ヘルプマン
認知症であっても、一人の人間として、社会とつながっていたい――。そんな当たり前の思いが実現できる世の中を目指して、地道な活動を続けている前田隆行さん。労働の報酬を得ることが想定されていない介護保険利用者に“有償ボランティア活動”を認めてもらうことを通じて、自施設利用者に「社会の役に立っている」実感を提供している。こうした機会を広げるためには、認知症に対する世の中の偏見を取り去る必要がある。前田さんはいま、そんな大きな壁にチャレンジしている真っ最中だ。
プロフィール紹介
1976年、神奈川県生まれ。医療法人にソーシャルワーカーとして就職し、老年精神科病院に配属。在宅介護支援センター、E型(徘徊型痴ほう症)デイサービスを経て、若年性認知症デイサービス「おりづる工務店」を創設。その運営を通して、介護保険の被保険者でも報酬の伴う労働の必要性を感じ、厚生労働省に提言し通達の形で承認を得る。2012年6月、NPO法人 町田市つながりの開を設立(「開」は「会」ではない)。同年8月、デイサービス「DAYS BLG!」開所。

「DAYS BLG!」は、好きな場所に行ける
“ハブ空港”のような存在

東京都町田市成瀬台。東急線「こどもの国」駅からほど近い住宅街に、デイサービス「DAYS BLG!」はある。「BLG」は「Barriers Life Gathering」の略だ。定員は10名で、2016年10月現在、登録している“メンバーさん”(利用者を職員と対等な関係を築けるようにそう呼ぶ)は23名。その大半が認知症の人だ。

「一般の小規模デイサービスですが、評判を聞いて認知症の方やご家族が多く見学に来られます。その多くは、認知症であっても世の中の役に立ちたい、社会とつながっていたいとの動機で見学されていますね」

「DAYS BLG!」のコンセプトについて、前田さんはわかりやすく次のように説明する。

「デイサービスを空港に見立てます。旅行に行きたいと望む人が空港に行くわけですが、多くの“デイサービス空港”では旅行はうやむやにされ、空港内で時間を過ごした後に家に連れ帰されてしまう、という実情があるわけです。本人にしてみれば、残念とかさみしいと感じるでしょうし、中には怒りさえ覚える人もいるでしょう。つまり、認知症になると本人の意思とは無関係に事が進められたり、本人が望まないことを強制的にさせられる場合もあります。“DAYS BLG! 空港”からは、ちゃんと好きな場所に旅立って、旅行を満足してもらいたい。私たちは、認知症の人であっても、一人の人間として自分の意思で物事を選択するための“ハブ”の役割になりたいと考えています」
▲NPO法人町田市つながりの開理事長で、「DAYS BLG!」所長を務める前田隆行さん
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有償ボランティアから施設の手伝いまで
豊富な“働く”プログラム

その“旅行”に該当するのが、“働く”プログラムだ。「DAYS BLG!」では、①対価を得る労働(有償ボランティア)、②地域社会や人の役に立つボランティア活動、③家や施設など所属している場所の役に立つこと、というように3通りの機会を用意している。例えば、②では地域の子どもたちのために駄菓子屋さんを開く、学童保育クラブで紙芝居をする、③ではコーヒーの豆挽きやリンゴの皮むき、書類整理といった作業がある。そして、特筆すべきが①の有償ボランティアだ。実際に次のような仕事を受託している。
●カーディーラー(近隣)の洗車作業
●日用品メーカーのユニバーサルデザイン商品開発協力(誤飲防止など)
●文具メーカーのゲーム開発協力
●医薬品メーカーの人事スタッフ教育協力
●福祉レストランと協働した発送作業  など
こうした多様な仕事の中から、メンバーさんは自分のやりたいことを選択できる。
▲DAYS BLG!のメンバーさん。カーディーラーで洗車の仕事に励む
▲カーディーラーの店長から直接謝礼を受け取るメンバーさん
「一日をどこで何をして過ごすかを本人が選ぶことは、生きる上での満足感につながる。我々も日常は無意識に選択の連続が当たり前になっていて、その選択が満足感に繋がっている」と前田さんは指摘する。さらに有償ボランティアは、些少であってもれっきとした謝礼を受け取る。これが本人にとって、社会の役に立ったことの証明となり、充実感をもたらすのだ。

