業界最新トレンド
「小さな子どもを抱えているため、働きたいのに働けない」。保育施設の受け入れ態勢の問題から、産後に社会復帰の壁にぶつかる女性は非常に多い。東京都町田市の社会福祉法人合掌苑では、そんなママたちを積極的に受け入れる採用体制を整備している。また、2016年7月には、社員寮としてシングルマザー向けのシェアハウスもオープンさせた。介護業界の人材不足と、育児中の女性の社会復帰問題を同時に解決するその取り組みとは?

一人の女性社員が自身の経験から
保育問題をクリアする体制を作った

東京都町田市、横浜市で老人ホーム運営や訪問介護事業などを手がけている社会福祉法人合掌苑。2014年から保育問題に悩むママたちを支援する「マザーズ・プロジェクト」に取り組み、これまでの2年間に11名を採用している。今後も増やしていく予定だ。

この採用体制を作ったのは、戦略推進本部の加藤洋子さん。自身も保育施設の受け入れ問題に悩んだ経験があり、これをもとにママ向けの採用プロジェクトをスタートさせたという。

「産後に社会復帰したくても、保育施設の受け入れ先が決まっていなくては企業に採用してもらえません。一方、保育施設側は仕事が決まっている人を優先して受け入れるため、堂々巡りで解決できない。私自身も産後に仕事を探していた当時、その壁にぶつかり、『企業側がこの問題をクリアする体制を作ってくれたらいいのに』と思っていました。その後、異動で採用担当になり、求職者の皆さんと面談する中で、同じ悩みを持つママたちが多いことに気づきました。そこで、この課題をクリアすれば、働きたい人が働けるようになると考えたのです」
▲「マザーズ・プロジェクト」を企画・実現した加藤さん。自身も育児中の社会復帰に悩み、合掌苑にパートとして入社した後、正社員となった経歴を持つ。現在は、シングルマザー向けのシェアハウス「ペアレンティングホーム」の実現にも取り組む
もっと読む

就労証明書の発行で入園を支援
ハローワークの協力で認知度を高めた

マザーズ・プロジェクトでは、10〜11月の時点で翌年4月から採用する人材の募集、面接、採用決定を行う。つまり約5~6カ月前に採用を決定し、11月末〜12月の保育園への申し込み時には、申請に必要となる就労証明書を発行して、保育園に入りやすい体制を整備している。そして、入園が決定する2月に本人に就労可能かどうかを確認。勤務開始の翌年4月には、短時間の保育で子どもを慣れさせる「慣らし保育」に対応できるよう、短時間勤務をOKとするなど、全面協力する体制を整えた。

「勤務予定先が事前に『就労証明書』を発行してくれないことが、保育園に入る際の最大の壁になっているのです。世間では、新卒採用は4月が一般的ですし、中途採用やパートの場合には、採用直後からの勤務を求めるもの。しかし、介護の仕事の場合、求人広告を出してもすぐに応募があるわけではありません。そこで、仕事をしたいと考えている子育て中のママに、半年先の採用決定を出すことで保育園の問題を解決すれば、採用の可能性も高いと考えたのです。会議の場でこの話をしたら、誰もが納得してくれました」

募集については、近隣のハローワークでマザーズコーナーを設置しているところに企画を持ち込み、担当者から大きな協力を得ることができたという。

「町田、大和のハローワークの担当さんにご協力を頂いています。相談員の方が直接本人から話を聞いた上で紹介してくれるケースが多く、応募者の方は介護未経験者の方が9割。施設見学時から本人の希望する勤務曜日や時間帯などを聞いて所属先とのマッチングを行い、内定後にもしっかりと電話連絡でフォローしているため、応募者の8割以上が採用に至っています」
▲託児施設を併設する特別養護老人ホーム施設の外観。マザーズ・プロジェクトで入社した人材は、前職が清掃員、携帯電話の販売スタッフ、飲食店スタッフなどさまざまだ

シッターによる保育園へのお迎えや
シフトの調整などで就労後の支援も充実

一方、就労後にもきめ細かな支援体制を用意している。合掌苑の施設内には、平日16〜20時の時間帯と日曜・祝日の終日、子どもを無料(食事代のみ有料)で預かる託児室がある。夜勤や勤務時間の延長時には、シッターが代理で保育園にお迎えに行き、託児施設まで送り届けてくれる。

「夜間保育に対応していない保育園も多くありますし、勤務を抜け出してお迎えに行くことは難しいので、事前に保育園側に代理のお迎えが行くことを申請した上で、安心してお子さんを任せられる体制を整えました。また、非常勤のスタッフの場合、お子さんの年齢を考慮し、お迎えの時間帯までに仕事を終えるシフトを組んでいます。正社員の場合にも、16時で勤務が終了できる早番のシフトを可能な限り組むようにしていますね。また、お子さんが突然発熱したときなどには、遠慮なく休みや早退などができる職場環境が出来上がっています」

介護の現場は女性スタッフが多く、合掌苑の正社員は55%も女性が占めている。同法人では、継続的に雇用できる体制づくりを目指しており、2016年には子育てサポート企業として「くるみんマーク」も取得。女性の産育休取得100%は当たり前で、男性に向けた育休取得説明会などの取り組みも行い、実際に2カ月弱の育休を取得した男性社員もいるという。

「また、夜勤については専門のスタッフを雇用する“専従化”をしています。2012年から職員の体調管理の面を考え、段階的に施設ごとの導入を行ってきました。現在、ほぼ全ての施設で、正社員も含む日勤スタッフは『夜勤なし』が前提となっています。育休明けのスタッフをはじめ、何らかの事情で夜勤のできない人がいる場合、他のスタッフに夜勤シフトが集中してしまうので、負担をなくす意味でもこうしたシフト体制を採用しています」
▲シングルマザー向けのシェアハウス型社員寮を提供する「ペアレンティングホーム合掌苑」。モダンな外観の施設では、5世帯を受け入れる予定だ

