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神奈川県横須賀市にある、社会福祉法人心の会が運営する特別養護老人ホーム「さくらの里山科」。ペットと一緒に入居できる「伴侶動物福祉」を行っている日本でも珍しい施設だ。そのような取り組みをスタートさせた理由を、理事長でさくらの里山科施設長の若山三千彦さんに聞いた。

介護施設に入るからといって
したいことを諦める必要はない!

看板犬やセラピー犬などの動物を飼っている施設は珍しくないが、「ペットと一緒に入居できる施設」というのは、特別養護老人ホームでは非常に珍しい。同施設は、2012年4月の開設時から、このような取り組みを行ってきた。その背景について、施設長の若山三千彦さんは次のように語る。

「高齢になって特別養護老人ホームに入居するとなると、皆さんいろいろなことを諦めなくてはいけないと考えます。自宅から離れ、家族や友人とも離れ、旅行も、おいしい食事も、買い物だって行けなくなると悲観的に考える人が多いのです。だからこそ、私どもは『あきらめない福祉』を目指そうと考えています」

食事でいえば、ふぐや松茸、伊勢エビといった豪華な食事から、ジャンクなファストフードまで、質にもバラエティにもこだわって提供している。旅行も、房総へイチゴ狩りに出かけたり、スカイツリーや富士サファリパークに遊びに行ったりと、さまざまな企画が立てられている。もちろん買い物だって行ける機会をつくっている。

「そうした『あきらめない福祉』の延長線上に自然に出てきたのが、『大好きなペットと一緒に暮らせる』という取り組みです。だから、ペットを飼いたい人が飼えるようにするということを、何も特別なことだとは考えていないんです。根底にあるのは『ご利用者さんの生活の質を上げること』。その一心です」
▲動物たちも、ご入居者さんのベッドにもぐりこんだり、膝の上で寝ていたりと自由に過ごしている。屋上や庭を走り回ることもあるそうだ
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ホームとして飼い犬・飼い猫を用意し
動物たちと暮らせる環境を整える

「さくらの里山科」は4階建ての施設で、個室ユニット型。1ユニットは、10の完全個室と共用スペースで構成されている。施設内には10ユニットと、ショートステイ用のユニットが2つあり、定員は120人だ。その2階部分がペット専用フロアとなっていて、犬と生活できるユニットが2つ、猫と生活できるユニットが2つ用意されている。

「現在は満室となっています。ペット専用フロアは、ペット同伴で入居された方が犬は4組、猫は3組いらっしゃいます。同伴されずに入居した方は、高齢になってから犬や猫を飼うことを諦めた方で、動物たちと一緒に暮らしたいと希望され、入居されています」

長年ペットを飼い、何十年も犬や猫と一緒に暮らしてきたという人が、60代、70代になると“最後まで面倒を見られないかもしれない”という理由で飼うことを諦めるケースが多いという。そんな方々のために、入居者が同伴するペットに加え、ホームが飼い主となって犬や猫を迎え入れようと考えたという。

「ボランティア団体を経由して、保健所の犬や猫、被災犬などを引き取りました。また、市内の一人暮らしの高齢者さんが遺していった犬と猫を引き取るなど、現在は誰かの飼い犬・飼い猫を合わせると、犬7匹、猫9匹が一緒に生活しています。ご入居者さんの飼い犬・飼い猫であっても、ホームの犬や猫と分け隔てなく暮らしていますよ」
▲犬と猫のフロアは2階のみ。動物が苦手な人もいるため、柵を作って仕切るなどきちんと住み分けられるように工夫している

介護施設でペットを飼うことは
実はハードルが低く、手間も少ない

実際に伴侶動物福祉をやってみて、分かったことがあると若山さん。それは、介護施設がペットと一緒に暮らすという点でハードルが低いということだ。

「最初は手間がかかるというイメージを持っていましたが、意外とそうではなかったのです。例えばペットのトイレの世話は、介護職員にとっては大したことがない、言ってみればお手のものなのです。ホームのいたるところに洗剤や消毒液が置いてあるため、ペットの糞尿の世話は特別なものを用意しなくても片手間でできてしまいます」

また、ハードの面でも、ペットを飼うことに適した環境になっているという。

「居住エリアはクッション性のある樹脂製の滑りにくい床になっているので、動物たちの膝や腰にも優しいんです。また、床や壁は汚れが拭き取りやすく、壁紙も消臭機能が高い素材のものが使われています。壁にも車いす用のストレッチャーガードが取り付けてあるため、傷つけられても交換が楽。つまり、追加の対策や費用はほぼ不要なんです」

ペットと入居する場合は、ペットの餌代や消耗品代、医療費などの実費は飼い主の負担で、ペットの食器やベッドなども、飼い主が用意することになっている。しかし、それ以外の費用は施設が負担しており、トイレや餌やり、犬の散歩などのお世話代がかかることはないという。

なお、2年に1回程度でドッグトレーナーを呼んで職員研修を実施しているが、その費用も施設側が負担している(過去の実績で1回あたり3万円程度)。また、ペットのお世話のための専属スタッフを雇わない分、2つの犬ユニットはパート職員を1名ずつ増員しているため、その分の人件費が追加でかかっているという。