仕事を依頼する企業側にも、メリットはある。カーディーラーの店長は、「なかなか手が回らないところをやってもらって助かっている」と評価。さらに、揃いのジャンパーを着て洗車しているメンバーさんの姿を見たお客から「あの人たちは?」と聞かれ、わけを話すと「それはいいことですね」と言われたことがあるという。つまり、“社会福祉に協力している事業者”というイメージや評価の向上につながるのだ。

いまでは、多職種に広がった有償ボランティアだが、実現に至るまでには高い壁があった。介護保険制度では、認知症の人など被保険者が働いて収入を得ることが認められて(想定されて)いなかったのだ。前職時代から、「認知症であっても、自ら選択して仕事ができることの意義」を感じていた前田さんは、5年がかりで厚生労働省に掛け合ったという。
▲働くプログラムには施設内での仕事もあり、自由に選べる

介護の世界に入った動機は
“暗い⇒カッコイイ”というギャップ

ここで、現在に至るまでの前田さんについて振り返る。まず、どのようなきっかけで介護の世界に入ったのか。その原点は、学生時代のニュージーランドへの留学にある。

「留学するまでは、卒業したら広告代理店にでも就職しようと考えていて、介護や福祉などへの関心はまったくありませんでした。なんだか暗いイメージしか持っていませんでしたね」

ところが、留学先のホストファーザーが勤めていた車いすメーカーのオフィスに同行した際に、強烈な印象を受けたという。

「イメージとは真逆で、実に明るくておしゃれなオフィスだったんです。ホストファーザーが持参した弁当も、紙袋に無造作に放り込んだリンゴ。それさえカッコよく感じて、介護の暗いイメージがガラガラと崩れていきました」

あまりのギャップに、前田さんは介護や福祉の世界で働いてみたいと思うように。「まったくのミーハーな理由」と前田さんは笑う。大学では選択科目の福祉学を履修し、卒業後はソーシャルワーカーとして医療法人に就職。ところが、配属されたのは老年精神科病院で、前田さんは凄まじい光景を見る。精神を病んだ入院患者が車いすにひもで縛り付けられていたのだ。ニュージーランドで見たおしゃれな世界から、また正反対のギャップを突き付けられた。このことが、原風景として前田さんの脳裏に焼き付いている。

「未熟でよくわからないながらも、これではダメだ、なんとかしなければと思ったことを覚えています」

縛られて思うように動けない入院患者の紐を自分の判断で解き、管理職にとがめられて別部署に異動となる。その後、知人の紹介で福祉公社に転じ、在宅医療センターのヘルパーステーションに勤務。そこで、休みのヘルパー代行として家事を援助した際、料理経験がまったくない前田さんは、介護保険でカップラーメンをつくってしまい、その日のうちに自ら異動願を出す。管理者として移った「おりづる苑」というデイサービスでは、ケアに対する方針の違いからベテラン職員と対立。半数の職員が退職し、残った理解者と新入職員とで、ようやく自分の考えで施設運営ができるようになったという。こうした紆余曲折を経験しながらも、前田さんは一貫して「利用者第一」という軸をぶらすことはなかった。
▲作業着として用意されたDAYS BLG!の名前入りTシャツ。ほかに、仕事先のロゴが入った作業用ジャンパーなどもある

ニーズに応えて働き、
喜ばれることが重要と確信

現在の「DAYS BLG!」につながるきっかけは、「おりづる苑」での経験だ。

「50代の若年性認知症の人が苑に来たとき、何をしたいか尋ねると、『働きたい』と。そこで、公社の上層部に掛け合い、公社が持っていた古い家屋の修繕の仕事をしてもらったのです。彼がイキイキと働く姿を見て、感動しました。この経験が、現在の活動への大きな転機になりましたね」

