ヘルプマン
「従業員には、仕事の面でいい組織人であり、家に帰ればいい家庭人であり、地域に暮らす一員としていい地域人であってほしい」――働く環境づくりにおいて、武石直人さんはワーク・ライフ・バランスを常に意識しているといいます。その背景にあるのは、地域の社会福祉事業に真正面から取り組んできた経験と、経営者として従業員の家庭にも責任を持つべきという信念。武石さんのお話からは、地域で豊かに働き、よりよく生きるためのヒントが見えてきます。
プロフィール紹介
中学生のとき、前理事長である父親が「社会福祉の“縁の下の力持ち”」と地方紙に取り上げられ、心に響いたのをきっかけに、事業を継ぐと決める。1986年、大学卒業と同時に入職。事務員として現場を学び、30歳ころから経営に携わるように。独自の発想で、法人内外に向けてさまざまな企画をカタチにしてきた。理事長に就任してからも“よきアニキ”として慕われ、強く優しいリーダーシップを発揮している。ちなみに、学生時代から続けているサーフィンはセミプロ級の腕前で、今も時間が取れるときは海を楽しむ。

地域の声に耳を傾け、
今、本当に必要なものを提供する

「私たちは地域社会になくてはならない存在でありたい」。そんな理念のもと、千葉県福祉援護会ではさまざまな事業に取り組んでいます。障害者支援施設や特別養護老人ホーム(特養)、保育園の経営、そして、それらに伴う幅広い社会福祉事業です。
 
ずっと大切にしてきたのは「今、本当に必要なものは何か」ということ。例えば、30年ほど前に私たちの法人がスタートしたとき、実は特養をつくる計画が進んでいたのですが、当時、千葉県には障害者支援施設が3つしかなく、地域としては、そちらを求める声のほうが大きかった。そのため計画を変更し、まずは障害者支援施設を建てたのです。喜ばれましてね、時を待たずして増築となりました。地域ニーズにしっかり応えることの大切さを学んだ原点です。

その後、「ローゼンヴィラ藤原」の名で順に3棟建設したんですけど、特徴的なのは、障害者支援施設と特養が併設されている点。「なぜ同じ敷地内に?」とよく聞かれるのですが、当時の法律では、障害者は65歳になると特養に移らなければならなかったんです。慣れ親しんだ場を離れて生活環境を維持するのは、難しいものです。ならば、施設が隣にあって行き来ができ、知った顔の職員もいる。そんな環境にしようと独自に企画したのです。

肢体不自由児を受け入れようとつくった保育園もそうですが、私たちの根っこにあるのは、幼少期から高齢期までの各ライフステージにおいて、社会的弱者を支援していきたいという強い思いなのです。
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仕掛けていく企画・提案力が必要な時代

今、社会福祉法人のあり方が問われていると思うんです。かつての福祉施設というのは、乱暴に言えば、行政の指導に基づいてサービスを提供し、人々に喜んでもらえたら「おしまい」。草の根的な事業でとどめてしまうことが多かったのです。でも、今の超高齢社会を考えれば、それでは時代に追いつけません。

福祉を必要とする人たちを、あらためて“お客さま”として捉え、時代や地域のニーズに合致したいいサービスを企画、提供し、報酬をいただく。そして、得た利益は社会福祉業界に再投資して、次の事業へと結びつけていく。当たり前のことですけど、この業界には、もっと経営感覚や、自分たちから仕掛けていく提案力が絶対的に必要です。

お客さま満足度の高い商品やサービスが生まれれば、それは他の地域でも価値を発揮するかもしれない。そういった循環で、困っている方々のために事業展開するのが社会福祉法人というもの。職員一人ひとりにも、その意識を持ってもらいたいと思っています。

技術よりも何よりも、大切なのは人間力

一方で、現場の介護職にしても、基本となる仕事は「生活のサポート」なので、とても幅広く、奥深いわけです。専門スキルはもちろん大切ですが、それ以上に重要なのが人間力です。介護技術が高くても、それだけでは本当のプロと呼べません。

