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2019.01.16 UP

多世代が集まる「大家族」の新しいカタチ。介護付き住宅「はっぴーの家ろっけん」

神戸市長田区、六間道商店街の一角に、緑色の6階建ての建物がある。看板はないが、子どもたちがよく出入りしているから児童館のようにも見える。その中に足を踏み入れると、車いすに座る高齢者から子育てママと赤ちゃん、学校帰りの子どもたち、外国人、ノマドの若者、アーティスト……、さまざまな背景の老若男女が集まり、思い思いの時間を過ごしている。実はここ、介護付きシェアハウス「はっぴーの家ろっけん」だ。株式会社Happyの代表、首藤さんの家族もここで一緒に過ごしている。そこで、この事業を立ち上げた経緯や、高齢者を取り巻くコミュニティなどについて首藤さんにお話を伺った。

背景が異なる人が集まるからこそ、
想定外の化学変化が生まれる

職種や年齢、国籍などが異なる人々が出入りし、その数は1週間で200名に上るという、介護付きシェアハウス「はっぴーの家ろっけん」(以下ろっけん)。6階建ての建物に居室は40あり、要支援から要介護5の高齢者、認知症の方も入居。地元はもちろん、遠方からの入居者も少なくないという。頻繁に入居希望の連絡を受けるが、居室に空きがあっても入居ペースは1カ月に1名程度。「このコミュニティに合うかを重視しています。なじめそうにない方はお断りすることもあります」と首藤さん。

1階のフリースペースでよく見られる風景は、赤ちゃんや小さな子どもの面倒を見る高齢者の姿。近所の若いママが「1時間、見といて」とお願いにやってきて、入居者も快く引き受ける。その間に、ママは買い物に行ったり、自分の時間を過ごしてリフレッシュするという。また、学校帰りの子どもたちがゲームに熱中する姿も。多世代の出入りが多いろっけんでは、若者が朝からミーティングしたり、Wi-Fiを求めてやってきて仕事をしたり、口コミで外国人が訪問したり……。認知症の方が大きな声を上げる姿も、ある意味日常だ。「高齢者施設」としてここを訪れた人にとっては、驚きの連続。代表の首藤さんは言う。

「ここは、おじいちゃんおばあちゃんのリビングなんです。誰かれ構わず来ているように見えるけれど、誰でも入れるわけではありません。看板がないのは、『介護施設』とカテゴライズされたくないからですが、同時に、知っている人じゃないと入れないから。集まる人が、この場所を大事に思っているから、信頼できる人を連れてくる。そうやってコミュニティが広がっているんです」

オープンは2017年3月3日。SNSに「ろっけんから世界へ!ハッピーろっけん出港式!」というタイトルだけを発信したところ、400名もの人が集まった。「これってお金をかければできることじゃないんですよね」と首藤さん。そこには、首藤さん自身が時間をかけて取り組んだ戦略があった。

▲株式会社Happyの代表を務める首藤義敬さん

▲六間道商店街にある「はっぴーの家ろっけん」。看板はなく、壁面に「ろっけんインフォメーション」と書かれた黒板がある

▲学校帰りにゲームを楽しむ女子軍団。自分たちで作ったルールを壁に掲示

少年時代を過ごしたのは
人のつながりが残る下町・新長田

「ハコを作るだけじゃ駄目。そこに、『どんな暮らしがあるか』が大切」と言う首藤さん。そこには、地元・新長田への想い、震災のつらい体験があった。

「一緒に暮らしていた起業家の祖父が、家に人を連れてくるのが大好きで。子どものころ、家には近くの工場で働くブラジル人が住んでいたこともありました(笑)」

当時の新長田は、高度成長期の経済をけん引した川崎製鉄(当時)や川崎重工、三菱重工などの大工場が隣接し、その下請けなどの町工場や住居、商店街が混在。外国人労働者も数多く住み、人と人のつながりのあるエネルギッシュな下町だったという。

「それが、阪神・淡路大震災で何もかもなくなってしまった。同時期に祖父の事業も立ち行かなくなりました。当時は小学生で、大人の言う『再開発が進むとまたにぎわいが戻るよ』という言葉を本気で信じていたけれど、中学生のときに逆のことが起こった。次々と建物はできても人は戻らず、街はゴーストタウン化するばかり。 10代にして、ハコを作るだけが街づくりじゃないと気付きましたね」

一時は新長田を離れて家族とも疎遠になるが、結婚を機に「最後のチャンスだから」と、新長田に戻り、首藤さん夫妻と祖父母、両親、妹を含む14人での生活が始まる。そこで、お互い助け合える「大家族の暮らしやすさ」を再認識。そして、「新長田に残る昔の街並みや人のつながりを生かしたい」と、空き家再生事業で起業する。

