ヘルプマン
病を患っても、障がいを抱えても、誰もが自由に、どこへでも旅に出られる社会をつくりたい。その想いから、2014年4月、NPO法人あすも特注旅行班の介護付き旅行サービスは生まれました。立ち上げたのは看護師、理学療法士といった医療福祉のプロ集団。彼らは、寝たきりの方や、人工呼吸器をつけている方でも、旅にお連れすることができると言います。福岡県を拠点に活動する彼らは、一体どんな旅をプロデュースしているのでしょう。「いつか、介護付き旅行サービスを社会のインフラにまで成長させたい」と語る、代表理事の大橋さんにお話を聞きました。
プロフィール紹介
大橋 日出男さん(写真左)
看護師として大学病院に15年間勤務。精神科、循環器内科、呼吸器消化器外科、皮膚科で活躍。主に病棟での患者のケアを担当する。その後、要介護者など高齢者に対し、付添い介護付き旅行を提供する「NPO法人しゃらく」にてインターンとして勤務した後、2014年「NPO法人あすも特注旅行班」を立ち上げる。

「こんな体じゃ、どこにも行けない」
そんなあきらめを飛び越えたかった

「病気や障がいのために旅をあきらめてしまう人がいます。でも、私たち医療福祉のプロが付き添えば、もっと、その方の行動範囲を広げられるはずなんです。『あすも』という法人名に込めたのは『明日も行けるよ』というメッセージです」。そう話してくれたのはNPO法人あすも特注旅行班を立ち上げた大橋日出男さんだ。実は大橋さん、看護師として15年ものキャリアを持つ。「大学病院に勤めていたころ、死を目前に控えた患者さんが『最後の思い出づくりに旅に出たいなあ』とつぶやく声を幾度となく聞きました。しかし、大学病院の枠組みではその声に応えられなかった」
▲「病気だから、障がいがあるから、とあきらめていた旅行を安心して楽しんでいただくことが私たちの使命」と大橋さん
一方、あすも特注旅行班のリハビリ企画長、理学療法士の大関純平さんはそれとは異なる観点で介護付き旅行サービスの道を模索していた。「私が勤務していたのはリハビリ専門の病院。障がいを抱え、悲観的になる患者さんもたくさんいらっしゃいます。そんな患者さんでも『これから、どんなことをしてみたいですか?』と聞くと、昔を思い出され『もう一度、旅に出たい』とおっしゃるんです。しかし、一般的な旅行会社では病気や障がいのある方に十分なサポートができないため、旅をあきらめるしかないケースもありました。ならば、自分がその受け皿になろうと考えたのです」
▲リハビリ専門の病院に4年間勤務した経験を持つ、理学療法士の大関さんは「旅は最高のリハビリ」なのだと言う
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医療福祉のプロだからできる
サポートがある

あすも特注旅行班の旅はすべてオーダーメイドだ。利用者に直接会って体の状態を見ながら旅の目的を伺い、現地のバリアフリー調査や万一のための病院確保、ケースによっては主治医や看護師、ケアマネジャーとも打ち合わせを重ね、その実現に向けて全力でサポートしていく。

「大切なのはお客さまの想いを理解し、それをかなえること。目的地に立つだけで、想いがかなうというわけではありません。近くで会いたい人はいないのか、その土地で食べたいものはあるか、できる限り願いをかなえられるよう提案していきます。お客さまの中には末期のがん患者さんもいらっしゃいます。その方にとって、これは最後の旅になるかもしれないのです」

参加者の症状に合わせた事前のバリアフリー調査にも、医療・福祉のプロならではの視点が生きる。
「ホテルの予約を取るにしても、利用者によって優先すべきポイントが異なります。ご本人の体の状態によって車いすでも動き回れる広い部屋の方がいいという方もいれば、壁が近いコンパクトな部屋の方がつかまり立ちできていいという方もいます。宿泊先に問い合わせ、部屋の様子を撮ったデジカメの画像を送ってもらったり、直接伺って調査することもあります」

旅行中の医療的サポートはもちろん、できる限り利用者の負担を軽くし、自宅での暮らしと近い感覚でいられるよう、大橋さんたちは最善を尽くすのだと言う。
▲あすも特注旅行班のアドバイザーである篠原彩さんは、自身も車いすユーザー。「目的地までのルートには、砂利道など車いすでは通れない部分があることもあり、実際に事前に綿密な調査をしなくてはわからない部分もある」と語る

「自分にはできない」
そんな思い込みから旅が自由にしてくれる

旅のプランが固まり、日取りも決定すると、利用者の心は躍る。
「実は、旅行の日取りが決まると、お客さまのリハビリの取り組みがガラリと変わるそうなんです。それまで、体力を維持するため、なんとなく受けていたリハビリが、『あの場所へ行くにはどうしても車で2時間かかる。それに車の乗り降りも必要だ』とリハビリの目的が生まれ、やる気が生まれる。それで、実際に旅行が成功すると、『もっと遠くまで!』と、うれしくなってさらにリハビリをがんばってくれる。そういうイキイキした姿を見て、ご家族もすごく喜ばれるんです」

また、旅先という特別な空間が「自分には無理だ」と自分自身で制限してしまっていたリミッターを外すきっかけにもなるという。
「足腰が不自由なご高齢のお客さまを北海道にお連れしたときのことです。展望台へ行ったのですが、スキー場にあるようなリフトで登らなくてはいけない場所で、最初は無理かなと思っていたんです。リフトに乗るという恐怖心もありますし。でも、『ここまで来たのだから、挑戦する』と。実際、うまくいって、『自信が出た』とご本人もおっしゃっていました」
▲いわゆる観光地に行くより、「お墓参りに行きたい」「クラス会に参加したい」といった依頼や、昔、夫婦で見た思い出の海をもう一度、見たいというお客さまが多いのだそうだ(2点とも提供写真)

誰でも、いつでも、どこへでも、
自由に旅することができる社会へ

「誰でも、いつでも、どこへでも行けるのが当たり前の社会をつくりたいんです。そのためにも、介護付き旅行サービスは『利用者の地元にある』ことが重要。たとえば、私たちが他県に住む方のために旅行をプランニングしようとすると、打ち合わせ出張費や事前調査費などで、あっという間にコストが跳ね上がる。私たちと同じようなサービスが各都道府県にあれば、連携も可能となり旅行代金をぐっと下げることもできるはず。このサービスを広げ、社会インフラの一部に成長させること。それが、いまの私の夢です」

まだまだ課題は多い。旅行は春・秋に集中するため、どうしても依頼を受けられない場合もある。その一方で、経営を軌道に乗せるには、お客さまの数がまだ足りないのも事実だ。

「そのためにも広報をがんばらなくちゃ!」と大橋さんは腕をまくる。
高齢化が進む日本で、介護付き旅行サービスへのニーズはさらなる高まりを見せるだろう。この市場が成長する可能性は高い。大橋さんの挑戦はまだ始まったばかりだ。
▲大橋さんたちが制作した太宰府天満宮のバリアフリーマップ。スマホなどでQRコードを読み込むと現地の情報が360°見渡せる画像が出てくる。道路の傾斜や舗装状況までもがわかるという。こうした各地の情報が交換できるようになればサービスの可能性も広がる
▲介護付き旅行の分野はまだ誕生したばかり。全国各地のバリアフリー情報のネットワーク化などが可能になれば、今後、事業が一気に伸びる可能性もある
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文: 和田 創
写真: 中村 泰介
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