特にうちは、障害者支援施設や保育園も経営しているので、職場に応じていろんな役割が求められます。時には母親として、娘や息子、友人として。あるいは職員として毅然と対応しなければいけない場合もある。だから、私が人材育成で重んじているのは、人間性を高めることを柱にした社会人教育なのです。

社会人の定義は何か――それはいい仕事人、家庭人、地域人として社会に貢献できる存在。とりわけ「いい地域人であるか」は、福祉において重要な側面です。例えば、今年のような大雪の際、自分の家の前だけ雪かきをしておしまいじゃなく、困っている人の手助けができましたか? ということです。

地域と関わっていなければ、地域に役立つ提案なんてできないし、地域福祉を語ることもできない。私はそう考えています。

いい仕事人であるために。
基礎力からしっかり磨く

社会人教育の一環として、うちでは20年以上前からマナー研修なども取り入れています。最初のころは「仕事に直結するの?」という職員の声もあって、おもてなしやマナーに対する意識が低かったんですけど、繰り返してきたことで、ずいぶん変わってきました。外部講師から「ここで3年教育されたら、どこに行っても通用する」と太鼓判を押されるほどに(笑)。

現場の職員がアイデアを出しやすい雰囲気も大切にしています。東日本大震災の被災地支援活動を続けている「ローゼン絆プロジェクト」や、最近では、介護保険法改正にもとづいた「はつらつ高齢者介護予防事業(要介護・要支援状態になる恐れのある高齢者を対象に、地域の公民館やコミュニティなどと連携して、介護予防の仕組みづくりを考え、推進していく事業)」がその一例です。

私たちの仕事は、発想と情熱でいくらでも広げていけるし、何より、自分自身が成長できる場でもあるのです。
業務のIT化にも早くから取り組んでいる

家庭人として、地域人として。
ワーク・ライフ・バランスを重視

先述した社会人の定義のひとつ、家庭人としてのスキルを高めるために、「男塾」「女子力UP講座」というのもやっているんですよ。住宅ローンの制度内容や税制、料理や着物の着付けなど、暮らしで役立つ知識を学ぶ講座です。まだ始めたばかりですが、知識とともに男子職員同士、女子職員同士の交流も深まると好評なので、続けていきます。

制度面でも、子育てと仕事の両立を支援するために、事業所内に託児所を設置したり、母子家庭の扶養手当を厚くしたり。さらに、地域や子どもが通う学校の活動にも積極的に参加してもらえるよう、有給を取りやすくする工夫を考えたりと、働きやすい職場づくりに全力を尽くしています。

ワーク・ライフ・バランスが充実していれば、人は豊かになれるし、そういう人材こそが社会福祉業界の財産となるのですから。
「男塾」ではファイナンシャルプランナーを講師に迎え、人生設計を考える
事業所内の託児施設「キッズルーム」にて

「攻める福祉法人」として、
挑戦を重ねていく

障害者支援でいえば、現在の施策の軸になっている地域移行(入院医療から地域生活中心の生活へ)の問題。そして、ご存じのとおり、団塊の世代が75歳に突入する2025年問題。そんな近未来に向けて、考えている新規事業もありますが、私たちが取り組むべきことはたくさんあります。地域社会の“縁の下の力持ち”として、ニーズを的確に捉えた新商品やサービスを開発し、福祉を必要とする人々を支えていかなければなりません。

その挑戦を重ねていくためには、チーム力が強固な組織づくりが絶対条件になりますが、今、全役職員の指針となる経営哲学「ローゼン・フィロソフィー」を策定しているところです。ベースとなる道徳や倫理、仕事の意義、ビジョンを共有するために。

地域の人も、働く人も幸せになれる理想の社会福祉法人をつくり上げる―それが、私の夢なんですよ。
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文: 内田丘子
写真: 飯島 裕
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