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行政・自治体の取組

2022.09.20 UP

168名を輩出する静岡県「介護の未来ナビゲーター事業」。学校訪問やSNSを通じて若手介護職員が発信する介護の仕事の魅力とは。

高齢化が進む中、静岡県では、介護人材の確保に対応していくためにさまざまな取り組みを続けてきた。2014年よりスタートした「介護の未来ナビゲーター事業」もその一つ。介護のマイナスイメージを払拭するために、毎年、静岡県内で介護職員として活躍する若手人材を“介護の未来ナビゲーター”として委嘱。高校や大学などを訪問し、学生たちに向けて介護の仕事のやりがいや働き方などを伝える活動を続けている。本記事では、2022年7月に静岡県庁で行われた委嘱式イベントの様子と共に、この事業を手掛ける静岡県健康福祉部の介護の未来にかける思いについて紹介する。

意欲あふれる若手職員が静岡県庁に結集!次世代への架け橋としての活躍を期待

「介護の未来ナビゲーター事業」の委嘱式イベントは、2022年7月12日、静岡県庁にて開催された。委嘱式では、静岡県健康福祉部の八木敏裕部長から委嘱状の交付があったほか、代表者による宣誓では介護の仕事に対する誇りや今後の活動への熱い思いが述べられた。

八木部長からは、静岡県の介護の未来を担う若手職員に向けて、次世代への架け橋としての活躍を期待する激励の言葉が贈られた。
「この活動の目的は、若い方々に介護の仕事を正しく理解していただき、介護分野を就職先の一つとして認識してもらい、さらには就職につなげていくことにあります。仕事の魅力ややりがいはもちろんのこと、大変なことも含め、自身の言葉でしっかり伝えていただくとともに、同じ介護に携わる仲間との交流によって地域を支える意識を育み、多くの方に介護の仕事をナビゲートしていただくことを期待しています」(静岡県健康福祉部・八木部長)

▲代表者に委嘱状を交付する様子。式典の後には、介護の未来ナビゲーターとなる全員に委嘱状が手渡された

▲代表者による宣誓では「ここにいる全員が介護の仕事にやりがいと誇りを持っている。介護の仕事のさまざまな魅力を自分自身の言葉に思いを乗せて伝えていきたい」という思いが語られた

▲健康福祉部の八木部長からの激励の言葉に、参加者全員が真剣に耳を傾けていた

「自分らしく働ける楽しさも伝えていけたら」若手職員同士が楽しく交流し活動への意気込みを語った

委嘱式終了後、介護の未来ナビゲーターの今後の活動内容について学ぶ研修が実施された。最初の自己紹介タイムでは、各自が現在の仕事内容や参加経緯、この活動への意気込みなどについて語った。
「他業界で働く同級生などから『介護って、大変な仕事でしょう?』と言われがちなので、この仕事の魅力を少しでも知ってほしいと思った」「母校で介護の仕事について話す機会があり、参加した学生が介護業界に就職してくれたことがうれしかった。ナビゲーターとしてもっと魅力を広めていきたい」などの思いを語る人もいれば、「異業界から介護職に転身したが、子どもや家族と共に安心して将来設計ができる仕事だということも伝えていきたい」「私が働く施設はネイルもOKなので、自分らしく働ける楽しさも伝えていけたら」など、待遇や働き方の面でも介護業界のイメージを変えていきたいと考えている人もいた。

▲自己紹介タイムでは、各自が活動への思いと共に、趣味や好きなことなどプライベートなことも語った

自己紹介を終えた後は、事業の目標やSNSによる発信方法などを学ぶ研修が実施された。数名のグループ形式による情報交換も行われ、すでにナビゲーター経験のある人から過去の活動における取り組みなどを共有。また、ナビゲーターが持つ名刺のデザインについても全員で話し合い、多数決によって決定された。施設を超えて横のつながりを持つこの機会によって、若手職員同士が楽しく交流しながら意欲を高めていく様子がうかがえた。

