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2013.09.29 UP

日本の未来のまちづくりを世界に発信! 前人未到、東大のチャレンジ

2030年。3人に1人が65歳以上の高齢者という社会がやってきます。不安をあおる議論が多い中、東京大学の教授陣が取り組むのが「高齢化をチャンスに変える試み」。Aging in place(=いくつになっても住み慣れた地域で安心して自分らしく生きる)をコンセプトに未来のまちづくりの形を研究する辻哲夫特任教授にインタビューしました。 (※この記事は2012年以前のもので、個人の所属・仕事内容などは現在と異なる場合があります)

高齢者が支える側にもなる社会へ

いまから約20年後の2030年。
65歳以上の高齢者の割合が人口の3分の1を占める社会が間違いなくやってきます。

医療費や介護費用など社会保障費の増大、労働人口の減少などから「このままでは若い人が高齢者を支えきれなくなる」といったネガティブな議論が多かったのですが、人生90年の時代には、少なくとも75歳までは高齢者も何らかの形で支援する側に回る社会を目指すようになるでしょう。企業の継続雇用を延長することは現実的ではないかもしれませんが、年金をもらいながら自分も何らかの形で働き、社会に貢献する、そういう高齢者像が中心になっていくべきです。

高齢者が幸せで、健康を維持しやすいのは「いくつになっても、住み慣れた地域で安心して自分らしく生きる」こと。これを我々は「Aging in Place」と表現して研究活動の基本理念に置き、在宅医療の充実、生きがいづくりと就労、生活を支えるインフラ整備をテーマに社会実験・研究に取り組んでいます。

超高齢社会をチャンスに

日本の都市部は、戦後に団塊の世代を中心とする世代が地方から大量に流入したことから、今後高齢化が急速に進んでいきます。

1人暮らしや高齢者夫婦のみの世帯の増加や介護する側の高齢化(老々介護)など、これまでとは異なる劇的な構造変化に対応するには、新しい在宅医療、看護、介護の仕組みやそれに伴う財源負担構造の整備が急務です。早急にこれに取り組み、高齢者が幸福を実感できるケアシステムを完成して、初めて日本も成熟した先進国として世界に対して胸を張れるのだと思います。

しかし、これを実現するには、できる限り高齢者が支える側にまわる一方、この分野に必要な財源を確保しなければいけません。これからは子どもたちの教育にお金をかけるのと同様、お年寄りが笑顔で過ごすために必要なサービスにも価値があり、そのために相応の負担を覚悟するという価値観の転換が必要です。価値観を変え、必要な投資をすれば、そこには新しい雇用・ビジネスが生まれ、国の内需を支える安定産業を創出できるはずです。

農業、食堂経営、子育て支援など
就労の場を創造

柏市の豊四季台地域で行われているまちづくりモデルの社会実験は、「在宅医療・看護・介護システムの開発と普及」「中高年者の就労、生きがいを創生するまちづくり」を主なテーマに進められています。

自宅でも安心して生活ができるまちにするためには、まず新たな在宅医療拠点を設置し、地域のかかりつけ医と連携していつでも往診可能な体制を整えることが必要です。同時に訪問看護、訪問介護が連携して高齢者を支えるシステムを構築し、住み慣れた家で必要な医療や介護を受けられる環境を目指しています。

もう一方では、地元の農業関係者の指導のもと、高齢者が中心となって休耕地を活用して野菜の栽培に取り組み、収穫物を市場へ供給したり、様々な世代が食を楽しむ「コミュニティ食堂」の運営、学童保育などの子育て支援といった形で就労の機会=生きがいの場を創造しようとしています。

「高齢社会総合研究機構」の取り組み

日本が世界に先駆けて超高齢社会の課題を解決するために、東京大学では2006年、「ジェロントロジー寄附研究部門」を設置し、研究活動を開始しました。

当初はわずか6名のスタート。まずは学内の研究者の発掘、学部横断の教育プログラム、内外の若手研究者を集めた国際会議の開催などを行い、内外からの注目を集めるようになりました。

こうした実績をもとに徐々に活動の輪が拡がり、2009年には「高齢社会総合研究機構」を設立、現在は80名規模の組織へと進化しています。機構の活動は大きく「教育」「研究」「国際」「産学連携」の4つ。「教育」では学部横断型講義を開講、「研究」では千葉県柏市と福井県をフィールドとした未来のまちづくりモデルの社会実験を始めています。「国際」ではスウェーデンやアジアの研究者とのシンポジウムの開催などに取り組み、「産学連携」では国内外の企業42社とコンソーシアムを結成し、未来社会のビジョンづくりを行っています。

