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近年、施設内に診療所を併設したり、看護師が24時間常駐する介護施設が増えつつある。安心生活株式会社は、こうした介護サービスが普及していない2010年の段階から、医療の領域に踏み込んだ施設を展開してきた草分け的存在だ。また、スタッフが働きやすい環境づくりにも注力。さらに2016年より、「社員全員が前向きに仕事に取り組める環境づくり」を目指し、業務効率向上に役立つ“トヨタ式カイゼン”を導入し、新たな挑戦を続けている。代表取締役の飛田拓哉さんにお話を伺った。
プロフィール紹介
2001年、名古屋大学医学部卒業。聖路加国際病院にて総合内科・緩和ケア・在宅診療に従事した後、米国ミシガン大学に留学し、MBAを取得。帰国後、外資系コンサルティングファームを経て、安心生活株式会社を設立し、2010年10月より、有料老人ホームの企画・開発・運営を開始。介護保険法に基づく居宅サービス・訪問介護ステーション運営などを行う。現在、住宅型有料老人ホーム2拠点(うち、1拠点はクリニックと保育施設を併設)、介護付き有料老人ホーム1拠点を運営する。

「本人の尊厳を守る」を第一に掲げ、
今後の治療・介護の方針を決定

介護施設にクリニックを併設し、医師・看護師などの医療の有資格者と連携した介護サービスを提供している安心生活株式会社。代表の飛田さんは、かつて都内の聖路加国際病院で内科医を務めた経歴を持ち、自ら施設内の医師として治療や診断を行っている。

「医師として病院に勤務していた時代、治療によって回復したご高齢の患者さんが、施設側から『うちは福祉施設だから医療行為はできない』と再入所を拒まれるケースが多くありました。当時は、医師の立場でしたが、自ら医療行為を行う介護施設を立ち上げようと考えました」

この施設の大きな特徴は、医療の強みを生かす介護方針にある。「本人の尊厳を守る」を第一に掲げ、入所前には、社内の医師、看護師、生活相談員、ケアスタッフ、リハビリスタッフがチームを組み、病院側の医師、看護師、ソーシャルワーカーなどと、本人や家族を交えて面談を実施。そこで治療・介護の方針を決定するという。

「介護施設は、“治療”を目的とする病院とは異なり、“生活”が基本です。『80歳や90歳にもなったら、寿命を3カ月延ばすことより、本人の好きにさせてあげたい』と考える家族も少なくはありません。私たちは医学的な判断のもと、本人や家族の希望を最大限に優先しています」
▲施設内にクリニックを併設し、じょくそうの処置なども病院と同レベルで実行。24時間、吸引などの医療行為を行える体制をつくっている
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トヨタ式カイゼンの導入目的は、
給与還元と前向きに働く文化の醸成

飛田さんは、施設立ち上げの際、「ご利用者さまはもちろん、働く社員や地域にどう貢献し、必要とされる存在になるか」を考えたという。そこで、“社員にフェアな組織”を目指し、残業ゼロの労働環境を実現した後、学びを提供する教育環境の実現にも注力することに。2015年に人事部を置いて、研修体系や人事考課制度を整備し、2016年には、業務効率向上とともに、前向きに働ける企業風土を醸成するために、トヨタ自動車が提唱した生産性向上の方法論であるトヨタ式カイゼンを導入した。

「考えていたのは、『社員が安心して生活するために、お金を稼げる会社にすることが重要だ』ということです。定時で帰り、将来の昇給も見通せるようにするためには、どうすればいいのか。そこで、情報の透明化を図るため、経営に関連する数字を全て公表し、部門別やフロアごとの“時間当たり採算”を見せることにしました。各自が稼ぎを生み出し、経費を差し引いた利益を会社と社員で分け合うことになります。より少ない経費で生産性を向上することが、各自の給与に還元されるための重要なポイントだと知ってもらうことからスタートしました」