▲▼研修風景。数名のグループに分かれ、活動の目的や、具体的な活動内容、SNSによる発信方法などを学んだ

ナビゲーターに聞いたこの活動への意気込み。「介護の仕事の楽しさや喜びを伝えたい」

今回の委嘱式で代表して宣誓を行ったのは、特別養護老人ホームプレーゲあしたかに勤務する植松義行さんだ。介護の未来ナビゲーターの活動歴は今年で4年目となる植松さんに今後の活動への意気込みについて伺った。
「介護の仕事にマイナスイメージを抱く人が多いと感じる中、現場で実感する楽しさをもっと知ってほしいと思うようになり、この活動に参加しました。僕が伝えていきたいのは、この仕事の楽しさですね。高齢者の方々に直接関わり、信頼関係を築いていく楽しさや自分自身が頼りにされる喜びがあり、そして、『ありがとう』という言葉が常に身近にある素晴らしい職場だと感じています。日々、自分の仕事に意義を感じられるやりがいを知ってほしいし、就職先に迷う若手世代に実際に現場を見てもらい、介護の楽しさを感じてほしいと思っています。この数年、コロナ禍の影響でナビゲーターの活動もオンラインが中心となっていますが、やはり直接会って話す方が伝わる実感があるので、訪問活動ができるようになる日が楽しみですね」(植松さん)

▲介護業界に入ってから9年目を迎える植松さんは、施設のユニットリーダーも務めている。「介護の仕事にマイナスイメージを持つ人はまだまだ多い。現場の楽しさやよいところを伝えていきたい」と力強く話す

一方、特別養護老人ホーム月のあかりに勤務する瀬崎美宥さんは今回が初参加だそう。「学生時代に保育の勉強をしていたが、就職時には介護の業界を選んだ」と話す。
「私は就職先について悩んだ時期に、保育関連の先生が福祉施設を紹介してくれたことがきっかけで、介護の道に進みました。中学生時代にデイサービスの職場体験をしたとき、とても楽しそうだと感じた経験もありましたし、実際に働いてみるとすごく楽しい。介護は人から感謝される仕事であり、自分にできなかったことができるようになる成長の喜びも味わえるんです。もちろん、理想と現実のギャップを感じることもあるので、ナビゲーターの活動では包み隠さずリアルな経験談を伝えていこうと思います。学生の皆さんに介護の仕事の楽しさを広め、これからの介護を一緒に支えていく仲間を作っていきたいです!」(瀬崎さん)

▲介護業界経験8年目の瀬崎さんは、現在、後輩を指導するプリセプターとしても活躍している。「より下の世代、これから就職する若い世代にも、介護の仕事の魅力を広めていきたい」と笑顔で語った

静岡県健康福祉部の担当者が語る「事業立ち上げの背景とこれまでの成果」

2014年8月よりスタートした「介護の未来ナビゲーター事業」は、今年で9年目を迎え、これまで168名の介護職員がナビゲーターとして活躍してきたという。この事業を手掛けている静岡県健康福祉部・長江波輝さんにこれまでの状況や課題、今後の展望について伺った。
「静岡県では年々高齢化が進み、この2022年に県全体の人口における高齢者の割合が30 %を超えました。介護職員の総数は年々増加しており、2019年時点では5万4,310人となっていますが、団塊の世代が75歳以上となる2025年には、県内で必要とされる介護職員数は約6万3,000人と推計されています。一方、静岡県における介護関係の有効求人倍率は4倍を超え、各施設における人材確保は非常に厳しい状況です。こうした背景のもと、健康福祉部では現在の就労者の定着性を高める施策に加え、新規就業の促進や介護の仕事に対する理解促進の施策に取り組んできました」(長江さん)

介護の仕事の魅力を発信するイベントの開催に加え、キャリアパス制度の導入促進などにもいち早く取り組み、さらに子どもたちや就労世代に向けて介護の仕事を知ってもらう活動などにも取り組んできたという。

