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東京と仙台の2カ所に拠点を置く「介護・保育ユニオン」という団体をご存じだろうか。労働問題の解決のためのさまざまな活動を行うNPO法人POSSEが母体となってつくられた、介護・保育業界の働き方の改善に取り組む団体だ。介護施設を運営する法人は労働組合を持たない場合がほとんどであり、そのため労働環境の改善が図られないことも多い。それが離職の要因のひとつとなっているのだ。そうした状況に一石を投じようと奮闘している同団体に話を聞いた。

介護・保育業界の労働条件改善を目指し
ボランティアスタッフが奮闘

NPO法人POSSE有志が立ち上げた、個人で加盟できる労働組合「総合サポートユニオン」の支部として2016年6月につくられた介護・保育ユニオン。介護や保育、障がい者福祉の現場で働く人を対象とする労働組合だ。個人の労働問題の解決のみならず、労働環境を改善してよりよい業界にしようと、さまざまな活動を行っている。

「総合サポートユニオンでは、これまでもあらゆる業界の労働者からさまざまな相談を受けてきました。その中には、介護や保育にまつわる相談もありました。介護施設や保育所を運営する法人には労働組合がない場合が多いため、相談先が限られます。労働条件が守られず、悩んでいる介護職員さんの声を受け止め、自分たちで解決していきたいと考えて介護・保育ユニオンをつくりました」

そのように話すのは、介護・保育ユニオンの相談スタッフの池田一慶さん。これまで職員として幅広い業界のあらゆる相談に対応し、事業者との交渉も行っているベテランのスタッフだ。

現在、介護・保育ユニオンの事務所は東京と仙台の2カ所。相談を受けたり、交渉にあたるスタッフは20人ほどいる。専門スタッフを除いた全員が、普段は会社員など別の仕事をしながら、「改善への希望を多くの人に届けたい」と組合員として関わっているという。

「私自身も、日本が抱える様々な問題を現場の声から変えていきたいという思いが強いので、ユニオンでの仕事を通じて少しでも社会の役に立てることは大きなモベーションになっています」
▲介護・保育ユニオンでの相談対応や事業者との交渉を担当する池田さん。NPO法人POSSEは、格差社会や非正規雇用労働者、ワーキングプアといった若者の労問題を解決することを目指し、東京都内の大学生・若手社会人が中心となり2006年に結成された
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無料で誰でも相談でき
加盟すれば団体交渉が可能

そもそも労働組合とは、労働者が集まって自分たちの労働条件を維持・改善するための団体だ。労働者は、労働三権(団結権、団体交渉権、団体行動権)に基づき、事業者と自分たちの労働条件について交渉したり、例えば未払い賃金がある場合にはその支払いを要求したりすることができる。

労働組合を通じての交渉は法的権利として認められているため、事業者は拒否することができない。また、会社側が不誠実な態度をとったときなどは、事案について会見を開き社会的に訴えるなどの行動をとることができるので、個人が組合員になることでユニオンを通じての正当な交渉も可能となる。なお、交渉で決まったことを事業者が実行しなかった場合は、労働組合法違反となる。

「介護・保育ユニオンは、介護・保育・福祉業界で賃金をもらって働いている人なら誰でも無料で相談できます。相談内容を受け、団体交渉が必要な場合は、法的整理や証拠集めなどをした後に、相談者と一緒に事業者との交渉を進めます。また、労働基準監督署への通報のほか、有志の当事者が集まる情報共有の場を設けたり、勉強会なども実施しています」

交渉による改善は、「業界のルールを変える取り組み」にもつながる。

「様々な業界で交渉を行ってきましたが、新しい労働条件を設定した事業所が一定の割合に達すると、その条件が業界の新しいルールになるという傾向があります。市区町村などの地域単位でそういう動きが起これば、『この地域の介護施設は条件がいいな』となるわけです。ですから、私たちは業界全体を視野に入れて活動しています」

つまり、個々の問題に対処して労働条件を改善するだけでなく、先々を見据えた業界の労働条件の維持・向上、それによるサービスの質の向上も実現可能なのだ。
▲POSSEでは、活動の一つとして、若者による労働問題総合誌『POSSE』を季刊誌として発行。労働関係の研究者やジャーナリストなどが寄稿し、毎回旬なテーマを取り上げている

労働基準法違反の案件の場合
交渉により100%解決される

介護・保育ユニオン発足からの半年間に寄せられた相談は、全部で256件。そのうち介護にまつわるものは129とほぼ半数となっている。その中で最も多いのが、「労働基準法が守られていない」という案件だ。事実、「何かしらの労働基準法違反の疑いがあったもの」は、129件中99件を占めている。

「相談内容のほとんどが、『休憩がとれない』『未払い賃金がある』『36協定*がないのに時間外で働いている』のどれかに当てはまります。介護保険制度の報酬改定により、事業所の収入が下がる傾向にある中、結果として現場の労賃の削減という話になりやすく、それが如実に相談内容に反映されています」

介護・保育ユニオンが介在することで、どれくらいの相談が解決されるのだろうか。

「引き受けたものについては100%です。これは胸を張って言えます。法的な違反が明確で立証できるものならば、必ず解決します。実際に多くの相談が当てはまる労働基準法違反は重大な法違反なので、交渉によって確実に改善されるのです」

