ヘルプマン
2013.09.29 UP
介護は個別性が高いという点で弁護士と似ていると語るのはNPO法人「もんじゅ」代表の飯塚裕久さんです。三人寄れば文殊の知恵という言葉にならって、介護業界で働く人が集まり、事業所の課題や問題点を話し合う「もんじゅミーティング」を開催しています。目の前のことから社会を少しずつ変えていこうとする飯塚さんにインタビューしました。 (※この記事は2012年以前のもので、個人の所属・仕事内容などは現在と異なる場合があります)
尊厳ある死とは
僕の父は、13歳の時に祖父を亡くしました。祖父は家で看取られたのですが、祖母はどんどん死に近づいていく祖父を前にして、父にこう語りました。
「手をずっと握ってなさい。だんだん冷たくなってきているでしょ。でもまだ体温が手に伝わってくるね。それがお父さんが最後の最後にあなたに伝えられることだから、ちゃんと手を握ってなさい」
この話をすると、僕はいつも鳥肌が立ってしまう。「病院じゃこうはいかない。生かされるんじゃなく、自然な形でお別れしたい。だから家で死ぬんだよ」と、祖母はずっと言っていました。
でもその祖母を、結局家で看取ることはできなかった。昭和50年を境に在宅死と病院死は逆転、今は病院死が85%で在宅死は5%にも満たない。その中で、僕らが家で人間らしく最期を迎えるには、どうしたらいいんだろう?そのためには介護に何ができるのだろう?そういうことをずっと考えながらやってきました。
生きているということ
精神的に「生きている」って、多分自分で何かを勝ち取れるような状況に置かれているってことなんだと思います。僕らはいろいろなことを選びながら生きている。だから他人に、「あなたはこうやりなさい」と言われたら、頭にくる。
つまり、選んで生きるってことが、人が生きていくということだと思い至ったんです。人は認知症になると、全然選んで生きていけない。だから僕らの小規模多機能施設では、尊厳、いわゆる基本的人権で言えば、生存権じゃなくて、選択権を担保し、大切にしている。それが生きていることだと定義した時、実はそれって認知症のお婆さんだけの話じゃないよねって思ったんです。
僕自身も選んで生きたいし、スタッフだって選んで生きていきたいよねと思ったのです。
トップダウンからエンパワーメントへ
高度成長期なら企業はトップダウンで売上げがガンガン上がるから、従業員もそれがモチベーションにもなっていました。でも、今の時代はそうはいかない。
これからは、個人個人が自ら選択肢をもって生きながら、社会を良くしていくとか、法人を良くしていくとか、そういう観点が必要になります。トップダウンじゃなくて、エンパワーメント。一人ひとりのメンバーに裁量権を持たせ、現場の責任感とモチベーションを高めていくことです。「ユアハウス弥生」もエンパワーメント重視。利用者やスタッフの選択権を大切にし、よく生きる(死ぬ)ことについて考え、方法を模索している。こんな施設がそれぞれの地域にあれば、そこを地域の交流の拠点にできるし、さらにそれが網の目のように広がることで、徐々に介護の現場も変わっていくと思う。
そんな形で安心して歳を取ることができる社会にしていくことで、日本全体が健全な方向に向かっていく、そういうイメージがあります。
場と言葉を持たなかった10年前
10年前の僕は、まだトップに異を唱える言葉を持たなかったし、選択の余地もなかった。組織はトップダウンで、介護保険制度の枠の中で思うような介護ができず矛盾を抱えていたと思います。多くの介護現場はそんな状態だったし、ゆとりがなく納得のいく介護ができてないことに悩み、職場を離れていく人も少なくありませんでした。
そうなると、次第にベテランが減り、新人の割合が増えていきます。でも現場は専門性が要求されるので、教育には時間がかかります。そうなるとさらに現場の負荷が増していきます。
この悪循環を断つにはまず自らを語る言語と場所を持つことだと思いました。本人が自分の言葉で何かを発する。それが次の行動に結びつく。それを積み上げる。もし6ヵ月で誰かが辞めてもその6ヵ月分をどこかに貯めておくことができたら、次に入って来た人は、7ヵ月目から始められるかもしれない。少なくともゼロに戻ることはない。この土台を造っていくことが、基本的には「もんじゅ」の目的なのです。
「もんじゅ」の原点
以前、ふとしたきっかけで私とケアマネジャーの田原さんと菊池さんという方と3人で介護業界についてディスカッションしたことがあって、2時間の間に三人三様いろんな気付きを得たんです。
その後、菊池さんは北海道の特別養護老人ホームで、もっと外に出よう、誕生日には家に帰ろう、ということをやり始めました。ふつう特別養護老人ホームでは外に連れ出すのはルール違反です。田原さんは行政書士でケアマネジャーなんですけど、特養の職員とタッグを組んで、どうやったらお婆さんを家に帰せるかということに取り組み出しました。
