ヘルプマン
要介護状態となっても、日常のさまざまな局面で“生活リハビリ”を心掛けることで、ADL(Activities of Daily Living:日常生活動作)の自立を取り戻すことは不可能ではない。しかし、施設や在宅の介護現場では知識を持つ人が少なく、要介護状態が重くなってしまうケースが多い。そんな状況を憂慮し、介護スタッフはもちろん他業種の方や家族など、要介護者に関わる人にもリハビリの意義や知識を伝えようと、「ケアリハ検定」を創設した理学療法士がいる。「目指すのは“支えるケアから良くなるケアへ”」と語る「変わる!介護」の代表理事、森惣次郎さんに話を伺った。
プロフィール紹介
1987年、東京都生まれ。高校在学中にホームヘルパー2級を取得し、卒業後、都内の特別養護老人ホームに入職。翌年から夜間の3年制の理学療法士養成講座に通い、22歳で資格を取得するとともに介護老人保健施設に転職。在職中の2014年、2人の理学療法士仲間とともに介護スタッフにリハビリ技術を教えるセミナー「もしリハ」を始める。2015年、独立し一般社団法人変わる!介護を設立。

リハビリの基礎を学ぶことで
介護の業務にも生かせる

変わる!介護が作った「ケアリハ検定」は、リハビリの専門職である理学療法士などが講師を務める3つの認定講座と、5つの認定資格で構成された、民間の資格認定制度だ。認定講座は3級から1級までの3段階に分かれ、それぞれ4時間、12時間(2日間)、18時間(3日間)の講義および実技研修で構成されている。3級は、リハビリの意義や基礎知識の講義が中心で、実技も体験する。

「“リハビリ”と聞くと、ひたすら体を動かして身体機能を回復させる行為と考える人が多いと思います。リハビリには“再び適した状態になる”という意味もありますが、何のために行うのかといえば、本人がやりたいことをできるようにするためです。ですから、リハビリの前に、本人が何をできるようになりたいのかを把握する必要があります。そのアセスメント(情報収集や評価)があって初めて、どんなトレーニングが必要かを導き出せるのです。3級の講義では、そういったリハビリの基礎をしっかり学んでいただきます」

2級では、一転して、さまざまなADLごとに生活リハビリの実技を徹底的に学ぶ。そして1級では、アセスメントによるニーズの把握と必要なトレーニングの割り出しおよびその実践という、リハビリの全工程を一貫して学ぶことになる。

認定資格は、3~1級と、1級の上には既に理学療法士など国家資格を持ったセラピスト向けの「ケアリハインストラクター」と「ケアリハセラピスト」の認定資格もあり、それぞれペーパーテストと実技試験が行われる。この制度は2015年12月にスタートし、受講生の数は、のべ100人ほどだという。

受講生は、介護職の人が80%。残りは、訪問理美容や生命保険関係、薬剤師といった職業の人だ。例えば、訪問理美容に携わる人は、“施術の際、タオル一枚背中に挟むだけで座りがよくなる”といった仕事に役立つ知識を習得できる。

「スタートしたばかりで、運営しながら改良を重ねている状況です。とはいえ介護職の受講生からは『ご利用者さんから「歩きたい」と言われても、どうすればいいか分からなかったが、講座で教わった介助のコツを試したら、歩けるようになった』といった声が寄せられています。手応えは確実にありますね。今後は、飲食店やホテルのスタッフなどのサービス業に就いている人にも受講していただきたいと思っています」
▲2016年5月、東京で行われた「ケアリハ検定3級講座」の様子。首都圏だけでなく、愛知県や栃木県など遠方からの参加者も
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高齢者の表情が変わると
介護スタッフの目の色が変わる

