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介護現場で負担の大きい介助は何か。そのひとつはベッドから車いすなどへのトランスファ(移乗)だろう。介護職にとって、身体的にも心理的にも重い負荷がかかる移乗介助は、介助される高齢者にとっても転倒、転落、打ち身、皮膚剥離など、リスクが大きい。介護現場が抱える、この大きな問題の解決を目指し、10年の時を経て開発されたのが、電動ケアベッドと電動でフルリクライニングする車いすが融合した離床アシストロボット「リショーネPlus」だ。その開発を中心的に担った河上日出生さんにお話を伺った。

介護サービスからモノ作りまで手掛ける
特異性こそが介護ロボット開発での強み

パナソニックといえば、家電メーカーのイメージが強いが、同社の介護事業への取り組みは、介護保険制度が始まる以前の1998年から。しかも、そのフィールドは有料老人ホームなどのサービスから、介護機器などのモノ作りに至るまで幅広い領域に及ぶ。介護業界では特異な存在だ。そしてこの特異性が、介護機器開発においては大きな強みだと、ロボット・リハビリ事業開発部部長の河上日出生さんは言う。

「介護機器を開発する上で大変なのは、現場のニーズを捉えることです。現場で起きている表層的な問題ではなく、本質的に必要とされているものは何か。それを理解するのに、サービスからモノ作りまでを手掛けていることが非常に役に立ちます」

介護の現場に足を運んで把握した状況をスペックに落とし込み、商品化する。そうして開発した商品を、まず自社施設に導入していく。初期商品を使った現場の介護職からは、時には手厳しい意見が寄せられ、それが商品をさらに磨き上げていく。そうした過程を経て、「リショーネ」も作られた。
▲離床アシストロボット「リショーネPlus」の発売までには、基本構造の見直しを含む、10年に及ぶ長い開発期間があった
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人がする作業を翻訳し
機械でしかできない方法で実現

移乗介助の負担軽減を目指し、河上さんがロボット開発に取りかかったのは2005年のこと。最初に開発したのは、人が行う抱き上げ移乗に倣った動きをする「トランスファアシストロボット」だ。これを介護現場に持ち込むと3つの課題が浮き彫りになった。まず、持ち上げられた人が大きく動いたときに、転落の恐れがあるという安全性の問題。次に、決して広くない施設の居室に、移乗のためだけの機器を持ち込むのは難しいという問題。そして機械が苦手な人には親しみにくいという操作性の問題だ。

この3つの課題をクリアするため、河上さんは「トランスファアシストロボット」を基本構造から見直した。そして生まれたのが、“ベッドと車いすを一体化する”というアイデアだ。これなら、安全性は高まるし、居室の問題もクリアできる。日ごろから使い慣れている介護機器をベースとしていることから、操作のハードルも低くなる。3つの課題はクリアされると、河上さんは考えた。

「人がする作業を機械が代わりにするのではなく、人がする作業を翻訳して、機械でしかできない方法で行う。しかも、それによって安全性が高まる。それでこそ、機械を使う価値が生じると考えました」
▲移乗介助の負担を軽減するロボットとして、最初に開発されたのは、このような双腕型の「トランスファアシストロボット」だった

「全自動型」から「介助型」へ
再び開発方針を転換

ベッドと車いすを一体化するというアイデアから最初に生まれたのが、介助なしに自分で離床できる「全自動型」の自立支援ロボット「ロボティックベッド」だ。これは、リモコン操作で自動的にベッドの真ん中が電動車いすになり、横に抜け出すというもの。元に戻すときには、さまざまなセンサーの作動により、ベッドの横に近づくと自動的にベッドの中に組み込まれ、元通りになるという機能を付けた。

これを展示会に出展すると、デンマークなどの福祉先進国が注目。デンマークの施設では、2週間の実証実験も行った。しかし、ベッドの真ん中部分が抜け出す仕組みは、機構が複雑になり、マットレスを10分割する必要があった。利用者として想定していた、2~3人での移乗介助が必要な寝たきりの高齢者にとって、マットレスの快適性は褥瘡(床ずれ)予防の面からも非常に重要である。河上さんは、10分割のマットレスは実用的ではないと考えた。

「最低限のマットレス分割で、『ベッドから車いすへの変形で移乗介助をなくす』というコンセプトを具現化するためにどうするか。結局、最小の2分割でいくことにしました。ベッドの真ん中で寝ている方を、低摩擦のスライドシートを使った介助で手前半分にすっと移動させる。そんなちょっとした動作を入れることで、より実用的にできると考えたんです」

