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いま、トヨタ自動車ではさまざまな介護用ロボットの開発が進められています。その根底にあるのは、「すべての人に移動の自由を」というコンセプト。半身麻痺の方でも歩けるように補助を行うロボット、モニターを使って歩行練習をするロボット、車いすへの移乗を行うロボットなど。開発の最前線に立つエンジニア、鴻巣仁司さんに開発秘話を聞きました。 (※この記事は2012年以前のもので、個人の所属・仕事内容などは現在と異なる場合があります)

トヨタがロボット開発に取り組む理由

トヨタ自動車では1980年代からクルマの組み立てラインの現場などにおいて、生産ラインの自動化が進められていました。その後、人を中心とする生産工程づくりに移行する中で、人と共存するロボットの開発が進められました。

私自身、もともと生産技術部門で、重い部品を人の力で楽に、安全に運ぶアシストロボットの開発を担当。2002年からは「愛知万博2005(2005年日本国際博覧会)に向けた、人との共生を目指すロボットの開発に参加しました(上の写真のロボットです)。

その成果を引き継ぎ、2007年トヨタ自動車は、人と共生し、人の役に立つ「パートナーロボット」の開発ビジョンを発表。「やさしさ」と「かしこさ」を備え、人々をサポートし、新しいライフスタイルを提案するロボット開発の推進を宣言しました。

なぜクルマのメーカーが介護・医療支援向けロボット開発なのか?と思われるかもしれませんが、根底には「すべての人に移動の自由を」というコンセプトがあります。健常者の方がクルマで移動する自由はもちろんのこと、寝たきりになった方や障害をもって自力歩行が困難な方に、新たな移動の手段を提供することで、その人の生活を豊かにしたい。

実は私には祖母が90歳で亡くなる前に「トイレだけは自分で行きたい」と訴えるのを聞いていた原体験があります。そうした高齢者のみなさんに最期まで人の尊厳につながる「移動の自由」を提供したい。

そんな思いでロボット開発に取り組んできました。
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「パートナーロボット」とは

「パートナーロボット」というと、みなさんはアニメやSF映画に出てくるような人型のものをイメージするかもしれません。

しかし、そんなアンドロイドのようなロボットの実用化は、まだまだ先の話。実際の生活シーンでの実用性を追究していった場合、車や家などさまざまな道具が知能化し、人々の生活をサポートしていく。トヨタはそんな未来図を描いています。

2011年11月に発表した介護・医療向けパートナーロボットは4タイプ。下肢麻痺などで歩行が不自由な人の自立歩行支援を目的とした「自立歩行アシスト」、同じく歩行が不自由な方の自然な歩行習得をアシストする「歩行練習アシスト」、バランス確保が不自由な方向けの「バランス練習アシスト」、ベッドからトイレまでの移乗介護の負担軽減を目的とした「移乗ケアアシスト」の4つです。

いずれも既存のロボットのイメージとはちょっとかけ離れているかもしれませんが、高度なセンサー技術や制御技術の固まりで、人の移動を柔軟にアシストし、人のパートナーとして活躍する「ロボット」たちです。

徹底的に使う人の目線に立つ

私たちがもっとも重視したのは実用性。エンジニアが自分たちの思いだけでつくると、どうしても使う人のニーズとは少し外れたものになってしまいがちです。

開発にあたっては、徹底的に使う人の目線に立つことを心がけました。実際にリハビリテーション医学の専門医であり、以前からロボット開発にも取り組んでおられた藤田保健衛生大学の才藤栄一教授のご協力を仰ぎ、医療・介護の専門家との共同研究の形でプロジェクトを進行。才藤先生はご自身が障害者であり、ご自分のこととして障害者が必要なものを深く理解されています。

そうした背景から、先生は福祉社会、超高齢社会においてロボットが必須のものになる、ということを強く主張されています。そんな才藤先生とトヨタがパートナーを組めたことは、非常に幸運な出会いだったと思います。

しかし、一般的に医学と工学の連携は容易ではありません。医療関係者とエンジニアでは用語も違いますし、先生方のロボットへの高い期待に、当初はなかなか追いついて行けませんでした。