変わる!介護では、介護スタッフにリハビリ技術を教える「もしリハ」というセミナーも不定期で開催している。『もし高校野球の女子マネージャーがドラッカーの「マネジメント」を読んだら』という書籍のタイトルにあやかり、「もし介護スタッフがリハビリを学んだら、介護現場はこんなによくなる」という主旨でネーミングされたという。その意図を、森さんは次のように説明する。

「介護福祉士や初任者研修などの養成講座でもリハビリを学びますが、せいぜいテキストで数ページ分くらいの分量しかありません。介護現場ではもっとリハビリの方法を知りたいというニーズが強い半面、学べるところは国家資格である理学療法士の講座ぐらいしかないのが現状です。そこで、3人の理学療法士仲間とともに、初歩的なリハビリの知識や技術をお教えするセミナーを行うことにしたのです」

活動を始めたばかりのころは、受講者はたった一人ということもあった。しかし、効果が口コミで広まり、多くの施設から「もしリハ」の開催要請が増えているという。施設を訪問して行うセミナーでは、プライバシーに配慮した上で、まずリハビリ前の利用者の写真や動画を撮影。そして、簡単なリハビリを施術した後、再び写真や動画を撮影する。

「写真や動画で前後を比較すると、リハビリ後のご利用者さんの表情や動きが変わっていることがよく分かるんです。その様子を見て、介護スタッフさんたちの目の色も変わります(笑)」

理学療法士がいない特別養護老人ホームや有料老人ホームも数多い。しかし、知識があれば日常生活のちょっとした行為を通じて“生活リハビリ”が実践でき、残存機能の維持向上を通じて自立を図ることもできる。森さんは、こうしたことを広く伝えるために、変わる!介護を設立したという。
▲もしリハセミナーで行われるリハビリの実技の1つ。座位での姿勢改善の運動だ

「それは、私たちの仕事じゃないから」
理想の介護とのギャップに悩む日々

ここで、なぜ森さんが介護の世界に飛び込み、変わる!介護を立ち上げて、現在に至ったのかを振り返る。

森さんは幼いころ、言葉の発達が遅れていたことが原因で幼稚園に入ることができず、同世代の友達を作ることも難しかったという。その半面、両親の友人や隣近所の大人には随分とかわいがられた。

「この人たちにいつか恩返しがしたいと思っていました。高校時代に介護福祉士という職業があることを知り、介護を通じて恩返しをしようと決めたのです」

高校在学中にホームヘルパー2級を取得し、卒業後に都内の特別養護老人ホームに入職。そこでは、一人で数十名のご入居者さんを見なければならなかったという。

「僕が考える理想的なケアとは、その人が困っていることを介助して解決し、喜んでもらうことです。働き始めた施設では、時間がなくて、どうしてもバタバタしてしまい、とても理想的なケアができる環境ではないと思いました」

ケアについて悩みを抱えていた森さんは、先輩スタッフの一言に心をえぐられる思いをする。入居者の高齢者から「歩いてみたい」と言われ、先輩に「トイレのときだけでも、自力で歩く介助をしたい」と相談したところ、「それは、私たちの仕事じゃないから。そんなことより、今はおしぼりを畳む仕事を手伝いなさい」と切り返されたという。

そこで森さんは、ホームヘルパー養成講座で知った理学療法士を目指すことを決意。日中は働きながら夜間の講座に3年間通い、学んだ知識や技術を現場で実践していった。

「車いすのご入居者さんに生活リハビリを行ったところ、自分の足で歩けるまで回復しました。その方はとてもうれしそうに『ありがとう』と。その瞬間、こちらもうれしくなって、介護がものすごく楽しくなったんです(笑)。どうしたらいいのか分からなかったことが、知識を得れば成果につながることがわかり、この喜びや感動をもっと多くの人に伝えたいと思うようになりました」
▲変わる!介護新潟支部長、知野吉和さんのスキルマトリクスセミナーの講義の様子

ゼロからプラスに持っていくことが
リハビリの真価

22歳で理学療法士資格を取得した森さんは、リハビリを主たるサービスとする介護老人保健施設(老健)に転じ、5年間働いた。その間、変わる!介護の設立につながる経験をする。