「賃貸の家賃回収で訪問していた中に、独居の高齢者男性宅がありました。しばらく連絡がとれず心配していましたが、ようやく会えたときには車いすに乗っておられました。物件に住み続けるならリフォームが必要だけど、家賃が上がるため年金収入で生活するのが難しくなる。結果、男性は介護施設に入ることになりました。本人の意思と関係なく選択肢がなくなる現実にショックを受けました」

首藤さんは、今後も増えていくこうした問題を解決したいと考えた。

「当時、この男性が受けていた訪問介護などの介護サービスは10万円(本人負担1万円)、家賃は5万円。介護と住居の提供者は別々で、計15万円の費用がかかっています。これらのサービスを一緒に提供できれば、全体のコストが下がり、ビジネスになると考えたんです。それが、この事業を手掛けるきっかけでした」

▲子どもが赤ちゃんの面倒を見たり、高齢者が外国人と交流したりと、多彩な人々が集まり、一般的な介護施設では見られない光景が広がっている

ワークショップでは「地域のため」ではなく
「あなたは何をしたい?」からスタート

新事業に向けて首藤さんは、昭和の面影が残る、六間道商店街の一角に空き地を購入。「介護施設ができるよ」とは言わず、「あなたならここで何をしたい?」と街の人に問い掛けるワークショップを開催する。あえて「地域のため」「社会のため」「高齢者のため」という言葉は封印した。

「ワークショップをするから来て、ではなく、僕自身がコミュニティに飛び込んで話を聞く、というスタイルです。商店街のコミュニティスペースを借りて、近隣の主婦、学生、子どもたちなど毎回10名ほどに参加してもらい、どんな場所ができるといいかを聞きました。街の人が『面白い』『関わりたい』と思える場所にしたかったんです。だから最初は、あえて介護や医療の関係者の方には声を掛けませんでした」

「介護付きシェアハウス」を念頭に置きつつ、最終的には子どもから高齢者まで、1年半かけて100名以上もの声を集めた。そして、「意見はきちんと集計して、皆さんに発表します」と宣言したという。

「ワークショップは、その後が大切。やりっ放しにするくらいならやらない方がいい。ヒアリングした声はきちんとまとめて集計し、報告しました。参加者にとっても『私たちいいこと考えてるやん!』みたいな気付きもあったようです。集めた声の98%くらいは、ろっけんに反映しました」

ワークショップを通じて、近隣の人々を巻き込んだ「ろっけんプロジェクト」。首藤さんが、時間をかけて「顔が見える関係」を築いたからこそ、オープンするころには、自然と人が集まる場所になったのだ。

「昭和」「アジアリゾート」「アフリカ」など
フロアごとにテーマが異なる居室スペース

ワークショップで一番多かった声は「エンターテインメントな場所」。そこで、決まったコンセプトは、「六間道から世界旅行を始めよう」だ。1階のオープンスペースは、人が出会い、別れる「長田港」をイメージし、階を上がるごとに世界各国へ行ける、という設定に。居室フロアは、「昭和」「アジアリゾート」などテーマに合わせた演出がなされている。

「施設内には卓球台もあります。施設に来る子どもが『中学生になったら入りたかった卓球部がない』と言うので、SNSで発信したんです。すると、地域の人が卓球台を譲ってくれました。また、地元の校区に歩いて通える図書館がないので、図書室も作りました」

入居者の居室はどれひとつ同じデザインの部屋はなく、ろっけんに集まる若いアーティストが壁紙をコーディネートしたとあって個性的だ。

「大切なのは、選ぶというプロセス。ひとりの人に響けば、他の人は嫌いでいい。同じ部屋がひとつもないから、認知症の方が間違えずに自分の部屋に戻れる、というメリットもありますよ」

ヒョウ柄の壁紙の居室に住む新宮領さんにお話を伺った。

「主治医の先生の紹介でここにやってきました。私は当時入院していたので、親類が部屋を選んだんです。私が若いときからヒョウ柄が好きなことを覚えていてくれて、うれしかったですね。部屋では、絵を描いたり歌ったり、ごはんのときは1階で過ごします。ここには大好きなキティちゃんもいっぱい飾っているし、折り紙の鶴は、子どもたちが作ってくれたものなんです」

▲話を伺った新宮領さんの部屋にはキティグッズや絵などが飾られている

▲1階のフリースペース「長田港」にはみんなで作った世界地図が

▲アフリカフロアは、医療機関では御法度とされている赤い壁紙を採用

▲みんながくつろぐ最上階は見晴らしがよく、壁紙もアート風

ビジョンに共鳴する人が集まり
採用費や入居者募集の費用はゼロ

現在ろっけんでは、介護スタッフ10名、看護スタッフ2名、作業療法士1名が働いているが、介護スタッフは、働きながら初任者研修を経て資格を取得する人が多いという。入居希望者も、口コミで情報を知って問い合わせてくることが多い。「ろっけんをオープンして以来、採用や入居者募集にお金をかけたことがない」と首藤さんは言う。