「ジェロントロジー」とは

超高齢社会が現実となる中で、長生きした時に生活の質をどう確保すべきか、高齢者の幸福を保障するためのシステムをどうつくるかというテーマがより差し迫った課題として浮上してきました。高齢化に関わる学問は一般に「ジェロントロジー(Gerontology)」と呼ばれ、もともとは加齢による老化の研究や寿命を伸ばす方法の研究、高齢者の増加による社会変化の研究など「生理学」「医学」「社会学」などが専門とする分野でした。

しかし、超高齢社会をどうデザインするか、高齢化にまつわる問題をどう解決するのか、という人類初のテーマに取り組むには、あらゆる知恵を専門の壁を越えてつないでいく必要があります。ジェロントロジーとは、医学はもちろん、看護学、生理学、経済学、心理学、社会学、社会福祉学、法学、工学、建築学など、各分野の専門家が知識を結集し、その成果を社会に還元することを目的とする学問体系です。

2030年の未来社会と産業を予測する

2030年という未来を展望し、産学連携で議論を行い、産業界のロードマップの作成や超高齢社会に対応する新たな価値、産業、市場、イノベーションの創出を目的としているのが「ジェロントロジー・コンソーシアム」です。

未来のライフスタイルを予測し、例えば要介護度や家族ニーズに対応した高性能・フレキシブルな100年住宅のデザイン、お年寄りが自宅から気軽に利用でき、地域内を楽しむことができる循環型ビークルの実験、高齢者が安全・手軽に利用できる超小型電気自動車の企画、誰でも操作が容易な情報端末の形、単身者を癒すペットロボットなど大小さまざまなテーマで未来のシナリオ作りが進められています。

現在内外42の企業が参加し、異業種と交流しながら新たなビジネスへのヒントを模索し、またその制約となる規制の撤廃などについても議論しています。

各国が注目する日本型モデル

急速に高齢化が進んでいるのは日本だけではありません。実は韓国も中国もかつての日本と同じく労働力人口がどんどん増え、発展を続けていますが、一人っ子政策などの影響で20〜30年後は日本と同じような状況を迎えます。それだけに日本が今後どんな国を創るのかを世界中が注目しています。

発展の先に「年を取るのが怖くなる」といった状況があっては諸外国にも失望を与えることになります。日本はそういう意味でもアジアで大きな責任を負っているのです。

これに応えるべく、スイスのダボスで開催され、各国の知識人や政治指導者が集って世界が直面する重大な問題について議論する世界経済フォーラムで積極的に発言し世界の高齢化問題を日本が積極的にリードしたり、超高齢社会をテーマとした国際会議を内外で主催したりするなど、日本発の課題解決策を世界に発信しています。

社会保障費は未来への投資

一方で福祉先進国といわれるスウェーデンは、税や社会保険料の国民所得に占める割合(国民負担率)が約7割ですが、この負担で国内の介護システムなどをしっかり整備して、雇用も充実させ、国民1人当たりの所得も高く、自動車や家電、家具など幅広い分野での国際競争力の高い産業も併せ持つ社会を一歩先に築き上げています。

高齢化が進むと日本経済は駄目になるとか、社会保障のためにお金を使うことが国の経済成長を妨げるといった議論がありますが、それは誤解。むしろ高齢化に伴う社会ニーズに応える投資を行うことで、安定した内需を創造することができます。こういった文脈で日本における社会保障に対する誤解を解き意識改革を図ると同時に、もうひとつ合意形成が必要なのが介護分野で働く人たちの処遇改善です。待遇面で見ると、社会的な重要度に比べて必ずしも十分な報酬を得ているとは言えません。

ここでも発想を転換し、専門性を持つ質の高いケアワーカーには、相応の賃金を保障する社会を早急に整備すべきです。

辻先生からのメッセージ


私たちが目指す未来の在宅医療・看護・介護システムを実現するためには、新しい社会を支えるんだという気概を持った若い人たちの参加が不可欠です。

地域で高齢者がその人らしく、笑顔で生活できるよう、最適なケアを考え、リードしていくのが介護の仕事。お年寄りの心理や認知症に対する理解、コミュニケーションを交わす技術など大変奥が深く、決して誰にでもすぐできる仕事ではありません。それだけに学ぶことも多く、大変やりがいのある仕事です。また同時にこれまで述べてきたように、未来型のまちづくりや新たな価値、産業、市場、イノベーションの創出など、超高齢社会は新たなビジネスチャンスにあふれています。

【文: 高山 淳 写真: 山田 彰一】

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