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介護業界人事部から

2014.12.18 UP

就職サイトで1,000人を集める介護業者、セーフセクションとは?

就職サイトで1,000人を集める介護業者、セーフセクションとは?/株式会社セーフセクション

■「高齢者の生活を演出する」を事業目的に掲げる、28歳の若き経営者

新大阪駅から電車で30分、東大阪市にある昔ながらの街並みの中に突如現れるモダンな建物。株式会社セーフセクションが運営するサービス付き高齢者向け住宅「musubiまちの家」だ。

1階には、大きなガラス窓からさんさんと光が降り注ぐ、広い食堂。天井まで吹き抜けとなっていて開放感にあふれる。伺ったのは、お昼どき。隣接するオープンキッチンから漂う出汁のいい香りにつられて入居者の方々が集まってきた。中央には、天井まで届きそうなぐらいの大きな木が。その木の周りに集うように、皆が談笑し、食事を楽しんでいる。▲広々とした食堂の真ん中にすっくと立つ木

2階にある個室は、全て違う間取り。木目が生かされた落ち着いた空間だ。建築やデザインの月刊誌『CasaBRUTUS』で取り上げられた若手建築家がプランニングしたという。建物内にあるクリニックも、アンティーク家具に間接照明というおしゃれな空間が特徴。24時間体制の看護を行い、地域の外来も受け入れる。
建物の向かいには、これも同社が運営する「musubiのカフェ」が。近くに住む人々が食事を楽しむ横で、入居者がその家族と談笑している。ウッディでナチュラルな内観は、青山にあっても人気を集めそうなほどおしゃれで居心地がいい。

今までの介護施設のイメージとはまったく異なるこれらの施設を運営するセーフセクションは、設立6年目の介護ベンチャー。代表取締役の安部諒一さんは28歳という若さだ。同社の事業目標は、「高齢者の生活を演出する」。介護・医療体制の充実は当たり前、高齢者の「衣・食・住」の充実にもこだわり、「老人ホームをもっと開放的で親しみやすい存在にしたい」と語る。

そんな同社には、新卒就職サイトで毎年1,000人以上ものエントリーが集まるという。介護業界自体が不人気業界といわれる中で、極めて異例の数字だ。そういえば、食事をサポートしていたスタッフも、カフェで働くスタッフも、皆20代の若者だった。なぜ、この会社には、これだけ多くの若者が集まるのだろうか?▲入居者と地元住民が集う「musubiのカフェ」

■新卒は「子ども」が生まれた感覚。受け入れると決めたら「親」である企業も成長する

同社の事業開始は、2010年9月。初めての新卒入社者が入ったのは、その2年後の2012年4月。すなわち、事業開始直後には、新卒採用の準備を始めていたことになる。組織が固まる前にすでに新卒採用に動き始めたのはどういう理由からなのだろうか? 安部さんに聞いた。▲株式会社セーフセクション代表取締役の安部諒一さん

「福祉学部出身の学生が、卒業後、介護福祉業界に進まないという事実を知り、危機感を抱きました。『介護、福祉を学びたい』と情熱を持って大学に進んだのに、実習等で介護の現場を目の当たりにして、『この環境で働くのは、私には無理だ』とやる気を失ってしまう。モチベーチョンが高い学生が行きたいと思える会社がないならば、私自身が今までにない介護施設を作り、新たな価値を創造することで、介護業者として選ばれる会社に成長したいと考えたのです。そして、新卒入社者は企業にとって『子ども』が生まれたような感覚です。新卒を受け入れるためには、生まれたばかりの子どもをしっかり育て上げられる強固な体制と強い責任感が必要になります。会社として成長するためには絶対に新卒採用は必要であると考えました」

しかし、新卒を受け入れる前の設立1~2年目の経営状況は、「それはひどい状態だった」という。施設の立ち上げ時期は、人手がいくらあっても足りないほどだが、採用してもその半数以上がすぐに辞めてしまう。

