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2013.09.29 UP

高齢者の暮らしを支える 住まいをプロデュースする

建設メーカーとして知られる大和ハウスが、アザラシ型セラピーロボットや福祉用のロボットスーツなどのロボット事業を行っているって知っていましたか? 実はこれ、未来の高齢者向け住宅づくりのための取り組みのひとつなのです。1989年にシルバーエイジ研究所を立ち上げ、高齢者の住宅を見つめ続けてきた同社が考える、未来の「住まい」とは? (※この記事は2012年以前のもので、個人の所属・仕事内容などは現在と異なる場合があります)

超高齢社会を見越したシルバーエイジ研究所

シルバーエイジ研究所が発足したのは平成元年(1989年)、今から23年前になります。当時はバブル経済の絶頂期。嘘みたいな話ですが、仕事をお断りしていたほどの忙しさでした。しかし現会長の樋口には「こうした景気がいつまでも続くわけがない」という読みがあった。一方、21世紀を迎え、日本は世界の最高速で超高齢社会に突入する。そこに新たなビジネスチャンスを見出し、開拓することにしたのです。ちょうど老人保健施設(老健)制度の開始と重なり、未開拓のこの分野ならば、業界内で優位に立てると考えたのです。

当初は、各支店で医療法人向けに営業を始めましたが、医師を相手にするには、制度や病院の経営課題について専門知識を持って、理論武装した人間が対等にお話しないと聞く耳を持っていただけない。そこで建築事業部のなかに専門部隊を組織。設計部隊はもちろんシンクタンクとしての機能も持ち、“ハードの提案”ではなく“事業提案”をするというスタイルを展開してきました。その当時、建設業界でこうした専門部隊を創ったところは無かったですね。

※老人保健施設=老人病院と特別養護老人ホームの中間的存在で、介護を必要とする高齢者にリハビリを中心とした医療サービスと日常生活の介護サービスを提供し、自宅復帰を目指す施設。

試行錯誤で学んだ設計ノウハウ

今でこそバリアフリー思想や高齢者向けの設計ノウハウは一般的となりましたが、当時は老健施設の手本になるものが何も無い。専門技術書も、福祉施設で参考になる書物も少なかったんです。

正直に言うと、私も最初は失敗しました。

最初に造ったのは100床の老健でしたが、旅館の感覚で大きなお風呂にゆっくり入ってもらおうと思ったのですが、大失敗ですね。広い浴槽では身体が浮いてしまうので、皆手すりにつかまって一ヵ所に固まってしまったんです。それで4、5人で入るお風呂と、ひとりで入る個浴がいいと学びました。洗い場も、7割から8割の方がスタッフが身体を洗って差し上げますから、洗面台や蛇口も普通の高さでは低すぎる。他にも、廊下をツートンカラーにして両サイドの色を濃い茶色にしたら、認知症の方にはそれが溝に見えて立ち止まってしまうなど、我々の感覚ではわからないことだらけ。

試行錯誤しながら直せるところは直し、ノウハウを研究所のなかに蓄積していきました。一つひとつが勉強でしたね。

“能力を活かして暮らせる”
グループホームを商品化

グループホームの商品化は研究所の成果のひとつです。

老健施設の事業提案を通じ、多くの医療法人とお付き合いできるようになりましたが、1998年頃から共通の相談を受けるようになりました。経営自体はうまくいっているが、老健にいる方の約半数が認知症のため家に戻れないでいると。そんな時、知り合いの先生から「小集団でお世話するグループホームというものがある」と誘われ、秋田まで見に行ったのです。少人数ユニットという形態で、“残った能力を発揮して”生活をして頂けるグループホームのあり方に、「これはいい」と直感。スウェーデンへも視察に行きました。

普及させるには入居費用が課題でしたが、その頃準備が進んでいた介護保険の給付対象になると聞き、事業としての可能性を確信しました。さらに、ユニットという形態が商品としてパッケージ化しやすく、当社のプレハブ工法とマッチしていたことから、低コストで提供できる商品「カーム21」の開発に成功。建物のコストダウンにより、利用者が自己負担月10万円程で入居できるスタイルを創ったのです。その結果、これまでに施工実績約530棟と日本でトップを誇るまでになりました。

※グループホーム=認知症の状態にある高齢者が、介護要員と共同生活をすることで認知症の進行を遅らせることを目的とした施設。最大入居者9人ごとのユニット制で、家族的な介護が特徴。
※プレハブ工法(prefabrication method)=あらかじめ工場で建材を生産・加工し、建築現場で加工を行わず組み立てを行う工法。品質の均一化、コストダウン、工期短縮などのメリットが見込まれる。

「施設」から「住まい」へ。
新事業部の目指すもの

新たなステージとして、2010年4月にヒューマン・ケア事業推進部を立ち上げました。

日本は欧米に比べ、介護施設の整備率は低くないものの、高齢者向けの住宅が不足しています。高齢者人口に対する高齢者向け住宅の割合は、デンマークで8.1%(2006年)、イギリス8.0%(2001年)に対し、日本では0.9%(2005年)。国の施策として、これを2020年までに3~5%に引き上げたい、なかでも「生活サービス付き高齢者向け住宅」を重点的に造っていきたいという方針があります。

これは国の施策が、「施設」から「住まい」へと大きく転換した表れであり、補助金を出して育成しようとしている注目の高い分野です。また、社内でも集合住宅事業部や流通店舗事業部といった各部署から、高齢者専用賃貸住宅(高専賃)についての相談が増えてきました。これは土地オーナーからの関心が高まっているためで、事業環境の変化が顕著です。そこで全社横断的な組織を作り、シルバーエイジ研究所のノウハウと、各事業部の持つ土地情報の共有化を図り、より有効なソリューションを提供することとしました。