前田さんがその後、若年性認知症のデイサービス「おりづる工務店」を立ち上げると、立て続けに入所希望者が訪ねてきたという。

「みんな『働きたい』と言うわけです。そこで、無理やり仕事を作ったのですが、“必要とされている仕事”ではないことは一目瞭然。利用者からは『こういうことをしたいわけじゃない』と言われました。その時、彼らも真に世の中に役立つ仕事をしたいのだと痛感しました」

仕事を探すうちに、交流のある保育園の園長からプールの清掃依頼を受ける。プール開きのための準備だ。

「働く彼らの表情がまったく違いましたね。やはり、“実際のニーズに応え、喜ばれること”が重要だと確証を得ることができました。でもこうした活動を続けるうちに、ある利用者から『謝礼がほしい』と言われたのです。それまでは、無償で仕事をやってもらっていました。介護保険の被保険者は報酬を得ることが認められていないからです」

一計を案じた前田さんは、利用者の家族からお金を預かり、それを本人に渡した。

「本人は知らずに喜んでくれましたが、考案者の自分がまったく納得できなかったのです。こんなのは嘘だと。しかし、本人は報酬を得たいと願っている。国に掛け合うことにしました」
▲DAYS BLG!の施設では、メンバーさんが近所の子どもたちの学習に協力。駄菓子の販売も行っており、子供たちとのふれあいが多いという

厚生労働省に掛け合い
有償ボランティアを認めてもらう

国への働きかけは、5年に及んだ。ある会合で意気投合した厚生労働省の幹部を通じて、利用者を交えた当局との意見交換会の場を設定してもらい、交渉を継続。そして、2011年4月15日、若年性認知症への介護サービスの一環として行うボランティア活動の際に生じた謝礼について、利用者が受領できる条件などが明示された厚生労働省通達が出されたのだ。

しかし、この通達が都道府県の当局に伝えられても、前田さんの活動に賛同する動きは「ポツポツ出ている状態」だったという。“施設の収入が増える施策でもなく、認知症の利用者を働かせる分リスクが大きい”という考え方が多いようだ。

「認知症の人が働いて報酬を得ることで、認知症の症状進行を遅らせることができるといったエビデンスがあれば打開できるでしょう。しかし、同一人物で厳密に比較するなど医学的にこれを証明することは困難です。ならば、本人の満足度を点数化するなどの代替手段で、報酬を得ることの効用を立証することは考えられないか、大学准教授に協力してもらって検討しているところです。満足度に応じて、施設の報酬を加算したり、減算するといった施策を導入できれば、前進させることができると考えています」

認知症の偏見をなくし、
働き続けられる企業を増やす

前田さんには、もう一つ「変えたい」と考え、活動するテーマがある。それは、「認知症になると、何もできなくなってしまう」といった根強い偏見が世の中にあることだ。若年性認知症になると、自ら退職したり、解雇されて8割ほどの人が失職しているという調査結果もある(認知症介護研究・研修大府センター、2015年)。

「自分で『おかしい』と気づいて受診し、若年性認知症と診断されてから満足なサポートが受けられるようになるまで、おおむね2~3年の空白期間が生じてしまいます。本人が、悪い情報ばかりを目にしたり、会社を辞めるなどして落ち込み、回復までに要する期間です。私たちは、この期間をできるだけ埋めたいのです。具体的には、診断時に上司や専門家などに相談できる環境があり、適切なサポートを受けながら働き続けられる社会になれば、と考えています」

前田さんは、企業側に認知症への理解を深めてもらうための活動を続けている。

「勤務時間を減らしたり、給料を減額してでも雇用を継続させることで、本人の業務による貢献だけでなく、『この会社は社員を守る』という内外へのメッセージ効果も期待できます。また、介護離職が社会問題となっていますが、企業には、家族の介護だけでなく、社員本人が認知症になるリスクも認識し、対策を講じてもらえるよう働きかけていきたいと考えています」

誰にでも認知症になる可能性はある。ますます高齢化が進む中、個々人、企業など、社会全体が認知症に対する理解を深め、認識や対応を変えていくべきではないだろうか。
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文: 髙橋光二
写真: 田部雅生
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