ヘルプマン
2016年、第6回「日本でいちばん大切にしたい会社」アワードで、厚生労働大臣賞を受賞した株式会社エイチ・エス・エー。神奈川県小田原市を中心に医療保険による訪問マッサージ、有料老人ホームの運営など、幅広い事業を展開する。代表の田中さんは脱サラで起業を果たし、「社会的企業」を経営理念に掲げ、フラットで自由な組織づくりへの挑戦を続けてきた。1999年の設立以来、黒字経営を続け、平均離職率2.76%(過去5年)を誇る同社の、「働く人」を主役とする革新的なその取り組みについてお話を伺った。
プロフィール紹介
会社員時代、社会学に関心を持ち、社会のためになる組織づくりを志す。1999年、有限会社エイチ・エス・エーを創業。機能回復の手助けをする訪問マッサージ事業からスタートし、訪問介護、デイサービス、福祉用具、介護タクシー、さらには障がい児のためのデイサービス、老人ホームなど、多様な事業を展開。現在のスタッフ数は260名超。自身の経験と知見を生かした講演活動も行い、横浜市立大学、玉川大学、神奈川大学(2016年度から)などでも講義を行う。

脱サラ起業で目指したのは、
「働く人が前向きになれる組織」

田中さんが組織づくりに関心を持つようになったのは、会社員時代のこと。与えられた業務をこなすだけの先が見えない日々に矛盾を感じ、社会学に興味を持ったことがきっかけだ。働く人たちが前向きに仕事に取り組めるような組織をつくりたいと考え、起業を決意した。

「社会が成り立つのは働く人がいるから。だからこそ、働く人を主役と考え、いかに未来への希望が持てる仕組みをつくるか、働きやすい環境をつくるかが大事だと考えたのです。そもそもは、介護業界への参入を目指していたのではなく、社会に役立つ組織をつくりたいと思ったことが始まりでした」

田中さんが起業したのは、1999年。訪問マッサージ事業をスタートしたその翌年、介護保険の制度がスタートした。その後、利用者からの問い合わせが増加し、介護の必要性を感じて訪問介護の部署を立ち上げたが、それ以降も事業の幅は広がっていく。現在では、介護タクシーやデイサービス、老人ホーム、障がい児のデイサービスなど、介護業界におけるさまざまな事業を展開している。
▲「社会学を学んだことで自分の人生の道が開けて、組織づくりを志した」と話す田中さん。現在、大学や中小企業に向けたセミナーなどで「人生論」の講義も行っている
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スタッフ参加型の組織づくりが
事業の成長につながっている

なぜこれほどまで幅広い領域を手掛けるまでに成長できたのか? その理由は、スタッフ参加型の組織づくりにあった。

「私は、会社員時代から、『経営者の経営』は机上の空論だと考えていました。事業計画を実行するのは現場で働く人であり、彼らが最も多くを理解しているのです。そのため、当社では、各事業部・各施設ごとに、現場レベルで年間の事業計画を作成します。利益や経費はもちろん、自分たちの給料も含めてプランニングしてもらいます」

計画立案の流れも、事業部ごとに一任。大きな部署では管理職以上のスタッフのみが携わり、小規模な施設などの小さな部署ではパートのスタッフまで巻き込んで計画を立てている。

「新規事業の立ち上げも、スタッフ自らが発案・実行できる仕組みがあります。3名の賛同者を集めて提案する方式で、最終的なOKが出れば、コンサルタントを入れるなどして本人たちが実行に移す。失敗したら、会社が責任を取る仕組みですね。驚くべきは、介護業界で働く人たちの多くが、新規事業でも高い能力を発揮することです。彼らは、ご家族から情報を収集し、介護計画を立て、関係者に説明し、問題があれば修正してモニタリングするという一連の流れを日常的に経験しているので、そうした能力に長けているのです」
▲社長のデスクは、スタッフ同様、執務フロアの一角にあるため、誰もが気軽に話しかけやすい

会社の財務諸表を全員に公開。
全ての会議は全会一致で可決

同社では、財務諸表を社員全員に公開し、部署別の毎月の財務状況から会社の預金通帳の残高まで見せているという。

「スタッフ側も経営者側と同じだけの情報量を持っていなければ、対等に意見が言えなくなるもの。また、数字を理解していなくては事業計画も新規事業もつくれませんから、ただ公開するだけでなく、理解を深める研修プログラムも用意しています。しかしながら、この情報公開の一番の目的は、『全員で会社を監視できる体制をつくること』。不透明な部分があれば、不満につながるので、『どの部署の誰の給料が、どういった事業の利益から出ているのか』まで把握できるようにしています」

これに加えて、7%以上の経常利益が出たら、スタッフに還元する仕組みも。努力した分だけ自分たちに返ってくるため、より意識も高まるのだろう。また、新しいことを決定する会議では、全会一致でなければ可決されないというルールも設けている。部署ごとの会議はもちろん、幹部以上が参加する最高経営者会議まで、全ての会議での共通ルールだ。

「進みは遅くても、みんなで決めたという意識の方が大切です。自分たちで考えて決めたことに対しては、うまくいかない場合でも改善していこう、となります。トライ&エラーを繰り返し、よりよくしていくことに、誰しも喜びを感じると思うのです」
▲2016年4月からデイサービス施設の管理長となった永谷琢臣さん。「考えたことをどんどん実践できる面白さがありますし、給与体系も評価体系も明確でがんばりがいがあります。何より、『自分たちでやっていく』という感覚があるから、働くのが楽しいですね」

「働きたい人は全て採用」
離職率2.76%の理由とは?