「施設の運営マニュアル自体がなく、システムも、人事制度も、とにかくあらゆるものが整っていない。中途入社者からすれば、『え? これもないの?』と突っ込みどころばかりだったと思います。走りながら小さな改善を繰り返しましたが、負のスパイラルは止められず、特に2年目は離職の嵐でした。そんな状況下で、新卒採用の準備を進めていたことに対しても、風当たりが強かったですね。実際、経営数字的に見れば、パートを増やして常勤比率を下げた方が利益は出せます。でも、私はただ数字を追いかけるだけの経営をしたかったわけではありません。新卒社員が必ず会社を育ててくれる、そう信じていました」

実際、2012年4月に5人の新卒社員が入社し、同社はがらりと変わった。新卒という真っさらの社員を受け入れるにあたり、社内の体制が一気に整ったという。

「新卒社員が入社すると同時に、あらゆる体制を見直し、整備しました。例えば、スタッフをチームに分けて管理し、一人ひとりが入居者様の担当を持って計画を立てる。事前にアジェンダを共有した上で月1回は必ずチームミーティングを行い、議事録をとり、皆で共有する。社員には定期的にビジネススキルテストを実施し、ブラッシュアップを行う…など。組織としては極めて当たり前のことばかりなのですが、実は介護業界ではほとんど行われていないのです。新卒社員に、ビジネスパーソンとして当たり前の環境で成長してもらうためにも、『組織として整えるべき部分はきちんと』を徹底しました。既存のスタッフは慣れるまで大変だったと思いますが、新卒社員はやることが当たり前だと思っているからどれもしっかりこなす。それが周りにも影響を与える…という好循環を生みました。新卒社員5人が、今のセーフセクションの地固めをしてくれたのだと思っています。現在、スタッフは全員、社内SNS『トークノート』で全ての情報共有を行っていますが、コミュニケーションを円滑にして業務クオリティを上げるだけでなく、スタッフのITリテラシーを高めたいという目的もあります」

中途社員は、恋人のようなもの。双方の想いや条件が合えばマッチングは成功する。しかし、新卒は生まれたての子どもであり、知識もないし右も左もわからない。そんな子供たちを正しく成長に導く過程で、親も学び、成長する。新卒という子どもたちができたことで、この会社が成長した――そう安部さんは振り返る。▲同社で活躍する新卒入社の社員たち。左から2年目、安部さんを挟み2年目、1年目

■一次面接は全員社長が担当。学生一人ひとりの強みを理解することに専念

就職サイトで1,000人を超えるエントリーを集めるには、採用時の工夫も重要になる。

同社がこだわっているのは、「設立の想い(事業目的)」と「会社のビジョン」を伝えること。就職サイトの求人広告でも、ホームページでも、会社説明会の場でも、この2点に重きを置いて説明している。

安部さんが特に熱を込めて伝えているのは、「高齢者の生活を演出する」「地域とのmusubi、社会とのmusubiを考える」という事業目的だ。

――会社設立にあたり、介護施設で無償で働かせてもらったところ、さまざまな課題にぶつかった。冷たく味気ない食事、ベルトコンベア式の入浴、閉鎖された部屋…。
高齢者の方に、「ここで生活するのは心地いいな」と思ってもらうには、医療・介護体制は当然ながら、衣食住の空間こそが大切だと考えている。特に力を入れているのが、食事。オープンキッチンから漂う香り、聞こえる音。食べる前からワクワクできて、温かく滋味あふれる食事が自由に楽しめる。

食事など、身の回りのお手伝いをするスタッフを「ヘルパー」とは呼ばない。「やってあげている感」が強いから。われわれは高齢者の生活を演出する立場だから、皆さんを後押しする「アシスタント」。名は体を表すというように、使う言葉一つひとつにも徹底的にこだわる。

「老人ホーム」というと、閉鎖的なイメージがあり、身近にないから不気味な印象もある。だからこそ建物はガラス張り、カフェまで作って徹底的に開放し、地域に溶け込む。地域の人々が自然に足を運び、交流できるような「musubi」の空間にしたい――。

