ヘルプマン
介護保険制度の創成期を共に戦ってきたのが、札幌を拠点に活動する笠井衛二さんと伊藤孝子さんです。「ご利用者さんたちが自立するきっかけを見つけ、本当に必要なプログラムを考えることが介護の仕事の醍醐味」と伊藤さん。「介護保険を血の通ったシステムにするのは現場の役割」と笠井さん。いまだから話せるスペシャルトークをお送りします。 (※この記事は2012年以前のもので、個人の所属・仕事内容などは現在と異なる場合があります)
プロフィール紹介
笠井 衛二 さん
大学卒業後、考古学の発掘調査などのバイトを経験後、札幌市役所に就職。生活保護のケースワーカーを経て札幌市北区の介護保険課へ。介護支援専門員資格、ヘルパー2級も取得。2009年に市役所を退職し、現在は主に障害者支援の活動に携わる。

伊藤 孝子 さん
専門学校時代に看護師と保健師の資格を取得。登別で保健師として勤務し、結婚後退職。1989年より札幌市の委託事業の高齢者・障害者の訪問指導を個人で受託。1999年より第三セクターである札幌市在宅福祉サービス協会に入職。現在に至る。

「措置制度」から「自立支援」の時代へ

伊藤さんと私が知り合ったのは介護保険導入前年の1999年。それ以前はいわゆる「措置制度」の時代でした。

自治体の長が必要な「措置」を行政の責任で行う方式で、利用者側にサービスの選択権はなかったのです。
言ってみれば行政が「王様」で、認知症も痴呆症と呼ばれ、病院での拘束も珍しくなかった時代です。

それが介護保険制度の導入で「行政による押しつけ介護はやめよう」ということに変わったのです。利用者の自立支援を促す方向に流れがシフトしていき、食事、入浴、リハビリなど受けるサービスも基本的に利用者が選べるようになりました。そこで利用者一人ひとりと向き合って、介護認定の手続きをしたり、具体的なサービスのプランを一緒に考えたりするためにケアマネジャー(正式には介護支援専門員、以下ケアマネ)が登場したのです。これからはケアマネだというわけで、役所にいた僕も介護保険が始まる2年前に第一回の介護支援専門員の試験を受けて資格を取得しました。
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介護保険制度、波乱の幕開け

私はもともと看護師、保健師の資格があったので、今でいう訪問看護のような仕事を約10年やっていました。

そのうちに介護保険制度というものが始まるということを聞き、それまでの経験を活かそうと48歳にして介護支援専門員の資格を取って、現在の在宅支援を主に行う在宅福祉サービス協会に入会しました。新制度だけに実際に財源が確保できるのかや、介護認定のガイドラインへの理解不足、介護サービスを提供する側のマンパワーや待遇などいくつもの懸念材料がありましたが、現場の混乱で特に記憶に残っているのは、障がい者に対する保険の適用の問題。原則的に65歳以上になると、一律介護保険に移行することになったのですが、特に重度の障がいがある方は1ヵ月に多くの介護の時間を要しますが、1割の利用負担で利用できる限度が決まっています。介護保険が始まった当初は「こんなもんで足りるわけがないじゃないか!」というご家族の怒りを買ったのをよく覚えています。

また当時は措置制度時代と介護保険制度導入後の区別があいまいで、区の職員とともにどうしたら必要なサービスが利用できるか毎晩話し合ったものでした。結局この方は「障がい者」の制度による「上乗せサービス」が利用できることとなり、「介護保険」と「障がい者」の制度を併用できる形が取れたため、本人・家族が共倒れにならずに在宅生活を送ることができました。

「ケアマネって何?」からの船出

スタート時の現場の不安や混乱に対処するため、介護保険が始まる1年前に、札幌市北区では先駆け的にケアマネ連絡協議会という研究集団を立ち上げました。伊藤さんと出会ったのもここ。経歴を聞いてすぐインストラクターを引き受けてもらうことにしました。利用者が介護サービスを受けるには、通常、地域包括支援センターに行き、ケアマネに相談し、認定手続きの代行やケアプランの作成を依頼する必要があります。

