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2015.06.11 UP
介護や福祉の業界に、クリエイティブな発想を持つ人材やアグレッシブな人材を呼び込もう。そんな試みから誕生したのが、2014年夏に開催された「あなたの知らない新世界!日本“最先端”の福祉就職フェア FUKUSHIビッグバン!」というイベントです。この企画は福祉人材確保と育成をサポートする一般社団法人 FACE to FUKUSHI(フェイス トゥー フクシ)が主催したもの。ビル一棟を使い福祉分野を支える事業所に関する展示企画やイベントに参加できたり、介護や福祉に関するクイズに答えるなどクリエイティブな視点から福祉業界をPRした。このイベントの企画立案から運営に関わったのが、ソーシャルデザインを手掛けるNPO法人スマイルスタイル(通称:スマスタ)。代表理事である塩山さんに、コミュニケーションの仕掛けなどについて話を聞きました。
「優しい」だけじゃない、クリエイティブで
やんちゃな人が、介護業界に来てもいいじゃないか
もともと企業のブランディングやソーシャルデザインを行うNPO法人を運営していた塩山さん。そこに飛び込んできたのが、一般社団法人 FACE to FUKUSHIからの相談だった。
「先方との会話の中で出たのが、福祉という仕事や業界のイメージを変えたいということ。福祉と聞くと障がい者福祉・高齢者福祉など制度の中で行われているイメージが大半。でも、その在り方は多様化していて、認定や手帳がなくても“困っている人”はたくさんいます。そんな制度の狭間・サービスが行き届かないところに、今の福祉の“最先端”があると感じました。その“最先端”で、情熱をもって働いている方々にスポットを当てたいと、企画のお手伝いをさせていただきました」
「また、もう一つ出たのが、介護の世界にもこれまでにないタイプの人材を、という話でした。介護の世界は人が集まりにくいという課題もあるものの、活発で人と違ったアイデアを出せるような人、起業を目指すような人材がくれば業界の起爆剤になるのでは?と言うことでした」
当初は、タレントや有名キャラクターとコラボするなどの企画を考えた塩山さん、しかし、タレントサイドからOKが出ないなどの障壁があり試行錯誤を余儀なくされた。
「タレントパワーに頼れないとすると、何か若者を惹き付けるコンテンツが必要だと。そこで、いま若者の間で流行っている“脱出ゲーム”が応用できないか?と考えました。スマスタが運営する就職支援施設『ハローライフ』の全館を使い、介護や福祉に関するクイズに答えながら謎解きゲームを楽しむ。そうして、これまで知らなかった業界の魅力に気づくという仕掛けです。ほかにも、カフェスペースとなっている1Fでは、福祉に関する本を展示し、夜はバーにして先輩、介護職員などとの交流を図る場を企画しました」▲会場となったのは、スマイルスタイルが運営する「ハローライフ」のビル。一棟まるごと会場として使用された▲「若者が惹き付けられるコンテンツを」とのことで企画された「FUKUSHIビッグバン!」。楽しげな展示物と会場で楽しめる「謎解きゲーム」により、若者にクリエイティブで限りない可能性がある、福祉業界の魅力に気づいてもらうことができた
大阪の学生が北海道の介護施設に
新たな進路につながった出会い
こうして開催された「FUKUSHIビッグバン!」の成果はどうだったのか。
「合計809名の方が来館され、USTREAMの放送も合わせると、2000人ほどの方に触れていただく機会になりました」
「企画としての新しさはありましたが、集客は苦戦しました。大学に交渉し告知をさせてもらいましたが、集客は目標の半分程度。企画することや福祉や介護というテーマの難しさをあらためて実感しました」
イベント参加企業の中には、要介護者など高齢者の介護付き旅行を企画する会社やユニバーサルデザインに特化した企画会社など、今までにない角度から福祉に貢献する企業もあった。
「介護施設などのサービスを行う企業だけでなく、新しい角度から福祉を見つめる企業も参画し、介護や福祉業界の可能性を感じてもらうことができたのではないかと思います。こうした企業は学生からの人気も高いものの、求める人材のハードルも高くマッチングの難しさが浮き彫りになりました。その一方で、イベントに来た学生の満足度は高く、大阪エリアに住む学生が施設の理念に共鳴し奈良や北海道などの福祉事業者に就職を決めるなど、新たな出会いの創出に貢献できた面もあります」
