ヘルプマン
福島県飯舘村。豊かな自然に恵まれた美しい村は、3.11の原発事故を境に「計画的避難区域」に指定され、「全村避難」の村になりました(現在は居住制限区域)。しかし、ほとんどの村民が避難した現在も、村で変わらず暮らしを続ける老人ホームの利用者と、村外から通いながら利用者を支える職員たちがいます。震災前と変わらない当たり前の毎日が続くよう、ケアの質にこだわり続ける介護のプロたちの姿がそこにありました。
プロフィール紹介
(右から)
佐藤恵さん/2014年4月で入職5年目。認知症の方が多い中、感謝の手紙をもらうなど、心を通わせることができた瞬間がうれしい。直近の目標はケアマネジャーの資格を取ること。
佐藤祐子さん/南相馬市原町区から結婚を機に飯舘村へ。義母の介護をするヘルパーさんを見て、お年寄りと触れ合う仕事に憧れる。2013年、勤続10周年の表彰を受けた。
高野智子さん/入職10年目。子どものころは大家族で、ひいひいばあちゃんと暮らしたことも。現在は祖母を含む7人家族で福島市に暮らし、車で通勤している。

地震のせいで、
この仕事をあきらめるのは嫌だ

……東日本大震災そして東京電力福島第1原子力発電所の事故により、飯舘村はそれ以前と状況が一変しました。当時、ホームはどんな状況だったのでしょう?

「震災の日、その時間もホームで仕事をしていました。利用者さんをお風呂に入れて、上がって、コタツでゆっくり休んでもらっていたところでグラグラッと来ました。ホームは停電し、水道も出ない、情報もない中で、『いったいこれからどうなるの?』という不安が消えませんでした。直感的に『地震のせいで、この仕事ができなくなるのは嫌だ』と思ったのを覚えています。ほどなくして夫と連絡が取れ、『子どもを連れて避難するぞ』と言われたのですが、『それでも私はここで介護の仕事を続けたい』と心の片隅で考えていました」(佐藤祐子さん)
「ガソリンなどの燃料が十分に手に入るようになるまでは、ホームのマイクロバス3台で各職員の家を巡回して通勤手段を確保しました。病院も薬局も避難する中で、診察は山を越えて福島市の病院に通うしかありませんでした。職員も次第に減っていき、残った職員の負担も大きくなりました。そんな状況でも、『ケアの質は決して落とさない』を合言葉に、みんなで乗り越えました」(施設長 三瓶政美さん)
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利用者が安心安全に生活を続けられる道
それが村に残るという選択でした

……2011年4月22日には、村内全域が「計画的避難区域」に指定され、村で唯一の特別養護老人ホーム「いいたてホーム」でも避難が検討されました。どうしてホームは、村にとどまることになったのでしょうか?

「介護施設の団体に問い合わせると、静岡県伊東市であれば、ほぼ全員が入居できる施設を紹介できると言われました。しかし、同行できる職員を確認したところ、一緒に行けるのは数人だけでした。次に県内外の介護施設への分散避難が検討されました。県によると、埼玉県ならば29カ所の老人ホームに分散避難が可能とのことでした。もう一つはこの飯舘村に残るという道です。

この3つの選択肢について、それぞれのメリットとデメリットを職員と話し合い、各自の意思を個人面談で確認しました。職員間でも、避難するかどうかの話し合いが連日続きました。すでに避難していた他の施設の高齢者の状況を見る限り、長時間の移動のストレスや、見知らぬ避難先での生活環境などがお年寄りの負担となり、リスクを高めることは明らかでした。

多くの職員が『避難するなら辞める』という意見でした。利用者が安心安全に生活を続けることができ、しかも施設運営が継続できると判断し、私たちは村にとどまるという選択をしました」(三瓶さん)
国との話し合いで、基準の放射線被ばく量を下回るよう、職員は避難先から通勤すること、放射線量を定期的に測定すること、利用者が屋外に出ないことなどを条件に、柔軟措置として従来のケアを継続できることが決まった。
「友達から『大丈夫なの?』と言われたこともあります。もちろん、辞めていった人もいます。でも、『いま私がここで辞めたらどうなるの?』という気持ちと、利用者さんを移動させるリスクを考えると、ホームを離れることは考えられませんでした」(佐藤祐子さん)

「放射能について自分なりに理解した上で、覚悟を決めて、利用者さんの変わらない毎日が続くようにがんばろう、という気持ちで働いています。たぶんみんなそうだと思います。放射能の影響について『どうなんだ』って親に言われて、正直、辞めようと思ったこともあります。それでも、おじいちゃんやおばあちゃんの顔を見ていると、置いていくわけにはいかないという思いが消えません。結局、自分の考えや判断を信じて、前に進むしかないのだと思います」(佐藤恵さん)

福島市内から片道45分の車通勤、
大雪の朝は2時間以上かかる日も

……震災から約3年。ホームでの毎日にはどんな変化があったのでしょう?

