facebook
twitter

介護業界人事部

2015.01.16 UP

「人を育てたい」と本気で思う経営者のもとに人は集まり、戦力化する

「人を育てたい」と本気で思う経営者のもとに人は集まり、戦力化する/社会福祉法人 若竹大樹会

「組織が小さいから研修できない」は言い訳にすぎない

「職員研修をしたいけれど、組織が小さく現場を空けられないので、なかなか実施できない」という経営者に、ぜひ紹介したい事例がある。経営者が本気になれば、数十人の小さい組織でも研修に注力することはできるのだ。
職員を本気で育成しようという姿勢があれば、その気持ちに惹かれて人は集まり、定着・戦力化する。小さな組織からスタートし、今や職員数1,300人以上に成長した若竹大寿会の取り組みを、ぜひ参考にしてほしい。

横浜市に介護老人福祉施設「わかたけ青葉」など21事業所、東京都に1事業所を展開する社会福祉法人若竹大寿会。同法人は、新人からリーダークラスまで、階層別の研修制度が充実していることで知られている。

中でも新人研修は1カ月をかけて、介護施設の職員としての「技術」を教えるだけではなく、職員を守りきり、育て上げるという法人としての姿勢、“職員の誓い”として「自分自身が親にしてあげたいお世話、自分自身の子どもにひらきたい未来、自分自身が利用したいサービス」を目指すことを徹底して教える。
これらを通して、介護職員としての専門性と高い当事者意識が造成され、「ご利用者のために」という姿勢が徹底されるようになる。

その現場をこの目で見てみたいと思い、旗艦施設である横浜市青葉区にある介護老人福祉施設「わかたけ青葉」と、サービス付き高齢者向け住宅「わかたけの杜」を訪ねた。▲「わかたけ青葉」の外観

「わかたけ青葉」はホテルのような落ち着いたエントランス。中に入ると「こんにちは!」と職員が皆、笑顔で迎えてくれた。その奥には、皆が集える食堂や居間が。入居者同士で食事をしたり、お風呂上がりにテレビを見たりと、笑顔で集う姿が見られるという。

隣接する「わかたけの杜」は、テラスハウスのような造りで、完全なる「住居」だ。入居前のお部屋を見せてもらったら、まさにおしゃれなバリアフリー・マンション。広々とした部屋とキッチン、大きな窓からさんさんと光が差し込む。小ぶりの庭で、ガーデニングを楽しんでおられるお宅もあった。敷地内に24時間対応の訪問介護事業所・診療所があり、訪問看護・介護が可能。「元気な高齢者」が、いざというときにも安心して暮らせる住宅なのだ。▲スタイリッシュな外観が目を引く「わかたけの杜」▲内部は広々50平方メートル、もちろんバリアフリーだ

しかし、同法人も、初めは1施設、数十人規模の、小さな組織だった。現在に至るまでには、さまざまな紆余曲折があったという。どんなプロセスを経て、現在の体制を築くに至ったのだろうか?

「組織が小さいから研修できない」発言に、先輩から厳しい一言を受ける

理事長であり、総施設長の竹田一雄さんが、両親が始めた社会福祉法人に入ったのは1993年のこと。それまでは、大手電機メーカーで技術者として働いていた。

「当時はまだ、特別養護老人ホーム1施設のみを運営しており、職員数は60名程度。毎日滞りなく運営するだけでも大変でしたが、当時から『職員研修を充実させたい』という思いを持っていました。技術者時代、会社からたくさんの教育投資をしていただき、そのありがたさを実感していました。知識やスキルの向上だけでなく、自分に投資してくれているという喜びが自信となり、それに応えようという前向きな気持ちにもつながっていたからです。でも、例えば外部の講師を招いて研修をやろうにも、職員10人を集めようとすると、途端に業務が回らなくなってしまう。とはいえ、1人2人のために研修をするのは効率的ではない。試行錯誤の中でどうすればいいのか、悩みました」

そんなある日、ある大規模施設を経営する理事長と話す機会があった。研修制度を設け、運営していることが羨ましくて、つい「職員教育は重要だと思っているのですが、組織が小さくてなかなかできない」と漏らしてしまった。