▲静岡県健康福祉部の長江さんは「介護業界の人材不足をあらためて数字で見て、危機的状況にあることを実感した。同じ若手世代としてナビゲーターと共に多くを学びながら、その活動を支え、介護業界の未来を支えていきたい」と話す

「しかし、新規就労に向かう大学生等に対する働きかけはしていなかったため、介護の未来ナビゲーター事業を立ち上げ、啓発活動を行うことにしました。少し先の将来をイメージできるロールモデルとなるような若手介護職員にPRしてもらい、福祉関係以外の大学や高校にも働きかけていこう、と。毎年、30名前後の介護職員がナビゲーターとして活動していますが、これまでに『就職先として介護分野を考えていなかった男子学生が、就職ガイダンスでナビゲーターと話したことがきっかけとなり、静岡県東部地域の社会福祉法人に就職した』という事例などもあり、少しずつ成果につながっていることを実感しています」(長江さん)

また、ナビゲーター同士が施設や地域を超えて交流できる機会にもなっており、継続を望むナビゲーターも多いという。
「毎年度末に継続参加するかどうかを確認していますが、『活動を続けたい』という方も多いですね。『学校訪問や就職イベントで自分の仕事について話すことで、あらためて介護の仕事に誇りを持てるようになった』という声もありましたし、活動の中で横のつながりが生まれ、有志で食事に出かけることもあるようです。」(長江さん)

介護業界は、施設や地域をまたいで交流する機会が非常に少ないため、「若手職員同士がお互いにアドバイスし合ってスキルを磨き、モチベーションを高め合う場としても役立ててもらいたい」という期待もあるという。
「昨今はコロナ禍の影響で人と人がつながる機会も少なくなり、『同じ施設でも勤務するフロアが違うため顔を合わせたことがない』というケースもあると聞きます。そうした点を踏まえ、すでに現場で活躍している若手世代も支えていきたいと思いますし、この活動を通じてより意欲を高め、リーダークラスとしてさらなる活躍をしていただければ、介護業界全体をよりよいものとしていけるのではないかと考えています」(長江さん)

目標は「介護職が当たり前の職業選択肢となる未来」。現場の楽しさも大変さも伝え理解を深めていく

長江さんは2022年度に現職となったが、「より多くの人が介護の仕事の魅力を知る機会を作ることが必要だと実感した」と話す。

「私はこの部署に来るまでは介護分野の知識がまったくなく、正直、介護業界に対してもあまりよいイメージを持っていませんでした。しかし、この事業に携わったことでその考えは180度変わりました。世間のイメージとは大きく違い、現場でイキイキと活躍するナビゲーターの皆さんは、介護の仕事を心から楽しみ、誇りを持って働いていた。キラキラとしたその姿を多くの人に知ってほしいと感じましたし、そのためには、もっと知ってもらうための機会を作っていかなくてはならないと思いました。就労後にギャップが発生しないよう、ナビゲーターの皆さんには楽しいことだけでなく、大変なことも含めて伝えてもらう方針です。よい面ばかりを誇張するのではなく、リアルな言葉の方が伝わりやすいものですし、実態を理解してもらった上で、就職の選択肢の一つとしてもらえれば、と考えています」(長江さん)

最後に、静岡県健康福祉部としての今後の目標について伺った。

「介護の仕事は、魅力ある職業だと思いますが、世間のマイナスイメージが先立っていることで、なかなかそれが伝わりません。まずは介護業界のマイナスイメージを払拭することが大切だと考えています。私たちは今後も若手介護職員の皆さんの力を借りながら地道に活動を続け、『介護の仕事が若者にとって当たり前の職業選択肢となる未来』を作っていくことを目指します」(長江さん)

静岡県の担当者から現場の介護職員まで、それぞれに熱い思いを持つ人々が団結し、人と人をつないでゆく。地道な活動を続けるその先にこそ、「介護業界が変化する未来」が待っているのかもしれない。

【文: 上野真理子 写真: 刑部友康】

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