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特集記事

2019.04.16 UP

介護×デザインスクールの集大成イベント「おい・おい・老い展」に見る、介護業界の未来

2019年3月、「これからの介護・福祉の仕事を考えるデザインスクール」の集大成を発表するデザインフェスティバル「おい・おい・老い展」が実施された。厚生労働省の人材確保対策強化事業として、2019年夏よりスタートしたこのプロジェクト、参加者は約500名にのぼり、介護にデザインの手法を取り入れ、「介護業界をイメージアップする新たな取り組みを生み出すこと」を目指してきた。今回、スクールの中で結成された全67チームによる成果物の展示発表を中心に、アーティストによる作品の展示や、トークイベントなども開催し、会期5日間中に16000名超もの来場者が訪れたという。本プロジェクトを手がけた株式会社studio-Lの醍醐孝典さんに、プロジェクトを通じて得た手応えと、今後の介護業界に期待する未来について、お話を伺った。

スクールを通じて、働く人の意識を変化させ、介護業界を内側から変えていくことを目指した

「これからの介護・福祉の仕事を考えるデザインスクール」は、全国8ブロックで参加者を募り、2018年8月から全6〜7回のワークショップを開催する形で実施されてきた。介護・福祉・医療業界関係者、クリエイター、一般市民という、異なる属性を持つ参加者を集め、それぞれが互いの視点を生かしながら新たな取り組みを生み出す場を作っってきた。プログラムは、現場でのインターンシップ体験からスタートし、自分や家族の人生を想像しながら企画や、実行・発信の手法を学び、各チームでそれを実践していく形で行われた。同社の醍醐孝典さんは、こう話す。

「このプロジェクト全体の大事なテーマは、『デザイン思考』でした。年を重ねることや介護のイメージを変えていくには、まず本人やそこで働く人、関係者の意識そのものを変えていかねばならないと、私たちは考えました。“デザイン”という課題を楽しく解決する方法を学びながら、“異なる属性”を持つ人々の視点に触れることで、世の中の常識や慣習に捉われない新たな発想が生まれやすくなるはず。各自がその意識を持ち帰り、現場で実践していけば、内外側から介護のイメージを変えていくことができると考えました。介護・福祉・医療に携わる専門職の皆さんに、『そんな考え方や、実践方法があるのか』と体感・理解してもらいつつ、アクションにつなげ、成果を出せるよう導くことに注力しました」(醍醐さん)

醍醐さん自身も、東北ブロック担当として、指導・サポートを行ってきたが、「回を重ねるにつれ、参加者たちが変化していくことを感じた」という。

「スクール開催当初から、デザインフェスティバルでの成果発表をゴールに掲げ、『一般の人が足を止めてくれるもの、見てもらえるものを生み出そう』と伝え続けてきました。常識から一歩も二歩も踏み出し、介護に興味のない人にも響くような新たな取り組みを考え、右脳に訴えかける形でアウトプットすることが重要。そのためには、今までの考え方から抜け出してもらわねばならなかった。それを理解してもらうには時間がかかりましたが、4回目の開催あたりから殻が破れ、自由な意見が飛び交うようになりました」(醍醐さん)

各スクールのメンバーに、小さな成功体験を感じて欲しいと考え、展示発表をゴールとした。醍醐さんは、「自分たちの企画を形にし、見てもらうことが、次のアクションの原動力になると考えた」と話す。

「メンバーの意識が大きく変化したのは、6回目に行われたブロックごとの発表会からでした。各チームが中間報告として、それぞれの取り組みについてプレゼンテーションを行い、お互いにフィードバックをしたんです。この時、多くのチームが、『すごい発想だね』『面白い』『応援する』などの、いい反応をもらうことができた。自分たちの考えを、成果物として形にしていく達成感はもちろんですが、それが客観的に評価されたことで、『私たちの発想が認められた』という自信につながったのではないかと思います」(醍醐さん)

▲「参加メンバーは、Facebookや各ブロックの発表会を通じて交流を深め、つながりを広げることもできている。介護職員同士が、互いの施設を訪問するケースなども生まれている」と醍醐さん

