ヘルプマン
シングルマザーとして息子を育てながら、介護業界で働き続けてきた柏崎桃子さん。36歳でお笑い芸人となり、現在も有料老人ホーム勤務と芸能活動を並行している。そもそも芸能界を目指した理由は、「福祉の問題について広く社会に声を上げる機会をつくり、より多くの困っている人々の力になりたい」と考えたからだという。「芸人の仕事でお金を貯めて、自分で介護施設を作る」という夢を持つ彼女が、これまでの歩みと介護の仕事への思いについて語る。
プロフィール紹介
1979年生まれ。17歳で結婚・出産を経験。その後、シングルマザーとして軽度の発達障害がある息子を育てながら介護・福祉の仕事を目指し、ヘルパー2級の資格を取得。地元・栃木県真庭市のデイサービス、特別養護老人ホームに8年間勤務する中、介護福祉士の資格を取得。その後、芸人の道を志し、2014年、石井光三オフィス所属となる。36歳でお笑い芸人となるが、介護福祉士としての勤務も継続。日本テレビ系列のバラエティ番組「月曜から夜ふかし」にて街頭インタビューを受けたことがきっかけとなり、全国的に有名に。ブログの閲覧数は数万人以上となったが、現在も都内の有料老人ホームに勤務している。

介護の道へ進んだ理由は、
発達障害の息子を理解するため

柏崎さんが介護の道に踏み出した理由は、シングルマザーとして軽度の発達障害がある息子を育ててきた経験にあるという。目に見えない障害は周囲から理解されず、「母親に問題がある」とされることも少なくはなかった。そこで、「息子の障害について自ら理解し、説明できるようになりたい」と考え、独学で福祉・介護について学んだ後、ヘルパー資格を取得したという。

「もともとは、医療や介護の仕事にマイナスイメージを抱いていました。私の母は看護師のため、家族が病気になっても休めない姿を見てきましたから。けれど、息子の障害について周囲からの理解を得るためには、まず自分がきちんと理解することが必要だと感じたんです。デイサービスで働き始めたのは、息子が小学校高学年になるころでした。週5日の勤務の中には当然夜勤もあり、すれ違いもしょっちゅう。当時は実家に頼らず二人暮らしだったので、子育てと仕事を両立する難しさを痛感することも多々ありましたね」

一方、介護の仕事を始めたばかりの時期は、職場の先輩たちに叱られることも多かったという。

「右も左もわからなかった1年目はよく叱られていましたね。目の前の仕事をこなそうと精一杯になり、利用者さんのペースに合わせることができなかったんです。叱られたことについて一つひとつ理解していくうちに、2年目以降は『なんて楽しい仕事だろう』と思うようになりましたね」
▲芸人を目指すと決めたとき、周囲の友人からは「騙されている」「売れるわけがない」と止められた。「人生って何があるかわからないもの。生き恥をかいてでも、自分の夢や思い描く世界を実現していきたい」と柏崎さん
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求められる喜びを実感する日々。
母の姿を見て、息子も介護の仕事に

柏崎さんはご利用者さんとのふれあいの中、介護の仕事の喜びややりがいを実感していったという。

「認知症の方には、なかなか笑わない人や会話を拒む人もいますが、自分がお世話をするときには笑ってくれたり、私が歌を歌うことで『桃子ちゃん』と思い出してくれたりするんです。また、家族に話すように『これが嫌だった』『こんなことがつらかった』と伝えてくれることもあり、その後の介護方針につなげていくことができました。食事や排泄の介助をするだけではなく、それぞれの人生や考え方に沿った生き方を実現する。介護は、その手助けができる仕事だと実感しましたね」

また、利用者の家族とも親しくなり、「あなたがいると気持ちが落ち着く」「介護のことでイライラしていたけれど、話を聞いてくれてよかった」と言われることも。

「自分が求められている喜びを実感するたび、『ああ、これだから介護の仕事って辞められん!』と思うんですよね(笑)。息子には、日々のうれしかった出来事についていつも話していましたし、それが親子のコミュニケーションにも役立ったと感じています。すれ違う日々の中でケンカもよくしましたが、仲直りのときの一言はいつも『お母さん、こういう楽しいことがあるから絶対介護の仕事は辞められないんだよね』でした。彼なりに、私の仕事を理解しようとしてくれたのでしょう」

そんな母の姿を見るうち、やがて息子も介護の仕事に興味を持つようになり、現在は介護の専門学校に通っているという。

「息子に理由を聞くと、『お母さんが仕事している姿が楽しそうだったから』と。甘い世界ではないけれど、『障害があるあなた自身が挑戦することで、世間のボーダーを取っ払うことにつながるはず』と背中を押しました。また、このとき私自身も『自分の夢に向かって走ろう』と決意しました。私立高校に通わせるためにがんばって稼いできた日々が終わり、育児も一段落したこのタイミングに賭けようと思ったんです」

「1年がんばって芽が出なかったらやめる」という期限を設けて、芸人を目指すという決意を伝えた結果、息子も実家の両親も応援してくれたという。
▲介護施設で働く柏崎さん。デイサービスで出会ったがん患者の高齢者は、最期を柏崎さんと一緒に過ごしたいと考え、柏崎さんが転職した特別養護老人ホームに入ることを決めたという

介護の経験が芸人を目指すきっかけに。
夢は「理想の介護施設を作ること」

36歳で芸人という夢に向かった柏崎さんだが、そこには介護施設で働いた経験が大きく影響している。求められる喜びを知る中、「もっとたくさんの困っている人を助けたい」という思いが強くなっていったのだ。

