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2016.03.29 UP
2016年3月より、全国で順次公開の映画「つむぐもの」は、介護を通して「人が最後まで自分らしく生きることとは」を問い掛ける感動の物語です。主人公・剛生は、妻に先立たれ、一人暮らしする和紙職人。ある日突然、脳腫瘍で倒れてしまいます。そこにワーキングホリデーでやって来たのが、韓国人女性のヨナでした。頑固で偏見に満ちた剛生の介護をする中、ひるまずぶつかる勝気なヨナ。言葉も文化も価値観も違う二人は反発し合いますが、彼女の常識にとらわれない介護に、やがて剛生も心を開いていきます。一方、作中では介護施設内のリアルな風景も登場し、“理想”と“現実”の間で苦しむ現場の人々の姿も描いています。剛生の訪問介護を行う新人の介護福祉士・涼香もそのひとり。型破りな介護をするヨナに複雑な思いを抱きながらも変化していきます。この難しい役を演じたのは、注目の若手女優・吉岡里帆さん。まだ介護が身近でない世代の彼女が感じた「介護現場のリアル」、そして、この映画を通じて気付いた「介護の新しい視点」とは?
撮影前に介護施設で実習を受け、
介護のイメージが変化した
▲映画「つむぐもの」のワンシーン。頑固で人を受け入れない主人公・剛生の介護を行うことになった韓国人のヨナ。言葉も文化も価値観も違う二人は、ぶつかり合いながらも絆を深めていく
(C)2016 「つむぐもの」製作委員会
「つむぐもの」が描く介護の世界については、私自身、共感できる部分が多くありました。私の母は体が弱く、昔は寝たきりの状態も多く、食事や家事などのサポートをしていた時期がありました。誰の助けも求められない一人ぼっちの気分を味わいましたし、「自分がいなくては母は生きていけないんだ」と痛感したことがありましたから。新人の介護福祉士・涼香を演じる際には、そうした経験も生かしたいと思いました。
撮影前には、よりリアルに演じるため、特別養護老人ホームで介護実習を受けました。食事の介助から入浴設備の使い方まで、施設全体の一日の流れを見せていただきましたが、やはりハードな仕事だと実感しましたね。ただ、想像していたような暗い雰囲気とは違い、介護福祉士の皆さんがすごく明るくて、声も大きく、ハキハキしていることに驚きました。
また、何から何まで全てのお世話をするのではなく、食事の片付けやお茶汲みなどの作業で、「できることはやっていきましょうね」と利用者の皆さんに声掛けをしていたことも意外でしたね。少しでもできることをやってもらう。「人の手を借りなくても自分でできる」という前向きな意識を持ってもらうための工夫だと感じました。
介護福祉士の皆さんは、自分でやってしまった方が早いことでも、あえて利用者の方々にお願いし、それによってコミュニケーションが生まれていたんです。ただ介護するのではなく、介護を受ける側の皆さんと一緒に「ひとつの共同生活をつくっているのだ」という印象が強く残っていますね。▲映画「つむぐもの」のワンシーン。新人介護福祉士の涼香は、剛生の訪問介護を行うが、心を開いてもらうことができない
(C)2016 「つむぐもの」製作委員会
理想と現実の間で苦しむ介護福祉士。
悩んでいる方々の想いにリンクしたい
私が演じた涼香は、思いのままに行動するヨナとは対照的な役柄。一見、温かみがないように見えますが、実際は“介護”を仕事としてしっかり全うし、できることをやりきりたいと思っている女性です。仕事にひたむきだからこそ、不器用で、空回りしてしまう。いま、介護業界で悩んでいる方々の想いに重ねることができればと思って演じました。
その際、できる限り現場の方々の目線を知りたいと考え、事前に介護に関わる文献を読んだり、監督がこの映画を作るにあたって影響を受けた『ヘルプマン!』という介護漫画なども読み、追体験していきました。
また、より生々しく表現するために、彼女が介護の道を選んだ理由についても、監督と話し合ってその背景を考えました。作中には出てきませんが、学生時代に自分のおばあちゃんが介護施設にいて、お見舞いにも行かず、会えないまま亡くなってしまったという裏設定があります。だから、「自分にできることがあったのに何もしなかった」という罪悪感があるんです。常識破りな介護をするヨナに対してイライラを募らせる理由もそれ。「あのとき、自分がちゃんとしていたら、もっと長く一緒に過ごせたはずなのに」という自分への怒りを重ねてしまうんです。
そんな涼香を演じた中で、最も思い入れがあるのは、病院の待合室でヨナと会話するシーン。再び倒れてしまった剛生の容体を心配する彼女に、これまで介護の現実を見てきた経験から、「もっともっとつらいことが起きる。だから、いまの時間を大事にしてほしい。もっともっと必死になるべきなんだ」と気持ちを伝えます。しかし、ヨナは、「介護は楽しい。私はやりたくてやっているんだ」と答えた。歩み寄ったのに、自分の考えを否定され、すごく切なくてやるせなかったです。一番悲しかったシーンですね。
ごく普通の暮らしができるよう、