「全自動型」から「介助型」へ開発方針を転換し、切り離す部分も電動車いすではなくリクライニング車いすに変更。そして、「介助者一人だけで、簡単・安全・スムーズに移乗介助できる」という新たなコンセプトで商品開発に取り組むことになった。
▲ベッド・車いす一体型のロボットは、当初、全自動で離床し、電動車いすになるものだった

マットレスを背中で2分割するという
“非常識”を介護職に納得させる挑戦

しかし、マットレスを2分割にするというアイデアにもまた問題があった。

褥瘡の恐れがある高齢者にとっては、シーツの折り目、しわのひとつでも大きな影響が出る。寝ている真ん中でマットレスを割るという大胆な発想は、現場の介護職からすればあり得ないことだった。

「ここが、われわれにとってはチャレンジングな部分でした。クリアしなければ、この商品は成り立たない。現場の介護職の方にも納得していただけるよう、筑波大学病院の褥瘡の専門家にアドバイスを受けながら、問題がないというエビデンスをしっかりととって開発を進めていきました」

厚さ10cm、3層から成る体圧分散ウレタンマットレスは、特に分割部分の滑らかさに配慮。曲面構造を採用し、体圧がかかることで分割部分がぴったりとくっつき、段差は生じない。体圧分散性も、市販の体圧分散ウレタンマットレスと遜色ないレベルを実現した。

後に離床アシストロボット「リショーネ」となる、プロトタイプの完成である。
▲マットレスが背中の真ん中で割れ、手前部分がリクライニング車いすとして分離する(写真は「リショーネ」のプロトタイプ)

自社での実証評価で分かった課題から
さらなる改善を重ねていく

離床アシストロボットはこれまでにない、まったく新しいカテゴリーの商品である。現場に受け入れてもらえるか。思い込みで開発してはいないか。よりよい商品にしていくため、河上さんたちは、ありとあらゆる機会を通して現場の声に耳を傾けた。

自社施設では、実際に居室にベッドを入れて無理なく操作できるかを見る実証評価を行った。ここで河上さんは、強烈なダメ出しを受ける。

「プロトタイプのフルリクライニング車いすでは、背もたれをガススプリングで上下させていたので、介護職はご利用者の背中側に立って操作します。すると、操作した介護職から、『これでは危なくて一人では操作できない』と言われてしまいました。ご利用者が車いすからずり落ちたりしたとき、すぐに介助に入れないからです」

一人で安全に操作できることは、この商品の重要なコンセプトだ。そこで、背もたれはリモコンで操作できるように改良。実証評価で受けたさまざまな指摘の解決に、河上さんたちは毎回、頭を悩ませながら、商品の改善を重ねていく。

そして2014年6月、ついに離床アシストロボット「リショーネ」が発売になった。
▲できるだけシンプルな作りにするため、ガススプリングでの操作を採用していた車いすのリクライニングだが、実証評価を受けて電動化。リモコン操作とする仕様に変更し、車いすのリクライニング時、常に介護者が横に立って介添えできる安心設計とした(写真は2014年に発売された第1世代の「リショーネ」)

介護ロボット推進の国家プロジェクトも
「リショーネ」開発・改良の追い風に

100台限定で生産した「リショーネ」は、テスト販売形式を採用。販売先の施設で3ヶ月間、データをとり、使用感についてフィードバックを受けることにした。また、2014年には経済産業省の「ロボット介護推進プロジェクト*1」にも参画。多くの施設に「リショーネ」を導入し、モニタリングに取り組んだ。

「このプロジェクトで早期に施設に導入し、『リショーネ』の有効性の検証や課題抽出をしっかりできたことは、その後の開発にとても役立ちました。これ以外にも、国家プロジェクトへの参画により、開発や実証についての助成を受けたり、安全規格であるISO13482*2の認証を世界初で取得できたりしたことも大きなメリットとなっています」

国家プロジェクトが開発を後押ししたことに加え、現在、自治体が行っている「介護ロボット導入支援事業補助金*3」の対象にも採択されており、施設への導入促進や認知度アップにもつながっている。

