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ヘルプマン

2013.12.09 UP

「死に備える」という 新たな日本の文化をつくる

余命わずかな人々の「終わりをいかに豊かに過ごしてもらうか」をテーマに、終末期の専門家として、肉体的な痛みはもちろん、精神的、社会的な痛みとも向き合ってきた髙丸慶さん。日本人の中に「死に備える」という文化を確立したいと、オーダーメイドの訪問看護・介護サービスを立ち上げ、エンディングコーチという専門家の育成にも力を注いでいます。髙丸さんが終末期ケアに特化したサービスをめざした理由や、今後のビジョンについて伺いました。

オーダーメイドの訪問看護サービス

これまで終末期の病気療養といえば病院が当たり前で、約8割の方が病院のベッドで亡くなるというのが現実でした。これに対して私たちは、「慣れ親しんだ自宅で最期を過ごしたい」「過ごさせてあげたい」という患者さんとご家族の思いに応え、自宅での療養・看取りという選択肢を提供したいと考えました。

2008年に株式会社ホスピタリティ・ワンを設立し、オーダーメイドの訪問看護サービスの提供をスタート。ご利用者の8割は余命3カ月の宣告を受けた人とそのご家族です。

入院中の患者さんが年末年始だけ一時外泊したいといった場合の付き添い看護から、ご自宅に戻っての看取りまで、患者さんやご家族のご要望に合わせてきめ細かな看護を提供しています。介護保険では対応が難しい医療サービスにも対応、終末期に起こるさまざまな医療行為について、経験を生かした“後悔のない看取り”を提供することで、これまで約120人の方を看取ってきました。

「親を看取れない後悔」を知って、起業

このサービスを始めたきっかけのひとつは、高校時代の「死への準備教育」という特別授業。アメリカではデス・エデュケーションと呼ばれているものです。ある末期がんの音楽家がいよいよ最期というときに自宅に戻り、仲間と一緒に歌ったりしながら最期を迎えるという内容でしたが、自分には衝撃的で、初めて死というものや看護師の仕事を意識することになりました。

しかし何より大きかったのは、祖父母の死とそれを受け入れられなかった私の母の影響です。祖父は私が小学校5年生のとき、祖母はその1年後に相次いで心臓発作で亡くなりました。母は二人があまりに突然亡くなって、感謝の気持ちを伝えられなかったことを後悔し、「祈る」ということにすがるようになりました。

これは後で知ったことですが、ある研究では、残された家族の心理について、余命宣告された場合は亡くなった後の立ち直りが比較的早いのに対し、突然死の場合は長い人で20~30年かかるというデータが残っています。

親を看取れなかったことの後悔を知る者として、残されたご家族が、亡くなった方の思い出や存在に見守られ、その先の人生を前向きに歩んでいくことができるケアを提供したいと考えたことも、起業につながるきっかけのひとつでした。

試行錯誤の末、ビジネスモデルを着想

終末期のケアに関わりたいという漠然とした想いを抱きつつ、大学を卒業後はいったん外資系医薬品メーカーに就職し、大阪支店で営業をしていました。ただ、アフター5の異業種交流会のほうが忙しく、毎日のように仲間とアイデアを出し合いながら起業を夢見ていました。

その後、会社を辞め、上京して大学時代のつてを頼り、看護団体の会報誌の広告代理店を設立。一方で毎週金曜日の夜には青山のバーで仲間とビジネスプランコンテストを主催し、自分自身もビジネスプランの磨き方を学んでいきました。やがて仲間とオークションビジネスの会社を立ち上げるのですが、そこで出会った富裕層の方から、終末期の医療について相談を受けることが増え、ビジネスのヒントを得ました。

そのころ、社会人向けビジネスプランコンテスト「商人(あきんど)輩出プロジェクト2008」があり、“オーダーメイドの訪問看護サービス”という、現在につながるモデルをプレゼンテーションしたところ、最優秀賞をいただき、その年の10月に起業しました。

