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海外のさまざまな映画賞を受賞した「僕がジョンと呼ばれるまで」。この作品は、根本的な治療法がなく、世界共通の課題である認知症の改善をめざして、東北大学・川島隆太教授らが開発した「学習療法」のアメリカでの実証研究を追ったドキュメンタリー映画です。5分前のことさえ覚えていられなかった認知症の入所者に大きな変化が表れ、施設のスタッフや家族を笑顔に変える素晴らしい瞬間の数々が記録されています。全米アルツハイマー協会からも評価されたこの映画のプロデューサーを務めた仙台放送の太田茂さんに、映画化の経緯や作品に込めた想いを伺いました。
プロフィール紹介
1974年東京都生まれ。1998年仙台放送入社。報道部記者、制作部ディレクターを経て、2007年よりDプロジェクト局企画制作部プロデューサー。東北大学・川島隆太教授が監修する「川島隆太教授のテレビいきいき脳体操」の制作を担当し、脳科学を題材にした全国ネット番組なども手掛ける。「僕がジョンと呼ばれるまで」ではプロデューサー/監督を務めている。

学習療法が生み出す
“希望の物語”を伝えるために

画像/映画のワンシーン。学習療法に取り組む入所者たち
(C)2013仙台放送
「僕がジョンと呼ばれるまで」は、生きる希望や気力を失いかけていた認知症の高齢者が、「学習療法」(※)を通じて、笑顔や自分自身を取り戻す感動的な姿を取材したドキュメンタリー映画です。

もともと私たち仙台放送は、認知症が“痴呆症”として社会問題化し始めた20年ほど前から、認知症の取材や啓蒙活動に取り組んできました。

川島隆太教授らによる「学習療法」を初めて取り上げたのは、2003年のことです。報道番組でいち早く紹介し、宮城県内の介護施設で行われた実証研究を追ったドキュメンタリー番組「父さんの出発進行!〜痴呆脱出の読み書き計算〜」は、FNSドキュメンタリー大賞にノミネートされるなど、反響を呼びました。

それ以降、川島教授には「川島隆太教授のテレビいきいき脳体操」などの番組を監修してもらっており、私はその番組のプロデューサーとして、脳体操の書籍化やDVD化なども担当しています。

今回、映画で取り上げた、学習療法の海外初の実証研究が行われることを知ったのも、こうしたご縁があったからなんです。

海外での成果を映像化し、学習療法が生み出す“希望の物語”を広く伝えたいという想いから、初めはテレビ用のドキュメンタリー番組として、取材をスタートさせたのです。

※ 高齢者とスタッフが対面でコミュニケーションをとりながら簡単な「読み・書き・計算」を行なうことによって脳を活性化し、認知症高齢者のクオリティ・オブ・ライフの向上やその人らしさを取り戻すことをめざす取り組み
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厳しい制約の中から生まれた
「Do you know what my name is?」

画像/映画では主人公のジョンが認知症の入所者に「僕の名前を知っていますか?」と繰り返し問いかける
(C)2013仙台放送
実証研究の舞台になったのは、アメリカ・オハイオ州クリーブランドにあるエライザ・ジェニングスという高齢者介護施設です。現地では、私と監督の風間(直美)さん、撮影の松本(克巳)さんら、4〜5名の日本人クルーで主に行動し、約1年間取材を行いました。

取材を始めるにあたって驚いたことは、アメリカでは認知症患者への取材が、厳しく制限されていたことです。私たちから彼らに直接取材をすることは許されなかったんです。日本でいくつもドキュメンタリー番組を制作してきましたが、これは初めての経験でしたね。

ただ、こうした制約があったからこそ、印象的なシーンをいくつも撮影できることになりました。映画には、主人公である施設スタッフのジョン・ロデマンさんが、認知症の入所者に「Do you know what my name is?(僕の名前を知っていますか?)」と問いかけ、5分後にもう一度自分の名前を尋ねるというシーンが繰り返し登場します。

実は、このアイデアは取材中に生まれたものなんです。認知症の入所者に直接インタビューすることを禁止されていたことから、施設の記録係を任されていたジョンさんが協力してくれたんですね。