参加者アンケートを実施した結果、介護の仕事への考え方がポジティブに変化

介護・福祉・医療関係の参加メンバーには、「これまで、各業界内の勉強会に積極的に参加してきた」という人も少なくなかった。しかし、半年以上もの時間をかけて異業界の人たちと一緒に取り組む経験は初であり、「自分自身の仕事に対する価値観が変化した」「今後の仕事のやり方が大きく変わっていくように思う」という声が多くを占めたという。また、「全メンバーに向けて実施したアンケートでは嬉しい結果が出た」と、醍醐さん。

「ワークショップの1回目と6回目で、介護福祉業界の仕事や業界に対するアンケートに答えてもらいました。どちらも同じ内容ですが、事前と事後を比較した結果、プロジェクトを通じて介護福祉業界のイメージがアップしていることがわかりました。例えば、『業界に対し、カッコいい、かわいい、おしゃれなどのイメージはあるか』『いろんな分野の人とコラボできる可能性を感じるか』などの項目があり、事前アンケートでは非常に低かった評価が、事後には高くなりったのです。捉え方がポジティブに変化したことが伺えます」(醍醐さん)

このアンケートは、慶応義塾大学大学院にて「幸福学」の研究を進めている前野隆司教授の協力を得て作成されている。

「“人間の幸福を満たす4つの因子”に基づき、『自己実現と成長』『前向きと楽観』『独立とマイペース』『つながりと感謝』という、それぞれの領域について、アンケート項目を作成しました。事前アンケートでは、『つながりと感謝』の領域だけが高い指標を示しましたが、事後には、他の3つの領域も全てアップしたのです。デザイン思考でアウトプットし、新たな発想に取り組んだ経験が、介護福祉の従事者だけでなく、参加メンバー全員の幸福にもつながったのではないかと考えています。これは、私たちにとっても非常に嬉しい結果でしたね」(醍醐さん)

また、ワークショップの7回目では、地域の人々に向けた発表会を実施したが、そこでも成果を感じることができたという。

「今回のプロジェクトは、一般市民の『介護業界に対するイメージを変えること』も、ミッションの一つでした。ブロックごとに、大型商業施設のパブリックスペースなどで展示を行いましたが、通りがかりに足を止めてくれる人も多くいました。メンバーもまた、こうした様子を目の当たりにすることで、発信の大切さを認識し、異業界の人とコラボすることでいろんなアウトプットができることも実感してくれましたね。『こうした手法を使えば、自分たちの仕事の幅をもっと広げていける』という、介護福祉業界の仕事の可能性を体感してもらえたのではないでしょうか」(醍醐さん)

▲『おい・おい・老い展』のパンフレットと図録。図録には、全67チームの展示内容が掲載され、デザインスクールのこれまでの軌跡なども紹介している

介護の常識を覆す面白アイデアから、実現を予定しているものまで、様々な企画を展示

これらの取り組みを発表する集大成の場となったのが、「おい・おい・老い展」だ。アーツ千代田3331のメインギャラリーを中心とする会場にて、2019年3月21日〜25日まで開催された。会期5日間で16000人が訪れ、配布した図録の数は、トータル5000部に。

「スクールの集大成であり、各チームのアウトプットの場として開催しましたが、想像以上に多くの人が訪れてくれたことに驚きました。デザイン思考においては、アクションだけでなく、アウトプットが重要なのです。社会に対して、自分たちの考えを提示し、そこに対するリアクションを受ける。これによって、ようやく対話が始まります。批判を恐れる人もいますが、多様な人々と意見を交わすことで、次の視点が生まれたり、共感者が出てきたりするもの。より多くの人に共感してもらえたらと思いますし、この取り組みを広めていければと考えています」(醍醐さん)

「おい・おい・老い展」のコンテンツは、作品展示とイベントの2つに分かれている。作品展示のメインは、スクールに参加した67チームの発表だ。介護福祉における課題や問題点を、いかに新しい発想で解決するかをテーマとした企画を考案。デザイナーやクリエイターの力を借りて、視覚的にも楽しめる展示を行っている。

