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2018.10.19 UP

男性介護者の孤立を防ぎ相談し合える場を! 介護技術から調理まで学べる「男の介護教室」

「介護は、女性がするもの」。そんな時代はとうに過ぎている。同居の親や妻、子どもの介護をする男性の割合は増え続けており、平成28年の厚生労働省「国民生活基礎調査」によると全体の34%を占めている。そのうち、65歳以上は56.2%。家事の一切を妻に託してきた“企業戦士”が、定年後に家族の介護に直面するケースが多いようだ。そんな男性の多くは、直接育児に関わった機会がなく、介護で必要になる食事の準備やおむつ交換などを経験したこともない。その上、女性のように困りごとを相談するコミュニティも持たず、孤立してしまいがちに。それが高じて、DVなどの事態も発生している。こうした現状を少しでも改善しようと、「男の介護教室」を立ち上げた歯科医がいる。その河瀬聡一朗さんに話を伺った。

宮城県内の7カ所のほか
全国各地に広がり始める

2018年9月24日、宮城県石巻市の石巻赤十字病院にて、「第2回 男の介護教室&男性介護者と支援者の全国ネットワーク 東北大会」(以下、大会)が開催された。「男性介護者と支援者の全国ネットワーク(以下、男性介護ネット)」は、2009年3月に発足した、その名のとおり男性介護者と支援者の全国的なネットワークづくりを進めている団体。「男の介護教室」は、そのネットワークを構成する一つの任意団体である。両者が主催した本大会では、「男の介護教室」参加者による介護体験談の発表、ケアタウン総合研究所所長の高室成幸さんによる講演、「男の介護を語る」というテーマのパネルディスカッションが行われた。会場には、家族の介護を抱える男性介護者や地域の介護や医療、福祉関係者などが集まり、男性介護者を巡る現状の話に聴き入っていた。

「男の介護教室」は、2014年1月に石巻市でスタート。その評判が口コミで広がり、市外からの参加者が地元で始めるなどして、2018年9月現在、宮城県内7カ所のほか、宮古市、弘前市、練馬区、久留米市、熊本市でも行われ、全国的に広がりを見せている。また、企業での開催実績もあり、森永乳業の支社社員向けに実施したことも。さらに、陸前高田市、安城市、池田市でも立ち上げが予定されているという。

▲「男の介護教室」代表の河瀬聡一朗さん

▲「第2回 男の介護教室&男性介護者と支援者の全国ネットワーク 東北大会」。会場を埋めた参加者は、介護体験談やパネルディスカッションに聴き入っていた

最もニーズが多い“調理”
包丁の持ち方から教える

「男の介護教室」では、ケアマネジャーや介護福祉士、看護師、管理栄養士、歯科医師、保健師などのスタッフが連携しながら指導している。その内容は、介護者に必要な基礎知識に加え、調理、嚥下体操、口腔ケア、食事介助、おむつ交換、体位交換、移乗、急変時の対応などの実習もあり幅広い。参加者が調理した料理を試食しながら日頃の悩みを話し、解決策をアドバイスし合うグループディスカッションも行う。

「内容は参加者のニーズで決めていますが、最も要望が多いのは調理です。『米を作ることは得意でも、おにぎりを作ったことはない』という参加者もいらっしゃいます。介護をするようになるまで台所に立ったことさえないという人が多いですね」と河瀬さん。

一方、本拠地の宮城県石巻市は漁業が盛んで、魚をさばいたり、船上で調理したりする機会が多い人もいる。そんな参加者が不得意な参加者に教える光景も見られるという。

「調理については、包丁の持ち方からお教えします。そして、管理栄養士やケアマネジャーの方々と簡単に調理できる方法を考えて伝えています。例えば“パッククッキング”。ポリ袋に材料を入れて電気ポットで湯煎するだけで作れてしまう調理法です。洗い物も少なくて済みますから、これならやってみようという気持ちになってもらえます」

