ヘルプマン
介護保険だけでは支えられないことがたくさんあります。田原さんは福祉と法律のプロとして、介護サービスはもちろん、その人の望みや人生のエンディングを法律的な側面からも見通し、その人の生活を支援しています。「生活法務」を事務所のコンセプトに掲げ、介護現場での経験と法律専門職としての知識を武器に、認知症の高齢者が自分の望む暮らしを続けていける社会をめざす田原さん。多くの介護関係者が頼りにする熱血ヘルプマンです。
プロフィール紹介
行政書士、社会福祉士、介護福祉士、介護支援専門員(ケアマネジャー)の資格を持つ。大学卒業後、特別養護老人ホームの介護職として勤務。職員の都合が優先される現場、後回しになる認知症の方々の姿に疑問を感じ、認知症の最新医療に取り組む病院に転職。さらに都内のグループホームを経てケアマネジャー事務所を開設。資産をめぐる親族間の争いを目の当たりにしたことがきっかけで、成年後見をはじめとする法律分野に興味を持つ。現在は成年後見や民事法務の業務を中心に、ロードバイクで市内を走り回る。

高齢者が自分で人生の最期を
プロデュースできる介護

介護士からスタートした後、ケアマネジャーとしても多くの認知症の方と出会い、その生活を支援する仕事に関わってきました。介護保険サービスの総合的なマネジメントを通じて、その人の望む暮らしを支えるのがケアマネジャーの仕事です。

一方で、生きることとは死に向かうことであるともいえます。今現在のケアマネジメントだけでなく、その先にある、死後も含めた人生のエンディングプランまでを描ききって安心を得ることが、より豊かな生につながるのです。僕は福祉と法律の専門職であるという立場を生かして、その方がよりよく生きるためのお手伝いをしています。

遺言や死後事務、任意後見契約の活用を絡めたエンディングプランの立案などもその一環です。高齢者が自分で最期をプロデュースすること、そして福祉と法律の両側面から思いを形にして支援するのが僕流の介護であり、僕の掲げる「生活法務」なのです。
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ケアマネジャー時代の無知が招いた大失敗

自分が後見制度や法律分野に興味を持ち、現在コンセプトとしている「生活法務」をめざすターニングポイントとなったのは、ある認知症の方との出会い。当時の僕は、自分のやりたい認知症介護を追求すべく当時勤めていた法人を飛び出し、まずは自分でできる事業からと考え、ケアマネジャーとして独立開業したばかりでした。

担当ケアマネジャーとして自宅での暮らしを支援していましたが、実はそのかたわらで、その方の資産をめぐる親族間の争いが始まっていました。しかし、当時は成年後見制度(後述)のこともほとんど知らず、当事者が言うことの正当性を判断できないまま流されていたのです。結局、本人が相手方に連れ去られ、行方がわからなくなってから数カ月。人づてに聞いたのは、とある病院に入院させられてしまったこと、本人の会社もなくなってしまったことでした。

そのときに感じた無力感。自分にもっと法律的な知識があれば、もしかするとその人の人生を守ることができたはず。双方に弁護士がいて、行政も警察も動けない状況だったので、仕方がなかったのかもしれません。でも、その人らしい生活を守るためには、介護保険だけでなく法律のことも学んでおかなければならない。さもないと、人の人生を変えてしまうこともあり得るのだということを痛感しました。いまだに忘れられないこの失敗によって、30歳を超えて勉強を始め、社会福祉士と行政書士の資格取得をめざしたのです。

ケアマネジャーは支援者、
後見人は本人の立場に立った代弁者

「街の法律家」といわれる行政書士は、遺産分割協議書の作成や遺言書の作成に関わる支援などを含め、権利義務・事実証明に関する書類作成の専門家です。ケアマネジメントを通じて本人を支援するのがケアマネジャーなら、本人の立場に立ってその意思を代弁し、利益を守るのが成年後見人です。その担い手としての役割を期待されているのが、社会福祉士や行政書士といった専門職です。

成年後見制度(※)とは、認知症などが原因で判断する能力が不十分な方々の日常生活を、その方の意思を最大限尊重しながら支援していく制度のこと。認知症の方は判断能力が低下するために、介護施設の利用契約や不動産の管理・処分、現金・預金通帳の管理などを自分で行うことが困難になります。それがもとで、親族から経済的虐待を受けたり、悪徳商法の犠牲になったりするケースもあります。これに対して、認知症の方々に代わって契約や財産管理をすることで支えるのが、成年後見制度なのです。
※本サイト内記事参照 http://helpmanjapan.com/article/1632
代理人として、ご本人宅へ定期的に経過報告