“生活の一部を補助する”介護の視点
この役柄を通じて感じたのは、「全てを請け負い、背負ってしまうから苦しくなるのではないか」ということ。ある介護施設についての文献を読みましたが、そこでは「ごく普通の暮らし」ができる環境を作り、介護に抱きがちな暗い印象を払拭して、「楽しくて、素敵な場所」というイメージを定着させることを目指していました。設備や食事などの面だけでなく、介護を行うスタッフの皆さんが「人と人が普通に暮らせるよう、生活の一部を補助する」という考え方を持つことで、内側から変わっていくことができるんだなと。
私が母の介護をしていたときも、きちんとした食事や温かい寝床を用意するだけでは全然よくならなかったんです。お世話する側として自分を追い詰めるのをやめて、「笑ってもらおう」「笑わせたい」という気持ちを大事にした時、母は初めて、「私も元気にならないとね」と言ってくれました。お互いに明るい気持ちになるためには、まず自分の捉え方を変えることが大切なのだと実感しました。
▲映画「つむぐもの」のワンシーン。重度の要介護者に接するシーンなどもあり、介護施設内の現場の風景がリアルに描かれている
(C)2016 「つむぐもの」製作委員会
「生活の一員」となるヨナの介護。
苦しんでいた涼香の意識も変わった
涼香の場合、日々のお世話からメンタルケアまで全てを請け負う気持ちがあり、それを完璧にこなしながら、最後まで幸せに過ごすための全責任を背負わねばならないと思ってしまっていた。けれど、ヨナは剛生を旅行に連れて行き、できる限り自分で歩かせようとしていました。型にとらわれない介護生活を送る二人の姿に、涼香は、自分がまだ踏み込んでいなかった世界を見せられたのではないかと思います。
それは、介護を“俯瞰”で捉えるのではなく、自分も一緒に生活する一員として、ヨナのように主体的にアプローチしていくこと。全ての責任を負う重圧ではなく、「自分とこの人が一緒に生活していくこと」を見つめ、それがずっと続いていくという意識を持つ視点に気付いた。それによって、「してあげている」から「したい」「しよう」に変わったのではないかと思います。
介護施設での実習のときにも感じたように、生活する一員として、一緒にその一部を共有しながら、「これくらいはやってね」と気兼ねなく会話できるような関係をつくることこそが、お互いの支えになる。そうした視点を持つことから、介護の在り方そのものも変わっていくのかもしれないと感じました。
▲映画「つむぐもの」のワンシーン。型破りな介護で人々の心をつかんでしまうヨナと出会い、挫折感を味わいながらも変化していく涼香
(C)2016 「つむぐもの」製作委員会
介護の現場で働くことには、
自分が必要とされるやりがいがある
私と同年代で、将来のことを考えながらも、自分のことを無力だと思ってしまい、無気力になっている人がいるのなら、人手不足な介護の現場に少しでも関心を持ってほしいと思います。無力だと思っている人のその手が必要とされる。それがこの介護業界なのです。私の友人にも介護福祉士の道を選んだ人がいますが、「いま、自分の力が必要とされることに大きなやりがいを感じている」と、イキイキと話しています。
自分にできることを探している皆さん、どうか一歩を踏み出す勇気を持って人の暮らしを支えるこの仕事に関心を持ってください。この映画を通じて、また新しい介護の視点を持っていただけたらと思っています。
★「つむぐもの」
2016年3月19日(土)より、有楽町スバル座ほか全国順次ロードショー
監督:犬童一利 脚本:守口悠介 企画・製作統括:梅田一宏 エグゼクティブプロデューサー:吉田ときお 前田紘孝 プロデューサー:前信介
出演:石倉三郎 キム・コッピ 吉岡里帆 森永悠希 宇野祥平 内田慈 日野陽仁 「つむぐもの」製作委員会:プリンシパル 丹南ケーブルテレビ ソウルエイジ 制作プロダクション:ソウルエイジ 配給・宣伝:マジックアワー 主題歌:「月の砂漠」城 南海(ポニーキャニオン)
2016/日本/カラ—/DCP/ヨーロピアン・ヴィスタ/5.1ch/109分
(内容)
和紙をはじめとする伝統産業が盛んな福井県丹南地域と、百済時代の面影を残す韓国・扶余(プヨ)を舞台に、頑固な職人と韓国から訪れた若い娘が次第に心を通わせていく人間ドラマ。妻に先立たれてから、誰とも心を通わせずに生きる越前和紙職人の剛生は、ある日、脳腫瘍で倒れ、半身まひで介護が必要な体となってしまう。そんな剛生の元にヘルパーとしてやって来たのが、韓国からワーキングホリデーで福井に訪れたフリーターのヨナだった。頑固で偏屈な剛生と、勝ち気なヨナ。文化も言葉も異なる二人はぶつかり合うが、やがてヨナの常識にとらわれない介護により、頑なだった剛生も心を開いていく。
主人公・剛生役を演じるのは、役者人生50年ながら本作が映画初主演となる石倉三郎。ヨナ役は「息もできない」などで注目される韓国の女優、キム・コッピ。監督は「カミングアウト」「早乙女4姉妹」などを手掛けた犬童一利。
【文: 上野真理子 写真: 四宮義博】