事務所が2カ所のみなので、相談の多くは電話だという。その次に多いのがメールだ。全ての案件を担当するのは難しいため、介護・保育ユニオンで引き受けられると判断できるもの以外については、全国で350人ほどいるブラック企業被害対策弁護団を紹介したり、地域ごとにある個人加盟の労働組合を紹介したりしているという。

「私たちの活動を認めてくださる労働組合の関係者や労働関係の研究者、ジャーナリストの方々などの支援をいただきながら、メディアでの露出も積極的に行っています。ホームページを見ての問い合わせも非常に多いですし、最近はTwitterでの情報発信を始めたので、そこからの相談も増えています」

*36協定:労働基準法36条に基づき、法定の労働時間(主な場合、1日8時間、週40時間)を超えて労働させる場合、または、法定の休日に労働(法定休日労働)させる場合には、あらかじめ労使で書面による協定を締結し、これを所轄労働基準監督署長に届け出ることが必要となる。

ユニオンへの最初の相談から
おおむね半年程度で解決へ

相談から解決するまでの期間については、交渉相手となる事業所の対応によりけりだが、おおむね半年くらいのケースが多いという。

実際にあった一つのケースで、解決までの流れを見ていこう。

●11月中旬 相談
介護施設で働く職員が介護・保育ユニオンに相談。内容は、時間外労働の多さと残業代が支払われていないことだった。ユニオンが入職時の書類を確認したところ、契約書がなく、残業代など賃金についての表記が不明瞭で、就業規則の内容も不十分であることがわかった。ユニオンは「労働条件明示義務違反」や「賃金未払い」の労働基準法違反があると判断し、団体交渉を行うことに。

●11月末 証拠集め
団体交渉を進めるうえで証拠として提出する勤務表のコピーなど労働状況がわかるものを、相談に来た職員に集めるよう指示する。

●12月初旬 組合加入通知〜交渉へ
相談者が組合に加盟。証拠が一通りそろったところで、ユニオンから事業者に団体交渉を申し入れる。事業所近くの会議室にユニオンの担当と相談者本人、事業所の代表と顧問弁護士が集まって団体交渉が行われる。その場で、証拠を元に労働条件明示義務違反であることを伝えるとともに、改善案の提示を求めるも、その場は決裂。

●12月中旬 質問書、回答書のやりとり/行政への通報
再度、ユニオンから就業規則や労働条件の内容について質問書を提出。また、労働基準法違反について労働基準監督署(行政機関)に通知。数日後に事業者から回答書が届く。このやりとりが数回続いた。

●12月下旬 未払金の振り込みへ
団体交渉の結果、事業所が労働基準法違反を認め、未払賃金の振り込みに応じる。

●1月中旬 解決
全ての事務処理が終了し、解決。

このケースではユニオンへの最初の相談から約3カ月で解決したことになる。
▲記者会見を開き、団体交渉の結果など、労働者が直面するあらゆる問題について広く情報発信することも、ユニオンの大事な活動の一つだ

介護業界では利用者のために
行動する人も多い

相談者の反応については、池田さんは次のように話す。

「皆さん、交渉によって改善されると、『やっぱりおかしかったんですね』とおっしゃいます。そして、声を上げることで変えられることを身をもって体験するのです。最初はほとんどの方が、相談にはくるものの、『職場で働きにくくなったらどうしよう』などと不安に思って行動に移すことを躊躇されます。しかし、他の相談者が実際に改善したケースを見たり、団体交渉においては法律でかなり強固に守られることをお伝えすると、『やってみます』となる方が多いです」

介護職員の場合は、「行動することが利用者のためにもなる」と考え、交渉を決断する人も多いという。

また、組合員になったことで事業所が不利益な扱いをすることは、法律で禁じられている。そのようなことがあったと認められる場合は、行政から「不当労働行為救済命令」が出される。反組合的な動きをストップさせるための命令だ。

介護業界の現状を改善し
働き方も変えていく

介護・保育ユニオンの今後の取り組みについて伺った。

「介護・保育ユニオンに限らず労働基準法違反が広範にあることが分かったので、まず第一歩としてひとつひとつの職場の実績を変えながら、それを業界全体できちんと守ってもらえる方向に持っていきたいです」

また、介護保険等で定められている「配置基準」の問題にも取り組みたいと話す。

「現場から多くの相談を受けて、配置基準を変えられないかと考えています。特に、特別養護老人ホームや介護老人保健施設における夜勤で、人員の最低基準を上げて現状よりも多く配置する環境を実現していきたいです」

労働問題を社会に発信するには、さまざまな方法がある。例えば事業所への是正勧告を100件集め、それを一気に公表することで広くアピールするなどだ。同じ立場で悩む人や、世間の共感を得られれば、これまでの常識や基準を変えていくことにもつながる。そのためにも、問題があるなら声を上げることが重要だ。

「おかしいと思ったことは悩まずに相談していただきたいですし、まずは『組合の力を使えば解決の可能性がある』ということを知ってほしいですね」

個々の労働問題を解決することで、業界を変えたいと日々活動する介護・保育ユニオン。それが多くの人の目に触れ、共感を集めていけば、働き方そのものを変えていく大きな力になるだろう。同時に、介護業界でも、受け身ではなく積極的に声をあげて行動する人が増えていけば、業界だけでなく社会を変える原動力になるはずだ。
[
文: 志村 江
写真: 松谷祐増(東京フォト工芸)
]
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