「そのとき理事長から返ってきた言葉が衝撃的でした。『それはあなたが、本当は研修が大事だと思っていないからでしょう』とばっさり切り捨てられたのです。ショックでしたし、本当に大事に思っているのに…と悔しかったですね。その言葉を機に、『すぐにでも研修に取り組もう。そして、教育研修に注力できるほどの大きな組織を作り上げよう』と決意したのです」

理事長自らが研修講師となり、一人ひとりに教育を行う

まず行ったのは、竹田理事長自らが講師となり、数人単位で行う研修。さまざまな外部の研修を受講し、自分で納得した上でその内容を職員に伝えた。週1回来所するドクターに「10分でもいいから!」と頼み込んで、最近流行っている病気や症状など、トピックス的なことを語ってもらうこともあった。

調理部門のスタッフには、一流の食事を目指してほしくて、ホテルのレストランに連れて行ったり、フランス料理のシェフを招いて調理指導をしてもらったりした。「学ぶ見本」があれば、人は伸びると考えたからだ。本気で育てたいという思いがあったからこそがんばれたし、さまざまなアイデアも浮かんだという。
竹田理事長の「本気」が職員にも伝わり、自主的に学びの機会を持つ職員も増え、意識もどんどん向上、組織は順調に成長していった。

しかし…と竹田理事長は振り返る。「着実に組織は拡大し、成長しました。その過程で研修制度もどんどん充実しました。ただ、当時は技術についての研修が大半であり、『人間性を育てる』という視点が欠けていたのだと思います」▲竹田理事長は現在も、積極的に研修講師を行っている

未曽有の人材難をきっかけに、人材教育の姿勢が180度変わる

組織が大きくなるにつれ、「優れた人材に選ばれる施設」にしたいと思うようになった。それにより、職員の意識がさらに高まり、サービスも向上して、「より高齢者に選ばれ、支持される施設」になれると考えたからだ。

そのために、職員の採用にあたっては厳選に厳選を重ねた。高品質・高サービスの施設にするために、採用試験のハードルを高くし、専門学校の先生方からは「わかたけには中途半端な学生を送っても採用されない。優秀な学生を送り込まないといけない」と言われるほどになった。採用した職員への教育研修でも、「ついてこられない人は、よそに行ってもらってもいい」というスタンスだったという。

現場に出たあとも、常に高い目標を掲げ、「叱って育てる」スパルタ式の教育体制。それだけ施設として高みを目指すことに本気でこだわっていたのだ。本気だから、職員は厳しくとも歯を食いしばってついてくる。そんな状態が続いていた。

その姿勢が、根底からガラリと覆される出来事があった。2006年のことだ。
当時は、職員数約800人規模にまで成長し、施設数も増えていた。厳選採用のイメージも定着し、就職人気は高かったという。同年春に開設した介護老人福祉施設の採用説明会には、採用希望者が列を作ったほどだ。
しかし、同年秋ごろから、採用希望者がパタっと止まってしまった。その数年前から始まっていた全国的な人材難の波に飲み込まれたのだ。それに伴い、人材戦略の大幅変革を余儀なくされてしまった。

「今振り返っても、劇的というぐらいの介護人材難でした。“優秀な学生を選抜採用する”余裕などまったくなくなり、それこそ数カ月ごとに職場を辞めている人や、そもそも介護の世界になど来たくなかった人なども採用せざるを得なくなったのです」

そんなとき、「わかたけ富岡」の山岡施設長(当時)が中心になって、入社式を含め3日間の新人導入研修プログラムを考案し、提案してくれたという。その内容はこれまでとはまったく違うもので、完全に理念の共有とコミュニケーショントレーニングに特化したもの。今まで注力してきた介護技術は、現場のOJTで習得してもらうという案だった。

「思い」をメインに伝える新人研修に対して、竹田理事長は「思い入れが強過ぎて空回りするのでは」と懸念したが、山岡施設長を信じてGOサインを出した。しかし、その結果、人材育成に対する考え方がガラッと変わったという。

