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2017.01.24 UP

誰にでもできる健康法「笑いヨガ」 笑いの力で高齢者を元気に

「笑いの体操」と「ヨガの呼吸法」を組み合わせてうまれた「笑いヨガ」。最近では介護予防や認知症予防、運動機能向上などを目的に介護の現場でも導入が進んでおり、日に日に認知度を高めている。発祥の地であるインドで学び、指導者を育成できるマスタートレーナーとしても認定されるとともに、インド式では日本の介護現場では不都合な部分もあると考え、独自に考案した「笑いケア」「笑トレ」を展開している「日本笑いヨガ協会」代表の高田佳子さんに、笑いの力について話を伺った。

笑う動作とヨガの呼吸法を合わせた
誰にでもできる体操・健康法

「笑いヨガ」とは、誰にでもできる笑いの体操、笑いの健康法のことだ。

「試しに一度、30秒間声を出して『ハハハハハ……』と笑い続けてみてください。体がぽかぽかして、血流がよくなったように感じませんか? これが笑いの力なんです」

日本笑いヨガ協会の代表を務める高田佳子さんは、笑顔でこのように話してくれた。

実際に、笑いは体内ジョギングともいわれている。30秒間笑うだけで、ジョギングや自転車マシンで得られるような血流量の増加による脳の活性化が起こり、気分爽快になるということが医学的な実験によって立証されているのだ。

また、笑いによって全身の毛細血管が発達するため高血圧の予防・改善にもつながり、代謝がよくなることで糖尿病や肥満を予防・改善したり、自律神経の働きを整えたり、快楽ホルモンとも呼ばれる脳内物質βエンドルフィンや脳をリラックスさせるセロトニンの分泌を促したりするなど、不安や緊張を和らげる働きもある、とされている。

「笑いは呼吸です。息を吸いながら笑うことはできませんから、吐く息に『ハハハ』と声を添えることで、感情として笑うのではなく、笑う動作をするだけです。つまり、笑いを呼吸法と考えてハハハと吐くだけで、ヨガのような健康効果が得られるのが笑いヨガ。だから体操であり健康法なんです」

インド・ムンバイの医師、Dr.マダン・カタリアがたった5人で始めた「笑いヨガ」は、いまでは世界105カ国に広がっている。2009年にインドでDr.カタリアから直接学んだ高田さんは、世界で有数の実績を誇る認定マスタートレーナーだ。帰国後は「一生笑って暮らせる人が増えるよう、笑いクラブを日本に広めたい」と考えて日本笑いヨガ協会を設立した。

現在、協会では、笑いの持つ力を日本各地に伝えることを目的に活動。その中心となるのが、「笑いヨガ」の資格研修などを行う教育事業だ。これまで、180回を超える「笑いヨガリーダー養成講座」を実施し、延べ5,000人以上が受講している。また、高齢者介護に導入しやすいプログラムを加えた「高齢者のための笑いケア講座」や「笑いケア体操サポーター講座」も実施しており、20の団体で延べ600人が受講している。▲体験会も兼ねて、東京、大阪、名古屋、福岡、岡山で定期的に「笑いクラブ」を実施している。写真は2016年12月に開催された文京区での笑いクラブの様子

「被災地に笑いを届けたい」
笑いで人を元気にできるはずと活動開始

子どものころから高田さんは「空間」に興味があり、その場所にいるだけで楽しくなったり、寺社などに行くと厳かな気持ちになるなど、“空間が人にもたらす影響”に魅力を感じていたという。そこで、建築学科のある高等専門学校に入学。笑いにも関心があったことから、「笑いのある空間を作りたい」と考え、卒業後はテントメーカーに就職して博覧会施設などの設計に従事した。しかし設計は、実際にイベントが始まるまでの仕事で、その賑わいや来訪客の表情に触れることはできない。そこで、入社から3年後、会社を立ち上げてイベントや展示の運営・プロデュースの仕事に転身する。その後、さらに空間に関する見識を広めるために渡米し、ウォーターフロントの再開発や商業施設、高齢者の街であるアリゾナ州・サンシティなどを視察。滞在中に大道芸人によるストリートパフォーマンスに魅せられたのが、大きな転機となったという。

「1980年代のアメリカで、大道芸人のいる場所は笑顔にあふれていました。帰国し、彼らを日本に招請する仕事を始める中で、笑いがあると人が元気になるということが分かったんです。だから、つらいときこそ笑った方がいい。それを一番痛感したのが、阪神・淡路大震災でした」

神戸市出身の高田さん。一級建築士の資格を持っていたが、高田さん自身、設計の仕事から長らく遠ざかっていたため、建築関係の仕事では被災地の力になることができなかったという。「それならば笑いで元気になってもらおう」と考え、外国人パフォーマーを被災地にある病院の小児科病棟に連れていくなどのボランティア活動を開始。それが、ケアの現場に笑いを届けるという「ケアリングクラウン(※)」の活動へとつながっていった。

