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2017.10.20 UP

買い物を楽しみながら自然にリハビリ! 地域や介護事業者も注目の介護予防策とは?

2017年9月、島根県雲南市のとある商業施設でスタートした取り組みに、大きな注目が集まっている。次世代ショッピングカートを使用することで、高齢者が買い物を楽しみながら自然にリハビリができる「ショッピングリハビリⓇ」という事業だ。自治体や地域包括支援センターなども連携しており、要介護者のリハビリとしてはもちろん、介護予防や買い物難民の救済、地域経済の活性化にもつながるとあって、期待が高まっている。次世代ショッピングカート「楽々カート」の開発を手掛け、ショッピングリハビリの普及に力を注ぐ光プロジェクト株式会社の代表取締役・杉村卓哉さんにお話を伺った。

環境が変わることで
活動が変わる

専用のカートを使うことで、買い物を楽しみながら自然とリハビリができる。それが「ショッピングリハビリ」だ。この普及に取り組む杉村卓哉さんは作業療法士でもあり、かつて病院に勤務し高齢者のリハビリテーションを担当していた。

転機となったのが、ある前腕支持型歩行器の存在だった。90歳を過ぎた歩くこともままならない要介護3の高齢者の方が、その歩行器を使うと水を得た魚のようにすいすいと歩き出したのを見て衝撃を受けたという。

「リハビリは筋肉を向上させたり、関節可動器を使って可動域を広げることが大事ですが、それだけでなく、歩行器が一つ変わることでご利用者さんの活動量が増えることに気付いたんです。まさに『環境が変わることで活動が変わる』ということを痛感し、この歩行器の研究を始めました」

その結果分かったのが、前腕に体重をかけることで股関節の振り出しがよくなることと、脇を締めることで体幹が安定し、長い距離でも歩けるようになるということだった。

「そんなときに、スーパーマーケットで歩行器にもたれかかって買い物をしている高齢者の方を見かけたのです。その瞬間、買い物をしながらリハビリもできるショッピングカートの開発を思いつきました」

そうして誕生したのが、次世代型ショッピングカート「楽々カート」だ。

▲イタリアでプロダクトデザインを学んだデザイナーの協力で、思い描いたとおりの流線形が美しい、ショッピングカートが完成した。「福祉機器でありながら、『not福祉』という見せ方にこだわることで、進んでこれを使いたいと思えるものにしたいと考えました」

モノを売るのではなく
「コトを売る」ことにこだわる

ショッピングリハビリには欠かせない「楽々カート」。高齢者の方々にとって痒いところに手が届く、さまざまな工夫が盛り込まれている。

例えば体重をかけても転倒しないようにバンパーが長めになっており、重い荷物を載せてもバランスがとりやすくなっている。腕を置く場所の近くにカバンが入るかごを設置し、財布の出し入れが簡単にできるように設計。また、邪魔にならない場所に杖置きが付けられているので安心だ。

中でも杉村さんが「特にこだわった」というのが、高さ調整の部分。より多くの人に使ってもらうためには、その方の身長に合ったフィッティングが重要となる。そして、これがその後の事業展開に大きな影響を与えることになった。

「実は開発当初、カートを大手商業施設に販売すれば、たくさんの方に使ってもらえると考えていました。しかし、試験運用の際に『お店のスタッフだけではフィッティングがうまくできない』という声が上がったんです。また、体重を乗せて動くため、ちょっとしたスロープや段差でも危険が伴います。これでは安心して使っていただくことができません。だから、モノを売るのではなく『コトを売る』ことに注力しようと決めたのです」

作業療法士などの専門職が高さ調整やアセスメントに基づいたさまざまなサポートを行うことで、安全・安心に使えるような仕組み・環境を整えようと考えた杉村さん。結果、カートを直接商業施設に販売することはせず、どうしても欲しいという場合は近隣の介護施設と連携して導入してもらうようにしているという。

▲作業療法士としてリハビリの現場に携わってきた杉村さん。現場で得た知見やヒントが、カートの開発やビジネスモデルの構築に生かされている

リハビリだけでなく
介護予防の促進にも

現在の同社のビジネスモデルは、大きく分けて3つ。「介護事業所との連携」「商業施設との連携」、そして「自治体との連携」だ。

1つ目は、介護事業所のひとつのコンテンツとして、ショッピングリハビリのプログラムを提供するパターン。事業所にカートを購入してもらい、ショッピングリハビリを行うためのコンサルティングを行っている。その中には、近隣のどの商業施設で行うかを検討したり、実際の店舗との交渉、商業施設の下見(段差や動線の確認、安全の確保)なども含まれている。

2つ目は、商業施設との連携だ。具体的には商業施設内に場所を借りて事業所や拠点を作り、そこで体操を行った後にショッピングリハビリを行うパターンだ。商業施設側から声が掛かるケースもあれば、事業の差別化として介護事業所が進める場合もあるという。

現在同社が最も力を入れているのが、3つ目の自治体との連携だ。これは主に、買い物難民の救済など「介護予防」のための取り組みの促進が目的で進められるケースが多いという。

「現在、日本には700万人を超える買い物難民の高齢者がいるといわれています(*1)。彼らの生活支援と、運動を通じた介護予防事業をさらに進めていきたいですね」

買い物難民は社会問題として取り上げられることが多いが、救済に向けた取り組みのほとんどが、宅配サービスとなっているのが現状だ。しかし、同社が目指すのは高齢者の外出を促し、自分の目で見て、選んで買い物するという「買い物支援」だ。