「最期まで自宅で」その思いに伴走する

後見人となれば、僕は本人の代理に徹します。ある80代の認知症の女性は、猛暑の季節に体調を崩して緊急入院しました。しかし、後見開始の審判がなされた後、病状が回復すると、「なんで家に帰れないの? いつまでここにいるの?」と、会いに行くたびに強く訴えるようになりました。

在宅生活を支えてきた担当者の皆さんは、もう在宅生活は難しいという意見でしたが、「本人の意思を尊重する」ことは、長く認知症の方の支援に携わってきた僕自身のこだわりでもあります。本人の意向に沿うべく関係者と何度も話し合い、今までの経験からサポート体制を提案し、本人の望む暮らしを阻害している要因を一つずつ取り除いていきました。そして、何とかいけるかも…という見通しが立ち、外泊期間を徐々に延ばす試みを繰り返しながら、皆さんの力を借りてようやく在宅復帰を実現できたのです。

本人は帰ったら帰ったで、急に一人になって心の揺れもあったのですが、最終的には「病院よりもこっちがいい」ということで、切れ目のない支援を受け、マイペースで日々の暮らしを続けていらっしゃいます。もともと笑顔が素敵な方なのですが、自宅に戻ると体調もいいのか、ほがらかさを取り戻されました。

ただ、緊急連絡用にお渡ししてある携帯電話から、たまに朝の4時とか5時に電話がかかってくるようになりました。最初はびっくりして出ていたのですが、お腹が空いたというような内容がほとんどなので、早朝パターンがわかってきた最近は、事務所に出てからかけ直すようにしています。朝食後を見計らって電話するとご機嫌な笑い声。答えはいつも、「あら、電話なんてかけたかしら?」なんですよね(笑)。
遺言執行業務の登記申請について司法書士の方と打ち合わせ

人生最期のシーンに
イメージ通りに幕を下ろす

任意後見契約(※)は、本人がまだ元気なうちに、認知症などによる将来の判断能力の低下に備えて、あらかじめ成年後見人となる人を指名しておくものです。この任意後見契約を締結する際、僕は依頼者との対話を重ね、エンディングプランの作成に時間をかけます。

「何かあればこの人に連絡をしてほしい」「最期はこのように迎えたい」「自分の葬儀はこうしてほしい」「遺骨はここに納めてほしい」といったことを、時に遺言や遺言の執行、死後事務委任契約も絡めて提案し、エンディングプランは必ず公正証書のかたちで残すのです。この共同作業を終えると、将来に不安を感じ思い悩んでいた方でも、心配事がなくなって気持ちがすっきりするためか、変な言い方ですが、まるで仏様のような穏やかな表情に変わる方もいらっしゃいます。

ケアマネジャー時代ならば、長期入院や施設入所、お亡くなりになった場合、それが契約上は終了事由となりました。しかし、今はもう少し幅広く、認知症などによって介護が必要になる以前から、お亡くなりになった方の生前の意思実現までをサポートしています。例えば、海が見下ろせる墓地に子どもたちが集っているといった、本人のイメージ通りに人生最期のシーンの幕を下ろす。大変な責任を感じるとともに、本人の意思実現に最後の最後まで関わることができることに、大きなやりがいを感じています。
※成年後見制度には大きく、任意後見契約と法定後見制度の大きく2つがあります

Think Globally, Act Locally. 
動かなければ何も始まらない

28歳で独立したときには、明日食べるにも困るくらいのどん底の生活も味わい、家族には迷惑をかけました。そんな中でも決して曲げなかったことは、認知症の方と関わる仕事をしよう、認知症になっても自分が望む暮らしを続けられる社会づくりに寄与しよう、という思いを持ち続けたことです。そのために勉強し、動き出したことが今につながっています。動かなければ何も変わらないし、動き出したからこそ、いろいろなことが見えてきました。

僕は以前教わった“Think Globally, Act Locally.”という言葉が好きです。法律や制度の改正、新たな業界のプレーヤーの登場など、業界の変化は目まぐるしいものがありますが、世界規模とまではいかなくても思考は広く持ち、活動は身近な地域から。介護関連事業者や団体だけでなく、仕事にはまったく関連のない同世代の地元の仲間たちにも、自分の仕事や認知症の人を知る機会を提供しています。

認知症の方たちが自ら望む暮らしを続けていくことができる社会づくりも、まずは自分の目の前にいる方々の幸せから。この朝霞の地で一つひとつ着実に取り組んでいきたいと思います。
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文: 高山 淳
写真: 中村泰介
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