「ケアリングクラウンの活動をする中で、クラウン・ドクター(道化師の医師)であり、映画のモデルにもなったパッチ・アダムスとも知り合いました。彼はいるだけで人を和ませ、ほんの数分のうちに場全体が遊び心にあふれるようになり、みんなが笑顔になる。笑えない状況にある人も、笑いが出てこないだけ。それを表に引き出してくれるのがケアリングクラウンの仕事です。笑わせるのではなく、人が持つ笑う力を解放させるのです。すっかりケアリングクラウンに魅了され、アメリカに何度も学びに行きました」

※病院や高齢者施設、養護施設、被災地などを訪問して、主に心のケアをする道化師(クラウン)のこと▲大学院で老年医学の柴田博先生に学び、老年学の修士号を取得している高田さんは現在、桜美林大学の老年学総合研究所連携研究員でもある。老年学とは、医学・生物学・心理学・社会学など多面的に老年期の諸問題を総合的に研究する学問だ

笑いヨガと出合い
本場インドで学ぶ

そうした活動の中で、ついに高田さんは笑いヨガと出合う。きっかけは、「ラフ・フォー・ノーリーズン」という言葉を教えてくれたアメリカ人の笑いの師匠だったという。

「ケアリングクラウンの講師として、毎年日本に招請していた女性です。彼女は、人は笑わなければ笑えなくなると言うのです。なぜなら、笑うときの筋肉が退化するからだと。子供は無邪気にいつでも笑えるのですが、大人になる過程でいつ笑っていいのかを経験的に身に付けていき、年齢を重ねるごとに笑いの量そのものが減っていく。笑うための筋肉は、同時に泣くための筋肉でもあるので、笑わないというのは不健全なことで、ストレスをため込むことになってしまう。だから笑う理由はなくても、とりあえず笑うことが大切だと。それがラフターヨガ(笑いヨガ)との出合いでした」

「笑いヨガ」の講座を初めて体験したときには、こんなに長く続けるとは思っていなかったという。

「『何だこれは?』の連続でした。正直、心も頭も“No”と反応しましたが、体だけが“Yes”と言ったんです。長年悩んでいた肩こりがすっきりして、ぐっすりと眠れました。しかも、やたらとお腹がすく。会場まではタクシーで行ったのですが、帰りはスキップして帰りたいような気分になり、『私の体に何が起こったの?』と思ったくらいです(笑)」

“笑いの効果”に驚き、しっかり学ぼうとすぐに発祥地であるインドに向かった高田さん。そこでは、世界中から「笑い」というテーマで集まった人たちが、とても幸せな空間を作っていた。

「インドは多宗教の国であり、貧富の差もあって複雑な国です。笑いヨガをするときは、階層や言語を超えて、みんなが一緒に楽しんでいる。それを目の当たりにして、これは日本の高齢社会の課題の多くを解決してくれるものだと感じました。健康効果を速攻で実感できる、楽しい運動なのです。介護予防やリハビリに活用できそうですし、医療・介護スタッフや介護家族のメンタルヘルスにも役立つはずだと思ったのです」▲2日間かけて行われる「笑いヨガリーダー養成講座」は、「笑いヨガ」の全てが学べるプログラム。受講することで、自ら笑いクラブを主宰することができるようになる

笑いを通じて経験をシェアし
人生を肯定していく

人は加齢によって笑いが減ってしまうのだろうか? 高田さんは「減らない」と断言する。そして「減るのは笑える環境だ」と続ける。

「もちろん、耳が聴こえづらくなって冗談を聞き逃したり、おかしさへの反応が鈍くなるといった老化減少はあります。それでも、認知症の人でも周りが笑うとつられて笑います。笑いは伝染するのです。あとは筋肉の老化です。私は笑うときに使う筋肉を『ゲラゲラ筋』と呼んでいます。表情筋だけではなく、胸筋、腹筋、横隔膜など笑うときにはいろいろな筋肉を使います。ゲラゲラ筋が発達すると、ちょっとしたことでおかしく笑ってしまいます。腹が立つことがあっても、ゲラゲラ筋を動かす動作で、ストレスホルモンが下がります。だから、大事なのはゲラゲラ筋を鍛えておくことだと思います」

笑いの体操である笑いヨガは、高齢者介護や介護予防にも効果を発揮している。

「認知症の高齢者でも、昔の思い出話をすることがあります。介護施設では、過去のことを思い出して語る回想法が人気です。それに笑いを取り入れることで、体操も一緒にしてしまうのです。例えば……。

