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超高齢社会によるニーズ拡大を見据え、2013年7月に事業化された資生堂の「高齢者美容サービス(化粧療法プログラム)」。高齢者が専門スタッフ(ビューティーセラピスト)のサポートを受けながら化粧を楽しむことで、表情が明るくなるだけでなく、化粧が筋力トレーニングになり、日常生活の基本動作が自力でできるようになるといいます。化粧は高齢者にどんな“ちから”を与えるのか。医学博士で介護福祉士の資格を持つ、研究員の池山和幸さんに伺いました。
プロフィール紹介
医学博士、介護福祉士/京都大学大学院医学研究科修了。大学院時代、化粧と高齢者ビジネスの可能性を追求する中で、「本物の現場を知らなければ」と介護福祉士の資格を取得。2005年に資生堂入社後は、皮膚科学研究に従事しながら、健常高齢者や要介護高齢者を対象とした高齢期の化粧実態調査を毎年実施。2009年より「高齢者と化粧」をキーワードに研究を開始。高齢女性の化粧動作分析をはじめ、高齢者施設での化粧療法効果検証など、基礎から臨床まで幅広い研究を通じて、高齢期における「粧うこと」の新しい価値開発を行っている。

化粧を再び楽しんでもらい
+5歳の健康寿命をめざす

老化を防ぐ「アンチエイジング」という考え方がありますよね。化粧療法プログラムがめざしているのは、「+5歳の健康寿命をめざす化粧」です。

いま、日本の平均寿命は世界一です。しかし、介護を必要とせず元気に過ごせる期間を指す「健康寿命」は、まだまだ延ばす必要があるといわれています。

健康に長生きするためにはどうすればいいか。アプローチはさまざまでしょうが、化粧品会社であるわれわれは、化粧を通じて健康寿命を延ばしたいと考えています。

施設に入所している高齢者に「お化粧をしていますか?」と聞くと、「もうしていない」とよく言われるんです。化粧をやめる理由の多くは、病気、身体の衰えといった身体的な理由や、高齢者を取り巻く環境の変化です。

そんな方々に再び化粧を楽しんでもらうことで、心理的に明るくなってもらうだけでなく、身体的にも健康になってもらうことが、化粧療法の目的なのです。
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1949年から始まった
化粧のちからを伝える取り組み

化粧療法のスタートは、1949年までさかのぼります。弊社はこの年に、高校卒業予定者を対象にした「整容講座」を全国で始めました。これは化粧品を売るのではなく、「化粧をするということ」や「化粧のちから」を女性の皆さんに伝えるための取り組みです。

その後、岩手県の高齢者施設で「身だしなみセミナー」を実施したことをきっかけに、全国で高齢者向けの美容セミナーが始まります。

こうした活動と並行して、化粧が高齢者に与える影響に関する研究も進められました。それが現在の化粧療法プログラムに体系化されたのです。

これまでは社会貢献活動として続けてきましたが、全国の施設からの開催要望が増え、すべてに対応することが難しい状況になってしまいました。そこで、より多くの方に参加していただき、この活動を続けていくために、ソーシャルビジネスの考え方を取り入れて、2013年7月に「資生堂ライフクオリティー事業」として進めていくこととしました。

画像/1949年に全国で始まった「整容講座」の様子(資生堂提供)

化粧は筋肉を鍛え
リハビリにつながる

健康・長寿の秘訣は、「運動」「食事」「交流」の3つであるといわれています。私たちの研究では、その3つのすべてに「化粧」が関わってくることを明らかにできました。

まず、化粧と運動について。人間の腕には49個の筋肉があるんですね。中でも化粧をするときによく使う筋肉は、三角筋・上腕二頭筋・総指伸筋・浅指屈筋・第一背側骨間筋の5つ。私たちはこれらを「化粧筋」と名付けました。

そして、スキンケアやメーキャップをするときに、化粧筋にどれだけ負荷がかかっているのかを調べてみたのです。

70代の女性14人を、化粧を簡単にしているグループ(簡単派)と丁寧にしているグループ(丁寧派)に分けて、それぞれの筋力を測ってみたところ、明らかに筋力が高かったのは丁寧派のグループ。使っている化粧品の数を聞いてみると、簡単派は平均9個。それに対して丁寧派は11.5個と、2個以上多いこともわかりました。

化粧品が多いと容器のふたを開け閉めする回数が増えますから、手指を動かす動作も多くなる。そうした何げない動作が、筋力の維持につながっていたのです。

研究を進める中で驚いたのが、眉のメーク時の腕の筋肉の負荷です。化粧の中でもっとも負荷が大きく、数値的には高齢者のリハビリにおける筋力増強トレーニングと同じレベルでした。

