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2013.09.29 UP

ヘアメイクの力で、 高齢者に笑顔を取り戻す

ファッション誌のグラビアや、ショーでトップモデルのヘアメイクを手掛ける朝日光輝さん。彼がプロデューサーを務める美容室では、若手スタッフを中心にデイサービスや老人ホームへのボランティア訪問を続けています。自分たちの技術を通じて喜んでもらうのは、介護職も美容師も同じ。喜んでもらえる以上に大事な時間をもらっていると話してくれました。 (※この記事は2012年以前のもので、個人の所属・仕事内容などは現在と異なる場合があります)

有志20人からはじまったボランティア

(朝日)この活動がはじまったのは5〜6年前。スタッフからの提案がきっかけなんです。
(松崎)当時社内で、自分たちにどんな社会貢献ができるだろうと話をしていまして、「朝、営業前に街のゴミ拾いをしよう」とかいろんな意見が出たなかで、「老人ホームへ行ってヘアメイクをすることもやってみたいね」という声があったんです。

それで有志20人が集まり、タウンページの最初から最後まで介護施設に全部電話して「訪問させてください」というところからはじめたんですが、実は、なかなか受け入れてもらえなくて。形になるまで、2ヵ月くらいかかりました。ようやく話を聞いてくれるところが見つかり、「air」の各店舗責任者が企画書を持って施設に伺いました。

そこで、「ご高齢で外出が難しい方もいらっしゃると思う。けれど、私たちの技術を提供してキレイになる楽しさにもう一度気づいて、気持ちまで明るくなってくださったら」という想いをお話させていただいたんです。

「やってよかった」
スタッフの口コミで活動が広がった

(松崎)1年、2年と続けるうちに訪問先も増え、現在は、全部で3事業者・6ヵ所の施設にお伺いしています。頻度は月に1回、2施設ずつ。お店の定休日を利用しているので本当に個人のボランティアです。20人で始まった活動ですが、スタッフの口コミで徐々に増えていき、今では約160名のスタッフほぼ全員が参加してくれるまでになりました。

(朝日)ご希望者は女性の方がほとんどで、スタイリストはカットを、アシスタントはネイルやヘアメイクなどをさせていただいています。技術を提供しているという点では、場所が変わるだけで、普段していることとなんら変わりません。ただ、お客さまがご自身でキレイになろう、楽しもうと思って足を運んでくださるサロンとは違い、施設にはいろいろな想いをお持ちの方がいらっしゃいます。

うちのスタッフの中には派手なアタマの者もいますから、最初は「何この若いガチャガチャした人たちは?」という雰囲気もありました。
でも、「僕らは美容師で、きれいにさせていただきに来ました」ということがきちんと伝われば、あとは心が通うようになると思っています。

大切なのは人として
お一人おひとりと向き合うこと

(松崎)はじめのころは手探りで、「おばあちゃん切っていきますね」と、親しみやすい雰囲気のほうがいいのかなと思っていたのですが、実際はそうでないこともあります。「○○さん、今日はよろしくお願いします」と、挨拶から、きちんとお名前で呼ぶところまで、お一人おひとり気遣いながら接しなくてはいけないというのは、やりながら学んだことです。他にも、耳が遠い方であれば耳元でおしゃべりするようにしたり、安心していただくために、しっかり自分の顔を見てもらった状態でカットしはじめたり。

やはりコミュニケーションをとったうえで、施術をさせていただくことを心がけています。

(朝日)ふだんの仕事もそうですが、「人として、お一人おひとりと向き合っていく」という姿勢を忘れないことですね。ボランティアを受けて嬉しいという方もいれば、抵抗があるという方もいるでしょうし、いろいろな取り方がありますからね。目の前の相手としっかり向き合って、技術を提供するということが一番大事です。

僕は介護の仕事のことは分かりませんが、自分たちが学んだ技術を通じて喜んでいただくという点では、通じるところもあるのかなと感じます。

美容の素晴らしさを再認識できる時間

(朝日)とにかく僕が思うのは、喜んでもらえる以上に、僕ら自身が原点に戻れる大切な時間をもらっているということです。美容の仕事って、朝から晩まで施術と接客、技術の練習と、結構ハードワークと言いますか。技術とサービスを両立させる複雑な仕事なんです。それで忙しいとつい、何のためにこの仕事を始めたのか、真の部分を忘れそうになってしまうことがある。若い子なんかは特にそう。

そんな時この活動を通じて、お金をもらうわけでもなく、美しくなっていただいて、本当に喜んでもらえる。みなさん、すごくいい笑顔をしてくださるんですよ。それで、この美容技術の持つ素晴らしさに改めて気づく瞬間が味わえることで、僕たち自身がリセットされていると思うんです。

僕なんかでも、忙しすぎて心が窮屈になってしまうこともあるんですが、バックルームに「今度の火曜日、誰々が訪問に行きます」って書いてあるのをみるだけでも、みんな頑張っているなと、ふっと気持ちを正してもらえる。僕にとって、一番ありがたいことですね。