このパッククッキングは好評につき、レシピ本が出版されたという。

▲管理栄養士による調理実習の様子

和気あいあいとしたコミュニティの機能で
男性介護者の孤立を防ぐ

「男の介護教室」の参加者に制約は設けられていないが、集まってくるのは介護中やこれから介護をすることになる男性が大半。さらに、要介護者を看取った後も参加する人が少なくないという。

「ここが居場所の一つになっているようです。経験者の方には、介護中の体験談を話してもらうこともあれば、教室のサポーターとなって運営を手伝ってくださる方もいます」

教室では、参加者やスタッフは“男技”と書かれた揃いのエプロンをつけて、和気あいあいとした雰囲気だ。

「それぞれの背景や事情を抱えた、多様な方々が集まってきます。最初は気難しそうでなかなか溶け込めそうもない方でも、何度か集まるうちに仲間意識が芽生えてきて、悩みを打ち明けてくださるようになります」

ここが、「男の介護教室」の最大のポイントといえるだろう。なぜならば、男性は、家族を扶養し、仕事でも責任を負って働き続けるなど、社会の中で長年奮闘してきた人が多い。ケアタウン総合研究所所長の高室さんは、今回の講演の中で次のように指摘する。

「女性は、本音を言い、コミュニティを作って頻繁に情報交換し、敏感でプライドが高いという特徴があるのに対し、男性は建前を言い、寡黙で鈍感、面子を重視するという特徴があるとされる。こうした違いから、女性ケアマネジャーは男性介護者に対して“理屈っぽい”“詰問調で問い詰められる”“本音をなかなか話してくれない”“弱みを見せない”“クレームが多い”などの印象を持つことが多い」

男性介護者のこうした傾向が高じると、精神的に追い詰められ、要介護者に暴力を振るったり、時には“介護心中”“介護殺人”にまで発展してしまうケースもあるという。

▲調理実習では、試食をしながら参加者同士で悩みを相談し合う

「怒鳴りつけて自己嫌悪に打ちのめされた」
「下着を買いに行き売り場で戸惑う」という現実

76歳の男性介護者は、「男性介護ネット」に次のような体験記を寄せている。

「平成11年、妻は入院検査の結果、アルツハイマーと診断を受けました。(中略)憎からぬ者への介護とあらば、痒くなる前に手が届くように、面倒を見てやりたいと思っていました。(中略)しかし、年月が重なるにつれ、いつのころからか疎ましい葛藤が己を支配するようになっていました。時として乱暴に接したり、怒鳴りつけたりもしました。その結果、後で悩み、苦しみ、自己嫌悪に打ちのめされていました。(以下省略)」

妻が61歳でアルツハイマー型認知症を発症し、介護者となった71歳のある男性が、同じく「男性介護ネット」に次のような体験記を寄せている。

「第一に困ったこと、料理。いままで妻に任せきり。第二番目、妻の衣類の買い物。特に下着類は難しい。女性の下着は種類が多い。買いに行く場所も、いままで一度も足を踏み入れたことはない。売り場で男がウロチョロしていると、売り子さんが厳しい遠目で見ている。女性下着売り場では、初めから売り子さんに相談し同行してもらう決心をつける。三番目は入浴。自分の体を洗っても、洗ったかどうかわからなくなる。男と一緒に入浴することに、時として抵抗する。四番目は排尿。自宅では何度も短時間で自由に行く。外出時は男女別々のトイレ。トイレに行って手荷物を忘れてくると、取り戻すのが大変。知らない女性にお願いする、清掃のおばさんにお願いする。お客さまセンターの女性、レジの女性に駆け込む。でも100%回収できないことが多い」

▲言語聴覚士による食事介助の実習

教室に参加することで孤立を防ぎ、
参加者同士で相談し合える関係性を築く

こうした困りごとを数々抱え込みながらも、“SOS”を発信しない人があまりにも多い現実がある。河瀬さんは、次のように言う。

「『男の介護教室』では、参加者の方に何に困っているのかを聞くことから始めています。それをグループディスカッションで打ち明けてもらうと、似たような経験をしている人ばかりが集まっていますから、解決のヒントが得られたり、戦友のような仲間意識が生まれます。関係性を築くことで、孤立を防ぐことができると自負しています」