※データ出典:国土交通省成長戦略
※高齢者施設=介護保険3施設+グループホーム、高齢者住宅=シルバーハウジング、軽費老人ホーム、有料老人ホーム等

すべての営業に
介護や医療知識が必要な時代

「生活サービス付き高齢者向け住宅」は、これまでの「介護施設」とは根本的に異なります。老健では入居を決めるのは家族でしたが、高専賃は本人が選択します。グループホームでは、入居者の属性がパターン化できましたが、高専賃は自立の程度も異なり、一人暮らしや夫婦など家族構成もさまざまです。さらにこれから前期高齢者(65~74歳)となる団塊世代は、ライフスタイルへのこだわりを持つ世代とも言われ、より高度なマーケティングが求められます。住宅サービスもハード面だけでなく、どのようなソフトを提供するのか、介護施設とは異なる開発提案力が試されるのです。そこをプロデュースして、運営事業者やオーナーへ提案するのが狙い。

今後は、社内の全営業担当者に、介護や医療の知識が必要になると判断し、教育・研修を行っています。そのうえで、大和ハウス工業として、国の施策や財源に左右されない事業モデルを作り上げていきたい。これまでの「施設」とは異なる、高齢者の暮らしを支える「住まい」をどう創るかというのがポイントです。

高齢者の暮らしを支えるロボット事業

ヒューマン・ケア事業推進部では、もうひとつ、超高齢社会に向けた取り組みを行っています。それは「ロボット事業」。

タテゴトアザラシの赤ちゃんをモデルにしたセラピー用アザラシ型ロボット「パロ」や、介護・福祉施設向けの「ロボットスーツHAL(R)福祉用」の普及を目指しています。「ロボットスーツHAL(R)福祉用」は、脚に障がいを持つ方々や脚力が弱くなった高齢の方々の脚力・歩行機能をサポートし、歩くことの素晴らしさを取り戻していただくことを願って開発された自立動作支援ロボット。開発者である筑波大学大学院・山海教授が代表を務めるサイバーダイン社が開発・製造、当社がリース販売という体制です。

今は、医療機関や、高齢者施設などで、サイバーダイン社・当社あわせて約100台ほど利用頂いています。また、デンマーク、スウェーデンなどからも注目されていて世界市場への進出も期待できます。

産学官連携の取り組み

超高齢社会の「住まい」や「暮らし」を考えるため、産学官連携の研究活動にも積極的に参加しています。筑波大学との「ロボットスーツHAL(R)福祉用」の連携はすでに「ロボット事業」としてご紹介した通り。

東京大学高齢社会総合研究機構とは、共同で千葉県柏市と福井県福井市のプロジェクトに参加しています。「エイジング・イン・プレイス」(=高齢者が住み慣れた地域、住み慣れた我が家で、安心で快適に自分らしい生活を続けられること)をテーマに、未来のモデルとなるまちづくりを行っています。奈良県立医科大学では、寄附講座として「住居医学」講座を開講。従来の建築学的見地に加えて、医学的見地から「住まい」の検証を進めています。

また、大阪市立大学大学院生活科学研究科とは、高齢者がいきいきと生活できる住まいと暮らしの工夫・アイデアを募集するコンテストも実施しました。企業ではTOTO株式会社と、自宅で健康チェックができる在宅健康チェックシステム『インテリジェンストイレ』を共同開発するなどしています。

サービスの本質は建物よりも人にある

高齢者の住宅事業に関わってきて思うのは、行きつくところはソフトの重要性です。

もちろん建物を造るにも、材質から、色から、コストの兼ね合いも含めて配慮すべき点は多くあります。
しかしいくら立派な建物を建てても、最終的にはスタッフのクオリティなのです。お声をかけたり、必要な手助けをして差し上げたり、それは機械じゃなく人ですから。

例えば、食事にこだわる施設もあります。私がお世話になった老健の食事の責任者は元板前さんでした。色々工夫されてましたね。美味しくても誤飲してしまうような食事はいけないですし。熱いものは熱く、冷たいものは冷たく食べてもらいたいとか。栄養のことばかり考えてる人から見たら、随分と違いますよね。食器も割れてもいいからと、あえて全部陶器にされていました。老健といった施設では、出来る限り長くお世話したいと思っているので、せめて家庭と同じ食器を出して差し上げたいという思いがあったそうです。

それはオーナーの考え方もありますし、スタッフのクオリティで差が出るところでしょうね。

ロマンと経営感覚、両方を持て

介護業界について言えば、高齢者に優しいだけではもうつとまらない。
これだけ民間に事業が開放されると、当然、経営という視点が入ってきます。ロマンと経営感覚、その2つを持っていないと難しい。

例えば、建物にいい材料を使いたいとします。コルクの床材、これは確かにいいんですよ、温かくて。転倒しても怪我しにくい。ですがコストが高い。床暖房もいい。しかしこれはイニシャルコストも掛かるし、ランニングコストも掛かる。うちの若手には、「事業者さんとメリット・デメリットを、しっかり話をしなさいよ」と言っていますが、例えばそういった判断ができる経営感覚がそうです。

日ごろ、高齢者施設で働いているスタッフには、日経新聞を読みなさいと言っています。介護スタッフから主任になって、責任者になって、経営にも関わりたいと思ったら、世間の常識も知ってないとあかんよと。最初は意味がわからなくても、段々意味がわかってきて、疑問に思ったらネットで調べればいい。自分で調べた知識は、頭の隅に入っているものです。それと個人的にはぜひ、専門の国家資格を目指して欲しいと思いますね。

【文: 鹿庭 由紀子】

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