ヘルプマン
「学校や会社のように、施設も人が成長できる“場”でありたい」そう話すのは、菊地月香さんです。施設長を務める障がい者支援施設では、海外旅行でもショッピングでも、“行けるところ”ではなく“行きたいところ”へ出かけます。目的を持つことが生きる意欲を高める第一歩。めざすのは、利用していることを周りに自慢したくなる施設です。 (※この記事は2012年以前のもので、個人の所属・仕事内容などは現在と異なる場合があります)
プロフィール紹介
菊地月香(らぎか)さん(写真左)
大学の医療福祉学科卒業後、社会福祉法人に就職し、6年目に主任となる。経営にはまったく興味がなかったが、社会福祉法人の50歳以下の経営者が集うセミナーへの参加をきっかけに、自分が井の中の蛙だったことを知る。「わからないことを究めたくなる」性格から、日本社会事業大学の修士課程に進み、栃木から都内へ2年間通いながら法人経営や人材育成について学ぶ。2008年より施設長。

伊藤淳一さん(写真右)
大学ではハンドボール部に所属、インカレ出場などハンドボール一筋の生活を送った。当時、マスコミでは高齢化社会の到来を題材とする報道が盛んで、福祉にビジネスチャンスを感じ、同愛会のグループ法人へ就職。2001年より光輝舎の立ち上げに参加し、菊地施設長らと創業の苦労を共にする。現在は副施設長として、利用者の自立支援につながるさまざまな取り組みの先頭に立つ。

人がすることはなんでもする

菊地:光輝舎は22歳から86歳までの障がい者の方が利用されていて、日常生活の支援を中心に外出や旅行などの機会の提供も積極的に行っています。

例えば買物もその一つ。毎週利用者さんが2グループに分かれて、週ごとに交代で(つまり利用者は隔週で)近くのスーパーマーケットにマイクロバスで出かけて、好きな食べ物や洋服などを、各自で選んで買ってきます。みんな自分の貯金や年金などの決められた枠の中でやりくりして買物をしますが、金銭感覚が乏しい人や、お店の人とのやりとりが難しい人もいますので、個々の能力に合わせて、どうしたら本人が買物を楽しめるかを考えてアドバイスするのが私たちの役割です。
伊藤:他にも焼肉、ステーキ、回転寿司、ラーメンなどの外食や映画鑑賞、スポーツ観戦、カラオケBOX、居酒屋などいろんな外出の機会を提供しています。外食は選択制にして、「ラーメン屋さん、お寿司屋さん、居酒屋さん、どれにしますか?」という形で本人の嗜好を重視します。もちろん、最終的には本人の咀嚼能力なども考慮して決定します。利用者さんにどんどん社会に出て行っていただいて、いろいろな葛藤や決断を経験することによって、自分の好き嫌いや価値判断、自分らしさを取り戻してもらうことが企画の狙いです。

私たちが何もしなければ、その人の生活の幅はとても狭いものになってしまいますし、逆にやればやるほどその人の世界は広がります。世界が広がることでご本人の楽しみが増え、生きる意欲が高まります。
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海外旅行は「行けるところ」ではなく、
「行きたいところ」に

伊藤:隔年で海外旅行にも出かけます。これまでオーストラリア、シンガポール、グアムなどに行ってきました。実施にあたっては、まずグループの各施設から選ばれた担当者が集まり、準備を進めていきます。どの国のどのスポットに行くかは、事前に参加希望者に訪問したい場所をヒヤリングして決定します。実施半年くらい前に現地調査に出かけ、ホテルのエレベーターの位置や幅、車椅子が利用可能か、空港のトイレの場所はどこか、どんな設備があるかなどを入念にチェックします。

最近は障がい者や高齢者向けのツアーもあるようですが、そういうツアーだとどうしても行動が限定されがちで、選択の幅が狭くなってしまいます。ですからあえて手づくりで、できるだけ一般のホテルや飛行機を選んで足りない部分は自分たちで補うようにしながら、あくまで自分たちの行きたいところを目指します。
菊地:私も毎回視察に参加していますが、チェックリストに基づいて飛行機の席やトイレの設備はどうなっているか、機内食は細かく刻めるようにナイフがついているか、観光地はスロープがあるかどうかなども詳細に調べて来ます。その結果を報告書にまとめ、独自のトラベルガイドとして参加者に配布します。参加者もそれを見て注意すべきことを学ぶことができます。それからホテルはインパクト重視で決定します。日本で言えば横浜の「ヨコハマ グランド インターコンチネンタル ホテル」みたいな独特のデザインの高層のタワーホテルだったり、海の上にレストランが浮かんでいたり、エントランスにキラキラしたオブジェがあったりと、とにかく「記憶に残る場所」であることが大事。

そうするとたまたまテレビの旅番組でその場所が紹介されたりした時、参加した人は「あっ、ここ行ったことがある!」って思い出してもらえるし、参加できなかった人も「次は私も行きたい!」とワクワクすると思うからです。

「目的を持つ」ことが自立への第一歩

菊地:どうして私たちがそこまで利用者にさまざまな体験、選択の機会を提供することにこだわるのかというと、そもそも施設に来る前に病院で長期入院されていた方などは、ずっとパジャマ生活で限られた範囲でしか行動することができず、そうした閉じられら状況ではどうしても生きる上での楽しみや目標を見失いがちだからです。

