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介護業界人事部

2015.04.16 UP

まじめに楽しく改善し続ければ、採用力は必ず向上する

まじめに楽しく改善し続ければ、採用力は必ず向上する/社会福祉法人 藤花会

「採用したいけれど、人が来ない」では何も始まらない

「採用に力を入れているけれど、思うような効果が得られない」「採用力を強化したいけれど、何から手をつけていいかわからない」という介護事業者に、ぜひご紹介したい事例がある。

岡山県にて「特別養護老人ホーム せとうち」「小規模多機能ホーム せとうち」を運営する、社会福祉法人藤花会。2009年に法人設立認可を取得、2010年9月に施設を開設し、2015年10月には「地域密着型特別養護老人ホーム」「小規模多機能ホーム」を開設予定のまだ新しい介護事業者だ。

初めは、新規採用はハローワークや職員の紹介に頼っていたが、組織が大きくなるにつれて採用の重要性を実感。「計画→実行→評価→改善」を繰り返す「PDCAサイクル」を回し続けることで、着実に採用力を高めている。2013年度の新規学卒採用数は1人、2014年度は4人、2015年度は8人と、採用数は着実に増加しており、現在スタッフ109人中、32人が20代だ。
また、岡山県社会福祉協議会(以下県社協)と協働して、他の介護業者を巻き込み、業界全体の採用力を高めることにも注力している。

どういう方法でPDCAを回し、採用力強化につなげているのか? また、自施設のみならず、業界全体の採用力向上に注力しているのはなぜか? 同法人の理事であり、「特別養護老人ホーム せとうち」「小規模多機能ホーム せとうち」の施設長である大城憲一郎さんに話を聞くため、早春の瀬戸内を訪れた。

職員紹介主体の採用方法で壁にぶつかり、「採用」を真剣に考えるように

岡山県瀬戸内市。雄大に流れる吉井川のほとり、「日本のエーゲ海」と称される景勝地の牛窓にもほど近い、豊かな自然に囲まれた場所に「せとうち」はある。広く取られた窓から春の光が差し込む建物内では、たくさんの若い職員がイキイキと働いていた。▲岡山県瀬戸内市にある「せとうち」施設長の大城さんは、2010年9月の施設開設当時を振り返った。
「立ち上げ時は、採用活動は比較的スムーズでした。ハローワークや県社協の人材センター、人脈をたどったり、職員の紹介で充足できていたんです。しかし、2年後に『特別養護老人ホーム せとうち』を60床から100床に増床する際に、新規採用が以前のようにはうまくいかなかった。それまでも、いまの採用方法ではそのうち立ち行かなくなるだろうと漠然とは思っていました。それが現実になったことで、“採用”というものを真剣に考えるようになったのです」

そして2年半前、県社協が開催している「福祉人材確保研究会」(以下 研究会)に参加してみたという。採用方法について何らかのヒントが得られると考えたためだ。

「それまでは、立ち上げ期で猛烈に忙しかったこともあり、岡山県社協と連携を取る機会はありませんでした。でも、初めて研究会に参加してみて、ワクワクさせられましたね。県社協では、夏と冬の年2回、『福祉の就職総合フェア』を開催していますが、自施設のブースを構えるだけでなく、参加者に対してプレゼンテーションもできるという。介護業界に興味を持っている方々に、広くせとうちをPRできるチャンスだ! とうれしく思いました。また、県社協が目指す方向性にも、とても共感させられました。就職フェアに参画する介護事業者がそれぞれ事前に採用ノウハウを身につけ、求職者を参画事業者全員で“おもてなし”することで、県全体の採用力を上げる、というのが県社協の方針。参画している事業者が力を合わせて取り組めば、介護業界への注目が高まり、全体の採用水準も上がる。切磋琢磨しながら採用力向上に努めたいと思えました」▲県社協が開催している「福祉人材確保研究会」の模様研究会では、就職フェアでの“おもてなし”を強化するための策として、「自施設の『らしさ』を磨きPRする」ことと、「現場の若手を巻き込み、職場の雰囲気をアピールする」ことを学んだ。大城さんは、「まず1回目のフェアは自分が先頭に立って行い、その後、ノウハウを若手に伝授して任せよう」と考え、自施設の「らしさ」をあらためて考えてみたという。

「ただ、いろいろな『らしさ』は頭に浮かぶものの、なかなか自分では一つにまとめられませんでした。そこで、研究会で学んだ『魅力因子の4象限(仕事軸、組織軸、人軸、待遇軸)』に則り、職員全員にせとうちの魅力を選んでもらったところ、一番多かった答えは『人間関係のよさ』でした」▲この「魅力因子の4象限(仕事軸、組織軸、人軸、待遇軸)」に則って、自施設の魅力を考えた

