行政・自治体の取組
2023.06.14 UP
少子高齢化や人口減少が進む日本、各地域において人材確保や定着が喫緊の課題となっている。その中でも高知県は、人口減少が全国に約15年先行しており、高齢化率は全国第2位。令和27年には高齢化率が42.7 %(*1)とも予想されている。そして令和3年度の介護業界の求人倍率は2.3倍(*2)、中山間地域が多いことから、地域偏在が深刻で人材確保の厳しさは増している状況。一方で、高知県における介護業界の離職率は、17.0%(平成24年度)から8.6%(*3)(令和3年度)と大きく改善。その改善理由の一つとして挙げられるノーリフティングケア(https://kochi-no-liftingcare.jp/)の取り組みについて、高知県長寿社会課 福祉・介護人材対策室 岡林明子さん、若江あゆみさんに、詳しいお話を伺った。
(*1)内閣府 第1節 高齢化の状況(4)4 地域別に見た高齢化https://www8.cao.go.jp/kourei/whitepaper/w-2022/html/zenbun/s1_1_4.html
(*2)高知労働局 職業安定部 求人・求職・就職バランスシート 介護サービスの職業
https://jsite.mhlw.go.jp/kochi-roudoukyoku/content/contents/001023785.pdf
(*3)公益財団法人 介護労働安定センター 高知県支部
平成24年度 介護労働実態調査結果
http://www.kaigo-center.or.jp/report/pdf/h24_chousa_kekka.pdf
令和3年度 介護労働実態調査結果
http://www.kaigo-center.or.jp/shibu/kouchi/3140116f7f38014801de649b76ad4f6d00f4fcc7.pdf
目次
・「ノーリフティングケア」に取り組まれたきっかけ、理由とは
・「ノーリフティングケア」を周知するための具体的な取り組みとは
・「ノーリフティングケア」の取り組みによる効果とは
「離職率の低下」「職員の負担減少」「働き方やケアのあり方に対する職員の意識が変わった」ノーリフティングケアに県として取り組む理由
――高知県で「ノーリフティングケア」に取り組まれたきっかけ、理由を教えてください。
平成26年度当時、全国に先行して人口減少や高齢化が進む中で、介護ニーズは全体的に増大することが予想されていました。そこで、県としても安定的な人材の確保や定着につながる体制づくりが必須だろうと取り組みが始まりました。
その中でも、特に定着に取り組んだ理由としては、介護労働実態調査等において、介護職員の労働条件の悩みや不安・不満の中で、「身体的負担の大きさ」が上位に挙がっていたことからです。新たな人材の確保に力を注ぐ一方で辞めていってしまっては意味がないということで、今、介護の現場で働かれている方に長く働いていただこうと定着にも重点を置くことにしました。介護業界特有の特性や課題に起因するものは、早急に対応していかなければ業界自体から人がどんどん抜けていってしまう可能性があることから、定着・離職防止に取り組もうと考えました。
そこで、安定して長く働き続けられる職場環境作りを進めるために、体の負担、例えば腰痛による休職や離職をなくすことに取り組むことにしました。
ノーリフティングケアが選ばれた経緯としては、腰痛予防対策指針の改定といった国の動きもあり、腰痛を引き起こす要因となる継続的な中腰姿勢や力任せのケアが当たり前に、日常的に行われている状況を変えるべく、介護する側、される側双方の健康と安全を守るノーリフティングケアを高知県のスタンダードなケアにという狙いから始まりました。
▲ノーリフティングケアを推進するために制作されたサイト「高知家まるごとノーリフティング」(https://kochi-no-liftingcare.jp/)
――自治体の方がケアのあり方を目指すというのは珍しいように思うのですが、「ノーリフティングケア」を本格的に始めるまでの経緯を教えてください!