「要支援・要介護になる恐れがある高齢者は高齢者人口の9%強ですが、介護予防事業への参加者は0.8%にとどまります(*2)。買い物支援を通じて、介護予防事業への参加を促進し、社会保障費の抑制ができれば、高齢者の元気だけでなく、自治体の元気や地域社会の活性化にもつながると考えています」

なお、2017年9月にスタートした島根県雲南市のモデルは、商業施設「マルシェリーズ」内に総合事業通所型介護施設「ひかりサロン雲南」を作ったもので、商業施設と自治体の両方との連携を行っている。月曜から水曜の週3日、午前と午後の2回に分けてショッピングリハビリをはじめとするリハビリテーションサービスを提供している。

*1:平成27年「買物弱者・フードデザート問題等の現状及び今後の対策のあり方に関する報告書」(経済産業省)より

*2:平成26年「介護予防事業及び介護予防・日常生活支援総合事業(地域支援事業)の実施状況に関する調査結果」(厚生労働省老健局老人保健課)より

▲商業施設2階の一角に作られた事業所は、「施設」ではなく「スタジオ」と呼ばれている。「『まだあそこに行ってないの?』と、ご利用者さんがお友達にお声掛けいただけるような場所を目指しています」(杉村さん)

買い物動作を細かく分解して
訓練プログラムに落とし込む

ショッピングリハビリには、運動機能と認知機能での効能があるという。

「運動機能面としては、歩行訓練により足腰の筋力強化が期待でき、商品をとるために棚の高いところや低いところに手を伸ばすことで、リーチ動作の訓練にもなるのです」

認知機能面では、例えば空間認知機能に低下がある場合、商品がどこにあるのか、レジの場所がどこかなど課題を出しながら支援を進めているという。また、お札ばかりではなく小銭を使って支払うよう促すことで指先の訓練も行える。

「買い物動作を細かく分解し、さまざまなカテゴリーに分けます。そして、この人はどこに課題があり、どうすればその課題を解決できるのかを訓練プログラムに反映します。買い物は目的ではなく、あくまで手段なのです」

とはいえ、ショッピングリハビリ中のご利用さんの表情は、リハビリ中とは思えないほど明るい。実際に話を聞いても「毎週の買い物が本当に楽しみ。自分の目で見て商品が選べるのが最高ね。ついつい買いすぎちゃうのよ」と笑顔で話してくれた。

▲介護等の専門スタッフが評価を行い、できない動作は介助しながら、できる動作は自ら行ってもらい、買い物を通して自立支援につながるリハビリテーションサービスを提供している

パワーリハビリと組み合わせて
効果アップにつなげる

足腰が悪くなった高齢者にとって、自分の足で買い物に行けるようになることは何よりの喜びだ。過去には、興奮しすぎたあまり心拍数が上がってしまい、発作を起こした方がいたという。

「それ以来、事前に基礎疾患を確認し、利用前には血圧を測るなど、リスク管理も徹底して行うようにしています」

また、今後の展開方法として注目しているのが、ショッピングリハビリとパワーリハビリの併用だ。

「筋力をつけながら、神経の再活性化を目指して生活リハビリを行うのがパワリハの目指すところであり、筋トレではないからこそ、パワリハの成果を日常生活にどのように生かしていくのかがひとつの課題でした。ショッピングリハビリはその点から見てもパワリハとの相性がいいと考えています。その事例として、埼玉県坂戸市の介護事業所『デイサービスセンターまちいろ』は、ショッピングリハビリとパワリハがコラボした初の介護事業所として、さまざまな検証や取り組みを行っています」

▲「デイサービスセンターまちいろ」が提供するプログラムでは、体操やパワリハで筋肉や神経を活性化した後でショッピングリハビリを行っている。買い物を通じての機能訓練であれば、楽しみながら利用してもらえるケースが多いという

商業施設でのリハビリが
当たり前となる未来を作りたい

ショッピングリハビリの普及のために、日本各地で講演を行う杉村さん。現在、北は北海道から南は九州まで、全13の事業モデルが進んでいるという。

今後の取り組みについて伺うと、大きな野望を語ってくれた。

「私は、すべての人が『病院の中ではなく、商業施設内でリハビリ』が当たり前にできる世の中を作っていきたいと思っています。そして、『一生懸命』『忍耐』といった“つらい”イメージのリハビリを、『楽しい』『エンターテインメント』といった“明るい”ものにしていきたいですね」

当面の目標は、地域の課題である買い物難民救済と身体機能向上を図りたい介護事業所や自治体にサービスを導入し、ショッピングリハビリができる拠点を47の都道府県に作ることだ。

「商業施設側にとっても、お客さんが増えるというメリットがあります。趣旨にご賛同いただければ、興味を持ってもらえるケースがほとんどなだけに、今後はその地域の課題に適した事業モデルを商業施設・自治体・介護事業の三者で連携しながら構築し、活性化につなげていきたいですね」

▲介護事業者や自治体向けに、講演やセミナーを行う杉村さん。他にはない新たな介護予防やリハビリテーションの取り組みだけあって、その地域で生活支援をしながら身体機能の向上を図りたい自治体や介護事業所から多数の講演依頼があるという

▲何らかの疾患や理由により買い物をあきらめた方が、再び買い物をしながらリハビリを行う。商業施設側にとっては増収だけでなく、地域経済の活性化が期待できるため、介護事業所や自治体と連携した新しい取り組みに多数の商業施設側が興味を示している

【文: 志村 江 写真: 桑原克典(TFK)】

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