人間関係のよさを「らしさ」に設定し、フェアで前面にアピール

部外者が客観的に見ても、「せとうち」は雰囲気がよく、職員同士の人間関係のよさが伝わってくる。若い職員が「こんにちは」と笑顔であいさつする姿はとても気持ちがいい。入居者にも笑顔で積極的に話しかける姿を何度も見かけた。同施設のモットーは、「よく働き、よく遊べ」。これを皆実践しているのだという。▲真ん中の男性が、大城さん。若手職員との交流も活発だ施設長である大城さんは、元は営業マン。コミュニケーションをとるのがうまく、職員の意見を聞く姿勢も持っている。職員が直接大城さんに相談をしたり、現場改善のアイデアを意見することも、ごく自然の日常だという。
また、全職員と必ず年2回、1対1の面談を行っていたり、経営などに関する全ての情報を会議などの場を使って全職員に開示するなど、風通しのよさを徹底している。だからこそ、組織の立ち上げ時期は、ハローワーク・職員からの紹介などで十分人材が採れていたのだ。

職員アンケートで、「せとうち『らしさ』は、人間関係のよさである」と確認した後は、それを就職フェアでどう伝えるか…に頭をひねった。

そして、初めて参加した2012年冬のフェアで、大城さんは次のようなプレゼンを行った。

まず初めに行ったのは、自己紹介。出身地である奄美大島に2~3年に1回は1週間帰省していること、岡山のサッカーチーム「ファジアーノ岡山」のサポーターであり、ホームの試合は全試合観戦していることを挙げ、施設長自らが「よく働き、よく遊ぶ」を実践していること、そして休みが取りやすいことを伝えた。また、職員が笑顔で働く写真や、職員同士で旅行に行ったりイベントに参加しているプライベート写真を多数紹介し、「らしさ」を伝える努力をした。

その結果、プレゼンを見た来場者の多くが興味を持ってくれて、ブースに足を運んでくれた。第1回目の着席数は33人、そのうち3人が面接に進み、3人の採用につながったという。

フェアを振り返り、改善点を洗い出してPDCAを回す

「プレゼンはうまくいきましたが、いま考えるとブースの工夫はまだ足りていませんでしたね。法人理念を貼り出しただけの殺風景なブースで、“おもてなし”の視点が足りませんでした。そこで、2回目からはフェア担当者を若手職員から募り、1回目の学びと反省を共有し、若手中心に取り組みました」

情報共有の際は、自身が感じたフェアの楽しさを、笑顔で共有したという。こんなプレゼンをして、ここで笑いが起きた。ブースではこんな出会いがあった…などなど、楽しそうに語る大城さんの姿を見て、「自分もやってみたい!」と多くの職員が手を挙げたという。フェアの担当者になれば、県社協の研究会に参加する必要があるし、プレゼン内容やブースづくりも考えなければならない。業務量が一気に増えることになるが、それでも皆が参加を希望し、より魅力的なフェアになるようにと何度もミーティングを行い、知恵を絞ってくれた。

果たして、2回目の参加となった2013年夏の就職フェアでは、若手職員がおそろいの法被を身につけ、フェアを盛り上げたという。夏らしさを演出しながら、人間関係のよさという「らしさ」をPRできると、担当者皆で考えたからだ。

プレゼンテーションでは、大城さんの例に倣って、担当者がそれぞれの自己紹介をエピソードを交えて行い、来場者の目を引くことに成功。それぞれが考える「藤花会らしさ」を体現した。ブースにも、夏祭りのような装飾をあしらい、施設でのイベントの模様やプライベートの写真を多数貼り付けて職員や入居者の笑顔をアピール。来場者が足を運びやすく、かつ相談しやすい雰囲気を作った。

施設概要を語るだけでは、魅力は伝わらない。職員が自分の言葉で、かつ自分を絡めたエピソードとともに話すことで、魅力がイキイキと伝わるのだ。▲そろいの法被を着てプレゼンテーションを実施その後も、来場者数の検証から改善を繰り返す中で、フェアでのプレゼン内容やブースづくりをブラッシュアップさせ、来場者数、ブース着席数は順調に増加。2014年夏の就職フェアでは着席者数50人、そのうち7人が面接に進み、6人の採用につながった。いまでは藤花会を手本にする事業者も多い。

採用担当になることで、自施設の強みに気付く、やる気も上がる

現在、採用担当者として活躍しているのは、現場の若手スタッフ4人。そのうち、3月上旬の県社協の研究会に参加していた小野綾香さん(入職3年目)、岡田雄希さん(同5年目)、柳瀬達也さん(同5年目)の3人に話を聞いてみた。▲左から、岡田さん、小野さん、柳瀬さん。「せとうち」期待の若手スタッフだ「採用業務を任されたのは、2年目のとき。人前で話すのは苦手だし、私に務まるかな…と初めは不安でした。でも、フェアに向けて求職者が何を求めているのか、どうやったら同じ目線に立てるのかをじっくり考えるために、自分の就職活動のときを思い出し、初心に戻ることができましたね。入職して2年が経ち、仕事に慣れ、毎日がルーティン化していたところがありましたが、命を預かる大切な仕事なのだと再認識でき、気持ちが引き締まりました」(小野さん)