<高齢者> 「昔は水をくみに行くだけでも大変だったんですよね」
<高田さん>「へー、川にくみに行っていたんですか」
<高齢者> 「何を言っているの、井戸くらいあったわよ」
<高田さん>「では井戸でくんでみましょう」(といってつるべで水をくむ動作をしたら)
<高齢者> 「江戸時代じゃないんだから、ポンプがあるわよ」(と突っ込まれます)
<高田さん>「こうですね」(とポンプを動かす動作をしたところ)
<高齢者> 「あなた、ポンプは片手じゃ動かないわよ」(とまたまた突っ込まれます)

そして、やっと皆で井戸の水をくむ動作をしながら笑いの体操ができるのです。笑いケアの「笑いの体操」は、ただ笑うだけではなく、ストレッチや筋トレの要素を入れながら笑います。それだけではなく、昔のことを教える立場にもなれ、お役立ち感が得られるのです」

「牛の乳搾り笑い」という笑いの体操がある。一人が両手の親指を牛の乳に見立てて手を組み、一人が搾る動作をする体操だ。あるとき、介護施設でたまたま牧畜業だった人がいて、「そんなやり方じゃあ乳は搾れん!」と言われたという。ならば、と一人ひとりの手を本物のやり方で搾ってもらって皆で笑った。

「その方から、『50年乳搾りをしてきたが、今日が一番楽しい乳搾りだった』と言われたときには、涙が出そうになりましたね。長い人生の中で培った経験や知識を、皆さんと共有し、笑い合うことで、皆で人生を楽しみ、思い出を愛でることができるのです。笑うと生理的に気分が良くなりますし、人と人との距離を縮めることができます。笑いケアの時間は、レクリエーションや体操である以前に、人生を肯定できる場ともなるわけです。その時間が尊く、私にとって一番かけがえのない、やってよかったなと感じる瞬間です」▲「明るい色の服装で参加する人が多いのは、笑って元気になろうという前向きの気持ちの表れかもしれませんね」と高田さん

「自分は喜びを与えられる存在」と
高齢者が気付くきっかけに

介護の現場で笑いヨガの導入が進む背景には、ご利用者さんの高い満足度だけでなく、介護スタッフからの強い要望があるケースが多いという。

その根底には、「介護される人と一緒に笑えることで、介護現場で働く人がケアする喜びを味わえる時間を増やしていきたい」という高田さんの強い思いがある。

「『職場に笑いを増やすためにどうしたらいいのか』を検討した上で、笑いヨガを取り入れていただいていることもうれしいですね。道具もいらなければ、場所も選びませんし、費用もかからない。そもそも笑いに正解も間違いもないですし、別に動作ができなくてもいいんです」

介護の現場に笑いが増えていくと場の空気が明るくなり、利用者にとってもいい影響があるようだ。

「『みんなで一緒に笑えることが楽しい』という介護スタッフの方からの声は多いんです。利用者の方の体の変化は一目瞭然ですし、デイサービスに通うのが楽しみになったと言っていただくこともあります。皆がすぐに笑いの輪に積極的に参加するわけではありません。すぐに効果が出るわけでもありませんが、目に見えないことも含め、さまざまなメリットがあるのです」▲介護の現場で高齢者と「笑いヨガ」を実施する場合は、写真のように座ったままでできる体操を行う。笑いは案外体力がいるので、昔話や昔の歌も取り入れながら、声を出やすくしたり、身体の変化を実感する声掛けをしたりする

誰もが元気でハッピーに
笑って暮らせる世の中に

「いつか終わる命だからこそ、今、この瞬間生きていることを喜び合う時間を大切にしたい。そのためには『笑い』は大きなキーワードになるのではないかと思っています。だから、笑いそのものよりも、『いい人生を送るために笑い合える関係性』が私の中の大きなテーマです」

笑いには、たくさんの力がある。介護現場での導入事例が増えているのも、笑いの効果が認められているからだろう。最後に、今後の活動や目標について、高田さんに伺った。

「現在、一般向けの笑いヨガと並行して、口腔機能を高める『お口の笑トレ』や筋肉量・骨量を増やせる『笑いケア体操』など、介護現場で行えるいろいろな健康法を考案・実践しています。それらは、私の技術や知識だけでは限界があるので、介護現場の方々や医師・理学療法士など、その道のプロの方の力をお借りして、一つずつ形にしています。これからも、私が持っているものとプロの方々が持っているものをうまく組み合わせながら、『世の中の人がもっと元気でハッピーに笑って暮らせるように』という思いとエネルギーを形にして届けていきたい。それが私に与えられた役割だと思っています」▲高田さんは「笑いヨガ」や「笑トレ」に関する著書を多数執筆している

【文: 志村 江 写真: 酒井一郎(東京フォト工芸)】

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