対談
「今月のヘルプな人」第2回(後編)/日本の介護をテーマにした漫画『ヘルプマン!』(講談社)の作者・くさか里樹さんが、さまざまなジャンルの“ヘルプな人”と対談するコーナー。前編に続いて、東京・お台場にある「日本科学未来館」で行われた、宇宙飛行士の山崎直子さんとの対談の模様をお届けします。重力がない宇宙空間では、身体の不自由な方や高齢者のハンディがなくなるかもしれない、と山崎さん。くさかさんからも、宇宙に行けば新しい介護や福祉の可能性が開けそうと、アイデアが飛び出します。これから社会に出たり、新しい仕事を始める若者へのメッセージまで詰まった後編をどうぞ!

身体の不自由な人や高齢者こそ
宇宙に行ってほしい

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介護といえば、アメリカで宇宙飛行士の訓練をしていたとき、
高齢者の介護施設を見学したことがありました。
入所者と話す機会があったのですが、
皆さん笑顔で、楽しんで暮らしている方が多かったのが印象深くて。
介護のイメージが変わったというか、
「介護はこうしなければいけない」というイメージに
とらわれなくてもいいのだと感じたんです。
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そうですね。もちろん大変なことはあると思うんですけど、
それをいかに楽しんでいくか。
これから介護に携わろうとする若い人の知恵やユーモアを持ち寄って、
みんなで協力しながら、規制の枠を超えた新しい介護の形が
どんどん生まれてくればいいなって思います。
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それでいうと、宇宙空間って無重力ですから
歩く必要がありませんよね?
だから、足が不自由な人でもハンディにならない。
地上での生活に何か不自由さを感じている人にも
いろんな可能性があるんじゃないかと思うんです。
高齢者の方を含めて、ぜひたくさんの方に宇宙に行ってほしい。
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“宇宙介護”なんて出てきたら面白そう。
宇宙に行ったら、考え方も変わりそうですし。
80歳を過ぎて人生観が変わった、なんて(笑)。
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宇宙に行けば
認知症の人との会話も弾む!?

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山崎さんご自身は、宇宙へ行って
どんな心の変化がありましたか?
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いまは情報がたくさんありますから、
地球が丸いとか蒼いという知識はありますよね。
ただ、宇宙に行って初めて窓に近づいたとき、
頭上に地球が蒼く光っているのを見てビックリしました。
地球は足元に見えるものだと何となく思っていたんですね。
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そうか、宇宙では上も下もないんですね。
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新しい発見があった、というわけではないんですが、
頭でわかっていたことが、理屈抜きで胸にストンと落ちたというか。
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なんだかおおらかになれそう。
いろんな物事に対して、価値観も変わりそうですね。
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ISSの中では、手で壁を押しながら移動したり、
足を使って荷物を運んだりする。
相手の顔が180度ズレたまま会話をすることもあります。
くさか先生の顔というと、目が上にあって、と思い浮かべますけど、
宇宙だと逆さまだったりするんです(笑)。
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脳の中に、明らかに違う回路ができますよね。
認識力が何倍にもなって、認知症の方とのコミュニケーションも弾みそう(笑)。

おじいちゃんやおばあちゃんも
人生の経験を蓄えた“宇宙”

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ところで、実は私、山崎さんに恋をしているんです(笑)。
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えっ?(笑)
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ちょっと唐突でしたね(笑)。
実は以前、メールで私の質問に返信いただいたとき、
山崎さんが書いた短い文章の中に宇宙があるというか、
宇宙を見てきた人だからこその、
懐の深さが行間からにじみ出ていると感じたんです。
宇宙という命のない空間に“生き物”として行って、
そこから地球を見た感覚がいまでも残っているんだなあと
惚れ惚れしたんですよね(笑)。
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光栄です(笑)。
漫画『ヘルプマン!』の中でも描かれていますが、
宇宙飛行士は万が一のことがあったときのために遺書を書きますから、
ある程度心の整理をしていた影響もあるかもしれません。
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そうですか。
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だから、地球に帰ってくると
風が吹いてくるだけでもありがたいって思うんです。
地上で見慣れていたはずの景色が同じではないというか…。
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いま、お話を聞いていて思ったのが、
若い人はどうしても人生の情報量が少ないですよね。
おじいちゃんやおばあちゃんは、人生の経験をたくさん蓄えた、
いわば宇宙みたいな存在じゃないですか。
若い人がそういう方々と介護の仕事を通して接することで、
彼らが解き放たれて成長していく姿を、取材を通してたくさん見たんです。
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くさか先生はおっしゃっていましたよね、“人も宇宙だ”って。