ノーリフティングケアを通じて業界の意識と働き方を変える取組を推進し、「介護=腰痛を引き起こす重労働」という現状の解消とイメージの払拭を図ることで、魅力ある介護職場の実現と新たな人材の参入につなげたいと考えたためです。
平成26年度に、福祉機器導入を支援する補助金を創設しましたが、腰痛による労災や離職という明確な課題があったにもかかわらず、当初は補助の活用が少なく、その理由を探るために事業所にヒアリングを行いました。そこで、福祉機器を活用した介護を行うことに対して、職員の抵抗感がまだ強くあったこと、つまりは導入の意義や目的を管理者や職員に理解していただく必要があるという課題がわかりました。
また、福祉機器を正しく効果的に活用するためには、知識や技術の習得が必要不可欠となるのですが、それらを学べる研修の場が少ないこと、せっかく福祉機器を導入しても既に組まれている業務スケジュールやケアプラン等に合わないなどで、活用されていないこと。加えて、現場の職員に余裕がなく、新しいことを実践して定着させる仕組みや体制作りができないというような課題も見えてきました。
このような課題がある中で、県としても業界全体に広げていくためにサポートする必要がある、ハード面だけではなくソフト面の対応も必須だと仮説を立て、モデル施設を創出しようと考えました。日本ノーリフティング協会高知支部の方とタッグを組みながら、そのような取り組みを進めていこうと調整をしていきました。
――その後どのように取り組みを広げていったのでしょうか。
要約すると、管理者やリーダー向け研修の実施→ガイドブックの作成による周知→地域セミナーやフォーラム開催による認知度向上→指導者研修や手引書の作成によるノーリフティングケアの取り組み強化→優良事例表彰制度による横展開→CMやチラシによる県民向け広報の強化という流れで進めています。
取り組みの具体的な流れとしては、平成28年度に高知県ノーリフティングケア宣言を発出。
平成29年度にはノーリフティングケア宣言ガイドブックの作成・配布を行い、皆さんに知っていただくことを始めました。
▲ノーリフティングケア宣言ガイドブック(https://kochi-no-liftingcare.jp/wp-content/themes/noliftingcare/asset/img/kochi-model/guide.pdf)
平成30年度には、第1回目のノーリフティングフォーラムを開催。福祉の事業者だけではなく、医療現場の方にも知っていただこうということで、幅広いターゲットに対して情報発信をしていくということで開催しました。
令和元年度からは、実践できる事業所を増やすために、人材育成の強化を図っています。その一環として、施設内でノーリフティングケアの指導者となることができる「ノーリフティングマイスター」や「技術教育リーダー」の養成を始めました。組織的なノーリフティングケアの実践を推進できるマイスターが在籍する施設については、“ノーリフティング実践施設”として登録できるような設計にしています。
そのほか、この年には第2回のリフティングフォーラムを開催しており、リフティングケア宣言のポスターを、新しく作成しました。
▲高知県のホームページでは、ノーリフティングケアの実践施設が閲覧できるようになっている。
令和2年度には、それまでのガイドブックなどを施設内の教材としても活用いただくため、ノーリフティングの手引書の作成等を行うほか、「高知家まるごとノーリフティング」サイトの開設も行い、さらなる情報発信に力を入れて展開しました。またノーリフティングフォーラムと連動させて、県内の先進的な取り組みを表彰する「優良事例表彰」を行い、事例を横展開できる仕組みもつくりました。
▲優良事例表彰の様子。優良事例も高知県のホームページから閲覧できる(https://kochi-no-liftingcare.jp/spread/)
――この2014年度から2020年度の間に、ノーリフティングケアへ取り組む事業所数はどのように推移していますか。特に効果的だった取り組みも教えてください!