「例えば、介護のビギナーを勇気付けるために、辛さも面白さに変換し、明るく介護していくためのコツや工夫をまとめ、『まったく役に立たない介護マニュアル』を作ったチームもいます。また、介護・福祉について、困っていることすらも自覚できない人たちがいることに着目したチームは、日常の失敗談を気軽にSNSで投稿し合う場を作り、地域課題の発見に生かそうと考えました。『Misstter』と名付けたこの企画では、ブロックメンバーから投稿を募り、カフェで投稿内容について話し合うオフ会も開催しています」(醍醐さん)

さらに、持ち主が使っていた思い出のファッションアイテムをリメイクして、家族や介護施設職員がその思いや人生を引き継ぐという企画を考えたチームも。「つなぐデザイン」として、デザイナーの力を借りて実製作も行い、ブランディング戦略まで考えたという。

▲東北ブロックのチームによる『役に立たない介護マニュアル』の展示発表。在宅介護の家族なども楽しめる内容で、冊子を無料配布した結果、あっという間に在庫がなくなった(チームの軌跡を紹介する記事はこちら→https://helpmanjapan.com/article/8217

▲北陸ブロックのチームが企画した「つなぐデザイン」の展示発表。オーバープリントという手法を用いて、思い出の品を新たな意匠にリメイクし、販売を目指す(チームの軌跡を紹介する記事はこちら→https://helpmanjapan.com/article/8236

この他にも、地域の人たちに気軽に施設を訪れてもらうために、施設で地ビール作りを行う企画や、死生観についてポジティブに語り合う場として、骨壷型のカップでカフェラテを提供し、自分の最後を卒塔婆型の板に書いて飾るカフェを企画したチームなど、介護業界の常識からは考えられないユニークな発表もたくさんある。

「いずれも実用化にはもう少し時間をかけなければならない内容ですが、興味を持った方に、これらのアイデアを活用してもらうことは大歓迎というスタンスです。私たちはこの取り組みそのものを広めていきたいと考えています。今後、実現が決まっている企画には、介護現場で働く人を応援するために、夜勤明けの時間帯にヘルシーな食事を提供する『夜勤明け食堂』がありますね。また、陶芸の街で介護施設を運営する事業者の方が中心になったチームでは、陶器のレンタルの仕組みなどを通じて、施設と地域の交流を目指す企画を考えましたが、こちらも数年後に実現する予定です」(醍醐さん)

▲中部ブロックのチームは、タブー視されている“死生観”に向き合う「SOTOBA CAFE」を企画。ポジティブに自分らしい最期を考える場とし、ユニークなカフェグッズも開発

▲北海道ブロックのチームによる「夜勤明け食堂」の企画発表。地域の健康増進を目指す自治体の補助事業として、2020年にオープンを予定している

アーティストによる作品の展示やトークイベントでも会場を盛り上げた

一方、多様な分野のアーティストも参加し、「自分の人生と理想の未来」を掛け合わせ、老いや介護をテーマにした11作品も展示された。

「来場者の皆さんに楽しんでいただくためには、高いレベルの展示を見てもらうことが大事ですし、作品の凄さを通じて、“デザインやアートが持つ力”を体感してもらうことも重要だと考えました。72歳から写真に目覚め、2017年に熊日出写真文化賞も受賞した写真愛好家・西本喜美子さんの写真展『ひとりじゃなかよ』など、アーティストの作品が中心ですが、企業による作品展示も複数点ありました」(醍醐さん)

▲「おい・おい・老い展」の展示会場入り口には、現在、90歳となる写真愛好家・西本喜美子さんの作品を展示。トークイベントにも登壇した

▲フードマガジンの『ELLE gourmet』による、これなら食べたいと思える自宅で手軽に食べられる介護食を具現化した「未来の介護食」

また、イベント会場では、「これからの老い」をテーマに、各界のプロフェッショナルによるトークイベントなどが開催された。

「会期の5日間を通じて、25本のイベントを開催しました。トークイベントには、著名なグラフィックデザイナーから大学教授、俳優、陶芸家、小説家、医師、さらには介護関連の事業者やNPO法人まで、いろんな方々に登壇いただきました。それぞれの専門分野に老いを結びつけたトークは非常に面白く、各回、座席が埋まっていましたね。また、俳優であり、介護福祉士である菅原直樹さんが率いる『老いと劇団』OiBokkeShiによる舞台公演や、老いを笑いに変えるパフォーマンス集団の公演なども行われ、多彩なコンテンツで会場を盛り上げることができました」(醍醐さん)

