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2018.03.13 UP
厚生労働省の発表では、団塊の世代が後期高齢者となる2025年には、37.7万人も不足するという介護人材。しかし、介護の国家資格である介護福祉士の養成校は定員充足率が50%を切り*、中には閉校するところもある。そんな中、定員割れからV字回復を果たし、2018年度の入学定員が充足する見込みなのが、日本福祉教育専門学校だ。2017年度にスタートさせた独自の取り組みが、多くの入学希望者を惹きつけた。その取り組みとは何か。同校を運営する敬心学園学校支援本部の小林英一さん、同校介護福祉学科学科長の八子久美子さん、同校入試・広報課の田所俊義さん、そして、同校と連携する株式会社SPI あ・える倶楽部代表取締役の篠塚恭一さん、湘南ロボケアセンター株式会社代表取締役の久野孝稔さんにお話を伺った。
*公益社団法人日本介護福祉士養成施設協会のデータより
時代のニーズに合う魅力あるものを
介護と結びつけられないか
介護福祉士養成校を取り巻く環境は厳しい。仕事の負担が重く賃金が安いという、介護の仕事のマイナスイメージが定着し、入学希望者の減少に歯止めがかからない。さらには大学全入時代を迎え、専門学校全体が選択されにくくなっており、養成校全体の入学者数はここ10年で半分以下にまで落ち込んだ。日本福祉教育専門学校も状況は同じだったと、入試・広報課の田所さんはいう。
「生徒さんが入学したいと言っても、高校の先生や親御さんが止めるケースも少なくありません。2016年度入学者は80人の定員の約半数、42人にまで落ち込みました」(田所さん)
これは何とかしなくてはいけない。そんな強い危機感から、まず学科長の八子さんをはじめとした介護福祉学科の教員と田所さんたち広報担当で、改めて教育内容を見直した。また、オープンキャンパスの来校者に、どんなことで進学を迷っているのか、進学先を決めるポイントは何かも聞き取った。さらに、異業種で人気がある専門分野は何かを調べた。入学者確保に悩む専門学校が多い中、ゲームアプリやアニメ、コンピュータ関係の学校は人気があったと、田所さんはいう。
「そこで、時代のニーズとリンクしている分野や普遍的に人が魅力を感じるものと介護とを結びつけられるといいのではないかと。他の分野を考えていたけれど、介護もやってみたい。そんなふうに思える魅力づくりが必要だと考えました」(田所さん)
▲日本福祉教育専門学校では、2013年度は80人の定員を超えていた入学者数が、翌年度には60人を割り込み、2016年度入学者は42人にまで減少した
専門学校と企業の連携が
進んでいないのは日本だけ
同じ2016年度、学校支援本部の小林さんは敬心学園が運営する保育士養成の日本児童教育専門学校で、新しい視点からのプログラムを導入。やはり激減していた入学者数をV字回復させていた。その取り組みを日本福祉教育専門学校にも応用しようと、2017年度入学者の募集に向けて小林さんも加わり、新しいプログラムの検討が始まった。外部企業との連携プログラムである。
「海外、例えば、オーストラリアの専門学校のホームページを見ると下の方に企業のロゴが並んでいるんです。そうした連携がないのは、日本だけなんですね。全国専修学校各種学校総連合会会長を務める当法人の理事長は、専門学校と企業との連携による実践的な職業教育を提唱し、専門学校への『職業実践専門課程*』の導入を2014年に実現しています。しかしこれはまだ、実習以外ではほとんど進んでいないのが現状です」(小林さん)
そこで、敬心学園では、小林さんを中心に企業と連携したプログラムづくりに取り組んだのである。
*職業実践専門課程……企業などと連携し、最新の実務の知識や技術を身につけられる実践的な職業教育に取り組む、専門学校の学科。文部科学大臣が認定する。
▲もともと学習塾で勤務していた小林さんは、高校生が進学先の専門学校や大学を中途退学するのはなぜかと疑問を感じ、中退者の出ない、魅力ある学校づくりに取り組みたいと敬心学園に移ってきたという
それぞれの業種で「基礎的な考え方」を
教えてくれる企業に連携を申し込む
小林さんは、テレビの経済情報番組で特集されるような先進的な企業に話を聞きに行き、ここは、と思う企業に連携を申し込んだ。