「フェアでたくさんの求職者と触れ合う中で、僕らは施設の代表である、という想いが芽生えました。皆さん、せとうちの代表としてのわれわれを見て、どんな職場なのかを判断している。非常に責任の重い役割だと思いました。それまでも心掛けてはいましたが、フェアに参加してからはより一層、気持ちのいい挨拶や笑顔を意識するようになりました」(岡田さん)

「自分がどういう組織で働いているのかじっくり考える機会を得て、いままでどれだけ漠然と働いていたのか気付かされましたね。せとうちらしさとは? を追求していくと、自然と視座が高まり、経営者視点で施設全体の魅力を考えるようになります。それまでは、忙しい、疲れたなどつい愚痴を言うこともあったのですが、あらためてせとうちの魅力を再認識することができたことで、モチベーションも上がりました」(柳瀬さん)▲ブースでは、笑顔で「せとうちらしさ」をPR県社協の研究会に参加するようになったことで、業界内での横のつながりができたことも収穫という。

「他施設の方との意見交換から、あらためて自施設の『らしさ』に気付くことができるし、せとうちらしさとは? をいま一度考えさせられる」(小野さん)、「高齢者施設だけでなく、障害者施設、児童施設などさまざまな施設の方の意見を聞けるのは貴重」(岡田さん)、「他の施設の方の話を聞くことで、うちの長所だけでなく欠点も見える。改善すべきポイントも見えてくるので、もっとがんばろうと奮起できる」(柳瀬さん)などの声が聞かれた。研究会への参加が、若手職員にとっても大いに刺激になっているようだ。▲現在のブースはここまでにぎやか!

自施設の成功事例は全て共有、業界全体の向上に尽力したい

現在では、大城さんは「アドバイザー」という立場で、研究会に参加している。いち早く採用手法の改善に努め、成果を挙げつつある介護事業者として、これから改善に取り組もうとしている他の事業者に、当事者としてアドバイスするという立場だ。1年前に、県社協からの要請を受けたのがきっかけだという。

県社協の岡山県福祉人材センター副所長、岡智明さんは、大城さんにアドバイザーを依頼した背景をこう語る。

「県社協ができるのは、研究会の場で専門家の協力を得ながら人材確保に向けたノウハウや、福祉・介護業界だけでなく他業界の取り組み事例を紹介したり、フェアに多くの人を呼び込むための策を講じること。各事業者がこれらを活用し、自身の採用力向上につなげていくことが何より重要です。ただ待っているだけでは、人はなかなか集まりません。他業界との採用競争も激化しています。『選ばれる業界』になるためには、参加事業者とわれわれが連携を取りながら業界全体の意識向上に努め、全体の採用水準を上げることも重要です。そこで、参加事業者と同じ目線で研究会に参加し、自身の体験談を交えながら実践を促してくれるアドバイザーの役割をぜひ、藤花会の大城さんに担ってほしいと考えました。理論を実践すれば成果につながることを当事者が伝えれば、参加者の意識は変わります。自施設の取り組みを惜しみなく共有してくれる藤花会さんが、業界全体にいい影響を与えてくれていると感じます」

大城さんも、次のように話す。
「アドバイザーといっても、指導役というわけではなく、あくまで参加メンバーの一人としてさまざまなノウハウを共有するようにしています。その結果、他の施設の採用力が上がり、研究会に参加していない事業者も『話を聞いてみたい』と集まるようになれば、業界全体の採用力向上にもつながります。参加事業者が増えれば、われわれも新たな視点を得られ、刺激を受けられますし、新たな改善点が見えることで自施設をさらにブラッシュアップすることも可能になります。介護・福祉業界は、とかくマイナスイメージで語られることが多いですが、いい施設が増えれば、この業界を目指す志の高いスタッフが増え、入居者も幸せになる。われわれ当事者が率先して、業界全体を盛り上げる策を練ることが何より重要だと考えています」▲研究会でのグループワークで、他施設のスタッフにアドバイスする大城さん藤花会が採用力UPという課題に取り組み始めたのは、わずか2年半前だ。この2年半の間で、らしさを明確化し、若手を巻き込み、フェアでのPRを実行・改善し続け、岡山県全体が見習う(まねる)べき存在に進化したのだ。

福祉業界の採用活動を見ていると、2000年ごろから時間が止まっているように感じる。世の中がネット社会に急速に進化している中、昔のよかった時代をただ懐かしんでいるだけで、自らの採用活動を改善しようとしていない。藤花会が行っているような採用活動の改善に業界全体で取り組めば、福祉業界に対する世の中のイメージも変わるはずだ。まずは、「いまの採用活動は本当にこれでいいのか?」と疑うところから始めてもらいたい。

【文: 伊藤理子】

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