「人手が足りない介護業界では、採用にコストがかかります。さらに、介護はチームワークが必要な仕事だけに、職場に合う人材を確保するのは至難の業です。なので、採用に資金を投じられる法人ほど有利になる。でも、ろっけんでは、採用に経費を使わない方法で、人材を確保しています」

「ろっけんで働きたい」と志望するのは、首藤さんの考え方やろっけんのスタイルに共鳴した人たち。そのため、通常なら採用後に時間とコストをかける「ビジョン共有」が、採用時点ですでにできている状態なのだという。よって一人ひとりに本当に必要な研修を提供でき、コスト以上の効果があると首藤さんは言う。

かつて大手の社会福祉法人に勤めていたケアマネジャーの岩本茂さんも、ろっけんのビジョンに共鳴したひとりだ。

「4年前、古民家風の日本家屋をデイサービス施設に改修するプロジェクトを手掛けることになったんです。僕は、共生型の施設を作りたいと考えていて、首藤さんは当時から地域に根差した面白いことをやっていたので、相談を兼ねて会いに行きました。それが始まりですね。共生型デイサービスも一緒にやることになりました」

▲ケアマネジャーの岩本茂さん。大手社会福祉法人に勤めるも、首藤さんと意気投合してろっけんで働き始めた

質の高い介護・看護サービスの提供より
高齢者を取り巻くコミュニティづくりを重視

「僕は福祉事業がやりたかったわけじゃないんです」と首藤さん。「個々の高齢者に質の高い介護・看護を提供する」というより、「子どもや若者、外国人など、高齢者に関わる人を増やし、コミュニティに参加してもらう」ことを重視しているという。

「ここでは、生活ありき。地域ぐるみで大家族の暮らしを実現するために、介護や看護のサービスを提供しています。僕の本業はあくまでも、街の価値を上げる空き家再生事業。介護や看護は目的ではなく、あくまで地域に根差したシェアハウスを運営するための手段なんです」

確かに、ろっけんには「介護施設」といった印象がない。年齢も背景も違う人たちが集まってくるが、それぞれが違和感なく、思い思いの時間を過ごしている。

「最近思うのは、『“違和感”は3つ以上重なると、どうでもよくなる』ということ。集団の中に一つだけ違和感があると排除しようとするけれど、3つ重なると『多様性』として認めることができる。無理して理解し合わなくていいし、同じ空間で別々のことをやっていることがダイバーシティなんじゃないかと。ここは、『違和感』な人がたくさんいるけど、それぞれの“居場所”でもあるんです」

福祉業界はまだまだ過渡期。
挑戦できる環境整備も大切

現在、毎日のように介護業界や自治体関係者などの視察があるというろっけん。「どうしたらこのような場が作れるのか」と質問されることも多いという。

「決まった手段があるわけではありません。何をやるか、というよりなぜやるのか、そして誰がやるかが重要です。僕は、時間をかけて地域に住む『顔が見える人』との信頼関係を築き、ビジョンを発信し続けました。ただし、場所により地域性も異なるので、地域に合った方法で進める必要があるでしょうね」

首藤さんは、今後どのような展開を考えているのだろうか。

「新長田では、かつての日本のような『人のつながり』や『下町気質』を求めて、若手のクリエイターや子育て世帯などの移住が増えています。今後は、地域に関わる『関係人口』を増やすための試みをしたいですね。そのひとつとして、2019年には1階の一部をリノベーションして、ゲストハウスを始める予定です。空き家再生事業でも、介護の必要のない高齢者や若者など多世代が暮らせる物件を提案したいと考えています」

最後に、介護に関わる人に向けてメッセージを頂いた。

「介護に携わる人には、仕事にまったく関係のない異分野の人、いろんな世代の人と関わることをオススメしています。つながりの中で視野が広がるし、斬新なアイデアや、業界のイノベーションが生まれる可能性が高まると思うんです。介護・福祉業界はまだ過渡期。ますます少子高齢化が進む中で、明確な正解がない業界ともいえます。だからこそ、ベンチャー精神を持った人や企業が登場してほしいですね」

▲アーティストたちが新長田の街中でアート作品を展示・発表するという「藝賭せ」プロジェクトでは、首藤さんを含む展示拠点の提供者による「新長田アートマフィア」が結成された

【文: 高村多見子 写真: 川谷信太郎】

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