美容と介護をつないでいきたい

(松崎)私たちの顔や名前を覚えて、毎月楽しみに待っていてくださる方が増えてきたり、施設の方からご家族も喜んでくれていると聞いたりすると、長く続けてきて良かったと思います。何より、みなさん「ほんっっとにありがとう」と、感情を出して言ってくださる。なかなか経験できないことなのでありがたいことです。私は美容師として、長持ちするカットということを意識していますが、これはボランティアの影響も大きいと思います。活動を始めた5年前はちょうどスタイリストになりたての頃で、自分自身の美容師としての想いもある中で、「いつでもキレイでいられるように、スタイルをキープするにはどうすればよいか?」と考えるきっかけになりました。

実は私は、進路を決めるときに美容師と介護職で正直迷ったんです。
人に喜ばれる仕事がしたいというのが根底にあったんですね。
こうして美容師の道に進みましたが、介護美容師という分野もありますから、将来、何らかのかたちでつながっていけたらいいなという想いはあります。

人生の先輩の言葉に学ばせていただく

(朝日)僕が印象に残っているのは、あるおばあちゃまのヘアメイクをしていたときのこと。すごくきれいな方で、「昔はさぞかしおきれいだったでしょうね」ってふと言ったんです。そうしたら、そんなことないのよって、そして戦争の話やつらかった若い頃の思い出をお話されて「はっ」としたんです。

この方は人生の先輩として、いろんな想いをされて生きてこられて、若い頃にきれいにしたくてもできなかった時代もあったとか、おしゃれだってしたかったけれどそんな時代ではなかったんだとか、その歴史を目の当たりにした気がしたんです。サロンでは、昔の思い出とか、なかなか掘り下げたお話をする機会ってないですからね。教科書では学べないことを、リアルな言葉として伺うことができて、考えさせられる部分が多いですし、得るものがあります。

今では豊かな国で、当たり前に何でも揃っている自分の環境に感謝しますし、人として、学ばせていただいています。

超高齢社会と美容室

(松崎)私のお客さまには、まだそれほどお年を召した方はいないのですが、そのなかでも足や腰が悪い方には、シャンプー台やセット面を近くにしてさしあげようとか、クッションを使っていただこうとか、今できる最大限の接客は意識しています。

(朝日)僕のお客さまに、長年通われているとてもおしゃれな80代のおばあちゃまがいらっしゃいます。ずっとお元気だったのが、最近だんだんと足が弱くなってきて、足をさすったりしているのを目にするようになりました。この先高齢の方が増えていったときに、車椅子で来ていただけるようにするのか、訪問でカットに伺うのがいいのか、実際はまだそういう方はいらっしゃらないのですが、ふと思うこともあります。

東京の美容室って、おしゃれな若者が集まる場所というイメージがあるかもしれませんが、僕はairを、”キレイになることを通じて家族がつながっていく場所”として、ご家族で利用してもらいたいと思っています。ですから、今後はそういうことも考えないといけないかもしれませんね。

神戸、京都のairにも活動を広めたい

(松崎)ボランティア活動については、できるだけ多くの方たちにして差し上げたいという想いが常にあります。airも大きくなり、京都に続き関西2店舗目となる神戸に出店しています。今は東京だけの活動ですが、今後関西のスタッフからもやりたいという声があがったりして、どんどん参加する人が増えていけばいいですね。

(朝日)何か新しいことというよりも、今やっていることを純粋に素晴らしいと思ってやり続けてくれるスタッフが居続けてくれることが、僕の願いというか想い。それが波紋のように広がっていけばいいと思います。僕たちは、たまたまメディアに出させてもらっているので、クローズアップされるだけで、同じような活動をしている方はたくさんいらっしゃるはずです。ただ、せっかく取り上げていただけて、発信できる環境にあるので、「airがそんなことやってるんだ」って、全国の他の美容師の方にも知ってもらうきっかけになればいいと思っています。

朝日さん、松崎さんからのメッセージ

(松崎)厳しいかもしれないですけど、一度決めたことはやり通してからでないと、向いてないとか、この仕事ちょっと違ったなとか言えないと思うんです。そうやって逃げてしまう人は、一生逃げ続けてしまうんじゃないのかなって。どんな仕事でも続けることが一番大事で、それが社会人としての責任感につながると、私は思っています。

(朝日)生きてく中で、流していくことってつまらないことだと思う。どんな仕事でも大変なことはあるんだから、好きなこと、興味のあることにぶつかっていったほうがいい。環境は自分で変えるもの、何かのせいにするのではなく環境を変えるような生き方ができるといいんじゃないかな。環境を作るのは行動です。松崎のようにボランティアをはじめたいって言ったときに、最初は人が集まらなかったけど、行動してどんどん広がっていった。「air」の中にボランティアが生まれて、今もある。これは環境を変えた瞬間だと思うんです。そして、みんなひとりで生きているわけではないから、どんな仕事であれ、感謝の気持ちを忘れずに想いをこめて取り組めば、いい成果につながると思いますよ。

【文: 鹿庭 由紀子 写真: 山田彰一】

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