また、トヨタ式カイゼン導入を依頼したコンサルティング会社には、「社員の考え方を育成し、ワクワクしながら働ける文化をつくりたい」と伝えたという。

「介護の現場は非常に忙しいものですが、自分で考え、自主的に動き、全力で取り組む意識が常にあれば、誰もがワクワクしながら働くことができます。当事者意識を持って変化を楽しんでもらうには、改善の施策を自ら考えていくトヨタ式カイゼンはうってつけだと思いました」
▲「社員自らが意思決定できる機会や参加できることを増やし、トップダウンからボトムアップの企業を目指す」と語る飛田さん

改善を進める “改善支援課”を設置。
看護師やケアスタッフなど、社員6名を専任に

「ワクワク働ける全員経営の実現」をミッションとする“改善支援課”を設置したのは、2016年7月のこと。当初は“改革推進課”という部署名だったが、社内からは「あなたたちが社内改革をするんでしょう?」という反応がほとんどだったため、多くの人を巻き込むために名称を変更したという。

課の発足時は、ケアスタッフや看護師として働いていた社員6名を専任とした。メンバーである看護師の新美隆夫さんは、「最初はお茶入れからオムツ交換まで、一つひとつの作業について社内で標準化することからスタートした」と話す。

「社内で意識調査を行った結果、『ご利用者さまと話す時間が足りない』という回答が多かったので、無駄な時間を減らす方法から考えることにしました。フロアや部屋によって湯飲みもオムツも置き場所がバラバラのため、他のフロアからヘルプに行くと、どこに何があるのか分からず、非常に効率が悪いことが判明。これを標準化することから着手しましたね」(新美さん)

また、5階のフロアでは、4室もの空き部屋が倉庫として使われていたが、どこに何が置いてあるのかを誰も把握していない状況だった。誰が発注したかわからない備品が山ほどあったという。

「クリップが2,000個も見つかって、『誰がこんなに頼んだの?』と(笑)。発注者や持ち主に引き取りに来てもらうことから始め、2室を利用して何をどこに置くのかを決めた上で、事務担当部署にも配置を評価してもらいました。上長に発注や在庫の管理を行うよう呼びかけ、職員に意見を聞きながらベストな方法を模索し、整理整頓を進めていきましたね。目からウロコだったのは、『整理整頓を維持管理できない理由がどこにあるのか』が判明していったこと。誰もどこに何があるのかを把握せず、在庫や発注の管理もしていない状態でしたが、整理整頓をすることで在庫状況が一目瞭然になりましたし、発注・管理の方法も標準化できました。探しものをするムダな時間や、不要な発注をなくすことは作業の効率化につながりますし、個々の意識の改善にもつながるのだと実感しました」(新美さん)
▲改善支援課のミーティング風景。改善支援課のデスクは、社員の休憩室前の廊下に面したオープンスペースに設置。通りがかった社員が意見を言いやすいように工夫されている
▲改善支援課は、さまざまな点で標準化を図っている。利用者の体調を排便で判断する際に使う「排便量の基準」となる表も作成。事故報告の際の書式も、誰にでも書き込みやすく、分かりやすいように整理した

現場での問題解決が学びとなり、
仕事への取り組み方も変わる

改善支援課では、2016年10月から、キッチンまわりの作業効率を上げるため、動線を考えたオリジナルの収納カウンターを製作するプロジェクトに着手している。

「最初は、キッチンまわりの整理整頓を標準化するため、各フロアに対し、根気よく指導していきました。しかし、どんなに整頓しても1週間後には元の状態に戻ってしまう。そこで、最も意欲的だったフロアの社員に協力してもらい、全体の動きをビデオ撮影して動線を分析。意見を聞きながら使いやすい配置を考えていきました」(新美さん)

オーダーメイドの収納カウンターが完成した後は、このフロアがモデルルームのようになり、他のフロアの社員も見学にくるように。

「形として目に見えたことで、職員から『やってみたい』という声も上がり、みんなが少しずつ前向きになっていると感じます。また、僕自身はもともと看護師なのですが、社長が常にいろんなことに興味を持ち、配慮をしていた気持ちが理解できた気がするんです。整理整頓はあくまでも手段であり、その先に、本当に必要なことが見えてくる。自分の意識が大きく変化しました」(新美さん)

