ヘルプマン
昼間は訪問介護ヘルパーとして働きつつ、NPO法人Ubdobe(ウブドベ)の代表としてクラブDJやイベントプロデューサーも行うのが“ゆーく”こと岡勇樹さん。めざすのは、音楽とアートと福祉を融合させた医療福祉エンターテインメントの実現です。面白いことならみんなついてくると笑う岡さんに活動について聞きました。
プロフィール紹介
通称ゆーく。20歳でストリートパフォーマンス集団「ウブドべ共和国」を創設。母の癌、祖父の認知症をきっかけに、あらゆる人々と福祉をつなげることを志し、29歳の時、音楽、アート、ツアーなどさまざまなエンターテインメントと福祉の融合を目指す「特定非営利活動法人Ubdobe(ウブドベ)」の代表理事に就任。ある時は訪問介護ヘルパー、ある時はクラブDJ、またある時はイベントプロデューサー。これまでの介護業界が出会うことのなかった新しい風を巻き起こしている。
(医療福祉・音楽・アートを融合させたプロジェクトを手がけるNPO法人Ubdobe http://ubdobe.jp)

Ubdobeが福祉の世界の入り口になりたい

今の日本って高齢者がどんどん増えていて、2025年には介護従事者が240万人必要だとかって言われてますよね。でも、外国人の採用も全然進んでないし、介護保険制度ってやつも国の懐具合に左右されちゃって融通がきかなかったりして、もう政策は待ってられない状況。

だから僕は少しでも福祉に興味のある人たちの入り口になりたいと思っています。もともと僕も介護や福祉なんて別にやりたいと思わなかったし、動き出すまでの一歩ってすごい重たいじゃないですか。

例えば「Well CON(ウェルコン)」は、医療福祉従事者と学生、経営者なんかが縦横無尽につながるイベントで、学生と経営者が気軽に話し合ったり、どうしても孤立しがちな訪問介護のヘルパー同士が出会える場にしています。フリートークで「介護福祉士を“なりたい職業ランキング”10位以内に上げるにはどうするか」みたいなことをアルコールも入れつつワイワイガヤガヤやってます。
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Ubdobeの3つのミッション

Ubdobeの使命は大きく3つあります。

1つ目が障がい児者、高齢者などあらゆる人々の積極的社会参加の推進。
2つ目が医療福祉事業者を増やし、質とモチベーションを高め続けること、
3つ目が医療福祉業界のブランディングとイメージアップ。介護業界の人不足を解消するためにも業界全体の企画広報力をアップし、なりたい職業ランキングの上位を目指します。

そのための具体的な事業の柱はイベント事業とプロデュース事業の2つ。イベント事業ではターゲット別に一般向けの「SOCiAL FUNK!」「Kodomo Music & Art Festival」、医療福祉サービス利用者向けの「ユニバーサルツアー」、医療福祉従事者や学生向けの「Well CON」と各層にアプローチ。プロデュース事業では、業界企業・団体の広告やウェブサイト、映像などの制作を行う「Ubdobe LAB」、野外フェスティバルや企業イベント内で「キッズ&ファミリーゾーン」をプロデュースする「Ubdobe Caravan」などがあります。

面白いことならみんなついてくるし
真剣になる

「Kodomo Music & Art Festival」は国籍、年齢、障がい、性別などを越えてあらゆる子どもたちが会場の飾り付けをしたり、当日アーティストの演奏に合わせてライブペインティングしたりする医療福祉啓発イベントです。

初年度は子ども60人、大人40人でしたが、2回目の2009年は子どもが200人、大人が2000人という一大イベントに発展、ボランティアスタッフも100人ぐらい集まりました。面白いことならみんなついてきてくれるし、真剣にやってくれます。今ではボランティアスタッフは全国に500人ぐらいになっています。

2010年には医療福祉啓発イベント「SOCiAL FUNK!」を始めました。大人向けのクラブイベントで開催テーマは毎年変わりますが、初年度は「がん」がテーマでした。DJが来てみんな踊って盛り上がって、その合間に国立がん研究センターの先生や同年代の若いがん体験者に体験談を話してもらいます。

ふだんはがんとか身近に情報がないし、自分からわざわざその情報を取りにいこうなんて思わない。それならお酒飲んで遊んでたら、そこにがんの情報があった、という結果だけ作っちゃえという発想です。

全人類参加型エクスペリメンタルツアー開催

視覚障がい者や車いすユーザーをあまり街で見かけない理由。それはきっと彼らが街に出にくいからだと僕は思います。そこに気付いてほしくて始めたのが全人類参加型エクスペリメンタルツアー「ユニバーサルツアー」です。

高齢者、障がい者、学生、外国人がチームになって点字や手話の絵、外国語などで書かれた指令文を読み解きながら目的地を目指すゲームです。書いてある意味がわからないから街で障がい者や外国人などわかる人を探します。

でもそう簡単には会えない。なぜ出会えないんだろうって考えることも大事なんです。いってみれば街を劇場化してそこから何かを体感してもらおうという企画。

高齢者や障がい者の外出促進にもなりますし、参加者の大学生の中にはこれをきっかけにガイドヘルパー(移動介護従事者)の資格を取って、月に3~4回ここでバイトをしながら学校に通っている子もいます。