「一般的には、会社説明会では自社の特徴ばかりを語る企業が多いですよね。でも、学生が興味を持つのは、想いとビジョンであり、ここにワクワクできるかどうかが重要なのです。なぜなら、この会社は自分の想いに合うかどうか、理想のキャリアが実現できそうかどうかを知りたいのですから」▲オープンキッチンから調理の音が聞こえ、おいしそうな匂いが立ち込める

採用選考のフローにもこだわりがある。会社説明会、書類選考を経て行う一次面接は、社長である安部さんが担当する。その場で、学生一人ひとりがどんな強みを持っているのか、セーフセクションを目指す理由は何か、をじっくりヒアリングするという。一次面接の段階で経営者の視点で「ビジョンを共有できる仲間になってくれそうな人材かどうか」を判断するためだ。

「この子は他の大手よりもうちに来た方がいいな、うちのこの部署で働けば幸せになるのではないか…と思えた学生に二次選考に進んでもらっています。それを判断するには、その人を知らなければならないから、学校のこと、専攻分野のこと、趣味のこと、これからのビジョン、夢や目標などさまざまな方向から質問し、興味を持ったポイントは深掘りしていきます。面接後に『こんなに自分のことを理解してもらえた面接は初めて』と言ってもらうことが多いんですよ」

一次面接通過者には、同社の想いとビジョンを込めたコンセプトブックを配布し、さらに理解を深めてもらう。「musubi」の日常を切り取った写真がちりばめられた、まるで写真集のような本だ。

その後、二次面接と現場見学、三次選考のグループディスカッション、2時間の最終面接を経て、内定者が決まるが、内定者のフォローも実に手厚い。1年目の新入社員にフォローを全面的に任せ、内定後は1カ月に1回は内定者研修を開催。研修のプランニングも、全て1年目が担当。内定者キャンプで共にアクティビティを楽しみ、社員と一体感を持ってもらったり、ワークショップで夏祭りのプランを立て、実際に内定者を中心に夏祭りを運営してリアルに仕事をイメージしてもらうなど、さまざまな工夫を凝らしている。そうしたプロセスを経て、次年度の新卒向け会社説明会は、内定者が中心になって運営している。

「入社前から、入社後の自分の居場所や活躍イメージがわき、すでに会社の一員になっている感覚を味わっているためか、内定辞退はほとんどありませんね。入社後も、ギャップを感じることがないので、離職率の低下にもつながっています」▲コンセプトブックの1ページ。まるで写真集のよう新卒向け会社説明会は、入社1年目の新人社員が中心になり、内定者も巻き込んで企画・運営する

■介護業界歴20年のベテランも、セーフセクションの門を叩く

設立して5年が経ち、業界内においてもセーフセクションの評判が広がっている。学生だけでなく、介護業界経験者の注目度も高い。
施設長の高岡秀明さんは、2014年2月にセーフセクションに転職してきた。前職は特別養護老人ホームの施設長という、介護業界歴20年のベテラン。なぜ、この会社に転職を志したのだろうか?▲「musubiまちの家」施設長の高岡秀明さん

「新しいことをやりたいと思っても、すぐに着手できないことにずっと違和感を覚えていました。例えば、介護用品のネット販売の認可を取るのに申請から5年もかかりました。現場にいるスタッフが、一番高齢者のニーズを把握しているのに、現場が率先して動けない。一般企業では極めて当たり前のことができないことに、ストレスを感じていたんです」

そんなとき、ひょんなことからセーフセクションと出会う。東北のある介護用品メーカーの担当者が施設を訪ねて来てくれた際、「せっかく大阪に来たので、ぜひもう1カ所、行きたい施設があるんです」と言う。何の気なしに同行してみたところ、それが「musubi」だった。