その際、ケアマネのプランニングのスキルが、その後の利用者の自立度に少なからず影響します。協議会の研修では、ケアマネって何?という基礎からスタートし、以後は伊藤さんたちによる実践的なケアプラン指導研修に入ります。ケアマネについての教科書は出ているけど、実際何がやれるのかよくわからなかったので、みんな真剣に耳を傾けていました。

介護保険制度は2000年4月のスタートでしたが、要介護度の段階を決める認定調査が始まったのは前年の暮れ。結果が出る2月、3月になると利用者さんからの問い合わせが殺到しました。現場のケアマネはそこから全員分のプランを立てて説明に回らないといけない。特に伊藤さんは当時100件以上担当を受け持って超多忙そうでしたが、傍目にも「介護保険を軌道に乗せるぞ」という使命感のようなものを強く感じました。

ケアマネの仕事の本質について

「私たちの本当の仕事って何だろう?」とよく考えます。
私なりの答えは、利用者ご本人や家族、ヘルパーなどからの情報をつぶさに聞きいれ、利用者さんの趣味や人生観、生活状況を洞察して、この人が自立するために本当に必要なプログラムは何かを考え、ご家族ともよく相談しながらケアプランに落としていくことです。

ところが、介護保険法の改正で「運営基準減算」※という項目ができたことによって、面接時のアセスメントや担当者会議の開催、モニタリングや定期訪問の記録などを確実に実施することで、自分の仕事がすべて完了したと思い込むケアマネジャーが最近増えたように感じられます。もちろんやるべきことはやらないといけない。でもそれだけに特化するのではこの仕事をやる意味がない。この仕事の面白みは利用者さんと話し合って「入浴のサービスは必要だけど、食事は頑張れば大丈夫かもしれない」とか、自立するきっかけを見つけて、本人が望むならそれをどう実現するかを一緒に考えることだと思うのです。

※平成18年4月の介護保険法改正により、正当な理由なく、1月に1回以上利用者の居宅を訪問し、利用者に面接していない、居宅サービス計画の実施状況の把握後、その結果を記録していないなど運営基準を満たさない期間が一定期間以上の場合、事業所の介護報酬が減算されることになった。

介護は科学、説明できる能力が必要

行政の縛りが多いのは確かです。ただ、これまでの業界の歴史の中で「優しければ良い」とか「面倒を見れば良い」という感情に乗っかった介護、非科学的な介護をしてきた側にも問題はあると思う。現場側の脇が甘いからマニュアルで縛ろうという話になってしまう。

だから私はこの仕事では「必要以上の優しさはいらない」と言っています。
普通の優しさがあればいいと。

ケアの目的は自立支援であり、生活に対する利用者の意向は大切にするんだけれども、「この人に本当に必要なこと」をケアマネ側は科学的な根拠を持って話せなければいけない。本人が要らないといっても「いやあなたには必要です」と、必要だと言われても「じゃあ、こういう方法もあります」と。そんな形で本質的な提案ができれば、ケアマネの仕事はもっと活きてくると思います。

本当に深い部分で相手の心をつかんで、一緒に一歩一歩上っていく楽しみは他の職業では決して味わえないものです。

93歳の旦那様に教えられたこと

私自身、説明責任をもってプロとしてやっているつもりでも、ご利用者さんのニーズに合っていなかったと反省することがあります。その女性は90歳くらいの方でしたが、つい最近、93歳の旦那様に看取られながら亡くなられました。実はまだその方が80代の頃、認知症がひどくなられて、一度病院の療養型の施設に無理やり頼み込んで入れていただきました。ご本人はごはんがのどを通らず点滴をしていましたが、自分で勝手に針を抜いてしまわれるため、病院側が点滴中は無理に身体を拘束してしまっていました。それを見た旦那様が「こんなところは退院させる」と強引に連れて帰られました。