シングルマザーを雇用と住居で支援
ペアレンティングホームの取り組み

2016年7月、合掌苑はさらなる取り組みとしてシングルマザーを支援する「ペアレンティングホーム合掌苑」をオープンさせた。加藤さんはこちらの企画にも取り組んでいる。

「2年前に理事長から『社会貢献の一環として、就労困難なシングルマザーを支援したい』との話があり、そこから子育てと仕事の両立を支援するシェアハウス、『ペアレンティングホーム』の存在を知りました。すでに実績のある一般社団法人ペアレンティングホームさんの力を借りて1棟を建設し、これから入居する人材を募集していく予定です」

合掌苑の施設から徒歩5分という立地で、光熱費を含む家賃は4万5,000円。また、非常勤のパートスタッフの場合には、収入を考慮した金額に設定するという。個々の居室5室と、共用のキッチン、リビング、ダイニング、バス・トイレがあり、冷蔵庫や洗濯機、炊飯器から調理器具、食器まで全てを揃え、身一つで入居できるようになっている。

「介護人材の確保というより、むしろ、シングルマザーの方々の自立支援が目的です。一人で悩んできたママたちが同じ立場の人々との共同生活を通じて安心して暮らせるような住居を提供し、かつ、仕事の面でも支援していきます。合掌苑には、非常勤から準職員、そして正社員登用の道筋もあるので、ペアレンティングホームを活用しながら、いずれ自立して旅立っていくまでを支援できればと考えています」
▲ペアレンティングホーム合掌苑の共用スペース。週に一度、食事づくりや子どもの面倒を見てくれるシッターが訪問する「チャイルドケア」の仕組みも導入。子育てに悩むママたちを精神的にも支援していく

未経験から介護業界に飛び込み、
そのやりがいを知ったママも

合掌苑が運営する重症心身障がい者向けのデイサービス施設、わさびだ療育園で働く磯崎理恵さんは、マザーズ・プロジェクトによって採用された一人だ。もともとは保育士で、結婚に伴う転居のために退職。第二子を出産後、パート勤務での社会復帰を目指したが、やはり保育施設入所の壁に阻まれて悩んだという。

「子どものためにも、正社員ではなく、まずはパートで働きたいと思っていました。しかし、すぐに勤務できなければ採用してもらえませんし、何より、保育施設入所の申請に必要な就労証明書を事前に出してくれる職場など皆無でした。ハローワークで合掌苑を知り、見学に行った際、子育て中でも働きやすい環境が整っていると知り、やってみようと思ったんです」

介護業界は未経験だったが、かつて小学校の特別支援学級にて非常勤の介助員を勤めたことがあり、また、義理の両親が障がい児に向けた養護施設で働いていたため、仕事そのものにも興味を持ったという。

「それでも最初は、『保育園に預けながら、自分のペースで働けるから』という気持ちの方が強かったですね。実際に飛び込んでみて、重度の障がいのある方々と心が通じ合う瞬間があることを実感し、そこから大きなやりがいを感じるようになりました。子育てを優先してくれる働きやすい環境もあるので、子どもが大きくなっても続けていきたいです。現在、介護職員初任者研修を受けていますし、これからステップアップしていこうと思います」
「勤めを継続していない状態から、育児中の女性が新たに働く場を探すことは非常にハードルが高い。特に1〜2歳児を抱えている場合、保育施設の入所枠自体が少ないため、最も難しいのでは」と語る磯崎さん

子育てを支援する取り組みが
新たな介護人材の開拓につながる

昨今、介護施設に保育施設を併設する企業も少しずつ増えている。例えば、千葉県船橋市内で老人ホームやデイサービス施設を運営する社会福祉法人南生会では、3つの保育園を運営し、職員用の託児所を併設。出産後に復帰している職員もたくさんいるという。また、埼玉県新座市内で介護施設を展開している社会福祉法人ゆずの木でも、施設内に認可保育所を併設している。利用するには新座市内に居住しているのが条件であり、入園可否は市が決定するため100%の保証はできないが、採用前に就労先証明書を出すなどの支援を行う。採用時の条件についても相談に乗り、できる限りフォローする体制を作っているという。時代の流れの中で、介護業界も変化しつつあるのだ。

合掌苑では、新たな層の採用と継続的雇用を目指すさまざまな取り組みにより、2015年には離職率7.9%となった。介護業界における離職率は16〜17%が相場のため、かなり低いといえる。採用を担当する加藤さんは、「これからの時代、働きやすい環境づくりと、やりがいを持って働ける仕組みづくりが必要」と話す。

「介護人材の求人倍率は、4倍以上。つまり、求職者一人に対し、4つも5つも求人があります。だからこそ、働きたい人が働けるような仕組みをいかに作るかがポイントになってくると思います。最近では、人手が足りずに立ち行かなくなっている施設も増えています。10年、20年先には、介護が必要な人々はさらに増えていくので、それに備えるためにも、これから先はニーズへのマッチングを考えた採用が重要になってくると考えています」

現在、外国人の雇用もしており、さらに、「ユニバーサル就労」を推進するため、引きこもりの若者や、高齢者、障がい者の雇用など、多様な人材を介護業界に受け入れる施策にも着手しているという。

介護の未来を支えるのは、「働きたい人が働ける環境をいかに作るか」にかかっているのかもしれない。
[
文: 上野真理子
写真: 刑部友康
]