会場には、学生からデザイン分野のプロ、介護・福祉業界の関係者、そして、地域の人々や、イベント告知を見て興味を持った一般の人まで、様々な人が訪れていたという。

「予想外に、若い人の来場者が多かったですね。新聞記事にプロジェクトを取り上げてもらったことや、Facebookで発信を続けていたことで、口コミから広まった部分も大きかったと感じます。また、全国のブロックからスクールのメンバーが訪れていましたし、家族や知り合い、職場の上司や同僚などにも声を掛けてくれていたようです。デザイン関係者からは『デザインをゼロから学んだ人々が、よくここまでしっかりしたものを作った』という声も多くありました」(醍醐さん)

▲「介護の職能」をテーマとしたトークイベントの様子。慶應義塾大学大学院教授、堀田聰子さんと株式会社あおいけあの代表、加藤忠相さんが登壇し、株式会社studio-Lの代表、山崎亮さんが司会を務めた

当事者たちの意識の変化を実感。10年、20年先を見守ることが大事

醍醐さんは、本プロジェクトを通じて、2つの大きな手応えを感じたと話す。

「このプロジェクトは、そもそも介護業界の人材不足を解消するため、そのイメージを向上させることが目的で実施されました。私たちは、働く人の意識に変革を起こし、『内側から変えていくこと』を目指したのです。ここで生まれた取り組みを続け、発展させてもらえたらと思いますし、職場や周囲にもこうした考え方を広めてもらうことができれば、やがて介護のイメージは変わっていくでしょうし、業界そのものも変わっていくのではないかと思っています」(醍醐さん)

醍醐さんは、会期中に、スクールのメンバーが、来場者の方々に向けて、積極的に展示発表の内容を解説している姿を何度も見かけたという。

「自分のチームの展示だけでなく、他のチームの展示について説明するメンバーも多くいた。スクールという大きなつながりの中、みんなで一緒に考えてきた企画が、これだけ美しく、楽しいものになり、多くの人に見てもらえる。そこに喜びを感じるからこそ、『誰かに話したい、説明したい、紹介したい』という気持ちになるんだと思います。それはつまり、『このプロジェクト自体が、参加メンバーにとって“自分ごと化”されている証でもある』と感じましたね」(醍醐さん)

一方、来場者16000人超という、大きな反響があったことも重要だという。

「介護福祉の業界とは直接関わりのない人がたくさん来てくれて、通りがかりの人も多く立ち寄ってくれたので、介護の視点を社会にもたらす一助になれたのではないかと考えています。3000通ほど集まった来場者アンケートからも『介護のイメージが変化した』『自分の行動や考え方が変化した』という声が約8割にのぼり、巡回展を望む声や明るいニュースの発信を望む声も多数寄せられた。そういう人が増えて行くことでも、介護のイメージは変わっていくのではないかと」(醍醐さん)

「これからの介護・福祉の仕事を考えるデザインスクール」は、単年度事業のため、老い展をもって終了する。プロジェクトによっては企業と開発をするのもや自治体と協力しながら地域版デザインスクールを開催するなどの予定。各プロジェクトの発展や持続に期待しつつ、株式会社studio-Lは、可能な範囲で支援を続けていくという。

「自治体や介護関連事業者から支援の声が上がっている地域もありますし、行政と連携していく方向も生まれています。それらの取り組みをいろんな形で支援し、当事者の皆さんが内側から介護福祉業界を変えていけるよう、お手伝いをしていきたいと考えています。大きな成果となるまでには時間がかかるかもしれない。けれど、10年、20年後に、実を結ぶその時まで、長い目で見守っていくことが大事だと考えています」(醍醐さん)

介護福祉業界に新たな種を蒔くこの取り組み、地道なように見えるが、業界のイメージを変え、未来を大きく変えるための第一歩となりそうだ。

■介護デザインスクールの詳細はこちらから
https://korekara-pj.net/

【文: 上野 真理子 写真: 刑部 友康】

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