いずれもそのときのディスカッションがきっかけになった気がしていて、それならうちの職員がもしここにいたら、もっと大きな気付きがあって、もっと成長できたんじゃないかなと。それならいっそこの3人でやるディスカッションを、活動にしちゃおうと思って「もんじゅミーティング」を始めました。
居酒屋から革命を起こす
「もんじゅミーティング」は、異なる事業所の管理者クラスの人が2人、現場の職員が1人という構成で居酒屋などを会場に、日本全国で現在は3日に1日のペースで実施しています。参加人数は6、7人から30人位までまちまち。お互いの利害関係がないから、客観的に現場の職員の抱える問題を遠慮なく引き出すことができます。過去の体験がフラッシュバックし、思いのたけを語りながら涙を流す人も少なくありません。
ひと通り課題を洗い出したら、次にこれを取り組むべきテーマとして整理して、現場に戻っての改善ポイントや目標、それを実現するための計画を宣言してもらって、「もんじゅミーティング」は終了。後日、実施報告と、改善度を評価して、また再検討を行う。こういったPDCA(Plan-Do-Check-Action)のサイクルを、小さなことからでいいから本人なりに歩んでいってもらう。その過程で、本人の課題解決能力を上げることができるはずだと思っています。
真面目に、1歩ずつ前に進む。それが「もんじゅ」の革命です。
弁護士と介護士の類似点
ミーティングの実施報告をまとめた「もんじゅ報告書」は逐次、個人名などを伏せて特殊な条件を省いて内容を一般化した上で、サイト上に公表、
施設内で起こりえるさまざまな問題について、ナレッジをシェアすることで、みんなの課題解決能力の向上につなげていきます。「もんじゅミーティング」をスタートしてからもう70件ほど報告書が集まっていて、100件集まったらサイトにアップする予定です。当面3年後には1000件を集めたいと思っていますが、その頃には確実にかつてないイノベーションが起こっている予感がしますし、10年後は想像もつきません。
介護は対人サービスの業界で、仕事は非常に個別性が高くなります。ある意味、弁護士の世界に似ている。彼らは専門知識があり、判例で経験を積んでいきますが、それに近い形で判例=「もんじゅ報告書」になっていけばいいと考えています。
一番身近な社会問題
社会問題に対して、事業でアプローチする人を社会起業家と呼ぶことがあります。ナイチンゲールとか、最近だと環境関連のNPOだとか。
でも老いとか介護ってもっとも身近で、誰でもが遭遇しうる社会問題。
身近で大きな社会問題だけに、これまでも色々なアプローチがありました。「もんじゅ」の取り組みもその大きな社会問題を解決しようとして頑張っている訳です。社会を良くする活動というのは、どんなジャンルでもできるし、グローバルに見るとアフリカやアジアなどの貧困をなんとかしようと活動するのもいいと思います。
でも、隣のお爺さんが死にそうなのを救うほうがよっぽど緊急な問題かもしれない。
だから僕らはそれをやる。それが、僕らの今すぐにできるアクションだから、僕らは一番目の前にあることをまっすぐやる。それだけです。
目の前から社会を変えていく
僕は日本全国とか、世界を変えようなんて思っていません。まず目の前から社会を変えるということを懸命にやっているだけです。何かをみんなの力で変えていくって、もの凄くダイナミックな経験です。
僕が今、一番魅力に感じているのはそこ。社会を変えるということ。
自分と他人と何か共通のミッションを見つけて、自分の周りの社会が変わっていったりとか、地域が変わっていったりする。そのゾクゾク感がたまらない。小さくても目に見えて良くなることが大事。
例えばいつか起業したいと思っている人、NPOを立ち上げようと考えている人には、事業を始めるチャンスにあふれた業界だと思います。ぜひ、一緒に面白いことをやりましょう。
飯塚さんからのメッセージ
介護という仕事は、人の生活がわかるようになる仕事です。もっと踏み込んで言えば、人と対話するスペシャリスト。人の心理状況や生活背景を一瞬で理解できるようになる仕事です。
僕は認知症のレベルを査定するいわゆるアセスメントもやるので、30分くらい話すとその人が「何に価値をおく人か」「自己肯定的か否定的か」「自分と他人との距離の取り方はどうか」など考え方の特徴を洞察できます。
対話をして、コンセンサスを取って、ものごとを前に進めていくリーダーシップは、間違いなくこの仕事で身に付くスキル。つまり介護の現場では、どんな仕事にも役立つ大切なスキルが、自然に鍛えられるということです。
そういった意味で介護の仕事を経験するということは、自分にとってかけがえのない財産になるはずです。みなさんにもひとつの成長分野としてぜひ挑戦していただきたいですね。
【文: 高山 淳 写真: 山田 彰一】