こうした結果からいえるのは、化粧を日常的に続けていれば、筋力を維持できるだけではなく、筋力トレーニングにもなるということです。実際に高齢者施設で化粧療法やスキンケアを続けてもらったところ、多くの要介護者の握力が回復した事例もあります。

化粧療法を始めてから
自力でスプーンを持てるように

化粧と食事の関係にも同じことがいえます。化粧をしているときは、食事のときの約2~3倍もの筋力を使っているんですね。これは、化粧ができるなら、自分で箸やスプーンを持ち、ごはんを食べられるということを示しています。

高齢者施設で化粧療法プログラムを始めてもらうと、「利用者の食事の自立度が上がった」とよく言われます。スタッフの介助なしには食事ができなかった人が、そばで見守っていれば自力でスプーンを使えるようになる。食事中は見守りが必要だった人が、介助が必要ないレベルにまで回復したケースもありました。

高齢者の日常生活の自立度が上がることは、本人にとってもうれしいことでしょうし、施設のスタッフへの波及効果もあります。一人で食事ができる利用者が増えれば、介護レベルが高い人の介助に時間をかけられるからです。化粧療法プログラムは巡り巡って、施設のサービスのサポートにもつながっているのです。

図版/化粧動作と食事動作で使用する筋力を比べたグラフ。スキンケア動作は特に負荷が大きいことがわかる(資生堂提供)

化粧をすることと
生きがいを感じること

化粧は人との交流にも関わっています。

「PGCモラールスケールスコア」という、人の生きがいや幸福感を客観的に計測できる手法を使って、70代の高齢者にアンケート調査をしたところ、スキンケアやメーキャップを日頃から丁寧に行っている人は、簡単な化粧しかしない人に比べて、スコアが高いことがわかりました。

なぜ、化粧を丁寧にする人は幸福感が高いのか。実は“交流”がポイントなんです。

スコアが高い高齢者と徹底的に話し込んでわかったのは、彼女たちは定期的に“楽しい交流”をしているんですね。お友達と遊びに行く、趣味仲間とお茶をするなどいろいろですが、「それを死ぬまで続けたい。生きがいだから」と言うんです。

人と会うために外出する。外出するためには着替える。着替える前にはメークをする。メークをするからスキンケアは欠かせない――というふうに考えていくと、生きがいを感じていることは化粧をすることとしっかり結びつくのです。

図版/化粧と“生きがい感”の関係。人との交流を通して、化粧をすることと生きがいを感じることはしっかりと結びつく(資生堂提供)

化粧療法プログラムが
生活の質の向上を実現する

写真/化粧療法プログラムの様子(資生堂提供)
施設で化粧療法プログラムを行うと、高齢者同士の交流が生まれ、見た目にも変化が出てきます。

まず、歯を見せて笑うようになります。服装にも大きな変化があり、おしゃれなものやよそ行きの服に着替えてくる方もいます。記念に撮影した写真を「自分の遺影にする」なんてうれしいことを言ってくださる方もいました。

さまざまな理由で化粧をやめてしまっていた高齢者の皆さんの日常が、再び化粧を始めたことで変化するんですね。それは生活の質(クオリティ・オブ・ライフ)の向上に、必ずつながっていくのです。

化粧を通して
高齢期に最高の輝きを

私は大学院時代に医学の研究をしながら、介護福祉士の資格を取得し、介護の現場も体験しました。ですから「生活の質を向上させる」ということが、簡単ではないこともわかっています。

しかし、化粧療法の研究を経て、化粧のチカラで高齢者の生活にさまざまな影響を与えられるということが、科学的に証明できたと自負しています。

女性が化粧をやめてしまう場所は病院がほとんどです。しかし、退院した患者さんや高齢者施設の利用者にじっくりお話を聞いてみると、本音では化粧をしたいと思っている人ばかりなんですね。

そのための環境をいかに整えられるか。われわれの事業では、美容と介護の専門知識を持った弊社のビューティーセラピストが施設に伺って実施する化粧療法プログラムはもちろん、高齢者施設や医療スタッフを対象にした、化粧療法を学んでいただく講座も開講しています。

私はこれからもこうした活動を通じて、要介護の方でも寝たきりの方でも、本人が化粧をしたいと思ったら気軽にできるような社会をつくっていきたいと思っています。高齢期に最高の輝きを。亡くなるとき、すべての方が一番輝いている状態にあることが、私の仕事の目標ですから。
[
文: 成田敏史(verb)
写真: 高橋定敬
]
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