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デイサービス(通所介護)において、介護保険の「延長加算」を適用した「延長サービス」が始まっている。在宅介護をする家族が、仕事の都合で帰宅が遅くなる場合や、突発的に夜間に外出しなければならないときなどにとても喜ばれているようだ。いま、社会問題になっている“介護離職”を抑止する武器ともなるだろう。そこで、2011年からこのサービスを始めた社会福祉法人世田谷区社会福祉事業団 高齢者在宅サービスセンター「デイ・ホーム上北沢」所長の枝孝治(えだ・たかはる)さんにお話を伺った。

家族や独居利用者の
切実な声に応える

仕事でトラブルが発生するなどして、17時までに子どもを保育園まで迎えに行けなくなった親が「延長保育」を依頼するといったことは、日常茶飯事の風景だ。それでも足りず、ママ同士でネットワークを組み、時間内に引き取りに行けない子どもを仲間のママが預かる、といった助け合いが子育ての世界では広まっている。一方の介護は、同様の構図にありながら、対応が遅れているのが実情のようだ。

デイサービスでは、1日あたり7時間以上9時間未満のサービスに対し、介護保険の基本報酬が支払われる。2003年度に、これを上回る延長サービスを行った場合、9時間以上10時間未満(50単位)から13時間以上14時間未満(250単位)まで、1時間刻みで計5段階の「延長加算」*が創設された。厚生労働省の調べでは、年を追うごとに延長サービスの提供回数は増えているものの、実際に延長サービスを行っている事業者はまだ少ない。

そうした中で、2011年に世田谷区のモデル事業という形で延長サービスを始めたのが、「デイ・ホーム上北沢」だ。東京都世田谷区上北沢の閑静な住宅街にあり、同じ社会福祉法人が運営する特別養護老人ホームに併設される形のデイサービスである。定員は通常型45名、認知症対応型12名だ。

始めた経緯について、枝さんは次のように話す。

「ご利用者さんのご家族から、『残業で帰宅が遅くなる』『仕事から帰ってすぐに親の介護をするのは体力的につらい』『急用ができて、外出しなければならなくなった』といった切実な声があがっていました。ご家族だけでなく、一人暮らしのご利用者さんご本人からも、『デイサービスから帰ると、疲れが出て食事の用意をする気力が出ない』という声が少なくありませんでした。そこで、在宅介護を維持するためにあるデイサービスとして、こうした声にお応えする必要があると判断し、2011年2月から世田谷区のモデル事業として延長サービスを実施することを提案したのです」


*延長加算の算定には、実際に延長サービスを行うことが可能な体制にあること、また、適当数の従業者を配置していることが必要。また、利用者が事業所のサービスを利用した後に、引き続きその事業所の設備を利用して宿泊する場合や(“お泊まりデイ”)、宿泊した翌日にその事業所のサービスの提供を受ける場合には算定できない。
▲「デイ・ホーム上北沢」所長の枝孝治さん
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在宅介護をする家族の負担を
減らしたいとの思いでスタート

その「世田谷区高齢者トワイライトステイ事業」は、トライアルとして定員10名で18時から22時まで延長する形でスタート。1年ほど運営したところ、利用者や家族から大好評だったという。そこで、2012年4月から延長加算を導入し介護保険を利用できるように改めるとともに、利用者のニーズや職員の負荷などを総合的に勘案し、延長時間を21時までに変更の上、本格的に事業化した。

現在、トワイライトステイ事業の常勤の専任者は1名で、勤務時間は月曜日から土曜日の12:45~21:30だ。また、介護補助者兼送迎用のドライバーとして非常勤の職員2名が就いている。

サービス内容は、個別のニーズに対応している。例えば、21時まで過ごすなど帰宅時間が遅くなる利用者の場合、帰宅後そのまま寝られるように夜用の厚いおむつに変えたり、送迎は家族の希望時間に合わせて行っている。「在宅介護をするご家族の負担を、できるだけ減らしたい」という思いからだ。

また、デイ・ホーム上北沢では、日中は体操やカラオケ、手工芸、ゲームなどの活動が行われているが、夜間はそういったプログラムらしいことはあえて行っていない。利用者はテレビを見たり、職員や他の利用者と談笑したりして過ごしているという。

「夜間ですから、ご利用者さんには自宅同様のんびりくつろいで過ごしていただくことが大切と考えています。とはいえ、夏には花火を楽しんだり、外食をしたり、夜景を見に出掛けることもありますよ」
▲利用者の送迎は、家族が希望する時間に合わせてきめ細かく対応

「話せる仲間がいて
夜ご飯の心配もしてくれる」

ここで、「トワイライトステイ」の利用者に話を伺ってみた。近くのケアハウスで暮らす女性は、次のように切々と話す。

「生活するケアハウス施設のスタッフは、夜間1人だけなので不安です。手足が痺れて痛いのもあり、部屋のある2階から夕食で下の食堂に降りるのがつらいんです。福祉の人に相談したら、ここの延長サービスを勧められました。ここには話せるお仲間もいるし、『ちゃんと食べなきゃだめよ』と夜ご飯の心配もしてくれるので、本当に助かっています」