年々実践事業所数は増えているのですが、補助実績から見ると、特に取り組む事業所が増えたのは、平成28年度に福祉用具も補助の対象にした時です。スライディングボードやグローブ、シートなどの福祉用具の導入を機に、ノーリフティングケアに欠かせない高さ調整つきベッドや肩肘付き車いすの導入も一気に進んだ、というところがあります。福祉用具は安価であり取り組みやすいので、福祉用具についても補助対象にしたことが相乗効果になって普及が進んだのではないかと思っています。令和4年度に調査をしたところ、高知県内の37.7パーセントの事業所に普及が進んだというデータが出ています。
ただ課題も見えてきています。大きい事業所は、積極的に取り組みやすい一方で、小規模事業者や居宅介護事業者についてはまだまだ普及がこれからというところで、今特に力を入れています。
小規模の事業所に普及が進まない理由として、「ノーリフティングケア=機械」というイメージがあり、導入コストや労力がかかると思われていること、ノーリフティングケアに関する研修には忙しくて参加できないということが挙げられます。高知県の場合は組織的な取り組みをもってノーリフティングケアの導入を進めることを推進しているので、職員数が少ない場合、管理者の方が大変忙しく、ご出席いただくことが難しいということはあるかもしれません。
――ノーリフティングケアの取り組みを進めるにあたり、管理者の方やマネジメントの協力が重要ということでしょうか。
ノーリフティングケアの推進は、必ずしもその機械や機器を使ってケアをすることだけではなく、例えば腰痛予防や業務効率化のために「こういうところを変えていこう」という改善ポイントもみんなで話し合いながら、どんどんブラッシュアップしていくことも重要と考えています。取り組みを進めるにあたり、一人一人の職員に意識して参加していただく必要性やノーリフティングケアを継続して取り組んでいただくことを考えても、組織的に取り組むことが必要だと思います。
――最近の取り組みについても教えてください。
◎令和3年度:業務改善アドバイザーの派遣・小中校への福祉介護授業
令和3年度からは、ノーリフティングケアの体制を整備する業務改善アドバイザーの派遣を開始しました。この業務改善アドバイザーは、ノーリフティングケアだけでなく、生産性向上や業務改善を推進する役割も担っています。そのほかには、小中学校高校を訪問し福祉介護の仕事を周知する事業の中で、ノーリフティングケアが高知県内で広がっていることをPRするため、学生向けのPR動画作成もしています。内容としては、若手の方に出演いただいているほか、リフトを使用する様子も観ていただけるものにしています。
このように令和3年度からは、現場の方だけではなく、一般の方、特にこれから職業選択をされていかれるような若い方向けにも、高知県がノーリフティングケアを推進していることを周知する取り組みも開始しています。
――そのほかに、業界外への発信についても教えてください!
◎令和4年度:普及教育・テレビコマーシャルなどの発信
高知県だけでなく、高知県内の各関係団体でも普及教育に取り組んでいただいています。例えば、高知県福祉人材センターでは、学校への福祉普及教育の中で、リフティングの機械を実演で説明することも始めています。
また、全国に先駆けて高知県がノーリフティングケアを推進していることが県民の方々にあまり知られていないため、県民に向けた広報を令和4年度から強化して取り組んでいます。2022年の末には、テレビコマーシャルによる発信や新聞への折り込みチラシ、チラシを作成してコンビニなどで配布するほか、SNS広告やフリーペーパーを使っての広報活動を進めてきました。これらの広報活動では、ノーリフティングケアに加えて、職員の育成や定着、利用者の満足度向上につながる取り組みを積極的に行っている事業所を応援する高知県福祉・介護事業所認証評価制度の取り組みと合わせ技で、周知していこうと進めています。
――これまでのノーリフティングケアの取り組みによる効果を教えてください。
取り組みを始めた事業所からは、離職率が下がった・職員の負担が減った・働き方やケアのあり方に対する職員の意識が変わったという回答がありました。また、2人で行っていた介助が1人できるようになり、もう1人の職員がほかの利用者に目を向けることができるため、ヒヤリハットが減ったというような回答もありました。
――今後検討されている取り組みをお教えください!
より多くの事業所にノーリフティングケアを広げていくことです。
高知県の場合、ノーリフティングケアを施設の規模や利用者の重症度や種別に関わらず、全ての事業者において必要な取り組みということで位置づけをしています。日本ノーリフト協会高知支部の事務局に事業を委託しており、タッグを組んだ取り組みを進めていけるというメリットがありますので、さらに広がるような取り組みを引き続き進めていきたいと思っています。
――若江様、岡林様、ご紹介いただきありがとうございました。
【文: HELPMAN JAPAN 写真: 高知県】