まず、雰囲気に驚いた。明るく開放的な施設、地域とのつながりの工夫、入居者と若いスタッフのイキイキした笑顔。そして、「入居者のためになる」と思ったことは、社歴や職位に関係なくどんどん意見を言い、すぐに実践していく。「スピード感がまったく違う! これが社会福祉法人と株式会社の違いか」と実感したという。社会人になって以来、社会福祉法人しか知らない自分。一般企業の「当たり前」のやり方が知りたいと思い、門を叩いたという。

現在は、施設長として「musubi」全体の運営を取りまとめながら、人材育成に注力している。もともと新卒入社者をはじめ若手社員が多いが、今年に入ってクリニックが新設されたことで、看護スタッフ中心に新人社員がさらに増えた。とはいえ若手、ベテラン関係なく、皆で一緒に成長しようとするこの会社の雰囲気が好きだという。

「設立してまだ6年目、未成熟な部分はまだまだありますが、皆で同じ想いを持って目標に向かって突き進んでいける感覚がうれしいですね。トップである安部社長は、絶対にNOと言わない人。アイデアをどんどんぶつけることができるし、新しいことにチャレンジしながら自分を高めることもできる。これからもこの場所で、『高齢者のため』を追求し続けたいですね」

■地域に根差して事業を広げ、地域ぐるみで高齢者の生活を支えたい

介護業界内でのプレゼンスを着実に高め続けているセーフセクションだが、これ以上エリアを広げていく予定はまったくないという。東大阪市という今いる地域で、地域との接点を増やし、さらなる地域密着を目指している。

「まずは、在宅医療サービスの拡充が課題です。『musubi』の周辺地域は、在宅医療が弱い地域。医師の複数名体制を実現し、医療・看護体制を強化して、施設内だけでなく地域の医療レベルを向上させていきたい。在宅でも看取りができる体制を地域全体で確立していきたいと考えています。これが『musubiの街』構想です。医療の基盤を強固にすれば、何より入居者様もご家族様も、働くスタッフも安心できるし心強い。当社の事業展開においても、今、この段階で医療に注力するのは必要不可欠なことだと捉えています」▲「musubiのクリニック」の平尾悠介院長。安部社長がよく足を運んでいた雑貨店の常連客だったことから、この縁が生まれた

もう一歩先のビジョンには、さらに夢が詰まっている。要介護者の旅行を支える「musubiのリゾート」、高齢者の健康を支え、リハビリテーションを担う「musubiのジム」、地域の方々と一緒に身体に優しい農作物を栽培したり、加工食品を作って販売する「musubiの農園」、デザインも機能も優れたオリジナルの介護用品を提供するメーカー機能「musubiの工房」などなど。

地域内で、高齢者の生活を支えるさまざまな事業を展開することで、介護保険に頼らず事業展開できる体制が整う上、「musubi」のブランド価値向上にもつながる。

「“超高齢社会”は今後さらに進行します。介護や医療はもちろん重要ですが、それだけではなく、地域の人を巻き込んで地域ぐるみで高齢者の生活を支えていくことが大切。『musubi』がそのモデルケースになって、業界全体にいい影響を与えたいと思っています」▲セーフセクションが目指す事業構想。リゾートやジム、農園など多岐にわたる

最近では、業界の風雲児としてメディアで取り上げられる機会も増えている安部さん。これまで安部さんに対して持っていたイメージは、大学卒業後すぐに介護業界で起業して、順風満帆でやってきたベンチャー企業の若手社長というものだったが、決してそうではなかった。今回の取材を通して安部さんの本当の魅力、すごさがわかった気がした。

世の中に最初からうまくいく人なんかいない。成功している経営者は皆、さまざまな壁にぶち当たりながらそれを必死に乗り越えてきている。その壁を乗り越えるための原動力が「何としても実現したいビジョン」と「熱い想い」。安部さんがそれを持っていたからこそ、共感し一緒に実現したいと思う若者が集まり、ビジョンを実現するために一人ひとりが主体的に動き出す。結果、組織は進化し続け、もちろん人も定着、戦力化する。その当たり前の原理原則を再確認することができた。

【文: 伊藤理子 写真: 掛川雅也】

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