これまで「働きたいという人は、全て採用する」という方針を取ってきた同社では、現在、260名超のスタッフが働いている。実際、募集人数に対し、先着順で採用しているという。

「『人が、人を選ぶ』ということには違和感がありますし、どう見ても能力不足だと感じる人材でも、入社後、一部の利用者さんから非常に評判がよく、可愛がられるというケースも少なくはありません。利用者さんもさまざまな個性を持っているので、多様なスタッフを受け入れることが大事だと実感しています。ただし、最長3カ月のトライアル期間を設け、本人の意思を確認した上で正式採用としています」

人手不足の介護業界で「5年連続増員」を続けているが、注目したいのは、過去5年間の平均離職率2.76%という驚異的な定着率だ。その理由としては、前出の多様な取り組みだけでなく、働きやすい労働環境づくりも大きなポイントとなっている。

「スタッフはロボットではなく人間ですから、余裕がないといい発想も出てきませんし、働くこと自体が楽しくなくなります。うちの会社では、労働生産性の考え方のもと、8時間の勤務時間のうち、6時間分の業務設定をします。つまり、“勤務時間を、やるべき業務で詰め込みすぎない”ということ。このくらいの余裕がなくては、壊れてしまいますから」

また、全社を挙げて残業をしない方針とし、有給休暇の取得促進や、産育休の取りやすい環境づくりに取り組み、フレックス勤務もOKとしている。

「仕事が楽しくなると、みんななかなか帰らなくなってしまう。それで、5年前から全社で残業しない取り組みを開始しました。これでようやく帰るようになってくれましたね(笑)」
▲明るく開放感のあるデイサービスの施設内で利用者の髪を乾かすスタッフ。施設内には、障がい児に向けたデイサービスを行うエリアも併設されている

「働き方」を選べる仕組みづくりで
誰もが楽しく働ける環境に

スタッフがやる気になれる制度・環境を整備する一方、働き方やキャリアアップにおいて「個々の選択の自由」を大切にしているのも大きな特徴だ。

パートスタッフについては、できることに合わせて時給が上がる仕組みで、「マイスタープログラム」という研修制度を設け、グレードごとに時給がアップする。エントリーするかどうかは本人の自由だ。

「社員も、昇格の条件が全て決まっていますし、課長職以上になった場合、役員として最高経営会議に参加するのか、そのまま社員として働き続けるのか、選べます。どんな会社にも、がんばりたい人もいれば、現状維持がいいという人もいますし、『いまは無理でも、余裕ができたらがんばりたい』という人もいるもの。だからこそ、組織づくりにおいては、多様性を認めた上で、働く人が楽しく過ごせる土台があることが大事だと考えています」

個々の考え方や状況に合わせて働き方を選べるため、無理なく働き続けることができ、将来のキャリアにも希望を持てる。こうした取り組みもまた、定着率の高さにつながっているのだろう。
▲エントリー形式の研修プログラム。マッサージ師とケアマネージャーの研修を受けているというスタッフは「『自分にできること』を考えながら仕事できるので、行動していく中、自分自身が必要とされる喜びを実感できます。役職に関わらず給与体系がオープンなため、納得感がありますし、研修を通じてキャリアを築けることもやりがいにつながっています」と語ってくれた
▲2016年3月に行われた「日本でいちばん大切にしたい会社」アワードでの授賞式風景。同社は障がい者雇用にも取り組んでおり、その雇用率は2015年の時点で3.4%となっている

3つの相乗効果が安定経営を生む。
組織づくりに終わりはない

同社は、常に8%前後の経常利益を保ち、これまで安定経営を続けてきた。その秘訣について聞くと、「規模」「サービス品質」「スタッフ数」の3点が相乗効果を生み、よいスパイラルを生んでいると田中さんは話してくれた。

「神奈川県小田原の地域に密着し、コツコツとやってきた結果、現在までの利用者数は延べ1,400名に。小田原エリアでのシェアは1位ではないかと思います。10%のシェアを超えると、利用者さんにも働く側にも安心感が芽生えます。介護業界は利益率が低いので、ある程度の規模を持つことでまとまった利益が出ますから」

そこまでの規模に到達するためには、高いサービス品質を提供できることはもちろん、それを提供できるだけのスタッフ数を確保できていることが大前提だ。

「サービスの向上については、他の施設では受け入れが難しい利用者さんも受け入れ、『自分たちの成長のためにもチャレンジしていこう』という姿勢を貫いてきました。その結果、スタッフのレベルがどんどんアップしたと感じます。また、新人研修には、私自らが講師となる『人生論』についての講義を盛り込み、『人生における仕事の時間は長い。お金のためだけでなく、自分に役立つものにしよう』と伝えています」

さらに、管理職向けには経営やビジネスの仕組みについて学ぶ外部研修を用意し、研修後は管理職自身が講師となって部署のメンバーに伝える制度も設けている。さまざまなことについて学ぶ機会をつくり、それを実行に移し、自分たちの成長を実感する。その喜びが自信となり、また次の行動につながっていくと田中さんは考えている。

「高齢者がさらに増える時代に向け、介護業界ではさらなる受け入れ体制づくりを急がねばならない状況です。しかし、多くの介護事業者が失敗に陥るのは、いきなり規模を拡大しようとするから。私たちは長い時間をかけ、いまようやく、『働く人が楽しく働ける環境』を実現できてきたと感じています。とはいえ、外部環境や人の考え方は変化していくので、システムが完成することは永遠にありません。常に道半ばである意識を持ち、毎年変化を遂げていく組織であり続けようと思っています」
[
文: 上野真理子
写真: 阪巻正志
]
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