買物や外食、海外旅行などの体験を通じて、利用者さんたちは成功や失敗、教訓などを獲得し、「次はこうしよう」という目標を持つことができます。そしてその目標をクリアすることが楽しみになり、そのために守るべきルールも進んで理解するようになります。また、多くの体験を自分の中に蓄積することで、雑誌やテレビを見たりした時に、似たようなメニューや似たようなホテル、似たような景色の情報が目に留まるようになります。

そして、それに反応して「行きたい」という意欲を持つようになります。さらに、そこに行くための金銭管理、海外のルール・マナーの理解、健康管理の理解、必要物品の準備など、多くの物事を知り、選択するようになることが、自立に近づく第一歩になります。

伊藤:こうした機会は私たちにとっても大切な学びの場になります。重度の知的障がいなどで自分の意思を他者に伝えることが難しい方の場合、本人の意思を確認することが難しく、本人の好き嫌いもわからないため、どう対応すべきかの判断が難しいことがあります。それが買物や旅行など利用者さんとのさまざまな体験を積むことによって、本人の表情や態度から嗜好を見出すことができ、ケアする側もその後、どうしたら本人に楽しさを提供できるかのヒントを得ることができます。

利用していることを
周りに自慢したくなる施設

菊地:私が施設長としてこだわっているのは、光輝舎を利用者やご家族が「利用していることを周りに自慢したくなるような施設」にすることです。

親って自分の子供がいい学校に入ったら周りに自慢したくなりますよね。そんなふうに施設も学校や会社と同じように、人が成長できる「場」の一つであっていいと思っています。ご家族の多くは利用者さんを施設に預ける際、申し訳なさそうに「よろしくお願いします」と帰っていかれるのですが、そうではなくて、利用者さんがここにいることを楽しみ、生き生きと過ごし、その人の人生にとってプラスとなる日々を送っているとご家族にも思っていただけるような施設でありたいと思います。

世の中の人々からは「施設に入ってあの人大変だね、かわいそうだね」じゃなくて、「いいところに入れて楽しくやってるんだね、よかったね」と言われるようになりたい。そんな施設なら、福祉そのものに対する人々の見方も変わってくると思うので、ここにはちょっとこだわっていきたいです。
伊藤:海外旅行は今後も続けていきたいと思います。ただ、利用者さんが高齢化して体力が低下したり、制度変更などで自由に使えるお金が減ったりしているので、もう少し実施単位を小さくして、個々の要望に沿った旅行も考えていきたいです。また、施設のあり方そのものも大規模な24時間型のものから、小規模で多機能なサービスに変わっていくタイミングかなと考えています。

施設を中心に発想するのではなく、利用者さんが地域の中で小グループで楽しく暮らせる施設、あるいは通いのデイサービスや訪問型などサービスの種類、量を増やして、利用者さんの選択の幅が広がっていくことが重要だと思います。

「ダメ」「やりたい」の
折り合いをつけるのがプロ

菊地:光輝舎をさまざまな経験を通じて「人が成長できる場」とするために、スタッフに求められることは、本人と社会との間に立って、その折り合いを付けることじゃないかと私は考えています。例えば買物の時、利用者さんの中には糖尿病なのに一升瓶に手を伸ばす方もいます。医療的な観点だけだと飲んではいけないのですが、私たちは本人の楽しみやその人らしく過ごすことにもこだわりたいので、無条件に止めたりはしません。ご家族にも相談し、医師や看護師とも折り合いをつけながら、毎晩コップ一杯など自分たちが責任の負える範囲で飲んでいただいています。ダメと言うのは簡単ですが、本人の「やりたい」という意思を尊重し、現実とどう折り合いをつけていくかを考え、導いていくことが介護の専門性だと思います。

伊藤:「選択の機会」を増やし、外出や旅行などを実現させるためには、私たちも利用者さんから多くを学び、多くを支援しなければなりません。業務は増え、配慮も増えますが、プロのサービス提供者としてのスキルも増えます。利用者さんの喜怒哀楽を見ることで支援の方向性が見えて来ますし、日常の支援の見直しにもつながります。結果的に利用者一人ひとりが幸せになっていただくことが、家族や地域社会のみんなが幸せになることだと私は思っているので、そこに対してプロとしてどれだけ深めていけるかにこだわりたいと思います。利用者さんとともに歩み、身に付けたものは他の利用者さんに返しますし、社会にも返していきたいです。
手づくりの椅子でバスへの移動も容易にできるようにした

菊池さん、伊藤さんからのメッセージ

伊藤:どんな重度の障がいを持つ方であっても、自分自身で楽しめる場所や食べ物、娯楽などを選択できる場を提供し、「その人らしさ」を見出すことが自立につながっていきます。そして、それは私たちのやりがいでもあります。そういう機会を新しい仲間にもどんどん提供していきたいし、「人を育てていくこと」を私自身のトッププライオリティとして取り組んでいきたいです。福祉という仕事で成長したいという方をお待ちしています。
菊地:物事を選択する時には必ず目的・理由・根拠があると思うので、それを自分で言語化することが大切だと思います。なぜ自分がこの仕事、この会社を選んだのか?自分なりの目的、理由、思いを人に伝えられることが大事です。とくに福祉の仕事は人対人の仕事なので、利用者さんと関わる時、他の職員と協力し合う時、管理者として行政や社会機関と交渉する時も、目的や理由を伝えることで物事が前に進んでいくと思います。そういうトレーニングを積んでいくことが大事ですし、福祉の世界で働く理由が見えてきたら、ぜひそれを聞かせてほしいですね。
[
文: 高山 淳
写真: 山田 彰一
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