「私は3日間ずっと新人研修に同席し、理念の共有などを行いましたが、最終日に感動的な経験をさせてもらいました。研修の最後、参加者十数人が車座になり、一人ひとりに研修の感想を語ってもらったのですが、皆が涙を流しながら自分の心情を吐露してくれたのです。東北出身の若者は、『自分は訛りがあるからばかにされるかもと思っていたが、誰ひとりそんなことをする人はいなかった。この仲間たちとならばがんばれると思った』と語り、まったくの異業界から介護の世界に飛び込んできた人は『経験がなくても、ここならば自分を守り、育ててくれると信じることができた』と話してくれました。かくも皆、不安を抱えていたのかと実感するとともに、今までの『ついてこられる人だけついてこい』というスタンスを猛省しました。そして、この人たちを一人残らず守り切ろう!と決意したのです」

それまでの、「現場で叱って育てる」人材育成方針から、「褒めて育てる」「育つまで見守る」に180度変わった、ターニングポイントとなった出来事だった。

今に安住せず、常に「今より上」のサービスを

先にも紹介したが、現在の新人研修は1カ月かけてみっちり行われている。

介護の基本技術、心を捉えるコミュニケーション技術、認知症ケアなどのほか、利用者の気持ちに立つために施設のベッドに1日中寝てみるという研修もある。それにより、「人の手を借りないと生活できないことのつらさ」を学び、利用者の痛みを知ることで人に優しく、人を大切にする心が養われるという。一方で、テーブルマナーとホスピタリティを学ぶためのホテル研修なども用意されている。

そして何より、「われわれは儲けを目的とする介護ビジネス業者ではない。皆さんを給料で雇った労働者としては捉えていない。困った人たちを助けるために力を合わせる仲間であり、一丸となって人を幸せにしよう」という思いを伝えることを徹底している。▲新人研修は毎年約40名+ファシリテーター10名で行われる▲現場の先輩職員がファシリテーターとして新人研修を支援▲新人研修では、受け身ではなく、自分から発信する体験を重ねる

思いを共有し、「褒めて育てる」を徹底すれば、介護の仕事に対する不安が払拭され、同じ目標に向かってまい進できる。そして、先輩が後輩を大切に守って育てる文化ができる。その結果、介護人材難が続く中でも採用希望者が後を絶たず、かつ長く勤め続けてくれるようになる。同法人では過去8年、毎年40名強の定期採用を行っているが、採用後2年以内の離職は毎年0~2名程度と、業界平均に比べて極端に低い。

「介護業界には、変わること、成長することを真剣に考え、必死に取り組んでいる事業者が少ないと感じています。今日一日を、昨日と同様に無事に終えることができただけで満足している事業者が何と多いことか。しかし、人も、社会も、変化します。1年前、10年前と同じものを提供していては、いつか見限られてしまいます。選ばれ続けるサービスになるには、今に安住せず、さらに上を目指し続けることが大切です」

多くの高齢者は、介護施設に入居する際、「仕方がないから」と覚悟を決めて入る。わがままにしていたら追い出されてしまうから、言いたいことがあってもぐっと我慢する。人生の終盤期を過ごす施設が、こんな場所でいいのか? こんな状況を変えたい――と竹田理事長は語る。

「人は、本質的には“いいこと”をしたいものです。ご利用者の方々に心から喜んでいただけるサービスを提供することで、皆さんに喜んでいただき、それによって職員も誇りを持ち、胸を張って働ける社会をつくりたい。そのためにも、ご利用者の方々をおもんばかる気持ちや技術が養える研修に、これからも力を入れていきたいと思っています」――たとえ組織が小さくても、職員のためにできることは必ずある。本気で「人を育てたい」と思えば、頭をひねってその方法を考えられるはずだ。そしてその方法を継続し、ブラッシュアップし続けることで、思いが伝わり、人は育ち、定着し、戦力化して、大きな法人へと成長するための揺るぎない「土台」ができる。

この若竹大寿会の事例を見れば、「うちは組織が小さいし、現場が忙しいから、研修なんてまだ無理」なんて言い訳にすぎないことが実感できるだろう。「職員を大切にしたい」「職員を育てたい」という思いが本当なら、小さな一歩を踏み出してもらいたい。

【文: 伊藤理子】

一番上に戻る