながる。それが「超福祉」が指向する未来だと須藤さんは話す。

「思いやり」「混ざり合い」――
ピープルデザインの思想が街の価値になる

「ピープルデザイン」の思想は、いま、さまざまな地域でのマチづくりにも生かされている。認知症の人たちにフレンドリーであることを地域の価値とする静岡県富士宮市では、2013年から市の取り組みに参画。街の昔の写真を媒介に、高校生と認知症の方を含む高齢者のコミュニケーションの機会を作り出すなど、「ピープルデザイン」の発想を取り入れたプロジェクトが進展中だ。

さらに、神奈川県川崎市とは包括的な協定を結び、市職員の研修から、視覚障害者のサッカー競技・ブラインドサッカーの体験会、等々力陸上競技場での障害者の就労体験と、モノ・コト・マチづくり、そして、シゴトづくりにも及んでいる。

「川崎市宮前区ではこの春から『ピープルデザイン未来塾』というプロジェクトも行います。未就学の子どもを持つお母さんは、待機児童の問題に限らず、“期間限定のハンディキャップ”を持っているといっても過言ではありません。ですから、子育て中のお母さんと子ども、そして高齢者をはじめとする地域の人々が、地域の中で共生するための課題や解決策を一緒に考えていく。富士宮市の場合は高齢者と高校生が混ざり合うプロジェクトでしたが、川崎市ではお母さんと子どもが主役です」

超福祉展の開催都市である渋谷区とは、「ピープルデザインストリート」と題して、区内の商店街を歩行者天国にして、子どもからお年寄りまで、混ざり合っていこうというイベントを開催。実は、「超福祉展」も渋谷区やKMD慶應義塾大学大学院メディアデザイン研究科と共同で開いたものだ。同展は第2回の開催を2015年秋に予定にしており、渋谷ヒカリエをベースにしながら「もっと『街』に表現のフィールドを広げようと構想している」という。▲世界遺産になった富士山のふもとにある富士宮市を舞台に、認知症を含む高齢者と若年層に代表される「多世代、多様な人々の混ざり合い」を、ICTを活用しながら先行モデルに仕立てていこうという企画。ピープルデザインの発想を総務省の事業に加えたいという提案から、活動に加わった▲2015年3月、渋谷ヒカリエなどで開催された「メルセデス・ベンツ ファッション・ウィーク東京」では、「ピープルデザイン」をテーマに掲げるブランド「tenbo」も登場。若いクリエイターにもその思想は浸透しつつある

若き福祉・介護人材が
古い組織の壁を破っていくために

▲次世代のために、中学・高校・大学の教壇にも立つ。ピープルデザインの思想は海外からも注目され、ヨーロッパ屈指の名門校であるTU Delft/デルフト工科大学やニュージーランド国立ワイカト大学からも講師として招聘されている多彩な活動を展開する須藤さんだが、「いま最も興味のあること」がヒトづくりだという。「福祉の世界で長年活躍している方々は、皆さんやさしくて、人を助けるという気持ちは誰よりも強い。ただし、これまで実践してきた旧来型のビジネスモデルは、これからの時代では成り立ちません」。国が社会保障の財源を確保することが難しくなっているいま、福祉や介護も経済的な視点を持って考えていかなければならないと、須藤さんは続ける。

「だからこそ、若き福祉・介護人材が、古い組織の壁を打ち破っていくロールモデルを提示することが大切だと思うんです。そのためには、まずは『Do』。行動(Do)して、その取り組みを世の中で共有していけば、『そういうことができるんだ!』って参考にする人たちも増えてくる。私は福祉や介護の『技術』を伝えることはできないけれど、そのための視点を提示して理解を促すことはできると考えています。目の前にある問題から課題を発見し、解決策を導き出し、それを実現するための行動ができる人。そんな人材を育てていきたいですね」

デザインやファッションを媒介に、人を、街を、福祉を変えつつある須藤さん。その「Do」の数々が、さまざまなヒントを与えてくれるに違いない。

【文: 成田敏史(verb) 写真: 片桐圭】

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