老健は、病院を退院後に一時的に入居し、ある程度回復した後に自宅に戻ることを目的とする施設で、理学療法士とご利用者さんの1対1による短期集中リハビリを行う。

「皆さんみるみるよくなって無事自宅に戻られるのですが、その後に状況が悪化してしまうんです。自宅で訪問リハビリを受けるとしても、せいぜい1回60分を週2回程度。それ以外の時間は、何もせず寝ていたりする人が多いのが現実です。毎日10分でもリハビリを続けることで、自立状態は維持できますが、そのためにはご家族の協力が必要です。そこで、ご家族にリハビリの意義を理解して支援していただくための啓発活動が必要だと感じました」

さらに、森さんにとって衝撃的だったのは、1年間のリハビリで歩けるようになった利用者からの、この一言だった。

「歩けるようになったのは感謝しているけれど、80歳にもなり、私はどう生きていけばいいのか?」

その利用者の親は60代で亡くなり、周囲にも80歳まで生きた人はいなかったという。50年ほど青果商を営み、卸も手掛けていたが、せっかく蓄積した経験を生かす場所も機会もなかった。

「健康寿命が延びればそれでいいのではなく、その間、世の中に貢献して充実感の中で最期を迎えたいという方がたくさんおられるのだと思いました。マイナスからゼロにするだけでなく、ゼロからプラスに持っていく。それが、リハビリの真価だと気付いたのです」
▲変わる!介護では、介護を本音で語り合う場として「リハ×介護 de kataranight!」という交流会イベントも定期的に開催している

人生の最期まで、自分らしく
地域の中で充実して過ごせる社会に

こうした経験を経て、森さんは介護現場にリハビリの意義や知識を広めようと、第一歩として2014年に仲間の理学療法士と2人で「もしリハ」をスタートする。

「本当は独立したかったのですが、老健の管理職になっていたので、すぐには辞められなかったのです。副業として金銭を得ることもできませんでしたので、ボランティアでやり始めました。施設でのセミナー終了後に、お酒をごちそうしてもらい、よしとしました(笑)」

一年後に晴れて独立し、一般社団法人変わる!介護を設立。それとともに、「もしリハ」で伝える知識や実技を「ケアリハ」の制度として体系化した。幅広く普及させるため、森さんは厚生労働省や自治体とも接触。厚労省からは、介護予防に関する住民への啓発活動を求められたという。

また、世田谷区からは「ダンリハ」の推進を依頼されている。「ダンリハ」とは、頻発する団地での孤独死を防ぐために、特に引きこもりがちな男性高齢者のコミュニティを作り、運動プログラムを主体に行う活動だ。“団”地と“男”性を懸けている。

「そこで、リハビリの要素を盛り込んだ『ダンディエクササイズ』を提供しています。同様の取り組みをお隣の杉並区でも展開していきます」

さらに、カルチャーセンターや通信教育講座にアプローチし、マスコミ関係者にもルートを作り、アピールの機会を開拓している。

そんな森さんが目指すのは、「80歳からでも生きがいにあふれる社会づくり」だ。リハビリで歩けるようになった80歳の利用者から「私はどう生きていけばいいのか?」と問われた言葉が、いまの脳裏に深く刻み込まれている。

介護の現場や、自宅、地域のコミュニティ施設などで、高齢者が当たり前のように生活リハビリを受けられるようになれば、社会全体で自立支援や介護予防への大きな流れを作ることができるはずだ。森さんの挑戦は、まだ始まったばかりだが、今後ますます世の中の期待は高まっていくに違いない。
▲「地域の中で、その人らしく最期まで充実して過ごせるような世の中を作ることに、『ケアリハ』を役立てていきたい」と森さん
[
文: 髙橋光二
写真: 阪巻正志
]
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