「つらいのは、放射線を避けるために日中も窓を開けられず、外出もできなくなったこと。震災以前は、晴れた日にはちょっと公園に行って、みんなでお花見や紅葉見物ができたのに、いまはせいぜい車の中から眺めるぐらいしかできないことが残念です」(佐藤祐子さん)

「いまは福島市の飯野町から車で、片道45分かけて通っています。大雪で渋滞のときは2時間以上かかることも。大変なのは、通勤のほか、利用者さんを遠くの病院まで連れていかなければならないこと。事故発生直後は、飯舘村から来たというだけで、『線量検査しないとダメ』『うちでは無理です』と受診できないことがあって、悔しい思いをしました」(佐藤恵さん)
「ホームの中庭に小さな畑があるんですが、震災前はそこでミニトマトやナス、ピーマンを栽培して、季節ごとに収穫していました。職員は主婦の方も多いので、味噌炒めや天ぷらにして、利用者さんと一緒に楽しんでいました。でも、いまはちょっと難しいですね」(高野智子さん)

夏祭りなどのイベントも、例年通り全力で。
今の生活は「大変だけど、大変じゃない」。

……ここで仕事を続けていく原動力はなんでしょうか?

「介護の仕事に就いてからいままで、『大変な仕事』だと思ったことがありません。むしろ、家で嫌なことがあっても、利用者さんの顔を見ると忘れちゃうくらい、笑顔からパワーをいただいています。最近担当するようになった目の不自由な利用者さんが、私の声を聞いて『ゆうこちゃんかい?』って言ってくれたときは、感激して改めてがんばるぞって思いました。お年寄りは人生の大先輩。飯舘村出身でない私は、この村に伝わる昔話や『まなく(目のこと)』『でな(おでこのこと)』などの方言を教わりました。利用者さんには、感謝の気持ち以外ありません。こんな状況だからこそ、利用者さんに自分から寄り添っていき、安心していただくことが大事だと思います」(佐藤祐子さん)
お年寄りに挨拶するときは自ら「ゆうこちゃんだよ~」と自分の名前を伝えるようにしている。
「利用者さんと一緒に生活していると、急いでいるのにうまく誘導できなくて自分にイライラしたりすることもありますが、それ以上に利用者さんのぽっとした笑顔や、『いま、おてんとさんを見てた』ともらすひと言が、仕事を続ける力になっていると思います。震災後は窓が開けられなくなりましたが、掃除を徹底するなどして『臭いゼロ』をキープ、夏祭りなどのイベントも、屋内ですが全力で取り組んでいます。取材などでここを訪れる方は皆さん、『放射能で大変だね』って言いますが、ホームでの生活は変わりません。『大変だけど、大変じゃないよ』って、全国の皆さんに伝えてください」(佐藤恵さん)
「臭いゼロとか、ケアの本当に細かいところまでこだわっています」と佐藤恵さん(中央)。
「夏祭りは屋内のホールでやります。アニメのコスプレです」と笑う高野智子さん。

日常を支え続ける64人の介護のプロ

「2014年1月現在、震災前に112人だった利用者は64人に、職員は130人が64人(介護職32人、看護職5人、事務職など27人)になりました。神奈川県に奥さんと子ども、茨城県に両親、自分は福島から通うというかたちで家族バラバラに暮らしている職員も少なくありません。

現状の補償制度では、退職して避難先で再就職した場合には、本来新たな給料分は補償から差し引かれていましたが、『特別な努力』として補償から差し引かれることはありません。さらにこれとは別に原発事故前の収入が補償されますが、これまでどおり仕事を続けている人には、補償がないという不均等な状況もあります。

3年前、私たちは飯舘村に残るという決断をしました。リスクをお互いに理解した上で、残った利用者の生活を、介護のプロとして、サービスの質を落とさずに維持していくと決めました。今後もいいたてホームは、利用者の毎日を変わらず支え、いまの生活を継続していきます」(三瓶さん)
「どんな状況でも、その人らしく最期まで精一杯生きていただく」と三瓶さん。
[
文: 高山 淳
写真: 中村泰介
]
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