そんな時こそ、トヨタでいう「現地現物」のスピリット、つまり「現地現物でものごとの本質を見極め、素早く合意、決断し、全力で実行する」ことを心がけ、先生方と気持ちを一つにし、共通の目標に向かって課題をクリアするようにしました。

もっとシンプルに。もっと軽く

本当に実用的で人に寄り添うパートナーロボットの開発で大切なのは、機能がシンプルで使用感が自然であること、軽量で柔軟性があることです。

例えば「自立歩行アシスト」は特殊なセンサーなどは省略してシンプルな構造にし、短時間で装着でき、すぐに歩き始められるようにしています。操作ボタンは4つだけですが、これをさらに減らせないかと検討中。重量も脚部の装着システム、体に身に付けるバッテリー部分ともに軽量素材などを採用しながら軽量化に取り組んできました。

エンジニアは自分たちが精魂込めて開発した技術だけに、どうしても製品にいろいろな機能を付けたがるものです。

しかしテレビのリモコンひとつ取っても全部のボタンはまず使いこなせません。現場からは「かえって混乱するから、わかりやすい機能だけを埋め込んでくれ」「もっと軽く」と要望がきます。パートナーロボットそれぞれに過剰な機能を削ぎ落とし、実証試験を繰り返しながら、さらなる軽量化,使いやすさの向上に挑戦しています。

「これでもうどこへでも歩いて行ける」

4つのパートナーロボットを具体的にご紹介しましょう。

脳卒中などによる半身麻痺などで自立歩行が困難な人が、杖などを使わず自然に膝を曲げながら歩けるようにするのが「自立歩行アシスト」。膝の部分にロボットを装着し、バッテリー、コンピュータを身に付けて使用します。

開発の初期は、健常者が試作品を身につけていろんな検討を行っていました。すると才藤先生から「それじゃ、何が絶対に必要かもわからない。健常者だけでいくらやっても無駄だ」と一蹴されてしまいました。そして、先生から「じゃあ、俺が被験者をやる」と申し出をいただいて実験をスタート。

当初は重量も重く、最初はまったく不安定な状態でした。膝は曲がっても、足の振り出しのタイミングが合わず、ぎこちない動きになってしまう。才藤先生に週に何度もロボットを装着していただき、データを取っては調整を繰り返す日々が続きました。まだ安全性が確証されていない段階では、上から転倒防止のためのベルトで吊って実験していましたが、ようやく完成度が現状に近づいた頃、「先生、これで自信を持って先生に履いていただけます。好きなところを歩いてもらって結構です」と報告することができました。

先生がロボットを装着して歩きながら、「これでもうどこへでも俺は歩いて行ける」と喜んでくれた瞬間は、今でも忘れることができません。

一日でも早い機能回復を目指して

「歩行練習アシスト」は、歩行の不自由な方が、自分の力で歩けるように練習するのが開発の狙い。

トレッドミル上で、膝を曲げ伸ばししながら健常時に近い自然な歩行が練習できる仕組みで、上部から転倒防止のためのベルトで補助しつつ歩行トレーニングを行います。自分の力で歩けるようになることが目的なので、ロボットに頼り過ぎないようアシスト量を調整できる構造に設計してあります。

例えば脳卒中を発症した場合、発症後すぐに一般のリハビリが始まりますが、3~4週目の安定したタイミングから、このロボットを使用した歩行練習を開始します。関節の角度、体重の乗り方などの歩行データをモニタで確認できるので、練習の成果がその都度わかります。

利用者は回復の度合いをみながらロボットを適切な状態にチューニングし、一日でも早い機能回復を目指すことができます。さまざまな条件が症状回復に影響するため、評価が難しいのですが、先生方からは「従来の歩行練習にはない可能性がある」というコメントをいただいており、さらなる検証を進めています。

ロボット+ゲーム
「遊べるリハビリ」を提案

4つのロボットのうち、もっとも実用化に近付いているのが「バランス練習アシスト」。加齢や疾患などにより、バランス確保が不自由な方のバランス機能練習を支援する目的で開発中のロボットです。

通常、バランストレーニングというと、片足でずっと立つ練習やボールの上にボードを敷いた上でバランスを取るなど、極端に簡単でつまらないか、反対に健常者でも難しいような方法しかありませんでした。「バランス練習アシスト」は、ウィングレットという立ち乗り型の小型移動ロボットとゲームを組み合わせたトレーニングマシン。利用者がロボットに乗り、バランスを取りながら、ゲームに合わせて前後左右に動かすことで、楽しく練習することができます。