いち看護師であった新美さんは、問題解決のプロセスを学んだこの経験で、仕事への意欲も変化した。これに対し、飛田さんは、改善支援課のメンバーをあえて専任としたことに意義があると話す。

「収納カウンター自体の製作費用は18万円でしたが、3人のメンバーが3カ月かけて完成させたため、人件費としてはかなりのもの。しかし、時間をかけてやってみることで、気付きが得られるんです。総従業員のうち5〜6名を改善の専任社員とするため、年間で考えれば2,000万円程度の人件費がそのまま教育費となります。コンサルティング会社に支払う費用と合わせれば、介護施設を1つ建設できてしまう費用ですが、私自身としては、こうして人を育てていくことの方が楽しい。これまで経営者として孤軍奮闘してきましたが、経営目線を分け合うことができ、自ら発信してくれる社員がいることは組織として非常に心強いですね」

今後は、3〜6カ月ごとにメンバーを入れ替え、学びと気付きを得た後に各部署で影響力を発揮してもらう仕組みにしていくという。
▲7階のフロアに設置されたキッチン脇の収納カウンター。ここに事務関連のファイルをまとめて収納。また、これと同時に洗い終わった食器を片付けやすくする方式なども考案した。社員からは「キッチン周りが広く使えて便利になった」という声も
▲ケアスタッフの辻涼平さんは、「改善で作業がしやすくなった。また、自分も意見を求められ、それが反映されていく過程が面白く、モチベーションがアップした」と話してくれた

「ヒトを大切にする企業」を掲げ、
「職員が自慢できる会社」を目指す

一方、働く環境づくりにおいても、多様な制度や仕組みを実現している。飛田さんは、設立当初から18時の定時退社が当たり前の文化をつくろうと考え、退社を促す全館放送を流し、自ら現場を回って声を掛け、仕事を引き継いで帰る方式を徹底させた。

「おかげで、19時に会社に残っていたら周囲から心配されるような環境になりましたね(笑)。しかし、社員数100名を超えた設立3年目あたりから目が届かなくなり始めたため、再度徹底させることにしたんです」

月40時間以上の残業をした社員には面接を行い、タイムカード打刻後に残業した場合には指導が入る仕組みを作った。また、月次でモニタリング会議を実施し、労働時間に対する考え方の検証も行っているという。

このほかにも、施設内に託児施設を併設し、託児手当を出すなどの子育て支援に注力。産育休制度や看護休暇、アニバーサリー休暇なども用意。結婚・出産の祝い金に加え、入学祝い金や学費助成手当なども充実させた。こうした取り組みにより、名古屋市から「子育て支援企業」に認定され、2014年度には「優秀賞」も受賞。また、「女性の活躍推進認定・表彰企業」として、女性社員が市の女性活躍推進プロジェクトにメンバーとして参加したことも。

「会社の利益は、働くみんなのものと考えています。イキイキと働く姿を見れば、私も楽しいですから。また、いずれはケアスタッフの給与平均を年収390万円まで底上げすることも実現したいと考えています。10年後には『この会社で働くことが楽しくてしようがない』と言われるような組織にしたいですし、『こんないい会社で働いている』と自慢できるような会社を目指していきます」

あらゆる業界と同様に、介護業界においても“人”は財産だ。学び、成長、やりがい、そして給与や待遇など、多様な面で「働きがいのある会社」となるためには、人材育成に投資することは必須といえるだろう。仕事にやりがいを感じながら、自ら考え、動ける人が増えていけば、それがまた、業界そのものの地位向上につながっていくのだ。
▲全社員の社員証ホルダーには、会社の「育もう! 信頼を」「語ろう! 未来を」「楽しもう! 変化を」などの行動指針が書かれた「クレドカード」が。「私自身も、常に見て忘れることがないようにしています」(飛田さん)
[
文: 上野真理子
写真: 田畑宏道
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