「介護の仕事のみでは助けられる人数に限りがあります。より範囲を広げるためには、社会を変えるための声を上げることが大事だと気付き、『それなら自分がメディアに出ればいいんだ』と思ったんです。それから芸人の養成所に通い始めたんですが、1年目には事務所の所属テストに落ちて。息子は高校生で私立の学校に通っていたので、まだまだ稼がなくてはいけないと思っていたんですが、当時コンビを組んでいた相方に引っ張られていまの事務所のオーディションを受けたんですよ」

このオーディションに合格した後も、子育てのためには仕事は手放せないと考え、介護の仕事と芸人を目指す活動を両立することに。さらに1年後、息子の専門学校進学を機に本腰を入れるために上京。数カ月後、偶然、バラエティ番組の街頭インタビューを受けたことがきっかけで大ブレイクしたのだ。全国的に有名になりつつある柏崎さんだが、今でも介護施設勤務を続けているのは一体なぜなのだろうか。

「芸人の仕事でお金を稼いだら、介護施設を作りたいんです。いままで、何人もの看取りをしてきましたが、最期までちゃんと家族に囲まれ、温かい時間を過ごしながら眠るように亡くなった人も多かった。そういう最期の迎え方って、『いいなあ』と思うんです。でも、家族のいない病院で苦しみや孤独を味わいながら亡くなる方もいるのが現実です。介護の仕事においてもそれぞれの生き方を尊重していくことを大事にしていますが、その果てに、畳の上で穏やかに死ねるような、当たり前の幸せがある場所を作りたい。だから、芸人の仕事が忙しくなっても、介護の仕事を月2回は入れています。現場から離れたら技術も気持ちも忘れてしまいますから、自分の夢のためにも辞めずに続けていきたいですね」
▲芸人としても活躍中の柏崎さん。介護の仕事を並行してきたことで、芸能活動においても介護関連の番組や介護雑誌などの仕事を受ける機会が増えたという

大事なのは、「ちょっと時間をつくること」
話をすることから信頼が芽生える

「介護において大事なものは、“技術”ではなく、“心”だ」と、柏崎さんは考えている。

「技術は練習すれば習得できますが、それだけでは信頼関係は築けません。人の気持ちに寄り添うことを考え、ほんの少しでも会話し、最大限に相手の願いや希望を引き出すこと。そして、そのお手伝いをすることが大事だと実感しています。例えば、廊下をうろうろしている人には『どこに行くの〜? 寂しいからちょっとお話ししようよ』と声を掛けますし、『眠れない』という人がいたら『じゃあ、こういう姿勢にしてみたら?』と提案してきました。その小さな一言から信頼関係が芽生えるんです」

介護の仕事を始めた当初から、忙しい中でも「ちょっと時間をつくること」を心がけ、バスでの送迎やトイレ介助の際にも、できるだけコミュニケーションを取るようにしてきたという。

「『つんつん』って指先でつつくようにご利用者さんの心に触れるだけでいいんです。作業に追われる中でも、少し立ち止まって相手の言葉を待ってあげる。すると、いろんな話をしてくれるようになりますし、求めていることが分かり、こちらができることも増えていくんですよ」

そうして10年、経験を積み重ねていく中で、「ただ介護するのではなく、相手のことを察し、やりすぎずに、困っていることに手を差し伸べる」という、自分の目指したい方向性が見えたという。
▲デイサービスや特別養護老人ホームで働いた後、現在は有料老人ホームで働いているが、「ご利用者さんの思いや望みを最大限に引き出し、そのお手伝いをすることに変わりない」という

1年で辞めるのはもったいない。
5年、10年先には理想の介護が実現できる

柏崎さんは、介護の先輩として、息子や介護施設に勤務している後輩に必ず話していることがあるという。

「仕事がきついという理由で、1年で辞めようとする子もいますが、それはもったいない話です。少なくとも3年はがんばってみてほしい。なぜなら、3年、5年、10年と働くうち、見えてくるものがあり、長く続けていけば自分の理想の介護ができるようになるものですから。それに、先輩に叱られて落ち込んだとしても、ご利用者さんとの触れ合いが癒やしになってくれるはず。私も先輩が怖かった新人時代には、よく助けてもらっていました(笑)。つらいのは一時だけ。いまできないことがあっても、1年後にはできるようになるし、そこからはきっと仕事が楽しくなりますよ!」

介護の仕事を続けているからこそ、芸人として介護がテーマの番組に呼ばれる機会も増えた柏崎さん。そうした場で介護の現状を伝えることができるため、最初に思い描いていた未来に近づいているという。

「今後は、介護業界のご意見番も目指したいです。そして、夢の介護施設を実現し、週5で介護、週2で芸人の仕事ができたらすごく楽しいですよね!」

求められる喜びがきっかけとなり、新たな夢が生まれ、次なるチャレンジに向かう柏崎さん。いま、介護の仕事を始めたばかりの若い人たちにとって、こうした先輩の存在は心強いのではないだろうか。現在は仕事に追われる日々であっても、数年先にはワクワクする未来が待っているかもしれない。

柏崎桃子 公式ブログ
「どすこい!! 柏崎桃子の諦めたら試合終了だよ!! 」
http://ameblo.jp/19790731-lover
[
文: 上野真理子
写真: 四宮義博
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