「男の介護教室」では参加者にアンケートをとっているが、「参加者同士で介護や自分の健康について相談している」「教室外でも男性介護者同士で会うようになった」「医療関係者や福祉関係者等に自分の健康や介護について気軽に相談できるようになった」に“はい”と回答した人はいずれも100%、「バランスのよい食事が提供できるようになった」「要介護者に怒鳴らなくなった」人は70%と、高い効果をあげている。

▲歯科衛生士による口腔ケアの実習

「男の介護教室」を始めたきっかけは
東日本大震災の復興支援活動

河瀬さんが「男の介護教室」を始めたきっかけは、東日本大震災だ。当時、長野県の松本歯科大学病院の勤務医であった河瀬さんは、テレビに映し出される被災地の映像に居ても立ってもいられなくなる。「思わず自衛隊に電話して、自分も被災地に連れていってほしいと頼んでしまったほど。民間人は乗せられないと断られましたが」と打ち明ける。

「大学病院に掛け合って、歯科医療派遣隊を結成し、隊長として被災地に入りました。派遣終了後も、個人的にボランティアとして毎月被災地に行き、歯科医として支援活動を続ける中で、移住を決意したのです。1000年に1度といわれる大災害が起きたときに生きている歯科医として、雄勝町の歯科医療の再生と地域の復興を支援したいと思ったからです」

現在河瀬さんは、石巻市の職員として石巻市雄勝歯科診療所の所長を務めているが、震災当時、同町の医療機関は津波で全滅。人口は震災前の4,300人から、1,600人ほどに激減した。口は命を保つ食べ物の入口であり、歯科医は人の命を守る重要な責務を担う。特に誤嚥性肺炎を起こしやすい高齢者にとって、口腔ケアは必須だ。

「地域に歯科医がいないという状態は解消しなければなりません。妻も歯科医でしたが、当初移住には猛反対でした。そこで、まだ津波の爪痕が生々しく残る雄勝に連れていったのです。妻は、被災地の現実を見て、涙ながらに『来るしかないわね』と同意してくれました」

▲おむつ交換の実習の様子

「自分の自治体でも始めたい」という人を
少しずつでも増やしていきたい

石巻への移住後、河瀬さんが所長を務める診療所に、一人の男性高齢者がやってきた。話を聞くうちに、妻の介護に困り果てていることがわかったという。

「そのとき初めて、男性介護者という存在を知ったのです。特に、食事づくりが大きな問題になっていることがわかりました。調べてみると、1回の食事の準備に3時間もかけている人がいたのです。食は生きていくための根源ですから、おろそかにはできません。この状況を何とかしなければと思い、『男の介護教室』を思いつきました」

そこで、地域のケアマネジャーとして知り合っていた高橋恵美さんを誘い、高橋さんのネットワークの介護福祉士、看護師、管理栄養士などに声を掛けて体制を整備。活動資金は、復興支援活動を手掛ける国際NGOのJENから助成を受けることができた。

その助成は、2018年12月で切れるという。その後については、「行政に頼ることなく、民間の助成や企業研修などで賄っていきたい」と河瀬さん。今後の活動方針について、次のように言う。

「『男の介護教室』の良さが伝わって、『自分の自治体でも始めたい』という人を少しずつでも増やしていければいいと思っています。自治体によって温度差もありますので、できるところから広めていければいいですね」

そして、全国の男性介護者には、次のようなメッセージを送る。

「どうか無理はしないでください。抱え込みすぎると、肉体的にも精神的にも行き詰まってしまいます。困っていることがあれば、いつでも相談してください。近くのネットワークにつなぐこともできると思います」

「男の介護教室」は、周囲に相談する人がいない男性介護者にとって、頼れる存在だ。全国的に男性介護者が増えていく中、こうしたコミュニティの重要性はますます高まっていくに違いない。

▲「第2回 男の介護教室&男性介護者と支援者の全国ネットワーク 東北大会」参加者全員による記念撮影

【文: 髙橋光二 写真: 髙橋光二、男の介護教室提供】

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