今回のチャレンジの成果と今後への課題を整理している塩山さんには、次回以降のイベント企画も期待されている。「様々な業界の新たな魅力を掘り起こし、学生たちとマッチングしていく取り組みはこれからも積極的にトライしていきたいと思います」
▲「FUKUSHIビッグバン!」でのトークイベントには、多くの若者が参加。「福祉や介護の現場の空気が伝わった」という声が聞かれ、実際に福祉の世界へ飛び込んだ人もいるという
無業者に社会参画の機会をつくりたい
そんな思いからソーシャルデザインの世界へ
常に意欲的な塩山さんだが、実は意外な過去がある。「私もかつてニートと呼ばれる若者でした。小学生のときに学校からドロップアウト。その後、フリースクールに通うなどするうち、自分のような人間を社会参画させる方法はないものか?と思うようになったのです」
自らもフリースクールの講師となり、引きこもりの若者や無業者への社会参画のチャンスをつくる活動を行う最中、塩山さんはある出来事に衝撃を受ける。「国が大手広告代理店にニート対策として大きな予算を割くというニュースを耳にしました。社会を変えるには、ただ正論を訴えるだけではダメ。自らが経済を動かす力と知見を持ち、社会全体を巻き込んでいかなければ、と」
これを機に塩山さんはビジネス書を読みあさり、仲間とプロジェクトを組んで活動を開始した。とは言っても知識も技術もない自分たちにできることは少なく、“ごみひろいイベント”からスタートさせる。
「何か世の中に影響を与えることがしたい。そう考えて、まずは“ごみひろい”をイベントにしようと考えたのです。でも、ふつうのごみひろいでは話題にならないし人も集まらない。そこで、まちの景観を変えるようなアートなごみ袋を使うことにし、SNSなどで募集をかけました。20〜30代の若者が学校や会社帰りに参加できるもののほか、“オールナイトごみひろい”“無人島ごみひろい”などを企画。これが注目され、少しずつ企画力に興味を持つ企業が増え、地域のイメージ向上プランニングやPRの仕事を行うようになったのです」▲塩山さんが企画した、ごみひろいイベントの様子。「社会的な課題解決に向けてコロンブスもびっくり仰天するような発明をしよう」という想いを糧に、自らチャンスを作り出した▲「ハローライフで働くことの意義を知った若者と、新たな人材を見つけたいと思う企業との橋渡しこそ、自分たちのできるソーシャルデザインだ」と話す
理想のハローワークを運営。若者と福祉など、
やりがいのある職場との出会いを応援したい
塩山さんは、無業者や就職活動に悩む若者たちが集うスペース「ハローライフ」も運営している。
「福祉イベントの際には会場としても活用したのが、このハローライフ。1Fはカフェとして機能する他、仕事や生き方に関する本が自由に閲覧できます。2Fは、ワークインフォメーション。働くことに悩みを感じた人が気軽に立ち寄れる場所を目指しています」
ハローライフは、無業者の方の“中間的就労の場”としても機能している。「本格的な就職の前に働くことに自信をつけたい、という人のために週に数時間でも働ける場所を用意しています」。若年無業者を中心に、若者と社会、そして仕事を結びつけることが塩山さんのライフワークだ。
「無業者への支援も初めはカウンセリング中心でしたが、思ったほど成果が出ない。そこで、企業でのインターンシップに参加させていただいたり、日本センチュリー交響楽団さんとコラボレーションした音楽創作を通じたワークショップなどで得た達成感を力に社会復帰に進む人が現れたんです。言葉だけじゃなく、汗や涙を伴う経験が人には必要なんだと気づきました」
そんな塩山さんのこれからを聞いた。「若者の就職支援などを含めソーシャルデザイナーとしてこれからも様々な社会課題に向き合っていきたいですね。介護や福祉の世界も同じで、そこに進むことで新たな自分と出会える若者を増やしたい。社会課題の解決を“正しさ”という観点だけでなく、“楽しく参加したくなるもの”と位置づけ世の中を変えていきたい」
枠組みや過去にとらわれない発想から、介護や福祉の世界を変えていく。若い彼らの生き方とアイデアから大人が学ぶことは数多いのだ。
▲ハローライフ2Fでは求人情報を探せるパソコンを常設。隣には「働き方」に関する多彩な本が置かれ、ハローライフを訪れた方が自由に読むことができる仕掛け。同フロアーには相談所も併設され、企業と若者のいい出会いを作り出している▲塩山さんとスマイルスタイルの同僚たち。彼らは、求職者の就職相談から、イベントなどの企画立案まで、塩山さんの話す「ソーシャルデザイン」を実現していくための大切な仲間である
【文: 戸部二実 写真: 中村泰介】