死に備えるという文化をつくる

家を買う人は火災に備えて火災保険に入ります。実際に火災が起きる確率は、ボヤも含めておよそ1,000分の1。では、どれだけの人が死に備えているかというと、人が死ぬ確率は1分の1なのに、ほとんどの人が備えをしていません。

いつ死んでもいいように遺書を残しておくとか、誰かに伝えておくとか、人によってやり方はそれぞれですが、僕はまず、“死に備える”という選択肢があることに気付いてもらいたい。備えることで悔いのない看取りは実現できるのです。

私が看取った例では、ご主人が余命1週間となったときに奥様から当社に依頼があり、ご自宅で看護させていただいたことがありました。奥様がお手製のお味噌汁を作ってご主人に出されたり、ご主人もテレビのニュースを見て楽しまれたりしていましたが、最期は眠るように亡くなられました。全員が疲弊することなく、やりきった感を持って終わることができ、誰もが“よかったね”と思える最期でした。自宅での穏やかな時間をサポートする(ホスピタリティ・ワンのホームページより)

トータルペインに向き合う終末期の専門家

当社では訪問看護の基本料金を6,000円/時(4時間以上の場合)に設定しています。これは私たちが終末期の“痛み”を取り除く専門家としてのサービスを自負しているから。

臨床心理学には「トータルペイン」という考え方があり、人の痛みは「身体」「心」「家族」「社会」から構成されていると考えられています。従来の看護師教育では「身体」の痛みをとりのぞくことはできても、その他のアプローチには対処できません。

そこで私たちは、患者さんの痛みの原因をヒアリングして、分析し、具体的な解決方法をご提案できるよう、保険や仏事、遺言や相続関係などのスキルを体系化し「エンディングコーチ」という資格として確立しようと考えました。

終末の場では、あくまでもご家族と本人が主人公。マラソンを走るのは本人で、応援するのが家族。そして、エンディングコーチ=終末期の専門家として伴走することが、ホスピタリティ・ワンの役割だと考えています。

看取りサービスでNo.1をめざす

ホスピタリティ・ワンでは現在、関東を中心に30を超える病院から依頼を受け、サービスを行っています。今後5年間の目標は「年間10,000人の看取り、全国100カ所の事業所展開、年収1,000万円の看護師、10の事業」を実現し、看取りサービスでNo.1になることです。

全国には訪問看護ステーションが約6,000カ所ありますが、これと連携しながらサービス拠点を増やし、47都道府県で対応できる体制を構築します。大手病院では、在宅の看取りを行う医師がいるところで、およそ年間100人くらいの方を看取っています。これと同様のクオリティーを持つ訪問看護ステーションと連携する事業所を、100カ所つくろうという計画です。

年収についてはどんな職業でも、その道のプロのトップクラスの人材なら、年収1,000万円は超えてほしいという思いから。人材も大学院生や専門看護師などを中心に採用し、終末期の専門家として利用者に納得していただけるサービスを提供します。福岡のセミナーで、地元の看護師の皆さんと

「若者」×「介護」はユニークなポジション

看護や介護といった終末期のサービスに関わっていると、言葉や時代、文化が違っても、目の前の人々を幸せにできる仕事というのは、社会にとって必要不可欠なものだと感じます。

それにこれらの領域は、人が資本なので初期投資をあまり必要としないし、自分で行動さえ起こせばすぐに市場の反応が得られます。サービスがよければ続けられるし、駄目なら自分が成長し、改善することで修正できます。また、周りの人が若者をどんどん引っ張り上げてくれる業界でもあるので、若くて介護業界を選択しているという時点で、他の業界に比べてかなりユニークなポジションにあると考えていいと思います。

未到の超高齢社会で生活を支えていく日本の介護は世界最先端ですし、サービスの対象である高齢者の方たちは知恵の宝庫ですから、そこから本で学べないような貴重な知見を得ることができます。30年後、40年後、日本が「介護先進国」として世界をリードするとき、そのマーケットの中心にいるのが自分たちだという自覚を持って、精一杯吸収して、精一杯行動していってほしいですね。

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