例えば次々と蹴り出されてくるシュートボールをゴールキーパーとしてロボットを操作してキャッチする、といったゲーム形式です。

病院のリハビリ室は通常は静かな雰囲気ですが、このロボットを設置してあるところでは、バランス練習が始まると、その一角だけ先生方も患者さんも一緒になってワーッと盛り上がります。本当に楽しんで練習を行うことができ、普通のリハビリの現場では見られない光景です。

転倒は高齢者が寝たきりになる大きな要因の一つですが、このロボットをデイサービスなどに導入し、バランス感覚を鍛える「介護予防」のツールとして使っていただくこともできると考えています。

介護福祉士の頼れるパートナー

要介護者はもちろん、その介護を行う介護福祉士や看護師らの負担軽減も実現しようというのが「移乗ケアアシスト」です。

寝たきりの方や下肢障害をもつ方が、ベッドから車いすなどに移乗する際には、介護福祉士らが体重を支えながら介助しますが、その際に適切な方法で行わないと介助する人の腰などに負担がかかりがちです。

「移乗ケアアシスト」は、要介護者が上半身ごとマシンに身を預け、それを抱き止めるスタイルのロボットで、介護者の負担を軽減します。そのまま「移乗ケアアシスト」に乗ったまま移動できるので、トイレにも楽々行くことが可能。腰が浮いた状態で上体をキープできるため、現状は介護者が2人がかりで行っている(1人が抱きかかえ、もう1人が取りかえる方法)トイレでのオムツ付けはずしも1人でできます。

病院で事前にニーズ調査を行った際にも、車いすに移乗させた後の移動先で一番多かったのがトイレ。車いすへの移乗を支援するリフタなどの機器はありますが、ベッドから持ちあげて、そのまま移動し、トイレに行ってオムツの付けはずしまでを一連で支援できるロボットは他にありません。

記者発表後、「1日も早く実現してほしい」「個人的に売ってほしい」など、一番反響があったのがこのロボット。本当に社会から求められていたのだと改めて実感できました。

個別ケアの支援のために

「トイレだけは自分で行きたい」と語っていた祖母の思いは、「移乗ケアアシスト」でもうすぐ形になろうとしています。ただ、4つのロボットそれぞれに軽量化やより自然な動き、コスト低減と量産化に向けた検討など、技術的な課題も残ります。

今後、実証試験を数多く進めながらもう一段のレベルアップが必要です。実際のビジネス展開をにらみ、既存の制度や枠組みに捉われずにパートナーロボット独自の安全で適切な運用環境を確保するため、ISOのような国際標準をつくる動きも始まっています。

当面は実用化第1号の早期達成が目標。介護の現場では、「もっと個別に丁寧な介護をしたい」と考えている介護従事者のみなさんが、肉体的な問題や時間的な問題で、それが実現できないという状況があると思います。

介護・医療支援ロボットが、そうした負担を軽減することで、時間的・肉体的な余裕を提供し、理想の介護に近づけるとしたら、エンジニアとしてこれ以上の喜びはありません。

機械によるケアに不安を持つ方もいるでしょう。もちろん安全性は最優先に、あくまで実用性にこだわることで、そうした不安を解消していきます。

ロボットに任せる部分は任せ、しっかりと人が対応すべき部分に介護者が専念できる未来を、必ず実現したいと思います。

鴻巣さんからのメッセージ

トヨタは豊かな社会・生活の実現のため、常に挑戦し続ける企業です。
介護の分野も今後大きく変わっていくだろうと思います。

それが本当に対象となる方たちに求められているものであれば、既存の制度や方法論に捉われず、新しい道具や新しい技術を受け入れる勇気をもって欲しいと思います。それによって本来実現すべき、目指すべき介護や福祉の世界を創造していってください。

従来の枠に止まっているだけでは、超高齢社会における介護分野のさらなる発展は望めないでしょう。

新しいことに対して貪欲に関心を持ち、積極的に受けて入れてくれる若い人たちが増えてくれることを期待しています。
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文: 高山 淳
写真: 山田 彰一
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