*1 ロボット介護推進プロジェクト…ロボット介護機器を実際に介護現場で活用しながら、大規模な効果検証などを実施。検証結果を広報し、ロボット機器導入を促進する

*2  ISO13482…2014年に発行されたパーソナルケアロボット(生活支援ロボット)の安全性に関する国際規格。パナソニックは、国立研究開発法人 新エネルギー・産業技術総合開発機構による「生活支援ロボット実用化プロジェクト」に参画し、トヨタ自動車、本田技術研究所などと共に安全技術開発、安全規格整備に取り組んだ

*3 介護ロボット導入支援事業補助金…介護職の負担軽減を図る取り組みが推進されるように、事業者負担の大きい介護ロボット導入の費用を助成する補助金。補助対象のロボットが指定されており、補助額は1台につき最大10万円(神奈川県の場合。自治体により異なる)

「リショーネ」の使用により
利用者の能力が引き出された事例も

「リショーネ」を導入した施設からはうれしい報告もあった。

ある介護老人保健施設では、週2回の入浴時しか移乗をしていなかった利用者に「リショーネ」を導入。毎日、離床して食事をとれるようになったその利用者は、覚醒時間が長くなり、施設のイベントに参加して一緒に歌を歌うまでになる。次第に表情が豊かになり、口数が増え、体調も非常によくなったという。

「『リショーネ』を使ってさまざまな場に行けるようになったことで、周囲の人たちとの関わりから受ける刺激が格段に増えたんですね。結果、そのご利用者が持っていた能力が引き出されたのだと思います」

テスト販売で得たデータを集計すると、「リショーネ」の使用で介護職の身体的負担は8割、心理的負担は7割が改善。2~3人を要していた移乗介助も、1.5人にまで低減したという。

「介護の現場で高い評価を受けたことで、ようやくこれが本当に現場で役に立てるモノだということを確信することができました」
▲「フィジカルな訓練も大事だが、ロボットの利用でさまざまな場に参加する自由度を高めることは、それ以上に、その方の元気度を高めることにつながるのではないか」と河上さん

2017年2月からはレンタルも開始。
在宅生活の向上も期待される

2017年1月には、次世代機「リショーネPlus」が発売された。

第1世代の「リショーネ」では右側にしか配置できなかった車いす部分が、納入時に左右どちらにするかを選べるようになった。これが最大の改良点だ。現場への普及を目指し、価格も大幅に引き下げた。定価90万円で、実勢価格70万~80万円。実勢価格が約130万円だった初代「リショーネ」の半額に近づけた。初年度の販売目標は350台から500台。2017年6月末現在での販売数は150台前後と好調だ。

2017年2月からは、介護保険でのレンタルにも対応している。月額38,800円、1割負担なら3,880円で利用できるようになり*4、徐々にレンタル利用も増えている。施設で「リショーネ」が利用者の生活を変えたように、自宅でレンタルを始めて生活が豊かになった利用者も出現し始めており、ケアマネジャーからの報告と喜びの声も、すでに河上さんの元に届いている。

*4…このレンタル料は、パナソニックエイジフリー(株)の場合。レンタル料は、福祉用具のレンタル事業所により異なる
▲リモコン操作で簡単に分離でき、離床時間を増やすことができる「リショーネPlus」は、施設のみならず自宅でも活躍しそうだ

利用者を笑顔にすることで、
家族も介護職も幸せにできるロボットを

介護職不足が社会問題化し、介護職の負担軽減が求められている中で、介護ロボットは、省力化のツールとしての期待も大きい。

「もちろん、それも大切です。しかしわれわれとしては、どこに焦点を絞るべきかをつきつめたい。そうすると、やはりご利用者が幸せになることではないかと思うんです。ご利用者の幸せを考えたとき、“介護ロボットでベッドに居ながら何から何までできるようにする”、という考え方もありますが、私の考えはそれとは違います。食事の場に行ってみんなと一緒に食事をすること。自分の力でトイレに行って用を足すこと。それがその方の生活の張り合い、幸せにつながるのではないか。そして、ロボットはそれを手伝うためにあるのではないかと」

寝たきりの高齢者の移乗介助をなくした「リショーネ」。河上さんはいま、同じコンセプトで、座れる人、立てる人を対象にしたロボットを構想中だという。次は、どのようにして本人の持つ能力を引き出し、関わる皆が幸せになる介護ロボットが生み出されるのか、楽しみにしていたい。
[
文: 宮下公美子
写真: 阪巻正志
]
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