「連携先を選ぶ条件は、考え方のベクトルが合うことです。僕は介護も保育も、専門学校で学んだからといって、介護や保育の現場で働かなくてはいけないとは考えていないんです。連携企業であり、身体が不自由な人の外出支援やトラベルヘルパー*の養成を手がける株式会社SPI あ・える倶楽部の篠塚さんとも、『介護福祉士の資格を持った旅行会社の人がいたら可能性が広がりますね』という話をしたり。専門性のとらえ方、生かし方を変えていこうというベクトルが一致しているかどうかを大切にしました。
もう一つ大切なのは、基礎になる考え方を学生たちにきちんと教えてくれること。テクノロジーも進化に伴い、『型』は変わりますが、『型』を考える基礎的な考え方は変わりません。その基礎の部分がしっかりしている企業さんに連携を呼びかけました」(小林さん)
2017年度から始める企業との連携プログラムが決まるごとに、それを告知する学生募集のダイレクトメールの送付を重ねた。その結果、2017年度の入学者は66人まで回復した。
*トラベルヘルパー……検定試験を経て取得する民間資格。介護福祉士や介護職員初任者研修(旧・ホームヘルパー2級養成研修)修了資格を持ち、身体の不自由な人の外出や旅を手伝うためのエスコートサービスを提供する専門職である。
▲こうしたパンフレット、各企業のプログラムを紹介するダイレクトメールは、「親子で見て、新しい取り組みを理解してほしいという思いを込めて送付した」と、田所さんはいう
企業との連携で5分野の
エッセンスを学ぶ「カイゴのミライ」
「カイゴのミライ」と名付け、2017年度からスタートした企業との連携プログラムには、トラベル、ロボケア、ITなどを手がける5社が参加している。まず、各企業が行う1コマ90分×3コマずつの授業を1年生全員が受ける。そして、2018年度に初めて実施する2年次では、5つの企業プログラムから、学生が興味を持った分野を2つまで選択してゼミ形式で学び、知見を深める内容とする予定だ。
2017年度、1年次の3コマずつの授業で提供できたのは、それぞれの企業が手がける分野のほんの入り口にすぎない。それでも、「このプログラムには意義を感じた」と、ロボットスーツHAL®介護支援用(腰タイプ)によるロボケアのプログラムを提供する湘南ロボケアセンターの久野さんはいう。久野さんは、授業ではまず発展していく科学技術全般の話から始める。そして、介護の現場でも、今後はICT(情報通信技術)を活用していくようになること、ICTを活用する視点が必要であることを伝えた上で、ロボットスーツHAL®を学生に体験させた。
「学生さんたちにロボットスーツHAL®を見せると、一気に活気づき、『装着してみたい』という声が上がります。そうした反応に触れると、このプログラムに参加してよかったと思いますし、介護を学ぶ場にもっとロボットが入っていくべきだと感じますね」(久野さん)
久野さんは、実際の介護現場に介護ロボット導入の提案に行くことも多い。しかし現場では、忙しいこともあって、なかなか学生たちのような反応は得られないという。
「だからこそ、学生という何のしがらみもない状態でテクノロジーに触れてから介護の現場に入ることが必要です。そうすれば、広い視野から現場の働き方を見直せる人材になる。そういう人材を育成することが、これからの介護の世界を救うことにもなると思います」(久野さん)
▲「久野さんをはじめとした企業人が、直接、実社会での現状を踏まえて語りかけるからこそ、学生の心に響くものがある」と、田所さんはいう
新しい視点を学んだ学生が
現場に入ることで介護業界が変わる
わずか3回の授業だが、担当する企業側にとっての負担は少なくない。それでも引き受けた理由について、篠塚さんはこう語る。
「介護業界を変えられるかもしれないという可能性を感じたからです。私が3回の授業で教えているのは、外出支援が必要な人たちのことを理解する力、感じる力、考える力の大切さ。その3つだけでも伝えられれば、と。介護報酬が下がる中、事業者にも変わっていかなくてはという意識があるはずです。ここで学んだ学生と、事業者の“変わろう”という意識が出会えば、介護業界は変わっていくのではないかと期待しています」(篠塚さん)
実際、そうして学生が身につけたものを生かせる介護現場も出てきていると、八子さんはいう。