また、家族は別居する娘さんが1人だけという男性は、次のように語った。

「娘に言われて、ここに通うようになりました。娘は毎朝家に来て食事を用意して会社に行きます。私は朝からここに来て、夜ご飯を食べてから家に帰っています。延長がなければ一人で外食するしかありませんでした。ここなら親切にしてもらえるし、利用するようになって何より娘が大助かりじゃないかと思います」

そのほか、「ここで夕食を食べて、歯磨きやトイレやお風呂も済ませられるので、後は家に帰って寝るだけで済む」「夜一人でいると、いろいろと不安があるけれど、ここにいれば家族が帰宅するまで安心して待っていられる」といった声もある。

また、家族からは「安心して残業ができる」「自分や家族に何かあっても、遅くまで支援してもらえて助かる」「夕食をしっかり食べてくれるので安心できる」といった声が多いのだという。
▲夕食の時間。食事は、家庭では難しい「ソフト食」「きざみ食」など利用者に合わせた加工食が提供できるメリットも

利用者は1年で1.2倍に
日中の新規利用者獲得のPR効果も

2017年2月現在、延長サービスの平均利用者数は1日あたり5名。曜日や時間があらかじめ決まっている利用者だけでなく、突発的なニーズにも対応。時間帯あたりの定員を超える場合は、時間をずらしてもらったり、対応職員確保などの調整をして「基本的に満員を理由に受け付けないということはしない」と枝さん。

最近の利用者推移を見ると、2014年度は222名が延べ1263日、1日あたり4.1名、翌2015年度は267名が延べ1867日、1日あたり6.1名だ。前年と比べて利用者数で20%、延べ日数で48%増えており、確実にニーズが高まっていることが分かる。

「日中のご利用者さんも格段に増えています。口コミなどで延長サービスの評判が伝わったからではないかと思います。ご家族が利用申し込みの際に訪ねて来られた際に伺うと、『延長サービスがあるから』と明言される方が少なくありません」

一方、平均5名の利用では「採算割れ」と枝さんは打ち明ける。

「デイサービスも“競争社会”です。『トワイライトステイ』のPR効果で、日中の利用者様が増えていますから、一定のコスト回収は可能です。それ以上に、『急のときでも延長してもらって、本当に助かりました!』といったご家族やご利用者さんの声をいただいていますから、われわれとしてはご利用者さんの在宅介護に貢献できて何より、という思いでいます」

そのほか、日中に比べて人数も少なく、ゆったりしている「トワイライトステイ」では、職員が利用者とより密にコミュニケーションでき、昼間には聞けなかった本音が聞けたりするメリットもあるという。
▲大正琴を楽しむ利用者。夜間はプログラムが設けられていないので、利用者は思い思いの時間を過ごす

普及のために、事業者は
在宅介護の実情に一層の理解を

とはいえ、延長サービスの実施を決めた際には、職員から抵抗や疑問の声も上がったという。

「初めてのことだけに、『利用する人はいるのか?』『採算に合うのか?』といった意見が出ましたね。それでも、『トライアル後に考えよう』という形に収め、実際にやってみたところとても好評だったので、全員の意識が『やってよかった』『続けるべきだ』に変わっていきました」

また、実践しながら改良も重ねてきたという。例えば、リスク管理。日中のデイサービスでは2名の看護師が常勤しているが、17:45以降は不在となる。一方、高齢の利用者は夕方以降で体調が変わるケースも多い。実際に、血圧が急に高くなって利用者が意識を失ったこともあった。

「当センターの上階には特別養護老人ホームがあり、夜勤の看護師がいるので事なきを得ました。とはいえ、特養は特養で看護師は確保しておかなければならない要員です。いくら階下でも頻繁に頼めるものではありません。そこで、介護職員が定期的に心肺蘇生などの緊急対応の講習を受け、非常時でも落ち着いて初期対応できるようにしました。実際にそうした事態が起きたとき、確実な効果が検証できました」

これまで、デイ・ホーム上北沢の延長サービス利用者は比較的要介護度の低い人が多かったという。

「区の社会福祉事業団として、今後は胃ろうへの対応など、より重度のご利用者さんも積極的に受け入れ、区民のニーズに幅広く応えていかなければならないと考えています」と枝さんは力を込める。そして、延長サービスがなかなか広がらない状況に対して、最後に次のような提言をした。

「デイサービスのご利用者さんやご家族は在宅での生活や介護でどんなご苦労をされているのか、何にお困りなのかという実情を介護事業者はもっと理解する必要があると思います。そこから、延長サービスの意義や価値が強く認識できるようになるのではないでしょうか」

総務省の就業構造基本調査(平成24年度)によると、介護・看護による離職者は年間で約10万人。デイ・ホーム上北沢のような施設が増えれば、社会問題でもある介護離職の増加を防ぐことができそうだ。また、高齢者の在宅生活を支援するという面では、地域包括ケアの推進にもつながるだろう。
▲テレビを見たり、雑誌を読んだりと、ゆっくりくつろぐ利用者も多い
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文: 髙橋光二
写真: 阪巻正志
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