想像だにしなかった病院着の母

学生時代はひどい生活を送ってました。夜バーで働いて、朝帰って来て昼まで寝て、どっか遊びに行ってまた夜バーに行くという繰り返し。

で、その日もいつものように朝帰りしたら食卓に母の置き手紙があって、「体調が悪いので入院します。病院には来ないでください」みたいなことが書いてあるんです。見た瞬間、頭がクラクラしてそういえば前日の夜に母が「行かないで」って言っていたのを振りきって出たことを思い出して、「あれってそういうことだったのか」と初めて気づいて、泣きながら病院に行ったんです。


病院着の母はひどく痩せて見えました。


胃がんでした。


何でもっと早く気づいてあげられなかったのか、もっと早く入院していたら手術して治っていたかもしれないのに……悔やんでも悔やみきれなかった。

当時大学4年生だったので、入院中の母から「アンタ、就職しないの?」って言われて、その気は全然なかったんですけど、すぐに就職活動を始めてリラクゼーション関係の会社に内定、「就職決まったよ」って報告して数ヵ月後に母は亡くなりました。

スコット・マッケンジーの
「花のサンフランシスコ」

母が亡くなって間もなく、じいちゃんの様子がおかしくなりました。


いわゆる認知症で、最終的には病院に入院しました。お見舞いに行っても僕が誰かわからないし、さっきご飯何を食べたかも思い出せない、かなり重度の認知症です。


ところがiPodでいろいろ音楽を聴かせていて1曲だけ違う反応を示す曲があったんです。スコット・マッケンジーの「花のサンフランシスコ」。家族でアメリカ西海岸に住んでいた頃、一度じいちゃんが遊びに来たことがあって、その時向こうでずっと聴いていた曲でした。なぜかその曲を聴いている時だけ目の焦点が合うんです。我に返るというか、僕のことがわかる口調になる。

家に帰って、「音楽・認知症」で検索したら「音楽療法」というのが出てきて、「なんじゃこりゃ、こんなものがあるのか」って思って、そこから数ヵ月で会社を辞めて、音楽療法の専門学校に入りました。

母親の時、何もできなかったので、じいちゃんには何かしたいと思って、まずは音楽療法を学んで、同時にデイサービスで介護のバイトを始めました。

ハワイに行こう! 温泉に行こう!

デイサービスは半年、次がショートステイで働きましたが、決められた時間にすべてをやらないといけない強制感が嫌で長続きしなかった。最終的に、訪問介護というスタイルを知って、それからは世田谷の訪問介護事業所でもう3年間続けています。

そこで出会ったのが高木康秀さん。高木さんは68歳。脳性マヒで四肢障がいがあります。

初めて訪問した時に、「料理を作って」って言われたんですけど、「俺の料理、本当に食いたいの?うまいもん食ったほうがいいんじゃない?」って言ったら、「確かにうまいもんは食いたい」「じゃあ、食いに行こう!」ってそのまま横浜の中華街に直行しました。

その後、高木さんに「夢は何?」って聞いたら、ハワイに行くことと温泉に行くことって答えてくれました。温泉なら行けると思って、事業所の社長に相談したらOKが出て、みんなで温泉につかりながら「いやあ、温泉何年ぶり?」って聞いたら、「40年ぶり」だって。あり得ない。

でも、もし僕が強引に中華街に高木さんを連れて行っていなければ、たぶん温泉に行きたいなんて言ってくれなかったかもしれない。こんなふうに人の生活の可能性を拡げられる仕事なんてそうそうない。


だからヘルパーって最高に面白いなって僕は思います。

ヘルパーはクリエイティブ・ディレクターだ

介護の仕事は「業務」じゃないと思うんです。

いわゆる入浴、排泄、食事、着替えとかは業務なんですが、本質的には業務の向こう側にあるものこそが仕事じゃないかって。つまり自分の引き出しをいっぱい用意しておいて、それを利用者さんに開けてもらうのが仕事。

引き出しの中身を創るためには、見たり、聞いたり、食べたりして自分の経験値を増やしておく必要があります。それがないと結局、メシ食べさせて、風呂に入れて、着替えてもらって終わりです。

引き出しがあればそこから次のステップに一緒に進める。それが介護だと思うんです。施設で童謡や歌謡曲ばっかり聞かされているじいちゃんが、実はスコット・マッケンジーが好きかもしれない。それを聞き出して「じゃあこんどライブとか行っちゃう?」って生活行動をコーディネートしていく。

これってもう「介護」っていう概念じゃ無理だと思います。だから介護って人生とか生活をクリエイティブにディレクションしていく仕事だと僕は言っています。

音楽、将棋、絵……手段は何でもそこからコミュニケーションを取り合って、世界を拡げられるいちばん身近な存在がヘルパーなんです。

介護業界の第三極になる!?

僕らがターゲットにしているのは、もともと福祉に全然興味がない人。

実際、イベントに参加してくれる人たちの半分以上は「何か面白そうなことやってる」ってその辺を歩いていそうな大学生だったりします。そういう人たちにちょっとずつ福祉事業を浸透させていくのが僕らの仕事です。

これからも介護にまったく無縁な人たちを、どれだけ巻き込めるかが勝負。その究極の方法が僕の中ではやっと見えてきたところ。

介護保険制度とかを通さずに市民やNPOそして一般企業の力を結集して、まったく新しい動きを創りたい。おそらく2013年には、「世界初!」みたいな大きな花火がバーンと上がっているはず。

周りの人には無謀だと言われますけど。ちょっと期待していてください。
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文: 高山 淳
写真: 中村 泰介 ほか
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