今のように施設が各地に整っている時代ではなかったので「えっ?ちょっと待って」と思ったのですが……。本当に、このような方が、ご高齢のご主人だけのお世話で、在宅生活を送ることができるのかと私自身不安に思い、近所の往診の先生に頼みこんで、自宅で支障がないようにサービスを調整しました。奥様は自宅に戻られてしばらくは、こちらが挨拶をしても見向きもしませんでした。ところが1ヵ月くらい経って「こんにちは」って言ったら、そばにあったグラスの水をバッと私にかけて笑っていらっしゃったんです。

そんな悪戯を楽しめるぐらい元気になったのです。
病院では本当に目もうつろだったのに、その時は目が輝いていて、あの時に「ちょっと待って」と思った自分を後悔しました。
あの時病院を出なければ、奥様は自分を取り戻すことなく人生を終えていたのかもしれないのですから。

どうしたらできるかを発想しよう

うちの協会では毎年ご利用者さんに満足度調査を実施していて、もちろん苦情もいただきますが、「ありがとう」という声、名指しで「この人にはよくやってもらった」という声もいただきます。

それを見ると福祉って本当にサービス業なんだなと思います。
ならばもう一歩踏み込んで、ご利用者さんの生活周りのニーズにもできるだけ応えたいと思うのですが、介護保険では要介護度や本人を取り巻く環境等によってサービス利用の調整が幅広く必要となり、本人の要望に沿ったサービス提供は、適切性などを考えると難しいな、と感じる場面も時にあります。

だけど何でも「これは法律でできないから」といって切ってしまうのも私は違うと思います。本人が自立し、生活を取り戻すため、あるいは人としての尊厳や生きる意味を失わないために、それが必要な行為ならば、ケアマネの業務範囲でない場合でも、なんらかの手段を講じようと努力するのがプロ。実際にうちの協会でも家事援助や外出介助などの有償ボランティアサービスを紹介するなど、ニーズに応える方法論、ネットワークは用意してあります。要はそうした社会資源※をどこまで使いこなせるかだと思います。

※社会資源:作業所、保健所、ソーシャルワーカー、ボランティアなど福祉のニーズを充足するために活用される施設や機関、個人、集団、資金、法律、知識、技能などの総称。

介護保険を血の通ったシステムに

漫画「ヘルプマン!」では主人公の1人のケアマネジャー神崎仁が、介護タクシー(病院などへ要介護者を運ぶ専門のタクシー)の運転手に「役所の許可をもらってある」と嘘をついて老人を何年かぶりの墓参りに送り出すシーンがあります。神崎は違反を監視すべく様子を伺っていた市役所の介護保険課の花岡課長(実は私がモデル)を無理矢理墓参りの場に連れ出して「罰するなら運転手じゃなく自分だけを罰してくれ」と頼むのですが、花岡課長はうれしそうな老人を目前にして、事態を見て見ぬふりをすることにします。

実際にはあれは規則違反ですし、できないことをやるというのは真面目にやっているケアマネの士気を下げる背徳的な行為です。もう時効だと思いますが、僕が役所にいた頃は、ケアマネから「これやっていいですか?」と聞かれたら問題なさそうなら「役所に確認取ったら、笠井が良いと言った」と申請書に書きなさいと言っていました。

正攻法とは言えませんが、それでクリアできる場合もありました。
原則は当然守らないといけませんが、介護保険を血の通ったシステムにするのも現場の役割ではないでしょうか。

笠井さん、伊藤さんからのメッセージ

(伊藤)福祉の仕事って喜びが倍になるんです。ご利用者さんの喜びが自分たちにも返ってきますし、色々な方の人生に関わらせていただけることで、その分、1人でいるよりも面白みが何倍にもなる。その喜びを知っているから、私はずっと、ずっと、動けなくなるまで働きたいと思っています。みなさんもそんな仕事と出会ってほしいですね。

(笠井)学生のみなさんが実習に来て希望を尋ねると社会福祉士とか生活相談員というケースが多いですね。それもいいのですが、ヘルパーやケアマネを含めた介護の現場は、高度な専門性を必要としており、その人が自分の人生を「生き切る」ことを支援するという、かけがえのない使命があります。制度改革も含めて変えるべきこともありますが、共に闘ってくれる仲間がもっと欲しいですね。
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文: 高山 淳
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