「旅行に行きたい、かつての職場を訪れたいなど、利用者の願いを叶える活動に取り組む施設があるんです。うちの学生もボランティアで参加しているのですが、まさに篠塚さんが教えてくださることが生きてきます。新しい学びと現場が結びつくことで、介護職がイキイキと働けるだけでなく、施設に入所する高齢者の方も『自分にもまだできることがある』と思えるようになる。それが生きる希望につながればと思います」(八子さん)
▲篠塚さんは、「人は、新しいものとの出会いによって、パッと瞬間的に変わることもある。学生さんたちにそんな出会いを提供して、変わっていく姿を楽しみにしたい」という
入学希望者たちの支持を集めた
日本福祉教育専門学校の3本柱
「カイゴのミライ」が目を引く日本福祉教育専門学校だが、独自の取り組みは、実はこれだけではない。例えば、1年次の5月から行う週1回の現場実習だ。多くの介護福祉士養成校では、1年次の前期に実習はなく、夏休みに連続10日間の実習を行っている。初めての現場実習が連続10日間というのは、実は学生にとってはなかなかの試練だ。慣れない現場で立ち往生しても、翌日もその翌日もまた通い続けなくてはならない。ストレスが募り、実習から逃れたくて退学してしまう学生もいると、田所さんはいう。
「でも、週1回の実習なら最初慣れなくても、1日行けば翌日は学校で同級生に会うことができます。だから、うちでは実習で辞める学生はいないですね。この20回の実習を、特別養護老人ホーム、デイサービス、グループホーム、障がい者施設などの4カ所に5回ずつ行ける体制にしていることも、学生に喜ばれています。在学中にいろいろな現場を体験し、どの職場が自分に合うか体験を元に検討できますからね」(田所さん)
また、授業の空きコマをなくし、毎日、朝から午後2時30分までにまとめたことも、学生には好評だ。一般に、介護の現場は朝から昼過ぎまでがとても忙しい。それなら、在学中も朝から昼過ぎまで、頭と身体を使う習慣を身につける方がいいと、日本福祉教育専門学校は考えた。
「これにより、希望者が放課後に提携先の有料老人ホームなどでアルバイト勤務する、“働きながら学ぶプロジェクト”もスタートさせることができました。それに、午後2時30分終了にしてみたら、学生に子育て中の女性が増えたんです。この時間帯なら、子どもを学童保育に預けなくても通えますからね」(田所さん)
「カイゴのミライ」、週1回の実習、そして、午後2時30分での授業終了。こうした取り組みを実現できたのは、教員、広報、カリキュラムを組む教務が連携して取り組んでいるからだ。だからこそ、この3本柱は実のあるものとなり、この学校が学生から選ばれる大きな理由となっている。
▲「新しい取り組みは教員も歓迎だった」と語る八子さんをはじめ、数人の教員が「カイゴのミライ」を学生と共に受講したという
「カイゴのミライ」の先にある
未来の介護の学び、社会の姿とは
「カイゴのミライ」を受講した1期生は、2018年度には2年に進級し、初めて実施される2年次のプログラムを経験する。そして、新しい視点を学んだ学生が2019年4月には社会に出ていくことになる。受け入れ先は、学生が学んだ新しい視点をどれだけ生かせるか。それは、現時点では未知数だ。「だからこそ、私たちはさらに前に進みながら育成を続けるし、卒業生には荒波に負けずに10年後、20年後にリーダーシップをとれるよう、職場で仲間を増やしてほしい」と、田所さん、八子さんは言う。一方、小林さんは、「カイゴのミライ」を通して経験した、企業との連携の先にある取り組みへの意欲を語る。
「僕は、学校での座学の学びは、将来的にはなくしたいと考えているんです。学校の教室を企業が1社ずつ担当して、そこでの研究と学びが一体化するようなものが、僕の学校としてのゴール地点です。もう一つ考えているのは、小中学校の教育課程に、困っている人を見かけたときに何をすればいいかという“助け方”の授業を入れていくこと。子どものうちから、誰かを支える経験をさせる社会づくりを、民間の立場から進めていきたいんです」(小林さん)
小林さんはいま、篠塚さんたち企業人と連携しながら、介護が必要な人や障がいがある人の2020年東京オリンピック・パラリンピック観戦を支援する、「オリパラ介護」プロジェクトに取り組んでいる。この取り組みを通して企業との連携をさらに深め、介護の学びを変えていくための協力者を増やしていこうとしているのだ。学校内だけにとどまらない介護の学びの発展。そして、新しい介護の学びを生かせる社会へ。そんな道筋が、ひとつの専門学校の取り組みから、いま、少しずつ、ひらかれようとしている。
【文: 宮下公美子 写真: 刑部友康】