どんなことにでも
100点を求める必要はない

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ただ、介護施設の介護士さんの中には、
すべてを一人でがんばらければと抱え込んでしまう人もいます。
宇宙飛行士も、宇宙へ行くというゴールまでとても長い時間がかかる
大変な仕事ですよね。山崎さんはどうして夢を叶えられたんでしょうか?
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私の場合は、宇宙飛行士の候補に選ばれてから、
実際に宇宙へ行くのに11年間かかったわけですが、
初めのころは結果をすぐに求めてしまって、早く行きたいという
思いだけが先走ってしまっていました。
ただ、自分の置かれている状況がどんどん変わり、
スペースシャトルの事故(※)もあったりと
さまざまなことを経験していくうちに、腹が据わってきたというか。
時間がかかっても“何とかなるさ”と思えたんですね。
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だんだんと揉まれていくことで、気負いがなくなる。
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宇宙飛行士も、いろんな人に支えられている仕事です。
宇宙船は地上の人がかなりの部分を遠隔操作してくれていて、
私たちの宇宙での仕事は、実際に手を動かさないとできない実験や
船外活動に特化しているわけです。
すべてを1人でやろうとするとキリがない。
だから、何でも100点を求める必要はないんですよね。
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満点がいいわけじゃない?
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60点、70点でもいいから、とにかくやって前に進む。
もちろん上を目指す時はありますが、
現実と見比べながら、いまは60点で我慢しようとか、
うまく折り合いをつけることが大切だと思うんです。
※ 2003年2月1日に起こったスペースシャトル「コロンビア号」の空中分解事故。大気圏に再突入する際に空中分解し、7名の宇宙飛行士が犠牲になった

宇宙も人生もわからないことだらけ
だから“素晴らしい”

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今日のお話は、若い人にぜひ読んでほしいです。
介護の業界に限らず、新しい世界に飛び込もうと
している人たちに、アドバイスをいただけますか?
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そうですね。私が宇宙について講演や授業をするときに
“Wonderful”という言葉を紹介しているんです。
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素晴らしい、という意味ですよね。
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はい。Wonderfulは、わからないこと(Wonder)が
たくさんある(Full)で「素晴らしい」という意味になっています。
わからないことがあると、不安になったり身構えたりしますが、
実はそれって素晴らしいことだと思うんです。
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なるほど。
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宇宙もまだまだわからないことだらけで、だから面白い。
それは人生も一緒ですよね。
いまでも私も悩むことがありますが、
自分がどう動くか、どんな人と出会うかで、
いろいろと変わっていく可能性がある。
そういう意味で、わからないことを恐れないで
面白がってほしいと思います。
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Wonderful-、素敵な言葉ですね。

浦島太郎の気持ちを忘れずに

画像/取材の最後に、くさかさんから山崎さんへ、似顔絵入りの色紙をプレゼントしました! 
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そういえば、くさか先生は浦島太郎と桃太郎のどっちが好きですか?
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えっ? え~と…。
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宇宙飛行士の心理テストに、そういう質問があるんです(笑)。
どちらが正解というわけではないんですが、
桃太郎には鬼を退治するという使命感があって、
浦島太郎には開けてはいけない玉手箱を開けてしまう、
人間くささを感じませんか?
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確かにそうですね。
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宇宙飛行士に向いているのは
桃太郎のような人だと私は思っていたんですが、
精神医学の先生によると、そうではないらしいんです。
宇宙では、予測できないさまざまなことが起こります。
そういった状況の中でも、それを楽しめるような人間くささ、
無邪気さが宇宙飛行士には必要なんだと言われて。
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そうか…。
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何かを目指すとき、目標が近ければ集中することが必要ですけれど、
長い目で見て、遊び心も忘れずにいることも大切なんだと思います。
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山崎さんはやっぱり奥深い方だなあ…。今日はありがとうございました!


(了)

★くさか里樹のつぶやき★

「介護では使命感の強い桃太郎が求められがち。でも、じじばばは浦島太郎も大好きに違いない。目指せ、ワンダフル・ケア!」(くさか里樹)
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★取材協力/日本科学未来館★
宇宙飛行士の毛利衛が館長を務めるサイエンスミュージアム。自分自身で触れ、楽しむことができる参加体験型の常設展示や企画展の他、実験教室やトークイベントなど多彩なメニューで先端科学技術を体験できる。全天周映像とプラネタリウムが楽しめる映像シアターや科学コミュニケーターでもある、ヒューマノイドロボットASIMOが人気。
親子で楽しめる新規コーナー!
6月13日より親子向け新規コーナー「“おや?”っこひろば」を公開。体を使って遊びながら「おや?」と不思議に思うことを自ら発見するための仕掛けがたくさん用意されている。子どもたちに次々とわき上がる「ハテナ」の生まれる瞬間を親子で一緒に楽しむことができる。ひろば内で実施される様々なイベントにも注目。
日本科学未来館
所在地:東京都江東区青海2-3-6
電話番号:03-3570-9151
URL:http://www.miraikan.jst.go.jp/
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文: 成田敏史(verb)
写真: 片桐圭
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