ジョンさんは取材に同行してくれる機会も多く、そのおかげで入所者と私たちの距離も縮めることができました。「あなたたちはどこから来たの?」と入所者から聞かれて、「日本からです」と答えると、「ヒマなのね」って言われた人もいました(笑)。

海外の人も共感できる
表現をめざして

実証研究は半年間行われ、多くの入所者に変化が表れました。しかし仮に本格的なドキュメンタリー番組を制作しても、私たちは宮城県のローカルテレビ局ですから、制作した番組を県外や海外の方に見てもらう機会は限られています。

そこで、この取り組みを世界中の方に知ってもらうために、映画化への準備を進めることにしたのです。とはいえ、長編映画の製作は局内で前例がありませんでしたから、放送作家の武田浩さんや、宮沢賢治の研究家で、「戦場のメリークリスマス」の助監督も務めた作家のロジャー・パルバースさんを構成に迎えて、海外の人にも共感してもらえるような表現をめざしました。

試行錯誤の末、英語版の映画『Do You Know What My Name Is ?』は2012年11月に完成し、2013年4月のクリーブランド国際映画祭で初めて公開。その映画祭の最多入場者数を記録し、アメリカンドキュメンタリー映画祭で最高賞にあたる「観客賞(外国作品)」を受賞するなど、さまざまなところから高い評価をいただきました。でも、何よりも印象的だったのは、全米アルツハイマー協会の方から言われた言葉です。

「この映画が認知症という病を正しく描いていることに感動しました。この作品を、認知症患者を持つ家族や介護の世界をめざす若い人たちに早く見せたい」

この言葉は、その後の日本での劇場公開に向けて、大きな力になりましたね。

認知症をめぐる社会の
ムードへの問いかけに

認知症はいまや、世界共通の課題です。患者や家族、介護スタッフの苦悩も、日本で見てきたことがそのままアメリカでも起きています。

ただし、そこには違いもあって、日本では認知症を病気というよりは、老化の一場面と捉えている方が多いと感じます。アメリカでは対照的に、認知症は “死に至る病”であり、病気を改善できるなら何でもやりたいという意識が強いんですね。

この映画は、認知症ケアの現場をジャーナリスティックに追ったドキュメンタリーですが、そうした側面だけではなく、認知症をめぐるいまの社会のムードに対する問いかけになるのではないかと思っています。

取材を通じて強く感じたのは、認知症の改善は、残される家族にとっても大切だということ。自分の親が自分自身を取り戻してからお別れができた家族と、自分の名前も思い出してもらえないままお別れをした家族とでは、その後の人生もまったく違うはずです。

誰もが年をとって、思い出とともに旅立つ瞬間はくるわけですから、それまでにどう自分らしく生きるのか。いまを大切に生きるとはどういうことなのかということも、取材の中で常に考えさせられました。

映画に登場する入所者の皆さんは、認知症という難しい病気を患っていながら、自分らしく人生にチャレンジし続けています。そういう方々とこの作品を通して出会えたことは幸せでしたし、ぜひ多くの人に、彼らの輝いている姿をご覧になっていただきたいと思っています。
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「僕がジョンと呼ばれるまで」
2014年3月1日(土)より東京都写真美術館ホールほかにて全国ロードショー

プロデューサー:太田茂 監督:風間直美、太田茂 構成:武田浩、ロジャー・パルバース 撮影:松本克巳 取材:水野潤 制作協力:共同テレビジョン 製作・配給:仙台放送 配給協力:東風


(内容紹介)
介護施設で働くジョンは、認知症の症状が進行している93歳のエブリンと話すたびに「Do you know what my name is ?(僕の名前を知っていますか?)」と問いかけ自己紹介をするが、5分後に再び名前を尋ねても、エブリンはいつも「わからないわ」と答えるばかり。しかし、「学習療法」を始めてから数カ月後、いつものようにジョンがエブリンに自分の名前を尋ねると――。

アメリカ・オハイオ州にある高齢者介護施設を舞台に、東北大学の脳科学者・川島隆太教授たちが開発した認知症改善プログラム「学習療法」に挑戦する認知症高齢者の姿を描いたドキュメンタリー。2013年アメリカンドキュメンタリー映画祭「観客賞(外国作品)」、2013年ベルリン国際フィルムアワード「特別選考賞」など、数々の映画賞を受賞
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文: 成田敏史(verb)
写真: 高橋定敬
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