「もし入居者様が先にお亡くなりになっても、飼っていたペットは施設の子として最後まで面倒を見ています。その点でも、安心してご入居いただけているようです」

「ここで働きたい」との希望者が集まり
採用面でも意外な効果が

若山さんが最も予想しなかったのが、人材募集をした際に職員が集まりやすい、ということだ。始める前は、ペットのお世話などで職員の負担が多くなるに違いないという反対意見もあったというが、施設内外からは「それでもいいから働きたい」という職員が集まってくるのだとか。

「『犬や猫がいるなんて、こんなにいい職場はない』と言う職員も多いです。人材不足の時代ですが、ありがたいことに人に困ることはないんです。ペットフロアは希望者に担当してもらっています」
▲最初からアニマルセラピーは特に意識していないと若山さん。「結果として高齢者の方にいい効果を及ぼしていると思いますが、それが目的で始めたことではないんです」

犬や猫と暮らせる喜び
ご入居者さんたちにも笑顔が見られる

入居者の方々の表情を見ていても、皆さん動物が好きで、長年ペットと一緒に暮らしていたという人がほとんどのため、とても幸せそうな雰囲気がフロアにはあふれている。「犬や猫が好きで何十年も飼っていたのに、この数年は諦めていた。二度と動物との生活は無理だと思っていたので、ここでまた一緒に暮らせるなんて夢のようだ」と話す方もいた。

「ここに入るまでは、ずっと飼っている猫との生活を諦めたくなかったので、施設と聞けば全て拒否してきました。でも、姪っ子がこの施設を探してきてくれて、一緒に入居することができました。本当によかったです。一緒にいられなくなるなんて考えられませんでしたから」と話してくれたのは、3年前から入居している澤田富興子さん。
▲澤田さんと、愛猫の祐介くん
「先日入居された方も、愛犬を置いていくのが嫌で施設への入居を拒み続けていたそうですが、うちのことを知ると、『一刻も早く入りたい』とおっしゃったんだとか。自分のことよりも、愛犬にとっていい場所だと思ったんだそうです」(若山さん)

亡くなるまでの最期の過ごし方で
人生の満足度は大きく変わる

「さくらの里山科」のオープン前から、在宅サービスやデイサービス事業を行ってきた社会福祉法人心の会。過去の、あるご利用者さんのエピソードが、伴侶動物福祉の導入を決断するきっかけになったという。

「80代の一人暮らしの男性が、ミニチュアダックスフンドを飼っていて、一人と一匹で寄り添うように生活をされていました。週に数回のデイサービスと買い物以外は、ずっと一緒ですから、ペットとの時間が生活のほぼ全て、まさに『一心同体』という感じでした。でも、とうとう男性は一人では生活ができない状態になり、介護施設への入居と同時に、泣く泣く愛犬を保健所に送ってしまったんです」

それ以降、男性は生きる気力を失っただけでなく、「自分の大切な家族を保健所に送ってしまい殺してしまった」と、後悔し続けながら亡くなったという。

「これまでの人生で一生懸命働き、いろいろなご経験をされ、楽しいこともたくさんあったと思います。でも、最後の最後で後悔、絶望しながら亡くなっていくのは、高齢者福祉として間違っているのではないかと思いました。これはペットの問題ではなく、高齢者福祉を提供する側の問題。だからこそ私たちが何とかしないといけないと思いました」

一方で、別のケースでは、愛犬への思いが強いため施設への入居を拒否してきたが、認知症がかなり重度まで進んでしまったため、横須賀市の措置制度として「さくらの里」に強制入居になった方がいたという。

「愛犬と一緒に入居してこられた男性です。すでに高齢の犬で、入居後に犬の病気が悪化し、ベッドの中で飼い主に抱きかかえられながら亡くなったんです。飼い主さんは、悲しかったでしょうが、最期まで一緒にいられて幸せそうでした。その様子を見て、“この施設を作ってよかった”と思いましたし、“人生最期の時間をどう過ごすかということの大切さ”も実感しましたね」
▲「旅行や食事だけでなく、部屋で過ごす時間もとても充実しています」と澤田さん
▲澤田さんが趣味で描いている飼い猫のイラスト。愛猫と過ごす毎日がいかに楽しいものかがよく分かる

ペット文化を支えてきた団塊の世代が
入居者の中心となる時代が来る

「さくらの里山科」のようなペットと暮らせる介護施設は、どの地域でも運営できるわけではないという。なぜなら、施設で動物を飼うことについて、行政による許認可が必要となるからだ。

しかし、最近は行政のペットに対する意識も変化しており、殺処分ゼロといった取り組みを推進する自治体も増えている。若山さんも「いずれは行政側のハードルは低くなっていくのではないか」と期待している。

一方、2025年には団塊の世代が75歳を迎える。現在75歳以上の高齢者は、世代的にペットを飼った経験のない人が多いが、団塊の世代は、いわばペット文化を支えた人たちだ。そうした「屋内でペットと一緒に暮らす」ことが珍しくない世代が、介護施設に入居する時代も近い。「ペットと入居したい」要望は、今後増えていくことは間違いなさそうだ。

「私どもとしては、非常にシンプルに考えています。世代が変われば、当然諦めないことの内容は変わっていくはずですから、ペットを含めた新しい価値観に対応できるよう、『あきらめない介護』を発展させていきたいです」
▲自身も自宅で犬を飼っているという若山さん
[
文: 志村 江
写真: 桑原克典(東京フォト工芸)
]
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